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2 夢のはなし
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優しい雨音が私と彼を包んでいた。
朝、目覚めると湿度を含んだ温い空気が部屋に広がり、古い家が持つ懐かしい安心感が眠りを誘う。
ぼんやりしながら、彼の髪を指ですく。
それでも目覚めない。
雨の日はとくにそう。
体が重たくだるいのか、ずっと眠っている。
「猫みたい」
そう私が言うと『陸の生き物は雨の日は休むようにできているんだよ』などと、わけのわからない持論を展開して眠るのを正当化する。
今も起きる気配がない。
「斗翔。そろそろ起きないと夕方になるわよ」
「うん……」
斗翔は目をうっすら開けたけれど、また目を閉じた。
疲れて眠る彼の頬を手の平でなでると、眠そうな顔で目を開けて微笑み、私の手に唇を寄せる。
ぐりぐりと頭を押しつけて私を笑わせた。
「くすぐったい」
「わざとだよ」
斗翔は私の手に自分の手を重ねた。
銀色のペアリングが私と彼の同じ指にある。
それを眺め斗翔が幸せそうな顔をして目を細めてリングにキスをした。
「夏永、結婚しよう」
「もうほとんど結婚してるようなものだけどね」
同棲して何年になるだろう。
付き合ってすぐ寂しがり屋の斗翔に気づき、一緒に暮らそうと私から言った。
斗翔は両親を早くに亡くして、この古い家に一人で暮らしていた。
それを知ったのは同棲してからで、自分の境遇を誰にも言わずにいたのは彼にとって孤独であることが特別ではなかったから。
寂しいということさえ、自分では気づけなかったようだ。
あまり人を寄せ付けるタイプではなく、友人も少なくて、私と出会ってからはよく話すようになった。
私がおしゃべりだったからかもしれないけど、今では自分の事をよく話してくれるようになった。
「夏永とは家族同然だから、このままでもいいけど、そろそろ夏永との子供がほしい。家族を持つのが俺の夢だから」
家族と言われたことが嬉しくて斗翔の顔に自分の顔を近づけて、覗き込んだ。
「家もでしょう?」
「うん」
二人で笑いながら、シーツの上に転がった。
起きるのなんて無理。
斗翔は寝転がりながら、私達が住む家の絵をサラサラと描いた。
斗翔は建築士の資格も持っているけど、主に建築デザイナーの仕事をしている。
建築デザイナーとして、人気の彼は会社の重要なポストにいる。
ビルのデザインを依頼したいクライアントも多く、賞をとったこともある斗翔は業界ではちょっとした有名人だった。
そんな彼が私の前で描くのは普通の家。
デザイン性より、居心地が良さと懐かしさをあわせ持つ古民家をリノベーションした家がいいと言っていた。
本当の彼はもてはやされるよりも静かに暮らすことを望んでいるような人だった。
「私達の住む家?」
「うん。緑が多い田舎の海が見える場所に住もう。犬や猫を飼って。必要な時だけ会社に顔を出して。そんなふうに暮らしたい。夏永と」
結婚の約束と近い将来の話をして、私達は結婚することを会社に報告しようと決めた。
うまくいくと信じて疑っていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私と斗翔は国内トップの建設会社森崎建設で働いている。
私は経理課、斗翔は設計課で階は違うけれど、お昼は一緒だ。
いわば、会社公認の恋人同士……自分で言ってて恥ずかしいけど。
ま、まあ、そんな私が筒井課長に『結婚します』と報告をした。
「清本さん、とうとう森崎君と結婚か!おめでとう」
筒井課長は手を叩いて喜んでくれた。
課のメンバーからは『やっとか。結婚する前に清本のがさつさがバレなくてよかったな』とか『おじいさんとおばあさんになってから、結婚するのかと思っていましたよ』とからかわれてしまった。
「はい。斗翔……森崎さんと田舎の方で暮らすつもりです」
「社長がいいと言うかなぁ」
心配されるのもわかる。
斗翔は今や売れっ子の建築デザイナーで森崎社長は限界まで依頼を受けるから。
「会社にこなくてもできる仕事は極力、田舎でこなしたいって彼の希望なんです」
「そうか。森崎君は人嫌いだもんなぁ」
「人嫌いというか、少し人見知りなだけです」
本当は誰よりも人のぬくもりを欲しい人なのだ。
