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第一部 決闘大会編

百十四話

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 話し終えた二見は、俺の反応を窺うように見た。

「そっか。俺、四階から落ちたのか……」
「そこ?!」

 だって、四階ってすげえ高さあるじゃん。そこから落ちたなら、記憶が無くなってるくらい普通な気がしてきたぜ。

「まるっきり、自分のことと思えねえや。よく生きてたなー」
「のんきって言われない?」 

 ハハハと笑うと、二見は呆れ顔になった。
 いや、俺もさ。覚えてたら怖かったのかもしんねえけど、全部忘れてるからピンとこないんだ。
 二見は、ピアスを弄りながらため息をつく。

「まあいいや、続きを話すよ。キミをリンチした生徒達は、全員退学になったって言ったよね? そいつらが処分されたことで、状況はだいぶ落ち着いた。――それに、桜沢祈自身が、キミから離れたのが良かったんだろうね。自分達の偶像が劣等生を構わなくなって、みんなとりあえず溜飲を下げたわけ」
「あ……そっか」

――トキちゃん、俺に近づかないで。

 俺を避け始めたときの、イノリの言葉を思い出した。
 イノリは、俺に危害が及ばないように一人になったんだよな。自分だって、色んな奴らに絡まれて、大変な思いしてたのに。
 それに。
 ダチが大怪我して、平気なはずない。優しい奴だもん。きっと、すげぇショックを受けたはずだ。
 俺だって、もしイノリが死にかけたりしたら……。
 ずーんと俯くと、二見が「あちゃー」ってあきれ声を出す。

「気持ちはわかるけど、落ち込んでも仕方なくね?」
「そうだけど……」
「大事なのは、これからどーするかじゃん。今更自分を責めたって、楽しいのはキミだけでしょ」
「……!」

 俺は、かーっと項が熱くなった。
 二見の言う通りだ。今、俺がうだうだ言ったって、イノリが辛かったの、なくなるわけじゃない。
 それより、今から俺に何ができるか、考えなくちゃだよな。

「ありがとう、二見」

 そう言うと、二見は満足そうに笑った。




「まあ、そうは言っても」

 二見は、水をぐびっと飲んだ。

「キミは桜沢より、自分の心配したほうがいいよね。危なっかしすぎ」
「へ?」
「前もさ、普通にヤバかったんだから。第一発見者によると……」
「第一発見者?」

 問い返すと、二見は頷いた。

「その人の迅速な通報のおかげで、医療班がすぐに駆けつけ加害生徒もお縄、ってことになったらしいよ。はは、風紀って役に立たないよねー」
「そ、そんなことねえって。……でも、そっか。その発見者の人、俺の命の恩人なんだな」

 一体、どんな人だろう。ちゃんと会ってお礼が言いてえな。
 そう言うと、二見は意外そうに青い目を瞬かせた。

「あの人、言ってなかったんだ。……キミが忘れてたから、気を使ったのかな? それとも――まぁ、何でもいいけど」
「あの人? 二見、知ってんのか?」
「そりゃ、風紀は事情聴取したからね。待ってて」

 二見は、自分の勉強机からタブレットを持ってきた。すいすいと手早く操作して、俺の目の前に突き出した。

「ほら、この人だよ。知ってるでしょう」
「――えっ」

 俺は瞠目した。
 タブレットに表示されてたのは、今年の七月に発行されたらしい広報誌。半袖を着た生徒たちが、七夕の短冊を持っている写真が大写しになってた。
 二見が指さしたのは、手前に写っている生徒。
 小柄で、女の子みたいにかわいい顔。ふわふわした髪――色は青じゃなくて、赤だけど。

「須々木先輩?!」

 びっくりして、二の句が継げない。
――須々木先輩が、俺の命の恩人?
 まじまじと、写真の先輩を見て。ふと、「そうか」って納得してる俺がいた。
 須々木先輩は、最初から俺とイノリのこと気遣ってくれたもんな。
 もしかして、俺が死にかけたのを助けてくれたから。――ずっと、心配して見守ってくれていたのかも。
 俺は、胸がじーんと熱くなった。


「そうだったのか……俺、先輩にちゃんとお礼言わなきゃ」
「いーんじゃない。ところでさぁ、今後の話をしてもいい?」
「今後?」
 
 なんのことかわかんなくて、首を傾げる。

「さっきまでのは、たんなる経緯じゃん。キミがどんだけ危ない立場かって教えるための、前振りなんだけど」
「へ? でも、犯人は捕まったんだろ?」

 きょとんとしていると、二見はすっげえでかいため息を吐いた。

「甘い!」
「あでっ!」

 バチン! と額を指ではじかれる。こいつ、指の骨固すぎ! 
 二見は、憮然として言う。

「今まさに、嫌がらせされてんでしょ。誰かがキミに敵意持ってるってコトじゃん」
「で、でもさ。それが、イノリと関係あるとは限らねーじゃん? 実際、今まで何にもなかったし」

 額をさすりさすり言うと、二見は首を振った。

「確かに、教科書取ってったのが桜沢祈のシンパとは限らないよ。でも、そうじゃないとも言いきれないよね?」
「うっ」

 そう言われると。
 言葉に詰まると、二見は目にグッと力を込める。

「用心した方がいい。それに――本当に終わったのかって言うと、わかんないからさ」
「えっ」
「あの事件は、わかってないことが多いんだ。実行犯を退学にしたから、解決する問題じゃないと思う」
「そ、そうなのか?」
「身内の恥をさらすことになるかもだけど。そもそも、主犯の七原ってやつは――」

 二見がそう言いかけたとき。

 ガチャ、と音を立てて扉が開いた。ギクッとして振り返る。

「ただいま。……あれ、吉村くんじゃないか」

 目を丸くして、立っていたのは白井さんだった。

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