40 / 43
40 判定は下される
しおりを挟む
半年後、私と夏向は再び倉永の家に訪れた。
すでに季節は冬になり、庭はうっすらと白く雪に覆われていた。
以前、案内された座敷には昔懐かしい灯油のストーブが置かれ、おばあさんは着物の上に毛糸で編まれたショールを羽織っていた。
おばあさん、叔父さん夫婦がすでに待ち構えていた。
「約束の半年だよ」
ゆっくりと私達を吟味するようにおばあさんは顔を見比べて言った。
「どちらからでもかまわないよ」
「それではお義母様、私の方から」
叔父さんは頷いた。
「私達はお義母様のお着物を仕立てさせて頂きました。手描き友禅のもので作家のお品です。訪問着にお使いください」
出された着物は黄色の生地に扇の絵が描いてある正絹の立派なものだった。
けれど、それを見たおばあさんは苦笑した。
「ちょっと派手だね。それに訪問着ならこれより立派な物を何着も持っているからねぇ。そんなにでかける機会も減ってしまったし」
ふう、とおばあさんはため息を吐いた。
「そんなこと言わないで母さん、着たらいい。着物が好きだろう?」
「嫌いじゃないけれど、押しつけがましいのは嫌いだね」
気分を害したのか、叔父さんを睨みつけていた。
「それで、そっちは何を持ってきたんだい」
「はっ、はい!炊飯器です!」
「炊飯器?」
叔父さんはぷっと吹き出した。
「ご飯でも炊くのか?まあ、母さんはご飯派だけどな」
段ボールをあけて、漆っぽく仕上げた黒の外装と木目の蓋の炊飯器を出した。
「この炊飯器は私が入社した時からとっていたデータと夏向のプログラムで動くようになっています。今、あるお米の全品種に対応した炊飯器でジャストの炊き上がりに設定されています」
「まあ……二人が」
おばあさんは驚いていた。
なんの仕事をしているかも知らなかったのかもしれない。
食いついてくれたことが嬉しくて、つい私は熱く炊飯器を語ってしまった。
「米の固さも選べます。年配の方にも好まれるような柔らかさを三コース、お粥ももっちりとあっさりの二コースの選択ができます。水の調整は炊飯器が自動でしてくれ、不要だと思われる水はこの水受けに排出されるようになってます」
「そうねぇ、固いご飯を食べるのは最近、辛くてね」
「これは大奥様、便利ですね」
厳しい顔をしていたお手伝いさんも表情を和らげ、炊飯器を興味深そうに眺めてくれた。
「ぜひ!使ってみてください。お粥も水っぽいのがお好きならあっさりでどっしりとしたお粥がお好きなら、もっちりのコースを試されて頂くといいかと」
「朝はお粥なのよ。嬉しいわ」
おばあさんは喜んでくれたみたいだった。
感無量。
「……テレビショッピングかな」
「ちょっと黙ってて」
笑顔で夏向の口に手をあてた。
まったく、余計なことしか言わないんだから。
「そう……ちゃんと仕事しているのね」
おばあさんは嬉しそうに言った。
「夏向はすごいんですよ!時任グループで副社長だし、今、人工知能を使ったマンションの建設も進めていて、次世代型住居にも携わってるんです。たまたま、私と夏向が一緒に炊飯器を開発していたので炊飯器を持ってきましたけど、夏向のやってることのほうが大きい仕事なんです」
「あら、そんなことないわ。こうして普段使えるものが嬉しいわ。ありがとう」
炊飯器好きに悪い人はいない―――おばあさん、いい人だなぁ。
「それはいいから、土地」
「夏向」
再び、手で夏向の口を塞いだ。
もがもが言っているけど、手を外す気はない。
せっかくのいい流れがっ!
