42 / 43
番外編 【夏向】
君の欲しいもの(前編)
しおりを挟む
四月―――窓の外には桜の花が舞っていた。
本当は桜帆と離れたくなかった。
寂しくてしかたがない。
「おい!起きろ!」
「いやだ」
ごろごろとベッドの上に転がり、窓の外を眺めていた。
こんな悲しい気分じゃ、起き上がれない。
「なにが『いやだ』だ。行くぞ」
「やる気がでない」
ずるずると同室の朗久が体をひきずり、廊下に放り出した。
「寮長に殺されるぞ」
「朗久が守って」
「お前、どこまで他力本願なんだよ!髪くらい自分でとかせよ」
そういう朗久も髪の毛はぼさぼさだけど、わざと前髪で目を隠しているみたいだった。
「おー!起きてきたかー」
「毎朝、ご苦労さん」
隣の部屋の宮北と備中はすでに廊下に並んでいた。
朝の点呼がある。
寮長が一人ずつチェックするけど、正直めんどい。
これ、必要?
「おい。倉永。せめて立て」
毎朝のことなので、もう諦めてほしい。
「力が出ない」
「猫かなんかか?」
「そうかも」
寮長ははぁっとため息をついた。
この高校は変わり者が集まってくるらしく、寮長は諦めて通りすぎて行った。
「入学したなりはそうでもなかったのにどうした?」
「……わからない」
体がだるい。
起き上がれない。
もうずっと眠っていたい。
朗久はその答えを知っていた。
「ホームシックだな」
「俺が?」
「猫は環境が変わると慣れるまでに時間がかかるかならな。少しずつ慣れていけばいい。ほら、食堂行くぞ」
ホームシック。
やけにその言葉がなじんだ。
窓の外の桜の花が風で散っていった。
きっとカモメの家の桜の花はまだ散らずに残っているだろう―――そう思いながら寮を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「時任と倉永の教科書、綺麗なままだな……」
宮北と備中が英語の課題をしながら、俺と朗久に言った。
もう夏が来る前には俺と朗久は授業を受けていても退屈なだけだった。
放課後はパソコン同好会の部室を勝手に占拠し、俺と朗久は気が向いたところを狙ってハッキングして遊んでいた。パズルを解くみたいで楽しい。
難しければ、難しいほど―――たまらない。
「面白いことがしたいな」
朗久が唐突にそんなことを言った。
「面白いことってなんだよー」
英語の課題を終わらせた宮北が聞くと、朗久はうーんと唸っていた。
「金儲け?」
「俗物だねぇ」
備中もすでに課題を終わらせ、哲学の本を読んでいた。
何が面白いのか、わからないけど、たまに笑っているのをみると備中にとってはすごく面白い本なんだろう。
「金があれば、自由になれる」
「まあ、自由に好きな部品を買えるか」
「それは魅力的」
三人は朗久が提案する会社を起業するということに興味を持ったみたいだった。
「夏向はどうだ?」
「俺?」
「そうだ。自由になりたくないか」
夏の外は明るい。
教室は薄暗く、今、朗久がどんな顔をしているのか見えなかった。
「自由でいたい」
倉永の家に閉じ込められずに済むなら、なんだっていい。
自分では何も選べず、桜帆にも会えず、二度とあんな苦しい思いはしたくなかった。
「でも、俺、何もできないよ」
「できるさ。力の使い方を知ればな」
朗久は笑った。
なにかできるようになれば、俺は変われる気がした。
桜帆と一緒にいても許されるかもしれない。
本当は離れたくなかった。
でも、離れることを選んだ。
桜帆が行けと言うし、そばにいても俺はなにもできないから、迷惑になるだけだった。
「俺が必要?」
「もちろん」
「それなら、俺もやる」
朗久の退屈しのぎのために起業した。
それが俺達の会社の始まりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一年後、会社は順調に成長し、最近はセキュリティやゲームアプリだけじゃなく、もっとネットサービス全体に手を広げたいと朗久が言い出した。
「そうなると、取引先がな」
俺達四人にも弱点はあった。
営業が苦手だということ。
困ったなーと話していると、ガラッと部屋のドアが開いた。
「部室の使用許可もなく、占拠されては困るんだが」
「誰だ?」
朗久は何をいまさら、という顔で入ってきた人間を見た。
「同じクラスの諏訪部だ!!今、俺は生徒会の手伝いをしているが、お前達の勝手気ままな行動が学校内の風紀を乱しているんだ!」
「生徒会か」
朗久はなるほどと頷いた。
「申請を出してくれ!」
詰め寄る諏訪部だか諏訪湖だか、いう学生が朗久に近寄ったその時ーーー
「すみませーん」
明るく軽い声が響いた。
「きたな」
「朗久の知り合い?」
