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39 もくろみ【優奈子】

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台風が去った日、空には青空がのぞいていた。
―――まるで私を祝福するかのようにね。

「婚約パーティーの日も決まったし、順調に進んでいるわ」

斗翔とわさんも私に優しくてランチを一緒に食べてくれるようになったもの。
夏永かえさんに新しい恋人ができて、ふっきれたのかもしれないわ。
でもね、念には念をよ。
斗翔さんが受け取った名刺をちらりと盗み見て調べたけれど、国内トップの繊維メーカー須麻すま繊維の社長だった。
どこで夏永さんはこんな人脈を見つけてくるのかしら。
朝日奈建設の人間に須麻繊維の社長、そして斗翔さん。

「もちろん斗翔さんはもらうけど、あの社長が新しい相手っていうのも気に入らないのよね」

私はさっそく須麻繊維の本社に来た。
なぜか?
そんなの決まっている。
夏永さんからあの男を引き離すためよ。
どうせ遊びなんだろうし、簡単に奪えるわ。

「社長はお忙しい中、お会いになるそうです」

嫌みたっぷりに言ったのは取り次いだ秘書の宮光みやみつという童顔の男で不機嫌そうな顔をしていた。
礼儀のなってない秘書ね!
私が銀行頭取の娘だとわかってるはずでしょ!
それなのに丁重にあつかうどころか、会社エントランスの椅子に座らせた。

「ちょっと社長室には案内してくれないの?」

「社長がここで会うとおっしゃられていますので」

ぷいっと宮光は顔をあからさまに背けた。

「あなたね!」

文句のひとつも言ってやろうと声を張り上げた
瞬間、周りに女子社員をひきつれて須麻社長が現れた。

「ああ、君か。えーと」

「森崎斗翔の婚約者である柴江しばえ優奈子ゆなこよ」

「婚約者ね」

気のせいじゃなければ、馬鹿にされたような気がした。

「社長、この女性は誰ですか?」

「また言い寄られているんですか?」

「モテモテなのも困りますね」

周りの女子社員は私を見て笑った。
全員美人でスタイルもよく、着ているスーツも働く女性という雰囲気で趣味がいい。

「違うよ。それで今日はなんの用?」

周りに人がいるせいで話しにくい。
わざとなの?というくらい人がいる。
毒気のない笑顔のせいで文句も言えず、しかたなく用件を言った。

「あなたは夏永さんの恋人よね?」

「昨日、言ったとおり立候補中。でもフラレちゃったからなー」

「えっー!社長をふるような女性がいるんですかっ!?」

「たまにはいい薬ですね」

「見てみたかった!」

周りの女子社員が悔しそうな声をあげた。
なんなのこの親衛隊みたいな女子社員達は!
うるさくて、話ができないでしょ!
イライラしながら、周りの女性をにらみつけた。

「遊びでつきあっているんだろうけど、夏永さんをしばらく引き留めておいてほしいの。それができたら、私が付き合ってあげてもいいわよ」

ぷっと周りの女子社員が吹き出した。

「あげてもいいって何様なの」

「須麻社長があなたみたいな女性を相手にするわけないでしょ」

「そうそう。わが社どころか、取引先だけでも社長と付き合いたいって女性がたくさんいるのよ?」

女子社員だけじゃなく、周りにいた社員達が私を見て笑っていた。
な、なんて失礼な人達なの!

「私は共和銀行頭取の娘なのよ!そんな口の聞き方っ!」

「それを言うなら、宮光秘書室長も頭取の息子ですねぇ?」

「できの悪い息子で、親の銀行名は明かせませんが、国内三大銀行のひとつの頭取の息子です」

「俺と働きたいって宮光が言って勘当されたんだよなー?いやー、俺って罪作りな男だよ」

「いえ、社長の面倒をみるひとがいないと困ると思ってしかたなく勘当されました」

「は!?お前、それ、どういう理屈だよ!」

ぎゃあぎゃあと二人は言い争っていたけれど、私がなにも言えなくなったのをいいことに女子社員達はさらに追い討ちをかけた。

「しかも、共和銀行頭取の娘ってあれでしょ?人の男を奪って戦利品のようにして喜んでいる性格の悪い女って話よね」

「恨まれて、SPをいつも連れ歩くしかなくなったってきいたけど、本当なのね」

ほら、見てよと言いながらSP達を指差していた。
晒し者もいいところだった。

「俺はね、夏永ちゃんのことは遊びじゃないよ。いつでも引き受けるつもりだ。けど、彼女はそれを望んでない」

さっきまでの軽い雰囲気がなくなり、真面目ものに変わる。

「ビジネスパートナーとしてこれからは接するつもりだ。だからね?君が夏永ちゃんの敵なら、俺の敵ってことになる」

ガッツと靴底が真横の椅子に叩きつけられ、大きな音をたてて椅子が転がった。
あまりの迫力に身動きひとつできない。

「わかってくれたかな?」

SP達は駆けつけようとしたのを入り口の警備員に止められて入ってこれなかった。
なにこの人―――

「社長を怒らせないほうがいいですよ。キレたら、誰も止められませんから」

「失礼な。俺はいつでも優しい紳士を心がけているぞ」

きゃあきゃあと女子社員が騒ぎ出した。
私のことなどもう誰も目に入ってないのか、ドンッと体を突き飛ばされて床に手をついた。

「怒る社長も素敵ですっ!」

「ヤンチャなんですからー!もー!」

「私を叱ってください!」

「はい、解散!かいさーん!」

秘書の宮光が女子社員を追い払っているのを須麻社長は笑顔で眺めていた。
秘書の宮光が冷ややかな目で私を見て言った。

「お帰りください」

「ば、馬鹿にするんじゃないわよ!」

声を張り上げると、バタバタと警備員がやってきて、私を会社からつまみ出した。
もう入れないようにびっちりと入口を固められ、ひらひらと手を振る須麻社長が見えた。
毒気のない無邪気な笑顔で。
退屈を嫌う子供みたいな男。
―――無邪気な男ほどタチが悪い。
今までにないほどの屈辱を味わったにもかかわらず、私はおとなしく帰るしかなかった。
気に入らない人間を前にして、なにもできなかった。
最近ずっとうまくいかない。
順調だったはずが、不安な気持ちが胸の奥に広がり、なんだか落ち着かなかった。
順調よね―――?
そう自分に何度も問いかけた。
誰も大丈夫と私には言ってくれないから。
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