「か、母さん、まさか倉永の家を孫に継がせる気じゃ」
「私は最初からそのつもりでしたよ」
「お義母様!!!」
「財産を食いつぶす息子夫婦より、遠くにいる孫夫婦のほうが可愛く感じるのは当たり前でしょう?」
「そ、そんな」
「ねえ、桜帆さん。迷惑でなければ、この倉永の家を守っていただきたいの。お願いできないかしら」
「わっ…私!?」
「どうして桜帆?」
「どう考えても桜帆さんのほうがしっかりしているからねぇ…」
遠い目でおばあさんは言った。
「私が元気な間は構わないけど、ここが荒れるのはしのびないの。どうか、この通り」
す、とおばあさんは頭を下げた。
「やっ…やめてください。そんな!夏向からもなにか言ってよ!」
「桜帆がいいなら、俺もいいけど」
どうなのよ、それは。
「私はその……家を守るとか、よくわかりませんけど。荒れないようになら、な、なんとか」
「そう、それでいいわ」
にこりとおばあさんは笑った。
「母さん!」
「お義母様!」
「まだいたのかい?そうそう貸した金は倉永の家の弁護士がちゃんと付けてくれてあるからね。きっちり返すんだよ」
叔父さん達は呆然として、口をあんぐりあけていた。
「炊飯器のお礼に土地はタダであげよう。結婚祝いもまだだったしね」
おばあさんはそう言って、私にカモメの家の土地をプレゼントしてくれたのだった。
すでに季節は冬になり、庭はうっすらと白く雪に覆われていた。
以前、案内された座敷には昔懐かしい灯油のストーブが置かれ、おばあさんは着物の上に毛糸で編まれたショールを羽織っていた。
おばあさん、叔父さん夫婦がすでに待ち構えていた。
「約束の半年だよ」
ゆっくりと私達を吟味するようにおばあさんは顔を見比べて言った。
「どちらからでもかまわないよ」
「それではお義母様、私の方から」
叔父さんは頷いた。
「私達はお義母様のお着物を仕立てさせて頂きました。手描き友禅のもので作家のお品です。訪問着にお使いください」
出された着物は黄色の生地に扇の絵が描いてある正絹の立派なものだった。
けれど、それを見たおばあさんは苦笑した。
「ちょっと派手だね。それに訪問着ならこれより立派な物を何着も持っているからねぇ。そんなにでかける機会も減ってしまったし」
ふう、とおばあさんはため息を吐いた。
「そんなこと言わないで母さん、着たらいい。着物が好きだろう?」
「嫌いじゃないけれど、押しつけがましいのは嫌いだね」
気分を害したのか、叔父さんを睨みつけていた。
「それで、そっちは何を持ってきたんだい」
「はっ、はい!炊飯器です!」
「炊飯器?」
叔父さんはぷっと吹き出した。
「ご飯でも炊くのか?まあ、母さんはご飯派だけどな」
段ボールをあけて、漆っぽく仕上げた黒の外装と木目の蓋の炊飯器を出した。
「この炊飯器は私が入社した時からとっていたデータと夏向のプログラムで動くようになっています。今、あるお米の全品種に対応した炊飯器でジャストの炊き上がりに設定されています」
「まあ……二人が」
おばあさんは驚いていた。
なんの仕事をしているかも知らなかったのかもしれない。
食いついてくれたことが嬉しくて、つい私は熱く炊飯器を語ってしまった。
「米の固さも選べます。年配の方にも好まれるような柔らかさを三コース、お粥ももっちりとあっさりの二コースの選択ができます。水の調整は炊飯器が自動でしてくれ、不要だと思われる水はこの水受けに排出されるようになってます」
「そうねぇ、固いご飯を食べるのは最近、辛くてね」
「これは大奥様、便利ですね」
厳しい顔をしていたお手伝いさんも表情を和らげ、炊飯器を興味深そうに眺めてくれた。
「ぜひ!使ってみてください。お粥も水っぽいのがお好きならあっさりでどっしりとしたお粥がお好きなら、もっちりのコースを試されて頂くといいかと」
「朝はお粥なのよ。嬉しいわ」
おばあさんは喜んでくれたみたいだった。
感無量。
「……テレビショッピングかな」
「ちょっと黙ってて」
笑顔で夏向の口に手をあてた。
まったく、余計なことしか言わないんだから。
「そう……ちゃんと仕事しているのね」
おばあさんは嬉しそうに言った。
「夏向はすごいんですよ!時任グループで副社長だし、今、人工知能を使ったマンションの建設も進めていて、次世代型住居にも携わってるんです。たまたま、私と夏向が一緒に炊飯器を開発していたので炊飯器を持ってきましたけど、夏向のやってることのほうが大きい仕事なんです」
「あら、そんなことないわ。こうして普段使えるものが嬉しいわ。ありがとう」
炊飯器好きに悪い人はいない―――おばあさん、いい人だなぁ。
「それはいいから、土地」
「夏向」
再び、手で夏向の口を塞いだ。
もがもが言っているけど、手を外す気はない。
せっかくのいい流れがっ!
