114 / 239
第一部 決闘大会編
百十四話
しおりを挟む
話し終えた二見は、俺の反応を窺うように見た。
「そっか。俺、四階から落ちたのか……」
「そこ?!」
だって、四階ってすげえ高さあるじゃん。そこから落ちたなら、記憶が無くなってるくらい普通な気がしてきたぜ。
「まるっきり、自分のことと思えねえや。よく生きてたなー」
「のんきって言われない?」
ハハハと笑うと、二見は呆れ顔になった。
いや、俺もさ。覚えてたら怖かったのかもしんねえけど、全部忘れてるからピンとこないんだ。
二見は、ピアスを弄りながらため息をつく。
「まあいいや、続きを話すよ。キミをリンチした生徒達は、全員退学になったって言ったよね? そいつらが処分されたことで、状況はだいぶ落ち着いた。――それに、桜沢祈自身が、キミから離れたのが良かったんだろうね。自分達の偶像が劣等生を構わなくなって、みんなとりあえず溜飲を下げたわけ」
「あ……そっか」
――トキちゃん、俺に近づかないで。
俺を避け始めたときの、イノリの言葉を思い出した。
イノリは、俺に危害が及ばないように一人になったんだよな。自分だって、色んな奴らに絡まれて、大変な思いしてたのに。
それに。
ダチが大怪我して、平気なはずない。優しい奴だもん。きっと、すげぇショックを受けたはずだ。
俺だって、もしイノリが死にかけたりしたら……。
ずーんと俯くと、二見が「あちゃー」ってあきれ声を出す。
「気持ちはわかるけど、落ち込んでも仕方なくね?」
「そうだけど……」
「大事なのは、これからどーするかじゃん。今更自分を責めたって、楽しいのはキミだけでしょ」
「……!」
俺は、かーっと項が熱くなった。
二見の言う通りだ。今、俺がうだうだ言ったって、イノリが辛かったの、なくなるわけじゃない。
それより、今から俺に何ができるか、考えなくちゃだよな。
「ありがとう、二見」
そう言うと、二見は満足そうに笑った。
「まあ、そうは言っても」
二見は、水をぐびっと飲んだ。
「キミは桜沢より、自分の心配したほうがいいよね。危なっかしすぎ」
「へ?」
「前もさ、普通にヤバかったんだから。第一発見者によると……」
「第一発見者?」
問い返すと、二見は頷いた。
「その人の迅速な通報のおかげで、医療班がすぐに駆けつけ加害生徒もお縄、ってことになったらしいよ。はは、風紀って役に立たないよねー」
「そ、そんなことねえって。……でも、そっか。その発見者の人、俺の命の恩人なんだな」
一体、どんな人だろう。ちゃんと会ってお礼が言いてえな。
そう言うと、二見は意外そうに青い目を瞬かせた。
「あの人、言ってなかったんだ。……キミが忘れてたから、気を使ったのかな? それとも――まぁ、何でもいいけど」
「あの人? 二見、知ってんのか?」
「そりゃ、風紀は事情聴取したからね。待ってて」
二見は、自分の勉強机からタブレットを持ってきた。すいすいと手早く操作して、俺の目の前に突き出した。
「ほら、この人だよ。知ってるでしょう」
「――えっ」
俺は瞠目した。
タブレットに表示されてたのは、今年の七月に発行されたらしい広報誌。半袖を着た生徒たちが、七夕の短冊を持っている写真が大写しになってた。
二見が指さしたのは、手前に写っている生徒。
小柄で、女の子みたいにかわいい顔。ふわふわした髪――色は青じゃなくて、赤だけど。
「須々木先輩?!」
びっくりして、二の句が継げない。
――須々木先輩が、俺の命の恩人?