「清本さんが森崎君と話すようになってからは彼もよく話すようになったよ。私はずっと彼が入社した時から心配していた人間の一人だからね」
知っている。
斗翔が筒井課長に昼ご飯をよくもらったと言っていたから。
筒井課長は奥様にお願いして多めにお弁当を作ってもらい昼ご飯も食べずに仕事をする斗翔にお弁当をわけてあげていたとか。
もちろん、斗翔の容姿からいって女子社員にモテていたらしいけど、あのとおりの人見知りで誰とも口を利かずにいると自然、向こうから距離を置かれたそうだ。
そんな中、筒井課長だけは見捨てずにいてくれたのだから、斗翔にすればエサを運んでくれる親鳥同然。
「課長は捨て犬や猫に弱いですからね」
「可哀想だろ!?つぶらな瞳でじっと見られたら連れて帰るに決まっている!」
筒井課長は自分のデスクから、犬や猫のフォトアルバムを取り出して見せた。
辛い時、見ると癒されるらしい。
筒井課長が斗翔にお弁当を渡していた時の光景は懐かない野良猫と猫好きのおじさんのようだったと後に先輩から聞いた。
二人のほのぼのぶりが目に浮かぶ。
「今は清本さんが森崎君のお弁当を作ってくれているからいいが、私の妻なんかはいまだに『あの子はちゃんとご飯を食べているか』と心配しているんだよ」
「課長の奥様の煮物がとても美味しかったっていまだに言ってますよ」
「ははは。それはよかった。あの頃は娘はまだ高校生でお弁当を食べていたから、妻もついでで作っていてくれたけれど、今では自分一人だろう?冷凍食品が増えたよ……」
悲しい家庭の事情に経理課のメンバーはわかりますと全員が頷いていた。
一人分ならそうなってしまうのも無理はない。
「春に娘さんが大学を合格したそうでおめでとうございます」
「私大だからね、学費が大変だよ」
はぁっと課長は溜息をついた。
経理課のメンバーが課長に言った。
「いやあ、わかりますよ。うちも子供が生まれて、なにをしてもお金、お金、お金ですよ」
「マイホーム建てたんですよね。でも、子供がいなくても大変なんですよ。私は田舎に仕送りしているし。母一人子一人だから仕方ないんですけどね」
「30年ローンだよ」
「これが結婚の現実です。清本先輩」
「肝に銘じます」
そう言うとみんなが笑った。
経理課は私と斗翔の結婚の話を祝福して心から祝福してくれた。
この時は。
朝、目覚めると湿度を含んだ温い空気が部屋に広がり、古い家が持つ懐かしい安心感が眠りを誘う。
ぼんやりしながら、彼の髪を指ですく。
それでも目覚めない。
雨の日はとくにそう。
体が重たくだるいのか、ずっと眠っている。
「猫みたい」
そう私が言うと『陸の生き物は雨の日は休むようにできているんだよ』などと、わけのわからない持論を展開して眠るのを正当化する。
今も起きる気配がない。
「斗翔。そろそろ起きないと夕方になるわよ」
「うん……」
斗翔は目をうっすら開けたけれど、また目を閉じた。
疲れて眠る彼の頬を手の平でなでると、眠そうな顔で目を開けて微笑み、私の手に唇を寄せる。
ぐりぐりと頭を押しつけて私を笑わせた。
「くすぐったい」
「わざとだよ」
斗翔は私の手に自分の手を重ねた。
銀色のペアリングが私と彼の同じ指にある。
それを眺め斗翔が幸せそうな顔をして目を細めてリングにキスをした。
「夏永、結婚しよう」
「もうほとんど結婚してるようなものだけどね」
同棲して何年になるだろう。
付き合ってすぐ寂しがり屋の斗翔に気づき、一緒に暮らそうと私から言った。
斗翔は両親を早くに亡くして、この古い家に一人で暮らしていた。
それを知ったのは同棲してからで、自分の境遇を誰にも言わずにいたのは彼にとって孤独であることが特別ではなかったから。
寂しいということさえ、自分では気づけなかったようだ。
あまり人を寄せ付けるタイプではなく、友人も少なくて、私と出会ってからはよく話すようになった。
私がおしゃべりだったからかもしれないけど、今では自分の事をよく話してくれるようになった。
「夏永とは家族同然だから、このままでもいいけど、そろそろ夏永との子供がほしい。家族を持つのが俺の夢だから」
家族と言われたことが嬉しくて斗翔の顔に自分の顔を近づけて、覗き込んだ。
「家もでしょう?」
「うん」
二人で笑いながら、シーツの上に転がった。
起きるのなんて無理。
