上 下
2 / 14
一章

2 悪夢 1

しおりを挟む


 「ずいぶん長い散歩だったな」

 深い森から帰って裏門で声をかけられた。待ち伏せしていたのに違いない。
 「ガルシア」
俺は奴に構わず、目線だけ向けて歩きを止めなかった。
「待て……」
ガルシアは俺の腕を掴んだ。

「何だよ、離せ!」
何度か腕を左右に動かして振り払おうとしたが、筋肉ムキムキのガルシアの力には勝てなかった。
「クソ!」
ガルシアを睨むと奴は俺を見下ろして言った。
「……血の匂いがする」
ガルシアは、クン……っと、匂いを嗅いだ。
はっ! っとして俺はガルシアが、力を緩めた隙に掴まれていた腕を払った。
「ケーン……」
「何も言うな」
何か言いたそうなガルシアを置き去りにして、俺は早歩きでその場所から離れた。

 「血の匂いがする……、か」
俺は自分の部屋に戻ってシャワーを浴びていた。初めて見たとき、こんな異世界にシャワーがあると思わなかったので喜んだ。だが、残念ながら湯船が無かった。こちらは『お湯に浸かる』という習慣はなかった。それだけは残念だった。
 「俺の部屋にだけでも湯船を作ろうかな」
やっぱり湯船にはゆっくり浸かりたい。シャワーを浴びながら、そんな事を考えていた。
 クンッ……。
自分の左腕をあげて匂いを嗅いだ。ハーブの石けんの香りがした。
「落ちたかな?」
シャワー室から出て、薄手のガウンを羽織る。日本で生活をしていた時よりも筋肉がついた。そうだろうな……。異世界に来てから、森の中を走ったり重い剣を振り回したりした。仕事が忙しくなる前は、少し体を鍛えていた。それが役に立って良かった。

 ふと、森の中で会った赤いドラゴンを思い出した。
硬そうな赤い鱗に、透きとおった緑色の瞳。
「赤いドラゴン、綺麗だったなぁ……」
俺はまるで……美しい人に出会って、忘れられない出来事を思い出すかの様に言った。

 圧倒的な強者。
どんなに強くても、あのドラゴンには勝てないだろう。力をもらった俺でさえ、震えた。
「知能が高そうだったな。まあ、もう会うこともないだろうな」
ベッドに座り、タオルで頭をゴシゴシと拭く。
また、いつ呼び出されるか分からない。今のうちに休んでおかないと。
 
 ポスンと背中からベッドに倒れた。斜めに乗っているだけ。駄目だ……。ちゃんと中に入らないと……。ウトウトと眠気が襲ってくる。
「……眠……い」
森の中を “散歩” していたのだから疲れるのは当然だ。悪夢をみたくない。そう思いながらも、深く暗い底に引きずり込まれていく。

 地面にボタボタと落ちてシミになっていく、緑や真っ赤な体液。耳に残る声。
「く……っ! うぅ……」
この異世界に来てから悪夢を見始めた。いや、夢ではないのか。魔物とはいえ、俺は力を使ってきた。こちらの世界でも命令されて働いている。金の為とは言え、キツイ。
 「うぅ……」
 悪夢と分かっていて変えられない。いつもうなされて起きると、汗をびっしょりとかいて起きる。毎日同じ……。夢の中であがく。

 「ん……?」
夢の中が急に赤色に輝いてきた。夕焼けか……?
 不思議に思っていると、赤く光る大きなが俺の前に立ちはばかった。顔を上げて上を見ると前にいるモノの正体がわかった。
「赤竜……!?」

 赤竜が吼えた。
すると辺り一帯がその声で震え、俺は倒れそうになった。びりびりと衝撃が体に感じて脚を踏ん張った。
 「赤竜……」
 薄っすらまぶたを開けると暗闇が綺麗に晴れていた。悪夢は消えて、キラキラと光るつぶが上から降り注いでいる。
 赤竜は俺の方へ顔を向けると大きな翼を広げた。ジッと見られて様な気がした。

 バサッ! 赤竜は大きな翼を広げて飛び立った。俺はそれを呆然と見ていた。
もしかして……助けてくれたのか? まさか。
 

 「うっ……。朝……?」
俺はいつも朝まで悪夢を見る。だが今日は、あの赤竜のおかげ……? で少しは眠れた。変な話だ。悪夢の中で赤竜に助けられるなんて。おかしな奴だと言って誰も信じないだろう。
 「はぁ……」
 起きるか。確か今日は新しい上官が来るはずだ。気が重い。

 起きて身支度すると、食堂に行った。まずは腹ごしらえだ。
 

 
しおりを挟む

処理中です...