ネトゲ女子は社長の求愛を拒む

椿蛍

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6 気になる秘書《社長視点》

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木村有里きむらゆりが、秘書になり、一ヶ月が過ぎた。
今までの秘書ならば今頃、強引に迫ってきたり、誘ってきたり、なにかしらのアピールをして、邪魔なことこの上なかった。
こっちが相手にしないと、腹を立てるか、期待はずれのような態度で辞めて行ったのだが、木村有里はまったくそんなことはなく、業務を黙々とこなしていた。
まあ、助かると言えば、助かる。
おかげで残業時間も減った。
美桜みおさんの人を見る目は確かだったということだろう。
会議が終わり、少し休憩をしていると、秘書室から話し声が聞こえてきた。
伊吹いぶき。大変なの」
誰と話をしているのか、今まで聞いたことがないくらいの真剣な声で電話をしていた。
「急に予定が入って」
焦っているようで、こっちが秘書室に入ってきたのも気づいていない。
「そう。伊吹しか頼れないからお願い」
携帯を置き、ため息をついていた。
憂鬱そうで難しい顔をしていた。
どうやら、なにか困ったことが起きたようだ。
「なにかトラブルですか?」
驚いて、こっちを見ていた。
「すみません。ちょっといろいろあって」 
「悩みがあれば、聞きますよ」
「ありがとうございます。大丈夫です」
力なく、笑い、頭を下げた。
「そうですか」
確かにただの仕事関係者で上司でしかない自分に言うのも、おかしいしなと思いながらも、相談されなかったことが、何となく気に入らなかった。
伊吹という人物をよほど、信頼しているんだな。
「お先に失礼します」 
「お疲れ様」
きちんと仕事をこなし、定時には席を立つ。
彼女の無駄のない効率のよい仕事ぶりには満足している。
「ふーん」
何となく落ち着かず、社内を歩いていると、受付の女子社員がひそひそと話していた。
「社長秘書の木村さん。これから、あの可愛い子と飲み会らしいわよ」
「えー!悲惨!私なら絶対に無理!隣に並んだだけで差がつくし」
「八木沢社長の社長秘書になったことへの仕返しみたいよ」
なんだ、それ。
ドンッと足で前を塞いで微笑んだ。
「どこで、飲み会?」
「しゃ、社長!?」
「どこ?」
「最近できたイタリアンレストランです」
手を震わせながら、スマホを操作し、こっちに地図と店名を見せる。
「そうか。ありがとう」
社長室に戻ると、運転手に電話した。
憂鬱そうな顔をしていたと思ったら、そういうことか。
相談しろよと思いながら、飲み会があるというレストランまで向かった。
俺に対して運転手は余計な詮索はしない。
大抵、汚い仕事を受け持つのは俺の役目のせいか、宮ノ入みやのいり会長のジジイに言われているからか、知らないが、あまり口を利かない。
いちいち聞かれなくて助かっているが、よっぽどジジイは怖いらしい。
「少し待っていてくれ」
「わかりました」
とりあえず、雰囲気を見て、連れ出せばいい。
店内を見渡すといた。
「いらっしゃいませ」
にこりと人の良さそうな微笑みを浮かべて言った。
「すみません。待ち合わせをしていた者が店にいるようでして」
「は、はい。どうぞ」
女性のホール係はあっさり通してくれた。
たいしたことなさそうな男が三人並んでいた。
なにか話している。
近くまで行くと、声が聞こえた。
「先輩ってビッチですよねー」
「は?」
木村有里はぽかんとした顔でビッチ呼ばわりした女を見た。
ビッチ?
木村有里のどこがそれなんだ?
「今、先輩って社長秘書で、社長を狙ってますもんね。社長に色目を使ってるって、会社の受付の子達言ってましたよー」
そう言われ、言い返せばいいのに困った顔をして、なにか考えている。
まあ、この場合、何を言っても信じてもらえないだろう。
運良く間に合ったということだ。
「色目を使われた覚えはないな」
「しゃ、社長!」
驚いていた。
「有里さん、今日、食事の約束をしていたと思うんだけど?」
「えっ」
話を合わせろよ、と思いながら、続けて言った。
「それじゃあ、失礼しようか。そうだ。これ、有里さんの食事代にどうぞ」
財布を取りだし、適当にパラパラとお金を上から、まいてやった。
誰もなにも言えずにいるのが、可笑しかった。
微笑み、手を取って肩を抱き寄せ、親密そうな雰囲気を出して店から出る。
車に乗ると、やっと木村有里が口を開いた。
「あの、食事の約束ってしてました?」
「まさか。たまたま食事をしようと思って、入ったら有里さんがいたからね。挨拶をしようとしたら、不名誉なことを言われていたし」
「偶然とはいえ、助かりました。ありがとうございます」
偶然!?
は?そんなわけあるか!
普通なら、こう潤んだ目で助かりましたとか、あるだろ?
木村有里は顔色ひとつ変えなかった。
まさか、こんなアホな嘘を信じたのか?
あり得ないだろう。
表面上は笑顔を見せていたが、心の中は穏やかではなかった。
なんなんだ。この女は。
そう思いながら、自宅まで送り届けたのだった。
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