斗翔は寝転がりながら、私達が住む家の絵をサラサラと描いた。
斗翔は建築士の資格も持っているけど、主に建築デザイナーの仕事をしている。
建築デザイナーとして、人気の彼は会社の重要なポストにいる。
ビルのデザインを依頼したいクライアントも多く、賞をとったこともある斗翔は業界ではちょっとした有名人だった。
そんな彼が私の前で描くのは普通の家。
デザイン性より、居心地が良さと懐かしさをあわせ持つ古民家をリノベーションした家がいいと言っていた。
本当の彼はもてはやされるよりも静かに暮らすことを望んでいるような人だった。
「私達の住む家?」
「うん。緑が多い田舎の海が見える場所に住もう。犬や猫を飼って。必要な時だけ会社に顔を出して。そんなふうに暮らしたい。夏永と」
結婚の約束と近い将来の話をして、私達は結婚することを会社に報告しようと決めた。
うまくいくと信じて疑っていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私と斗翔は国内トップの建設会社森崎建設で働いている。
私は経理課、斗翔は設計課で階は違うけれど、お昼は一緒だ。
いわば、会社公認の恋人同士……自分で言ってて恥ずかしいけど。
ま、まあ、そんな私が筒井課長に『結婚します』と報告をした。
「清本さん、とうとう森崎君と結婚か!おめでとう」
筒井課長は手を叩いて喜んでくれた。
課のメンバーからは『やっとか。結婚する前に清本のがさつさがバレなくてよかったな』とか『おじいさんとおばあさんになってから、結婚するのかと思っていましたよ』とからかわれてしまった。
「はい。斗翔……森崎さんと田舎の方で暮らすつもりです」
「社長がいいと言うかなぁ」
心配されるのもわかる。
斗翔は今や売れっ子の建築デザイナーで森崎社長は限界まで依頼を受けるから。
「会社にこなくてもできる仕事は極力、田舎でこなしたいって彼の希望なんです」
「そうか。森崎君は人嫌いだもんなぁ」
「人嫌いというか、少し人見知りなだけです」
本当は誰よりも人のぬくもりを欲しい人なのだ。
「清本さんが森崎君と話すようになってからは彼もよく話すようになったよ。私はずっと彼が入社した時から心配していた人間の一人だからね」
知っている。
斗翔が筒井課長に昼ご飯をよくもらったと言っていたから。
筒井課長は奥様にお願いして多めにお弁当を作ってもらい昼ご飯も食べずに仕事をする斗翔にお弁当をわけてあげていたとか。
もちろん、斗翔の容姿からいって女子社員にモテていたらしいけど、あのとおりの人見知りで誰とも口を利かずにいると自然、向こうから距離を置かれたそうだ。
そんな中、筒井課長だけは見捨てずにいてくれたのだから、斗翔にすればエサを運んでくれる親鳥同然。
「課長は捨て犬や猫に弱いですからね」
「可哀想だろ!?つぶらな瞳でじっと見られたら連れて帰るに決まっている!」
筒井課長は自分のデスクから、犬や猫のフォトアルバムを取り出して見せた。
辛い時、見ると癒されるらしい。
筒井課長が斗翔にお弁当を渡していた時の光景は懐かない野良猫と猫好きのおじさんのようだったと後に先輩から聞いた。
二人のほのぼのぶりが目に浮かぶ。
「今は清本さんが森崎君のお弁当を作ってくれているからいいが、私の妻なんかはいまだに『あの子はちゃんとご飯を食べているか』と心配しているんだよ」
「課長の奥様の煮物がとても美味しかったっていまだに言ってますよ」
「ははは。それはよかった。あの頃は娘はまだ高校生でお弁当を食べていたから、妻もついでで作っていてくれたけれど、今では自分一人だろう?冷凍食品が増えたよ……」
悲しい家庭の事情に経理課のメンバーはわかりますと全員が頷いていた。
一人分ならそうなってしまうのも無理はない。
「春に娘さんが大学を合格したそうでおめでとうございます」
「私大だからね、学費が大変だよ」
はぁっと課長は溜息をついた。
経理課のメンバーが課長に言った。
「いやあ、わかりますよ。うちも子供が生まれて、なにをしてもお金、お金、お金ですよ」
「マイホーム建てたんですよね。でも、子供がいなくても大変なんですよ。私は田舎に仕送りしているし。母一人子一人だから仕方ないんですけどね」
「30年ローンだよ」
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