「か、母さん、まさか倉永の家を孫に継がせる気じゃ」
「私は最初からそのつもりでしたよ」
「お義母様!!!」
「財産を食いつぶす息子夫婦より、遠くにいる孫夫婦のほうが可愛く感じるのは当たり前でしょう?」
「そ、そんな」
「ねえ、桜帆さん。迷惑でなければ、この倉永の家を守っていただきたいの。お願いできないかしら」
「わっ…私!?」
「どうして桜帆?」
「どう考えても桜帆さんのほうがしっかりしているからねぇ…」
遠い目でおばあさんは言った。
「私が元気な間は構わないけど、ここが荒れるのはしのびないの。どうか、この通り」
す、とおばあさんは頭を下げた。
「やっ…やめてください。そんな!夏向からもなにか言ってよ!」
「桜帆がいいなら、俺もいいけど」
どうなのよ、それは。
「私はその……家を守るとか、よくわかりませんけど。荒れないようになら、な、なんとか」
「そう、それでいいわ」
にこりとおばあさんは笑った。
「母さん!」
「お義母様!」
「まだいたのかい?そうそう貸した金は倉永の家の弁護士がちゃんと付けてくれてあるからね。きっちり返すんだよ」
叔父さん達は呆然として、口をあんぐりあけていた。
「炊飯器のお礼に土地はタダであげよう。結婚祝いもまだだったしね」
おばあさんはそう言って、私にカモメの家の土地をプレゼントしてくれたのだった。
16
お気に入りに追加
3,924
あなたにおすすめの小説
強気なサッカー選手の幼馴染みが、溺愛彼氏になりました
蝶野ともえ
恋愛
「なりました。」シリーズ、第2作!
世良 千春(せら ちはる)は、容姿はおっとり可愛い系で、男の人にはそこそこモテる、普通の社会人の女の子。
けれど、付き合うと「思ってたタイプと違った。」と、言われて振られてしまう。
それを慰めるのが、千春の幼馴染みの「四季組」と呼ばれる3人の友達だった。
橘立夏(たちばな りっか)、一色秋文(いっしき あきふみ)、冬月出(ふゆつき いずる)、そして、千春は名前に四季が入っているため、そう呼ばれた幼馴染みだった。
ある日、社会人になった千春はまたフラれてしまい、やけ酒をのみながら、幼馴染みに慰めてもらっていると、秋文に「ずっと前から、おまえは俺の特別だ。」と告白される。
そんな秋文は、人気サッカー選手になっており、幼馴染みで有名人の秋文と付き合うことに戸惑うが………。
仲良し四季組の中で、少しずつ変化が表れ、そして、秋文の強気で俺様だけど甘い甘い台詞や行動に翻弄されていく………。
彼に甘やかされる日々に翻弄されてみませんか?
☆前作の「なりました。」シリーズとは全く違うお話になります。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
シングルマザーになったら執着されています。
金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。
同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。
初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。
幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。
彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。
新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。
しかし彼は、諦めてはいなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる