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番外編 【夏向】
君の欲しいもの(後編)
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大学生になったけれど、桜帆に会うために正月やお盆休み、連休はカモメの家に顔を出していた。
本当は―――会わないほうが桜帆のためにはよかったかもしれないけど、会いたかった。
桜帆は高校生になって、彼氏ができたかどうか、気になっていたけど、カモメの家の手伝いが忙しいのか、彼氏はいないみたいだった。
じっーと桜帆がプリンを作るのを見ていると、笑われた。
「なに?夏向。お腹空いたの?」
「うん」
「あんなにお雑煮とぜんざいを食べていたのに!?」
「うん」
「ちょっと待ってね」
桜帆は何かないか、冷蔵庫を開けたり、戸棚を開けたりしていた。
昔から、俺だけのために桜帆が何かしてくれるのが好きだった。
冷たいテーブルに頬をあてながら、桜帆を眺めていた。
「桜帆は高校卒業したら、カモメの家を出るんだよね?どこかいくとこ決まった?」
桜帆は高校二年生だ。
来年、三年生になるから、もう進路を決めなければならない。
「まだよ」
少し桜帆は寂しそうに笑った。
桜帆がカモメの家にいたいことは俺にもわかった。
「俺のとこにきたら?」
「夏向のところ?」
「うん。広いマンションだから―――」
そう言ってから、後悔した。
桜帆に彼氏ができたり、俺以外の人と仲良くしているのを間近で見て冷静でいられるのか、どうか。
急に不安になった。
「そうね。考えておくわ。ありがとう。夏向」
でも、一緒にいたいと思ってしまう。
「夏向はすごいわね」
「そうかな?」
「みんなにお年玉をあげるなんて、なかなかできないわよ。私にまでお年玉をありがとう」
桜帆になら、なんだってあげるのに。
そう思ったけど、口には出せなかった。
「桜帆。今、欲しい物ある?」
「欲しい物?そうねえ、炊飯器かなあ」
冗談だったのかもしれない。
桜帆は笑っていたけれど、目の端に入った炊飯器は古くてボロボロだった。
カモメの家からの帰り、すぐに家電量販店に寄って、店員さんに言った。
「一番高くていい炊飯器下さい」
きっと喜んでくれるはずだ。
「郵送しよう」
送り状にお届け先を記入した。
ご依頼主……。
ちょっと考えて名前を書いた。
『ななしのごんべい』
これでいい。
下手に名前を書いて、お礼なんて考えられても困る。
大満足でこの年のお正月は終わっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
手紙で大学に行きたいと桜帆が書いていたのを思い出し、進路に悩んでいるかもしれないと思って、桜帆に手紙の返事を書いたけど、あれは俺が寂しかったからだと気づいたのはマンションの床に一人転がっていた時だった。
手紙と言ってもなんと書いたらいいかわからず、適当な一言と住所だけを書いた。
桜帆は律儀にやってくるかもしれない。
正直、後悔している。
こんな冷たくて寒い場所に呼ぶなんてどうかしている。
桜帆はカモメの家で楽しく皆と笑っている方がいいんだ。
床が冷たい。
けれど、ベッドまで行くのさえ、億劫で床に転がった。
自分のためになにかをやるという気持ちが沸いてこない。
このまま、目を閉じ、眠るほうが楽だった。
余計なことを考えなくてすむから。
「やばい……」
あまり食事を食べてないせいか、ふらふらして動けなかった。
水を飲んだけれど、暗い闇にずっしりと体が沈んだのがわかった。
「……桜帆」
このまま、死ぬのかな。
また皆に怒られる。
限界まできて、救急車を呼んで点滴を受けたことがある。
なにもかもが面倒に感じ、頬を床につけて目を閉じた。
どれくらい眠ったのか、わからないけれど、突然体を乱暴に揺さぶられた。
「夏向!!!しっかりしてー!!」
手が暖かくて、声が頭の奥にまで響いた。
目を薄ら開けると、心配そうにのぞき込んでいる桜帆の顔があった。
「夏向?」
来てしまったんだ―――桜帆。
ここに来たら駄目なのに。
「桜帆……お腹空いた……」
難しいことを考える力はなかった。今は。
慌てて桜帆はご飯を作ってくれた。
久しぶりに桜帆の作ったご飯を食べると、体が暖かくなったのがわかった。
おいしい。
結局、俺は桜帆がいないと駄目みたいだった。
高校から大学に入って、桜帆のために距離を置いたのにまったく効果がなくて、余計に一緒にいたくなっただけだった。
やっぱり無理だったんだ……。
こんな苦しむくらいなら、いっそ死ぬまで一緒にいればいいのかもしれない。
ごめんね、桜帆。
