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第3章

21 隠し場所

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 フォルシアン公爵領は王領から西にあり、馬をどんなに急がせても一日以上はかかる。
 日が落ちるギリギリに、フォルシアン公爵家領内になんとか入ることができたのは、御者が機転をきかせ、途中で馬を交換させて走らせてくれたからだ。
 ヴィフレア王家の紋章付きの馬車は誰にも止められることなく、走れたし、馬もすぐに手に入る。
 高級宿屋にもすんなり泊まれた。
 野宿の覚悟でいたけど、御者から紋章付きの馬車を使っている限り、野宿をするなんてとんでもないと叱られてしまった。
 街道は灯りがなく真っ暗だし、魔獣や夜盗が出る恐れもある。
 時間がもったいない気がしたけど、私が王都の外に出るのは初めてで、御者のほうが外には詳しい。
 おとなしく宿屋に泊まった。

 ――でも、宿屋に泊まったのは正解でしたね。

 それも高級宿屋でなくてはならなかった。
 出発前に宿屋の主人に声をかけた。

「すみません。フォルシアン公爵領の地図はありますか?」
「フォルシアン公爵領の地図ですか。いや、それは……」

 断られそうな雰囲気を察して、ウエストポーチから光の魔石をひとかけ取り出した。
 この光の魔石は、プラネタリウムの時に使用した残りで、美しい光を放ち、輝いている。
 私はなにも言わずに、この光の魔石を宿屋の主人の前に置く。
 光の魔石は小指の爪ほどしかない。
 けれど、この大きさであっても、普通の人の年収くらいの価値がある。
 宿屋の主人は目の前に置かれた光の魔石に気づき、息を呑んだ。

「こ、これはっ! 光の魔石!」

 白い手袋をポケットから取り出し、光の魔石を指でつまむ。

「光があふれ、なんと美しい魔石だ」

 強い魔獣を小鳥のように狩るリアムがそばにいるから、強さの感覚が麻痺しているけど、これが普通の反応である。
 王族や貴族ならともかく、一般の人々が光の魔石を手に入れるのは難しい。
 
「……かしこまりました。すぐに地図をご用意いたします」

 正確な地図は王宮図書館にあるけれど、公開されてない。
 他国に自国の地理を知られると、戦いになった時、不利になるからだ。
 もちろん裏では、あまり正確ではない地図が多く出回っているのは、傭兵ギルドに出入りして知っている。
 けれど、貴族相手の高級宿屋ならどうか?
 貴族の要望に応えられるからこそ、高級宿屋。
 そこそこ正確な地図が手に入ると思ったのだ。
 ただし、お金次第。
 宿屋の主人は金庫から地図を取り出し、私に手渡した。
 
 ――これは王宮図書館で見た地図に近いですね。

 地図を広げ、本物に近いものであることを確認した。
 それもフォルシアン公爵領内の詳細が記されている。

「ありがとうございます。では、出発するので代金を……」
「とんでもない! 光の魔石だけでじゅうぶんででございます」

 宿屋の主人に何度も頭を下げられ、大きなバスケットにサンドイッチや瓶に入ったジュース、フルーツをたくさん詰めて渡された。
 王族や貴族は魔石を手に入れやすいけど、普通に暮らしている人たちは違う。
 光の魔石を小指の爪ほどしか渡してないのに、この優遇ぶり。
 狼獣人が違法なルートで売買しようとした気持ちがわかる気がする。

「サーラ。地図を買ってどうするんだ?」
「残り一日と少しで探すには、やみくもに動いても見つかりません。なので、一晩の間にいろいろ考えてみました」

 宿屋の外に出て、御者とフランに地図を見せる。

「竜族が人の姿になれるのは、シエルさんのように長く生きた者のみです。そうなると、ほとんどの竜は空から卵を探すしかありません」

 今も空を見上げると、大きな竜が飛んでいくのが見えた。
 頭上の大きな影に、町を歩く人々は不安そうな顔で眺めていた。

「私がフォルシアン公爵なら、空から見えない場所に竜の卵を隠します」

 竜の襲撃に強い地理であり、失敗したとしても領内に被害を最小限にとどめることができる場所。
 そして、空から見えにくい――それだけで限定されてくる。

「地上から? 屋内ですか?」

 御者は屋内なら難しいのでは……と呟いた。
 でも、私は屋内ではないと思った。

「それも考えましたが、屋内だと竜がどこにいるか、見張りの人間がわかりません」

 フランはなるほどと小さくつぶやく。

「それじゃあ、空の竜を警戒しながら、卵を見張れる場所ってことか」
「そうです。もし、竜が襲撃して小屋や建物を壊したら、卵を守るどころか全員全滅ですからね……」

 竜の力をもってすれば、建物を押しつぶし、尾で薙ぎ払い、壊してしまうだろう。

「じゃあ、外か」

 私はうなずき、地図に描かれた森の絵を指さした。

「私が隠すなら、森を選びます。木々が空からの視線を遮り、降りようとしても大きな音がして、侵入に気づけます。それに、竜の巨体では木々の間を飛び回ることができません」

