私達は結婚したのでもう手遅れです!

椿蛍

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『柳屋』の古い木造の外観は変わらず、今日も竹色の暖簾のれんがふわりと風に揺れていた。
さらさらと竹の葉の音が聴こえてくる。
さっきまで不安だったけれど、不思議と気持ちが落ち着き、店の横とびらに手をかけた。

「お姉ちゃん!」

羽花うかちゃん!」

桃色の着物姿の百花ももかと若草色の着物姿の衣兎いとおばさんが並んで店頭で大量受注した箱菓子を包装しているところだった。
なんだか、春らしくていいなぁ。
天気もよくてポカポカした春の陽気を感じて、ついつい、ほんわかした気分になってしまう。

「それ、春用の包装紙だよね。もう春だねぇ」

桜色の包装紙に白い熨斗紙のしがみ
『柳屋』では季節によって店名が入った包装紙の色を変えている。

「もしかして、私を呼んだのって大量に注文を受けてしまって、二人じゃ手が回らなかったとか?」

「違うわよ!そんなことで呼び出すわけないでしょ!」

「羽花ちゃんがいなくなって、お店が大変なのは本当だけど、そうじゃないのよ。しっかりして」

しっかりしてって言われてしまった。
これでも前よりはしっかりしてきたと思うけど……

「お姉ちゃんが結婚した嶋倉冬悟さんを私なりに調べてみたの」

さすが百花。
これが本物のしっかりさんというわけですか。
聞きましょう。
冬悟さんの素敵な武勇伝を。
ずいっと前に出た。

「冬悟さんの詳しい話、聞きたいから教えてくれる?」

「もちろんよ!あんな若くして社長だなんて胡散臭いと思っていたのよ」

「胡散臭い!?」

私が思っているのとだいぶ違う。
むしろ、悪い雰囲気―――

「お姉ちゃんを手際よくさらったあげく、ヤクザ相手に平気な顔をしていられるなんてありえない」

「落ち着いて聞いてね。羽花ちゃん」

「嶋倉冬悟はヤクザよ!嶋倉組組長の孫!」

「組長だったおじいさんも亡くなっていて、ご両親も事故で亡くしているの。だから、一人息子の彼が実質、嶋倉組を取り仕切っているらしいわ」

百花も衣兎おばさんもヒートアップしてきた。

「羽花ちゃん。もう戻ることないわ。三千万円は少しずつ返済していきましょう」

「代わりに借金を払ってくれたからって、ヤクザとお姉ちゃんを結婚させるわけにいかない!」

「大丈夫。離婚したとしても、羽花ちゃんには素敵な人が見つかるわ」

離婚!?
私と冬悟さんが?

「ま、まって。冬悟さんに聞いてから……」

「なに言ってるのよっ!お姉ちゃん、そんなのんびりしたこと言ってると臓器をとられて売られちゃうよっ!」

「私、もう結婚したんだからっ――ー」

別れないと言いかけた瞬間、風が入ってきた。

「結婚したから、どうだっていうんだ。まだ手遅れじゃないだろ?」

振り返るとそこにはアロハシャツに白スーツのズボンをはいた矢郷やごう玄馬はるまさんが取り巻きを連れて姿を現した。

「まだ体の関係はないって礼華が言っていたしな」

人の夫婦生活を光の速さで言いふらさないでほしいっ!
礼華さんの得意顔が頭に浮かんだ。

「どうして、ここにいるんですか?」

「そいつは教えられねえなぁ」

ふふんっと玄馬さんが得意げに言ったその時、大きな黒い影がのっそりと店先から顔を出した。

「玄馬さん。盗聴ですか。矢郷組の若頭ともあろう者がそんなセコい真似をするようじゃ下の者がついてきませんよ」

仙崎さんだった。
車から監視してくれていたのだろう。

「盗聴って。もしかしてこの間、店にきた時に!?」

百花はそこら辺中を探し回り、木の棚の裏側に貼り付けられた小型盗聴器を探し出した。

「犯罪よ!」

百花がにらみつけると玄馬さんはにやりと笑った。

「あいつがヤクザっていう情報を教えてやったのに?犯罪っていうのなら、詐欺同然に結婚した奴のほうが犯罪者だろ?」

「私の友達にお姉ちゃんの結婚相手がヤクザって教えたのはあんたなの!?」

「正しくは俺の下のモンな」

これは罠だったんだと私ですら気づいた。
私をおびき寄せるために冬悟さんのことを百花の友達に話して耳に入るように情報を流したのだろう。
百花に私に連絡をさせて、まんまと冬悟さんから引き離した―――

「羽花さん。逃げてください。目的はあなたです」

「一人じゃ不利だぜ?仙崎のおっさん」

「時間稼ぎくらいにはなります」

仙崎さんがスーツの上着を脱ぐ。
これって店で乱闘が始まっちゃうかんじ?
困る、困るよー!
私と百花は手を握りあった。

「冬悟さんはもうヤクザではありません。冬悟さんだけじゃない。我々も同じ。その世界から嶋倉は足を洗った。二度と戻ることはない」

「なにが足を洗った、だ!しっかり片足つっこんでるんだよ!なにかあるたびにお前らは矢郷組の邪魔をしやがって!俺の初恋相手の羽花ちゃんまで横からかすめとるような真似を許せるかっ」

う、羽花ちゃん!?
なんですか?
その『ちゃん』呼びは。
しかも、初恋相手ってどういうこと?
百花が隣でぽんっと手を叩いた。

「どっかで見たことあるなーって思ってたら、あの目つきの悪いガキ……男の子。お姉ちゃん、ほら、あの公園の滑り台を占領して貸してくれなかったイジメっ子覚えてない?あの目付きの悪さはあいつに間違いないわよ」

そう言われると似ているような気がする。
昔、私と百花が遊んでいたあの公園にいた男の子に。
そして、いつも一緒に遊んでいた友達がもう一人いた。
あれは―――

「冬悟さん……?」

私がそう言った瞬間、ドンッと背後から玄馬さんが蹴り倒されて吹き飛んだ。

「呼んだか。羽花」

「冬悟さんっ!」

思わず、抱きついてしまった。
ハッとしたけど、もう遅い。
身内の前でなんてことを……
冬悟さんからは私と同じ香りがした。
一緒に暮らして短いけど、私はその香りに安心感を覚えた。
私の頭を大きな手がなでて、自分の胸に顔をうずめさせて言った。

「諦めろ。玄馬。羽花はもう俺の妻だ」

「こっ……のやろう!」

起き上がろうとした玄馬さんの上にタイミングよく取り巻きの一人が突き飛ばされ、上にのしかかってまた倒れた。

「間に合ってよかったですねー!仙崎さんがぼこぼこになる前でよかった。歳をとるとなかなか怪我も治りにくいですからねっ!」

竜江たつえさん!」

明るい声で男達の背後をとり、一人の腕を曲げて背中に押し付けていた。

「お引き取り願えますかぁー?」

竜江さんがにこにこと声をかけると、店から逃げるようにして出ていった。
けれど、玄馬さんだけは振り返って捨て台詞を吐いた。

「俺は諦めてねえからな」

同じことを礼華れいかさんも言っていた。

「矢郷は蛇のように執念深いな」

やれやれと冬悟さんはため息を吐いた。
そして、冬悟さんは私を抱き締めたまま、百花と衣兎おばさん、騒ぎを聞き付けて集まってきた父と職人さん達に頭を下げた。

「俺が嶋倉組の組長の孫なのは間違いありません。けれど、もう足を洗っている。羽花さんとの結婚は真面目なものです。認めていただけないでしょうか」

それは真摯な態度で演技でもなんでもない冬悟さんの本当の気持ちだとその場にいた全員がわかった。
なぜなら、冬悟さんは私に嫌われたくないという顔をして私をみつめていたから―――
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