婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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「スカイブルー……」

空を見上げて呟いた。
空色、天色あまいろ清藍せいらん紺青こんじょう、セルリアンブルー、ゼニスブルー、シアン、アザーブルー……
縁側に寝転がり、ずっと空を眺めていた。
空が青いな―――自分がだんだん青色に染まっていくみたい。
いっそこのまま、青に溶けてしまえればいいのに。
そんなはかなげなことを考えてしまうのも仕方ないことよ。
結婚目前だった恋人を奪われ、仕事は失い、私にはもう何もない。
バタッと大の字で縁側に寝転がり、空を見るだけの私。

「無職……無職とはいかがなものですか」

泣きすぎてもう涙もでないと思っていたのに目尻にまだ涙がにじんで、目の前がぼやけた。
私、清本きよもと夏永かえは失恋し、会社もクビになり、ここにやってきた。
神様、せめてどちらか一つになりませんでしたか?と文句の一つも言いたいところだ。

「これからどうしよう」

ここにきたのはいいけど、完全にノープラン。
荷物は引っ越し業者に頼んで運んでもらったけれど大した荷物もなかった。
別れた彼と同棲していたこともあり、電化製品も家具もない。
染物作家だった祖母が生前住んでいた家だったため家具は揃っている。
山の中ってことを除けば、暮らすにはなんの問題ない。
暮らすにはね……
精神的には大ダメージを受けてるけど。
ぼふっと座布団に顔を埋めた。
そう。
いわば、私は戦に負けた武将が逃れてきた落武者おちむしゃと同じ!

「住むには問題ないけど、手入れしないといろいろと無理ね」

座布団はカビくさいし、部屋は掃除してないからほこりっぽい。
しかも、庭の草は生い茂り、もさもさしてる。

「掃除かぁ……」

掃除する気にもなれない。
今は。
だらだらと縁側に猫のように転がった。
とりあえず、寝ておこう。
そうしよう。
そう思った時―――

「お姉ちゃん、死体なの?」

なんだこのガキ……じゃない、お子様は。
むくっと顔だけあげるとゴールデンレトリバーが目の前に『こんにちは』していた。

「え!?なに?犬?可愛いけど!?」

ドコォッと犬の鼻先でどつかれた。
かなり力強く、いたっ、いたたっと言いながらら、犬から逃げるため寝転がっていた体を起こすとやめてくれた。
ゴロ寝を許さないとは!
なんて厳しい犬だよ!

「生きてたー!よかったー!」

犬の飼い主と思われる女の子は可愛くて、夏らしい白のワンピースと麦わら帽子をかぶっていた。
誰が死体よ!
縁起でもない。
間違えないでほしいわ。
確かに弱々しいオーラで風前の灯みたいになってるけど、まだ死んでないっての!

「えーと、どちらさま?」

「お隣の高吉たかよしだよ!私は高吉たかよし莉叶りか。この子はジュディです!」

ゴールデンレトリバーのジュディはぶんぶんっと尻尾をふり、莉叶ちゃんにすりすりと頭をこすりつけていた。
ジュディ……。
私との待遇が随分違いますね?

「お隣なんてないけど」

山の中にある家の周りは木々で鬱蒼うっそうとしているし、左右に家なんかない。

「あるよ。この山の坂を下ったところに青い屋根の民宿があったでしょ?民宿『海風』って看板なかった?」

「坂の下がお隣!?」

「そうだよー」

さすが田舎。
隣と隣の間隔が広すぎでしょ!
まさか、回覧板を回すのに山道を下り、また登るの!?
ゾッとした。
ここまで歩いてくるのも山登りみたいで大変だったのにー!
ヒールの靴しか持ってなかったから、靴ずれして足は絆創膏だらけ。
心も体も満身創痍ってうまいこと言った―――って笑えない。

「これ、私のママからです。引っ越したばかりで食べ物がなにもないかもって。よかったらどーぞ!」

親切なお隣さん(ただし山の下)の高吉さんがくれたお弁当箱にはおにぎりとおかずがみっちり隙間なく詰められていた。
からあげや卵焼き、ナスの漬物とキュウリの浅漬け、おにぎりはシンプルに白いご飯に黒の海苔がまいてある。
お茶のペットボトルが一本。
それを見て、ぐぅっとお腹が鳴った。
そういえば、朝から何も食べてない。
水さえも飲んでいなかったことに気付いた。

「ありがと……。いいママだね」

「ちょっと頼りないけど、いいママだよ」

莉叶ちゃんは可愛がられているのが見てわかった。
手作りのワンピースにお揃いのリボン。
ひらひらとリボンが夕方の涼しい風に揺れていた。

「手作りのワンピース、素敵ね。生成色きなりいろがよく似あってる」

「うん。ママが作ってくれたの。でもこのワンピースは白色だよ?」

「白にもいろんな白があるでしょ?黄色がかったものや青色っぽいものとか。同じ白でも名前があるのよ。莉叶ちゃんが着ているワンピースの白色は生成色っていうのよ」

「へぇー」

女の子は自分のワンピースをじっと見つめた。
懐かしいな。
私も祖母に作ってもらったっけ。
この家の持ち主だった母方の祖母は草木染め作家だった。
個展を開いたり、作品を売ったり、糸や布、服の注文も受けていた。
なかなか有名な染物作家だったらしく、今でも作品を売ってもらえないかという連絡が一人娘だった母に入る。
母は草木染めに興味はなく、むしろ孫の私が祖母の手伝いをしていたくらい。

いつもは父や母の車で送ってもらっていたけれど、今日は初めて自分の足できた。
両親は私がここにくることに賛成していなかったから―――仕事は退職に追い込まれ、婚約者を失った私のことが両親は心配だったのだろうけれど、慰めの言葉すら今は辛い。
指にはもう指輪はない。
約束も消えた。
今、私と別れた彼は何をしているのだろう。
まだ忘れられない彼の名が頭をよぎって目を閉じた。

斗翔とわ―――
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