心の中で謝った。
「一緒にいてくれるなら、なんでもいい」
だって俺には桜帆がいないとだめなんだから―――
【本編了】
本当は―――会わないほうが桜帆のためにはよかったかもしれないけど、会いたかった。
桜帆は高校生になって、彼氏ができたかどうか、気になっていたけど、カモメの家の手伝いが忙しいのか、彼氏はいないみたいだった。
じっーと桜帆がプリンを作るのを見ていると、笑われた。
「なに?夏向。お腹空いたの?」
「うん」
「あんなにお雑煮とぜんざいを食べていたのに!?」
「うん」
「ちょっと待ってね」
桜帆は何かないか、冷蔵庫を開けたり、戸棚を開けたりしていた。
昔から、俺だけのために桜帆が何かしてくれるのが好きだった。
冷たいテーブルに頬をあてながら、桜帆を眺めていた。
「桜帆は高校卒業したら、カモメの家を出るんだよね?どこかいくとこ決まった?」
桜帆は高校二年生だ。
来年、三年生になるから、もう進路を決めなければならない。
「まだよ」
少し桜帆は寂しそうに笑った。
桜帆がカモメの家にいたいことは俺にもわかった。
「俺のとこにきたら?」
「夏向のところ?」
「うん。広いマンションだから―――」
そう言ってから、後悔した。
桜帆に彼氏ができたり、俺以外の人と仲良くしているのを間近で見て冷静でいられるのか、どうか。
急に不安になった。
「そうね。考えておくわ。ありがとう。夏向」
でも、一緒にいたいと思ってしまう。
「夏向はすごいわね」
「そうかな?」
「みんなにお年玉をあげるなんて、なかなかできないわよ。私にまでお年玉をありがとう」
桜帆になら、なんだってあげるのに。
そう思ったけど、口には出せなかった。
「桜帆。今、欲しい物ある?」
「欲しい物?そうねえ、炊飯器かなあ」
冗談だったのかもしれない。
桜帆は笑っていたけれど、目の端に入った炊飯器は古くてボロボロだった。
カモメの家からの帰り、すぐに家電量販店に寄って、店員さんに言った。
「一番高くていい炊飯器下さい」
きっと喜んでくれるはずだ。
「郵送しよう」
送り状にお届け先を記入した。
ご依頼主……。
ちょっと考えて名前を書いた。
『ななしのごんべい』
これでいい。
下手に名前を書いて、お礼なんて考えられても困る。
大満足でこの年のお正月は終わっていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
手紙で大学に行きたいと桜帆が書いていたのを思い出し、進路に悩んでいるかもしれないと思って、桜帆に手紙の返事を書いたけど、あれは俺が寂しかったからだと気づいたのはマンションの床に一人転がっていた時だった。
手紙と言ってもなんと書いたらいいかわからず、適当な一言と住所だけを書いた。
桜帆は律儀にやってくるかもしれない。
正直、後悔している。
こんな冷たくて寒い場所に呼ぶなんてどうかしている。
桜帆はカモメの家で楽しく皆と笑っている方がいいんだ。
床が冷たい。
けれど、ベッドまで行くのさえ、億劫で床に転がった。
自分のためになにかをやるという気持ちが沸いてこない。
このまま、目を閉じ、眠るほうが楽だった。
余計なことを考えなくてすむから。
「やばい……」
あまり食事を食べてないせいか、ふらふらして動けなかった。
水を飲んだけれど、暗い闇にずっしりと体が沈んだのがわかった。
「……桜帆」
このまま、死ぬのかな。
また皆に怒られる。
限界まできて、救急車を呼んで点滴を受けたことがある。
なにもかもが面倒に感じ、頬を床につけて目を閉じた。
どれくらい眠ったのか、わからないけれど、突然体を乱暴に揺さぶられた。
「夏向!!!しっかりしてー!!」
手が暖かくて、声が頭の奥にまで響いた。
目を薄ら開けると、心配そうにのぞき込んでいる桜帆の顔があった。
「夏向?」
来てしまったんだ―――桜帆。
ここに来たら駄目なのに。
「桜帆……お腹空いた……」
難しいことを考える力はなかった。今は。
慌てて桜帆はご飯を作ってくれた。
久しぶりに桜帆の作ったご飯を食べると、体が暖かくなったのがわかった。
おいしい。
結局、俺は桜帆がいないと駄目みたいだった。
高校から大学に入って、桜帆のために距離を置いたのにまったく効果がなくて、余計に一緒にいたくなっただけだった。
やっぱり無理だったんだ……。
こんな苦しむくらいなら、いっそ死ぬまで一緒にいればいいのかもしれない。
ごめんね、桜帆。
心の中で謝った。
「一緒にいてくれるなら、なんでもいい」
だって俺には桜帆がいないとだめなんだから―――
【本編了】
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