まじまじと、写真の先輩を見て。ふと、「そうか」って納得してる俺がいた。
須々木先輩は、最初から俺とイノリのこと気遣ってくれたもんな。
もしかして、俺が死にかけたのを助けてくれたから。――ずっと、心配して見守ってくれていたのかも。
俺は、胸がじーんと熱くなった。
「そうだったのか……俺、先輩にちゃんとお礼言わなきゃ」
「いーんじゃない。ところでさぁ、今後の話をしてもいい?」
「今後?」
なんのことかわかんなくて、首を傾げる。
「さっきまでのは、たんなる経緯じゃん。キミがどんだけ危ない立場かって教えるための、前振りなんだけど」
「へ? でも、犯人は捕まったんだろ?」
きょとんとしていると、二見はすっげえでかいため息を吐いた。
「甘い!」
「あでっ!」
バチン! と額を指ではじかれる。こいつ、指の骨固すぎ!
二見は、憮然として言う。
「今まさに、嫌がらせされてんでしょ。誰かがキミに敵意持ってるってコトじゃん」
「で、でもさ。それが、イノリと関係あるとは限らねーじゃん? 実際、今まで何にもなかったし」
額をさすりさすり言うと、二見は首を振った。
「確かに、教科書取ってったのが桜沢祈のシンパとは限らないよ。でも、そうじゃないとも言いきれないよね?」
「うっ」
そう言われると。
言葉に詰まると、二見は目にグッと力を込める。
「用心した方がいい。それに――本当に終わったのかって言うと、わかんないからさ」
「えっ」
「あの事件は、わかってないことが多いんだ。実行犯を退学にしたから、解決する問題じゃないと思う」
「そ、そうなのか?」
「身内の恥をさらすことになるかもだけど。そもそも、主犯の七原ってやつは――」
二見がそう言いかけたとき。
ガチャ、と音を立てて扉が開いた。ギクッとして振り返る。
「ただいま。……あれ、吉村くんじゃないか」
目を丸くして、立っていたのは白井さんだった。
「そっか。俺、四階から落ちたのか……」
「そこ?!」
だって、四階ってすげえ高さあるじゃん。そこから落ちたなら、記憶が無くなってるくらい普通な気がしてきたぜ。
「まるっきり、自分のことと思えねえや。よく生きてたなー」
「のんきって言われない?」
ハハハと笑うと、二見は呆れ顔になった。
いや、俺もさ。覚えてたら怖かったのかもしんねえけど、全部忘れてるからピンとこないんだ。
二見は、ピアスを弄りながらため息をつく。
「まあいいや、続きを話すよ。キミをリンチした生徒達は、全員退学になったって言ったよね? そいつらが処分されたことで、状況はだいぶ落ち着いた。――それに、桜沢祈自身が、キミから離れたのが良かったんだろうね。自分達の偶像が劣等生を構わなくなって、みんなとりあえず溜飲を下げたわけ」
「あ……そっか」
――トキちゃん、俺に近づかないで。
俺を避け始めたときの、イノリの言葉を思い出した。
イノリは、俺に危害が及ばないように一人になったんだよな。自分だって、色んな奴らに絡まれて、大変な思いしてたのに。
それに。
ダチが大怪我して、平気なはずない。優しい奴だもん。きっと、すげぇショックを受けたはずだ。
俺だって、もしイノリが死にかけたりしたら……。
ずーんと俯くと、二見が「あちゃー」ってあきれ声を出す。
「気持ちはわかるけど、落ち込んでも仕方なくね?」
「そうだけど……」
「大事なのは、これからどーするかじゃん。今更自分を責めたって、楽しいのはキミだけでしょ」
「……!」
俺は、かーっと項が熱くなった。
二見の言う通りだ。今、俺がうだうだ言ったって、イノリが辛かったの、なくなるわけじゃない。
それより、今から俺に何ができるか、考えなくちゃだよな。
「ありがとう、二見」
そう言うと、二見は満足そうに笑った。
「まあ、そうは言っても」
二見は、水をぐびっと飲んだ。
「キミは桜沢より、自分の心配したほうがいいよね。危なっかしすぎ」
「へ?」
「前もさ、普通にヤバかったんだから。第一発見者によると……」
「第一発見者?」
問い返すと、二見は頷いた。
「その人の迅速な通報のおかげで、医療班がすぐに駆けつけ加害生徒もお縄、ってことになったらしいよ。はは、風紀って役に立たないよねー」
「そ、そんなことねえって。……でも、そっか。その発見者の人、俺の命の恩人なんだな」
一体、どんな人だろう。ちゃんと会ってお礼が言いてえな。
そう言うと、二見は意外そうに青い目を瞬かせた。
「あの人、言ってなかったんだ。……キミが忘れてたから、気を使ったのかな? それとも――まぁ、何でもいいけど」
「あの人? 二見、知ってんのか?」
「そりゃ、風紀は事情聴取したからね。待ってて」
二見は、自分の勉強机からタブレットを持ってきた。すいすいと手早く操作して、俺の目の前に突き出した。
「ほら、この人だよ。知ってるでしょう」
「――えっ」
俺は瞠目した。
タブレットに表示されてたのは、今年の七月に発行されたらしい広報誌。半袖を着た生徒たちが、七夕の短冊を持っている写真が大写しになってた。
二見が指さしたのは、手前に写っている生徒。
小柄で、女の子みたいにかわいい顔。ふわふわした髪――色は青じゃなくて、赤だけど。
「須々木先輩?!」
びっくりして、二の句が継げない。
――須々木先輩が、俺の命の恩人?
まじまじと、写真の先輩を見て。ふと、「そうか」って納得してる俺がいた。
須々木先輩は、最初から俺とイノリのこと気遣ってくれたもんな。
もしかして、俺が死にかけたのを助けてくれたから。――ずっと、心配して見守ってくれていたのかも。
俺は、胸がじーんと熱くなった。
「そうだったのか……俺、先輩にちゃんとお礼言わなきゃ」
「いーんじゃない。ところでさぁ、今後の話をしてもいい?」
「今後?」
なんのことかわかんなくて、首を傾げる。
「さっきまでのは、たんなる経緯じゃん。キミがどんだけ危ない立場かって教えるための、前振りなんだけど」
「へ? でも、犯人は捕まったんだろ?」
きょとんとしていると、二見はすっげえでかいため息を吐いた。
「甘い!」
「あでっ!」
バチン! と額を指ではじかれる。こいつ、指の骨固すぎ!
二見は、憮然として言う。
「今まさに、嫌がらせされてんでしょ。誰かがキミに敵意持ってるってコトじゃん」
「で、でもさ。それが、イノリと関係あるとは限らねーじゃん? 実際、今まで何にもなかったし」
額をさすりさすり言うと、二見は首を振った。
「確かに、教科書取ってったのが桜沢祈のシンパとは限らないよ。でも、そうじゃないとも言いきれないよね?」
「うっ」
そう言われると。
言葉に詰まると、二見は目にグッと力を込める。
「用心した方がいい。それに――本当に終わったのかって言うと、わかんないからさ」
「えっ」
「あの事件は、わかってないことが多いんだ。実行犯を退学にしたから、解決する問題じゃないと思う」
「そ、そうなのか?」
「身内の恥をさらすことになるかもだけど。そもそも、主犯の七原ってやつは――」
二見がそう言いかけたとき。
ガチャ、と音を立てて扉が開いた。ギクッとして振り返る。
「ただいま。……あれ、吉村くんじゃないか」
目を丸くして、立っていたのは白井さんだった。
20
お気に入りに追加
504
あなたにおすすめの小説
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
セカンドライフは魔皇の花嫁
仁蕾
BL
星呂康泰、十八歳。
ある日の夕方、家に帰れば知らない男がそこに居た。
黒を纏った男。さらりとした黒髪。血のように赤い双眸。雪のように白い肌。
黒髪をかき分けて存在を主張するのは、後方に捻れて伸びるムフロンのような一対の角。
本来なら白いはずの目玉は黒い。
「お帰りなさいませ、皇妃閣下」
男は美しく微笑んだ。
----------------------------------------
▽なろうさんでもこっそり公開中▽
https://ncode.syosetu.com/n3184fb/
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
王道にはしたくないので
八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉
幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。
これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる