獣人は花嫁を選ぶ~学食のお姉さんは狼に溺愛される~【獣人シリーズ②】

椿蛍

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22 守護

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「おい。なんだ、これ……」

「やばいぞ」

そんな声がして、そっと目を開けると、目の前の獣人達は苦しげに汗を流し、その手を震わせていた。
私に触れる一歩手前で、その手は止まっていた。

「こいつ、マーキングされてるぞ」

「話が違う!」

ぎろりと獣人達が母を睨んだ。
上位の獣人のマーキングがあれば、力の弱い獣人は触れることができなくなる。

「泉地……」

私はその場に安心して、へたりと座り込んだ。
泉地の匂いがまだ残っているから、私には誰も触れられない。
泉地は守っていてくれていた。
今、ここにいなくても。
涙がこぼれた。

「どういういことよ!」

獣人の知識がない母は適当に返事をしていたのだろう。
母は怒り狂い、その手を私の胸倉にかけた瞬間―――母の体が吹き飛んだ。
ドンッと壁に強くぶつかり、母は痛みで顔をしかめる。

「ごめん、遅くなって」

「泉地!」

茶色の瞳が私の姿を映していた。
一週間しか離れていなかったのに懐かしく感じる。
泉地は手を伸ばし、私を抱きしめた。
制服のシャツからは泉地の匂いがした。
そのせいか、また涙がこぼれてきて、顔をあげられなかった。

「美知」

泉地に苦しいほど抱きしめられて、これが夢じゃないんだとわかる。

「学園の制服! エリートじゃねえか!」

「待て。狼の臭いがするぞ」

「まさか狼谷かみやの……!?」

獣人達が目に見えて、うろたえだした。

「俺は狼谷直系にして、狼谷家当主。狼谷かみや泉地いずち

低い声で泉地は答え、ぎろりと茶色の目を鋭く獣人達に向けると、ひっと息を呑む音がした。

「当主って、狼のトップ……?」

「嘘だろ……。狼のカヴァリエ?」

「俺達、殺されるんじゃねえか」

さらにもう一人、ベランダから、ひょいっと顔を出した。

「はいはーい。鷹我おうがもいるよ! ちゃーんと悪さしたとこ、動画に撮ったからね! 全員、適合者保護法に基づいて、警察に引き渡すからねー。痛い目にあいたくないなら、ちゃっちゃと捕まろっか」

明るい声で鷹我君は言った。
そして―――

「なんだ、このチンピラどもは」

金の髪に金色の瞳、圧倒的な存在感。
学園のトップにして、獣人の王。
一歩、アパートに足を踏み入れただけで、母親が連れてきた獣人達はガタガタと震えだした。

「獅子だ」

獅央家しおうけ……」

獣人達は腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

「キング、驚かせ過ぎですよ」

鷹我君は苦笑した。

「だから、高也は来なくていいって言ったのに」

「はあ? 帰るなり、お前が死にそうな顔で学園から飛び出して行くからだろ?」

「カヴァリエを連れ去られたら、そうなるよ。高也だってね」

「俺のなら、相手が誰であろうと殺す。そいつが法で裁かれる前にな」

鷹我君は冗談にはせず、黙ってうなずいた。
そこにいるだけで、ピリピリとした空気を感じる。
私が獣人でないにも関わらず。
獣人であれば、もっと恐怖を感じていたに違いない。
そんな中でも母親はヒステリックに叫んだ。

「待ちなさいよ! 学園に二人の関係をバラされてもいいの?」

「や、やめろ。狼谷になんてこと言うんだ」

「死にたいのか……!」

学生の泉地達のほうが平然としていて、ずっと年上のはずの獣人達は恐怖と不安に満ちた目をし、怯えたように部屋の片隅に逃げている。
強い獣がそこにいて、補食されることを怯えるように丸まっていた。

「いいよ。ばらしても」

泉地は笑う。
そして、嬉しげに私の両頬を包み込んだ。

「そしたら、俺は美知を他の獣人の目に触れないところに置くよ。学園は獣人ばかりだから危険だ」

泉地のほうが危険な気がする。
その目から、すいっと目をそらした。
さすがにちょっとそれは困る。

「おばさん。獣人の世界はね、人間の世界よりシビアなんだよ。ねぇ? おじさん達?」

鷹我君の言葉に素直にうなずく。

「力がすべて―――それだけ」

優しいはずの鷹我君の目は冷たい。

「人間と違って、俺達はとってもシンプルなんだ。だからね、学生とか、年齢とか、関係ない。バラしたところで、獣人達はなんの感情もない。相手が見つかってよかったねってくらいだよ」

キングはなにも話さず、蔑むように彼らを見下ろしていた。
彼は微笑むことなど、あるのだろうか。
それくらい温度のない、彫刻のような顔をしていた。

「人間は面倒だね」

母はそれでも、負けずに言った。

「狼谷の家はどうするの? 弁護士さんは言ってたわよ? お金でなんとかなるならって」

泉地は母を憐れむように笑った。

「今、狼谷で一番力があるのは俺だ。決定するのは父じゃない。俺だよ」

「子供のくせに! 笑わせないでよ!」

「どう受け止めたかは知らないけれど、お金で済むなら、支払ってやれとは命じたけど? 美知に近づかないっていう約束でね。ちゃんと聞いてた?」

す、と泉地の目が細められた。
見たことないくらいに冷え冷えとしていた。

「おばさん。適合者保護法にはね、子供である適合者を売買未遂であったとしても、計画しただけで、適合者の子供に近づくことを禁じる法律があるんだ。あと、未遂でも警察に捕まるからね?ちゃんと罪を償ってきてね?」

鷹我くんはにこにこと動画を見せた。 

「何年、刑務所に入るのかなあ。適合者売買は重罪だからねっ!こっちは優秀な弁護士つけて、しっかり罪を償えるようにしてあげるね?」

遠くでパトカーのサイレンの音がした。

「泉地、学園に戻るぞ。豹路ひょうじにいないことがバレると面倒になる。後の始末はポーンに一任する」

「はーい。任せといてー」

「鷹我君。ありがとう」

「いいよ、ナイトを頼むねっ」

アパートの部屋の床の上で呆けて、動けなくなっている母はこちらを一度も見なかった。
これが、母の姿を見た最後になった――― 
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