 御者は私の話を聞き、真剣な顔でうなずいた。

「フォルシアン公爵領の森を巡ればよろしいのですね? ですが、森の中も広い。どうやって探すのですか?」
「フランの嗅覚が役に立ちます。そこに竜の匂いがなければ、卵はありません」
「おれ、竜の匂いわかるかなぁ……」

 フランは自信がなさそうだった。
 もちろん、私も竜の匂いはわからない。

「普通なら、竜が森にいるなんて、ありえないことです。だから、森にはない匂いが竜の匂いです」
「うん。それならわかりそうだ! おれ、頑張るよ!」

 この方法であれば、馬車を走らせながら、短時間で探すことができる。

「では、御者さん。よろしくお願いします」
「かしこまりました。竜の巣へ向かいながら、馬車を走らせましょう」

 馬車に乗ると、さっそく地図を開き、御者に森までの道を教える。
 調べ終わったところには、印をして消していく。
 私たちが森へ向かっている間も、竜が空を飛んでいくのが見えた。
 時折、竜の咆哮が聞こえ、彼らの怒りが伝わってくる。

「急がないと……」

 卵を奪われた彼らは気が立っている。
 気性の激しい竜が、いつ近隣の村や町を襲わないとも限らない。
 けれど、焦る気持ちに反して、卵はなかなか見つからなかった。

 ――どうして、どこの森にもいないの?

 森を巡っても、フランは首を横に振る。
 人の気配さえなく、間違っていたのかもと思い始めてきた。

「サーラ様、どうされますか?」

 御者は次の森へ向かうか、尋ねてきた。
 私は地図を見つめ黙り込んだ。
 竜の卵を探して二日目。
 期限は明日の夜明けまでで、もうすぐ日が暮れようとしていた。

「木の多い場所に隠してあるのは、間違いないと思うんです」

 フランがうーんと唸った。

「木の多いところって、森以外にないのかな?」
「それでしたら、竜の巣近辺に植林地があります。それは森とし地図には記載されてないかもしれません」

 植林地は地図にあったけれど、私は候補から外していた。

「植林地の木は低く、背が高くない木々の中で、隠すのは難しいような気がしたんです」

 竜から見つからないようにするには、暗い森のほうがいいような気がしたからだ。
 けれど、私の考えをフランが否定する。

「魔術があるんだから、木さえあれば、あとはなんとでもなるんじゃないかな?」
「暗闇を作り出す魔術もございますよ」
「魔術……」

 自分が魔術を使えないため、そんな魔術があることをすっかり忘れていた。

「サーラ様。もしかしたら、卵を運搬するために、植林地しか選べなかったのではありませんか?」

 御者に言われ、その可能性に気づいた。

「木を伐り出すため、植林地までの道は整備されていますでしょう? 竜の卵が割れないよう整備されていない道を避けたのではないでしょうか」

 森の道はたしかにガタガタ道だった。
 竜の卵を失えば、竜たちをおびき寄せることができなくなり、作戦は失敗する。

「そうですね。植林地へ行ってもらえますか?」
「かしこまりました」

 御者は植林地へ馬車を走らせた。

 ――竜の卵を見つけたとしても、そこから先、どうやって卵を割らずに運ぶか。

 フランが力持ちとはいえ、大きな竜の卵を抱え、徒歩で竜の巣まで行くわけにはいかないし、馬車に乗せたら、私たちが乗れなくなる。

「まずは見つけてから考えましょう」

 木の苗木が続く植林地を馬車は走る。
 苗木が育ち、背が高い木が生える場所を目指す。
 そこに辿りついた瞬間、フランが声を張り上げた。

「サーラ! 微かだけど、竜の匂いがするよ!」
「本当ですか? やりましたね!」

 私とフランは手を取り合って喜んだ。
 すでに二日目の夕方を迎え、薄暗くなってきていた。
 そして、伐採を控えた植林地は背の高い木が多くて薄暗さを増していた。

「サーラ! このあたりだと思う!」

 私とフランは馬車から降りて、周囲を見回す。
 竜の卵を探す私の目に入ってきたのは、青い蝶だった。

 ――青い蝶。あれは魔道具師長の蝶?
 
 王宮図書館で見た時と同じで、数羽、飛んでいる。
 そこになにかあるのか、蝶たちは動かない。

「もしかして、あそこに竜の卵が?」

 蝶が舞う場所へ走っていく。
 私が近づくと、蝶たちは遠くへ逃げていった。

「フラン! ありましたよ!」
「やったね!」

 竜の卵は木の切り出し作業をする人たちが使う休憩場の岩場に隠されていた。
 魔術を施された鎖が、ぐるぐる巻かれていたけど、卵は無事だ。
 私とフランは喜び、竜の卵へ駆け寄った――その時。

「近寄るな」
「そこから一歩でも動けば、命はないと思え」

 木々の間から、低い声がした、
 それは、竜の卵を守るフォルシアン公爵家に雇われた者たち。
 ここへ彼らを導いたのは青い蝶。
 青い蝶が一羽、彼らの頭上に飛んでいるのが見えた―― 
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