「なんだ。夏向、覚えてないのか。今年の新入生代表の真辺だ」
「高校生社長に興味があって、声をかけたら遊びにきていいといわれて」
真辺はかんじのいい一年生だった。
不思議と俺も大丈夫で、人懐っこいわりに人と人の距離感をうまくとっていた。
「こんなやつらと関わらない方がいいぞ。新入生代表をしたんだ。輝かしい将来を潰したくないだろう?」
「こんな若輩者の将来を期待して頂き、ありがとうこざいます。そういえば、さっき生徒会長が探してましたよ」
「そうか。急ぎの用か」
真辺に言われて、慌てて出て行った。
「おい。こんなタイミングよく生徒会長があいつを探していたのか?おかしいだろ?」
朗久が聞くと、少しも悪びれた様子はなく、けろりとした顔で真辺は言った。
「えー?あの人を探しているかどうかまでは言ってないですよ」
「……そうだな」
真辺はなかなかの人物のようだった。
結局、朗久はいろいろ言われるのが面倒だったのか、この事件のせいで生徒会長に立候補し、二年生で生徒会長になった。
そして、卒業するともっと会社は大きく成長した―――
本当は桜帆と離れたくなかった。
寂しくてしかたがない。
「おい!起きろ!」
「いやだ」
ごろごろとベッドの上に転がり、窓の外を眺めていた。
こんな悲しい気分じゃ、起き上がれない。
「なにが『いやだ』だ。行くぞ」
「やる気がでない」
ずるずると同室の朗久が体をひきずり、廊下に放り出した。
「寮長に殺されるぞ」
「朗久が守って」
「お前、どこまで他力本願なんだよ!髪くらい自分でとかせよ」
そういう朗久も髪の毛はぼさぼさだけど、わざと前髪で目を隠しているみたいだった。
「おー!起きてきたかー」
「毎朝、ご苦労さん」
隣の部屋の宮北と備中はすでに廊下に並んでいた。
朝の点呼がある。
寮長が一人ずつチェックするけど、正直めんどい。
これ、必要?
「おい。倉永。せめて立て」
毎朝のことなので、もう諦めてほしい。
「力が出ない」
「猫かなんかか?」
「そうかも」
寮長ははぁっとため息をついた。
この高校は変わり者が集まってくるらしく、寮長は諦めて通りすぎて行った。
「入学したなりはそうでもなかったのにどうした?」
「……わからない」
体がだるい。
起き上がれない。
もうずっと眠っていたい。
朗久はその答えを知っていた。
「ホームシックだな」
「俺が?」
「猫は環境が変わると慣れるまでに時間がかかるかならな。少しずつ慣れていけばいい。ほら、食堂行くぞ」
ホームシック。
やけにその言葉がなじんだ。
窓の外の桜の花が風で散っていった。
きっとカモメの家の桜の花はまだ散らずに残っているだろう―――そう思いながら寮を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「時任と倉永の教科書、綺麗なままだな……」
宮北と備中が英語の課題をしながら、俺と朗久に言った。
もう夏が来る前には俺と朗久は授業を受けていても退屈なだけだった。
放課後はパソコン同好会の部室を勝手に占拠し、俺と朗久は気が向いたところを狙ってハッキングして遊んでいた。パズルを解くみたいで楽しい。
難しければ、難しいほど―――たまらない。
「面白いことがしたいな」
朗久が唐突にそんなことを言った。
「面白いことってなんだよー」
英語の課題を終わらせた宮北が聞くと、朗久はうーんと唸っていた。
「金儲け?」
「俗物だねぇ」
備中もすでに課題を終わらせ、哲学の本を読んでいた。
何が面白いのか、わからないけど、たまに笑っているのをみると備中にとってはすごく面白い本なんだろう。
「金があれば、自由になれる」
「まあ、自由に好きな部品を買えるか」
「それは魅力的」
三人は朗久が提案する会社を起業するということに興味を持ったみたいだった。
「夏向はどうだ?」
「俺?」
「そうだ。自由になりたくないか」
夏の外は明るい。
教室は薄暗く、今、朗久がどんな顔をしているのか見えなかった。
「自由でいたい」
倉永の家に閉じ込められずに済むなら、なんだっていい。
自分では何も選べず、桜帆にも会えず、二度とあんな苦しい思いはしたくなかった。
「でも、俺、何もできないよ」
「できるさ。力の使い方を知ればな」
朗久は笑った。
なにかできるようになれば、俺は変われる気がした。
桜帆と一緒にいても許されるかもしれない。
本当は離れたくなかった。
でも、離れることを選んだ。
桜帆が行けと言うし、そばにいても俺はなにもできないから、迷惑になるだけだった。
「俺が必要?」
「もちろん」
「それなら、俺もやる」
朗久の退屈しのぎのために起業した。
