ネトゲ女子は社長の求愛を拒む

椿蛍

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「八百屋からもらったメロン、食べていいわよ」
大きなメロンを片手に母親が現れ、どんっと台所のテーブルに置いた。
同じ商店街で店をかまえる八百屋からメロンをもらったらしい。
「ふむ」
台所で包丁を取りだし、包丁をぎ終わると、ドヤ顔で伊吹いぶきに言った。
「狩りにいこうぜ!」
「姉ちゃん、そういうのいいから。はやくもらい物のメロン切ってくれ」
面倒そうに言われた。悲しい。
「はあ。つまんない弟ね。ノリが悪いったら」
「メロン切るのに包丁を研ぐ必要はないだろ」
「雰囲気よ、雰囲気」
このロマンがわからないとは。
「なあなあ。金曜日の夜、黒塗りの車で帰ってきていただろ?」
「あー、うん。社長が送ってくれてさ。あんな車に乗ることないから、びっくりしたわ」
「まさか、予定ってその社長とデート?」
「伊吹よ」
弟に憐れみの目を向けた。
「すぐに男女の仲に結びつけるのは童貞の証だよ?」
ぽんっと肩を叩いた。
「ほんっと最低だな。お前!年頃の弟に言うことかよ!」
「早く素敵な彼女を見つけなよ。ほら、憐れな弟よ。メロンをお食べ」
メロンに切り目をいれて、弟に差し出した。
コップに氷をいれ、切ったメロンをいれ、サイダーをそそぎ、あとはポテトチップスを―――って。
「ポテチがない!私のポテチがあああ」
「あ、俺が食べた」
「何してくれるんだよ!!」
「お腹すいたから」
「私のポテチだ!返せ!」
伊吹の肩を掴み、がくがくと揺すった。
「わかった!わかったから、コンビニ行って、買ってくる!」
「え、じゃあ、一緒に行こうかな。補給物資がないと前線で戦えないからね。買いだめしておこ」
財布と携帯だけ、持ち、伊吹と外に出た。
ちょっとラフな格好だけど、まあいいや。
「姉ちゃん、チョコも買うのか」
「チョコは疲れた頭にいいからね」
「なにが疲れた頭だよ。朝からゲームしかしてねーだろっ!チョコ、ポテチ、チョコ、ポテチの無限ループ地獄にハマるぞ」
確かに。 
「だが、それがいい!」
「あ、そう」
弟は呆れながら、ポテチの袋を手にしていた。
そして、自分用にちゃっかり新作を買っている。
これだから、末っ子は。
「さー、帰ったら、またダラダラしよー」
まだ日曜日は終わらない。
スキル上げでもしよっと!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


月曜日、家の前に黒塗りの車がとまっていた。
「おはようございます」
運転手さんが挨拶をする。
「はあ、おはようございます。なにかありました?」
直真なおさだ様がお待ちです」
「社長が?」
う、うわあ。
えらそーな車だな。
「どうぞ」
ドアを開けてくれた。
「あ、どうもありがとうございます」
「おはよう。有里さん」
朝に相応しいさわかな笑顔で社長が座っていた。
「すみません。なにかトラブルがありましたか?」
「とりあえず、乗ってくれるかな」
「はい」
「社長秘書という立場上、妬まれて他の社員から嫌がらせを受けると思うのですが、大丈夫ですか?」
「あ、それは。なれているので、大丈夫です」
あるあるだよー。
レア装備とか、高額装備を身に付けてると、絡まれるからね。
仕方ない。
「世の中、そういうこと多々ありますよ。気にしたら負けですよ」
気遣い屋さんだなあ。もう。
社長は難しい顔でうーん、と唸っていた。
どうしたのかな。
「もし、迷惑でなければ、毎朝迎えにくるつもりだったんですが」
「いえ、結構です」 
即答した。
そんなことされたら、バージョンアップ当日にずる休みじゃない、大人の正しい有給休暇の使い方ができなくなるじゃん!
「秘書というより、雑務係ですし、そこまでしていただかなくても平気ですから」 
「そうですか。必要なら、言ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
会社に着くと、駐車場から先に出た。
一緒に出社したら、それこそ、何を言われるやら。
受付のメンバーが全員変わっていた。
あれ?
「木村さん。おはようございます」 
「おはようございます?」
いつも無視なのにどうしたんだろう。
しかも、なんか怯えてる?
エレベーターまで行くと、同じく宮ノ入みやのいりから出向中の人事部長がいた。
50代前半で落ち着いた雰囲気の人だった。
「木村さん。さすが、宮ノ入社長の奥様と仲がいいだけありますね」
「はい!?」
「金曜日の夜に八木沢やぎさわ社長から直々に電話があって、受付を全員入れ替えろっと言われまして。いやあ。あの八木沢社長を動かせるのは宮ノ入の社長くらいですよ」
「そんなこと頼んでないですよ!?」
「ははは。いいんですよ。そんな、隠さなくても」
部長は笑いながら、エレベーターから降りていった。
どういうことよ。
悶々もんもんとしながら、誕生日のメッセージを作成した。
今はおめでとうなんて、書くような気分になれなかった。
受付の子達はどこに配属になったのか。
はあ。
思わず、ため息を吐いた。
「どうかしました?」
社長がドアの前にいた。
「ちょっと小耳に挟んだんですが。受付の子達を全員入れ替えしたって」
社長は虫をも殺さぬような清らかな顔で言った。
「会社の顔となる受付が社員の悪口を言いふらすような人間性の持ち主では困りますからね。当然の措置ではないですか?」
「はあ」
言ってることは間違ってはいないけどさ。
「あのー、私が言うのもおかしいんですけど。やり過ぎは恨みを買って、後々、仕返しされますよ」
「仕返しにきたら、二度とそんなことを考えれないくらいにやってやればいいだけでしょう」
社長の声は背筋が寒くなるくらい冷たいものだった。
笑顔なのに笑っていない気がした。
「それよりも」
社長が部屋に入ってきて、顔を近づけた。
いい香りがした。
「自分の身をしっかり守ってくださいよ。秘書さん」
これ以上、近寄られないようにこくこくっと首を縦に振った。
ふっと社長は笑って、部屋から出ていった。
な、なんだったんだー!
今のは。
色気ありすぎしゃない?
こ、怖っ。
男が女を誘惑するとか。
八木沢社長、奥深すぎる。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


家に帰ると、珍しく長男の圭吾けいご兄ちゃんが遊びに行かずに真面目に店番をしていた。
「ただいまー」
「有里っ!今朝、悪そうな男が迎えに来たって伊吹から聞いたんだか」
「悪そうな男はお前だよ」
母親からの冷静なツッコミが入った。
圭吾兄ちゃんの服装はグラサンにアロハシャツ、配達はスクーターに乗り、ビーチサンダル、髪の毛は金髪。
どこから、どうみても柄の悪いチンピラにしか見えない。
「母ちゃん!悪い虫が有里についたんじゃないか!?」
「お前が言うんじゃないよ。圭吾、あんたが店番していると営業妨害にしかならないんだよ!配達にいっといで!」
ビール瓶が入ったビールケースを渡され、渋々、圭吾兄ちゃんは出ていった。
「あんたにもとうとう春がきたね!」
うーん。伊吹は悪い男と思ったか……。
社長の本当の顔って、ただのさわやかなイケメンじゃないのかもしれない。
二人のやり取りを見ながら、何となくそう思っていた。
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