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本編
25 ずっと前から
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「知っていた」
しんっと静まり返った中で父の一言が響いた。
昔からいる職人さん達は冬悟さんを見てにやにやと笑っていた。
そして、父よりずっと年上の一番古株の職人さんが言った。
「みんな、なにも言わなかっただけで気づいていたよ。亡くなったおじいさんがよく『柳屋』に和菓子を買いにきてくれていたからなぁ。君はおじいさんによく似ている」
冬悟さんは驚いていた。
まさか自分の正体がバレているとは思っていなかったらしい。
職人さん達がわいわいと集まってきた。
「幼い頃、おじいさんに連れられて買いにきた君が『柳屋』の菓子をおいしいと言ってくれたのを覚えているよ」
「そうだったなー。あの頃は女の子みたいに可愛い顔をしていたよな」
「うんうん。ズボンなのに女の子とよく間違えられて悔しそうな顔するんだけど、またその顔がもう可愛いい顔でなー」
衣兎おばさんがハッとした。
「まさか!あの目が大きくて色白な女の子!?男の子だったの?」
そうそう、その子だよと全員がうなずいた。
思い出話に花が咲き始めて冬悟さんが小さい声で『おい、やめろ……!』と言うのが聞こえた。
仙崎さんはなにも自分は言いませんという顔で石像のように動かないままだった。
それに比べ、竜江さんは『今でも女装すれば、女に見えるかもなー』とまた余計なことを言って冬悟さんににらみつけられていた。
「昔、君のおじいさんに頼まれてね」
めったなことじゃ笑わない父が笑った。
百花も驚いて父の顔をじっと見つめていた。
「孫にはまっとうな道を歩ませたい。嶋倉はヤクザな世界から足を洗う。もし、大人になった孫がいい男になっていたその時は羽花を嫁にやってくれねえかとおじいさんから言われた」
「じいさん……」
冬悟さんはうつむいた。
「おじいさんが去年、亡くなられたと聞いて、そろそろ君がやってくるだろうと思っていたよ」
「なぜ」
「寂しくなったからね」
冬悟さんは言葉に詰まった。
唯一の肉親だったおじいさん。
そのおじいさんを亡くし、孤独を感じないわけがない。
お父さんはそれをわかっていたのだ。
店に通う冬悟さんを知りながら、他の職人さん達が黙っていたのは私と冬悟さんの仲がいつ発展するのか見守っていたということ?
古株の職人さん達の冬悟さんを見る目が優しい。
まるで孫を見るような目だ。
「おじいさんが足を洗うと決めたのは君のためだからなぁ。いやぁー、孫ってのは目に入れても痛くないって本当だったんだな」
「そうそう。ヤクザの子と言われても泣かなかった冬悟君が一度だけ泣いたといって大騒ぎになったんだっけ」
「大親分が悲しい顔をしてたな」
「待て!俺は泣いてないからな!」
冬悟さんの手に力がこもったのがわかった。
「ヤクザの子が羽花ちゃんと遊んでいると噂になって、遊べなくなった時だ」
「孫が泣いたからって、組長が足を洗うなんて誰も想像できなかったよな」
「長いことこのあたりを仕切っていた大親分がなあ」
職人さん達を止めようとした冬悟さんに竜江さんが追い打ちをかけた。
「冬悟さん。可愛かったんですねぇ。見たかったなー」
竜江さんがうんうんとうなずいているのを冬悟さんが威嚇してから、私に言った。
「泣いてないからな?」
「はい……」
でも、涙目くらいにはなっていたんですよね?
そう思ったけど、口には出さなかった。
冬悟さんのプライドを守るために。
私がどうして冬悟さんを見て思い出さなかったか、わかった。
冬悟さんを私は女の子だと勘違いしていたからだった。
私が覚えている冬悟さんはサラサラの髪に大きな瞳、長いまつげで色も白くてお人形さんみたいだった。
「結婚のことは羽花がいいなら、それでいい。菓子のことだけでなにもしてやれなかった親だ。娘の方がよほどしっかりしている」
夜遅くまで父は和菓子の勉強をしていたことを知っている。
この『柳屋』を守ることに必死だった父。
洋菓子に押されつつも生き残れたのは父がいたから。
「羽花はどうしたいんだ?」
父は真面目な顔で聞いてきた。
「私は冬悟さんと一緒にいたいです」
「そうか」
冬悟さんの抱きしめる手が震えたのがわかった。
「……一緒にいたいと思ってくれるのか」
「もちろんです!」
どうしてそんな顔をされるか、わからない。
でも、冬悟さんは私の言葉に驚いていた。
「冬悟君。ひとつだけ約束してもらえるか」
「なんでしょうか」
「羽花を危ない目にだけはあわせないでくれ」
「もちろんです」
冬悟さんは力強く返事をしてくれた。
奪われないとわかったからか、私から手を離して居住まいをただし、『柳屋』のみんなに言った。
一生私はこの時のことを忘れないと思う―――
「羽花さんのことは俺が幸せにします」
その言葉だけでじゅうぶん幸せをもらってしまっている。
「私も冬悟さんのことを幸せにしますっ!」
気づくと、その場の勢いで私もそんなことを口にしていた。
そうして二人は幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
―――となるにはまだ早い。
肝心の矢郷組の問題が片付いていない。
まだ私の身は狙われたままだった。
諦めないと言ったその言葉どおりに―――
しんっと静まり返った中で父の一言が響いた。
昔からいる職人さん達は冬悟さんを見てにやにやと笑っていた。
そして、父よりずっと年上の一番古株の職人さんが言った。
「みんな、なにも言わなかっただけで気づいていたよ。亡くなったおじいさんがよく『柳屋』に和菓子を買いにきてくれていたからなぁ。君はおじいさんによく似ている」
冬悟さんは驚いていた。
まさか自分の正体がバレているとは思っていなかったらしい。
職人さん達がわいわいと集まってきた。
「幼い頃、おじいさんに連れられて買いにきた君が『柳屋』の菓子をおいしいと言ってくれたのを覚えているよ」
「そうだったなー。あの頃は女の子みたいに可愛い顔をしていたよな」
「うんうん。ズボンなのに女の子とよく間違えられて悔しそうな顔するんだけど、またその顔がもう可愛いい顔でなー」
衣兎おばさんがハッとした。
「まさか!あの目が大きくて色白な女の子!?男の子だったの?」
そうそう、その子だよと全員がうなずいた。
思い出話に花が咲き始めて冬悟さんが小さい声で『おい、やめろ……!』と言うのが聞こえた。
仙崎さんはなにも自分は言いませんという顔で石像のように動かないままだった。
それに比べ、竜江さんは『今でも女装すれば、女に見えるかもなー』とまた余計なことを言って冬悟さんににらみつけられていた。
「昔、君のおじいさんに頼まれてね」
めったなことじゃ笑わない父が笑った。
百花も驚いて父の顔をじっと見つめていた。
「孫にはまっとうな道を歩ませたい。嶋倉はヤクザな世界から足を洗う。もし、大人になった孫がいい男になっていたその時は羽花を嫁にやってくれねえかとおじいさんから言われた」
「じいさん……」
冬悟さんはうつむいた。
「おじいさんが去年、亡くなられたと聞いて、そろそろ君がやってくるだろうと思っていたよ」
「なぜ」
「寂しくなったからね」
冬悟さんは言葉に詰まった。
唯一の肉親だったおじいさん。
そのおじいさんを亡くし、孤独を感じないわけがない。
お父さんはそれをわかっていたのだ。
店に通う冬悟さんを知りながら、他の職人さん達が黙っていたのは私と冬悟さんの仲がいつ発展するのか見守っていたということ?
古株の職人さん達の冬悟さんを見る目が優しい。
まるで孫を見るような目だ。
「おじいさんが足を洗うと決めたのは君のためだからなぁ。いやぁー、孫ってのは目に入れても痛くないって本当だったんだな」
「そうそう。ヤクザの子と言われても泣かなかった冬悟君が一度だけ泣いたといって大騒ぎになったんだっけ」
「大親分が悲しい顔をしてたな」
「待て!俺は泣いてないからな!」
冬悟さんの手に力がこもったのがわかった。
「ヤクザの子が羽花ちゃんと遊んでいると噂になって、遊べなくなった時だ」
「孫が泣いたからって、組長が足を洗うなんて誰も想像できなかったよな」
「長いことこのあたりを仕切っていた大親分がなあ」
職人さん達を止めようとした冬悟さんに竜江さんが追い打ちをかけた。
「冬悟さん。可愛かったんですねぇ。見たかったなー」
竜江さんがうんうんとうなずいているのを冬悟さんが威嚇してから、私に言った。
「泣いてないからな?」
「はい……」
でも、涙目くらいにはなっていたんですよね?
そう思ったけど、口には出さなかった。
冬悟さんのプライドを守るために。
私がどうして冬悟さんを見て思い出さなかったか、わかった。
冬悟さんを私は女の子だと勘違いしていたからだった。
私が覚えている冬悟さんはサラサラの髪に大きな瞳、長いまつげで色も白くてお人形さんみたいだった。
「結婚のことは羽花がいいなら、それでいい。菓子のことだけでなにもしてやれなかった親だ。娘の方がよほどしっかりしている」
夜遅くまで父は和菓子の勉強をしていたことを知っている。
この『柳屋』を守ることに必死だった父。
洋菓子に押されつつも生き残れたのは父がいたから。
「羽花はどうしたいんだ?」
父は真面目な顔で聞いてきた。
「私は冬悟さんと一緒にいたいです」
「そうか」
冬悟さんの抱きしめる手が震えたのがわかった。
「……一緒にいたいと思ってくれるのか」
「もちろんです!」
どうしてそんな顔をされるか、わからない。
でも、冬悟さんは私の言葉に驚いていた。
「冬悟君。ひとつだけ約束してもらえるか」
「なんでしょうか」
「羽花を危ない目にだけはあわせないでくれ」
「もちろんです」
冬悟さんは力強く返事をしてくれた。
奪われないとわかったからか、私から手を離して居住まいをただし、『柳屋』のみんなに言った。
一生私はこの時のことを忘れないと思う―――
「羽花さんのことは俺が幸せにします」
その言葉だけでじゅうぶん幸せをもらってしまっている。
「私も冬悟さんのことを幸せにしますっ!」
気づくと、その場の勢いで私もそんなことを口にしていた。
そうして二人は幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。
―――となるにはまだ早い。
肝心の矢郷組の問題が片付いていない。
まだ私の身は狙われたままだった。
諦めないと言ったその言葉どおりに―――
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