それが俺達の会社の始まりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一年後、会社は順調に成長し、最近はセキュリティやゲームアプリだけじゃなく、もっとネットサービス全体に手を広げたいと朗久が言い出した。
「そうなると、取引先がな」
俺達四人にも弱点はあった。
営業が苦手だということ。
困ったなーと話していると、ガラッと部屋のドアが開いた。
「部室の使用許可もなく、占拠されては困るんだが」
「誰だ?」
朗久は何をいまさら、という顔で入ってきた人間を見た。
「同じクラスの諏訪部だ!!今、俺は生徒会の手伝いをしているが、お前達の勝手気ままな行動が学校内の風紀を乱しているんだ!」
「生徒会か」
朗久はなるほどと頷いた。
「申請を出してくれ!」
詰め寄る諏訪部だか諏訪湖だか、いう学生が朗久に近寄ったその時ーーー
「すみませーん」
明るく軽い声が響いた。
「きたな」
「朗久の知り合い?」
「なんだ。夏向、覚えてないのか。今年の新入生代表の真辺だ」
「高校生社長に興味があって、声をかけたら遊びにきていいといわれて」
真辺はかんじのいい一年生だった。
不思議と俺も大丈夫で、人懐っこいわりに人と人の距離感をうまくとっていた。
「こんなやつらと関わらない方がいいぞ。新入生代表をしたんだ。輝かしい将来を潰したくないだろう?」
「こんな若輩者の将来を期待して頂き、ありがとうこざいます。そういえば、さっき生徒会長が探してましたよ」
「そうか。急ぎの用か」
真辺に言われて、慌てて出て行った。
「おい。こんなタイミングよく生徒会長があいつを探していたのか?おかしいだろ?」
朗久が聞くと、少しも悪びれた様子はなく、けろりとした顔で真辺は言った。
「えー?あの人を探しているかどうかまでは言ってないですよ」
「……そうだな」
真辺はなかなかの人物のようだった。
結局、朗久はいろいろ言われるのが面倒だったのか、この事件のせいで生徒会長に立候補し、二年生で生徒会長になった。
そして、卒業するともっと会社は大きく成長した―――
16
お気に入りに追加
3,924
あなたにおすすめの小説
強気なサッカー選手の幼馴染みが、溺愛彼氏になりました
蝶野ともえ
恋愛
「なりました。」シリーズ、第2作!
世良 千春(せら ちはる)は、容姿はおっとり可愛い系で、男の人にはそこそこモテる、普通の社会人の女の子。
けれど、付き合うと「思ってたタイプと違った。」と、言われて振られてしまう。
それを慰めるのが、千春の幼馴染みの「四季組」と呼ばれる3人の友達だった。
橘立夏(たちばな りっか)、一色秋文(いっしき あきふみ)、冬月出(ふゆつき いずる)、そして、千春は名前に四季が入っているため、そう呼ばれた幼馴染みだった。
ある日、社会人になった千春はまたフラれてしまい、やけ酒をのみながら、幼馴染みに慰めてもらっていると、秋文に「ずっと前から、おまえは俺の特別だ。」と告白される。
そんな秋文は、人気サッカー選手になっており、幼馴染みで有名人の秋文と付き合うことに戸惑うが………。
仲良し四季組の中で、少しずつ変化が表れ、そして、秋文の強気で俺様だけど甘い甘い台詞や行動に翻弄されていく………。
彼に甘やかされる日々に翻弄されてみませんか?
☆前作の「なりました。」シリーズとは全く違うお話になります。
不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
入海月子
恋愛
有本瑞希
仕事に燃える設計士 27歳
×
黒瀬諒
飄々として軽い一級建築士 35歳
女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。
彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。
ある日、同僚のミスが発覚して――。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
シングルマザーになったら執着されています。
金柑乃実
恋愛
佐山咲良はアメリカで勉強する日本人。
同じ大学で学ぶ2歳上の先輩、神川拓海に出会い、恋に落ちる。
初めての大好きな人に、芽生えた大切な命。
幸せに浸る彼女の元に現れたのは、神川拓海の母親だった。
彼女の言葉により、咲良は大好きな人のもとを去ることを決意する。
新たに出会う人々と愛娘に支えられ、彼女は成長していく。
しかし彼は、諦めてはいなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる