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第10章 位相編

邪狼狗 9

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『フフ、ハハ、ハハハ……』

 邪狼狗に与えているのは、これまでと何ら変わりのない攻撃。拳撃と蹴撃が邪狼狗の体をとらえている。なのに手応えがない。何度攻撃しても手足に残る感触は同じ。

 ただ、これは……。
 手応えがないというより、軽い感じか?

『効かぬなぁ』

 やはりダメージはほとんどないようだ。

『ククッ』

 困ったぞ。
 邪狼狗の攻撃は恐るるに足りないとはいえ、こちらも拳が通らないのではどうしようもない。らちがあかない。
 あと数撃当てれば倒せる状態だというのに。

『フハハッ』

「……」

 こうなるともう、急所を狙って少しずつでも削っていくか?
 それとも……。

「おそらく、あれは透過だ」

 次の手に迷い、距離を取った俺に届いたのは鷹郷さんの声。

「とうか、ですか?」

「ああ、異形の持つ特殊技能、透過だ」

「力を持った異形が使える異能みたいなものよ」

 なるほど。
 さっき鑑定できなかった邪狼狗のスキルがこの透過だと。

「……」

 念のため、もう一度鑑定してみよう。


邪狼狗
???

???
???

HP  215
SP  ???
STR ???
AGI 181
INT ???

<スキル>
威圧、透過、隠形


 見える!
 一度目は見抜けなかった邪狼狗のスキルが、どういうわけか今は認識できる。
 威圧と透過に気づいたから鑑定が反応したのか?


「透過中の異形には、異能攻撃しか効果がないの」

「こうなった以上、あんたの攻撃は効かねえ。あとはオレたちがやるから、下がってくれ」

「距離を取るだけじゃない。退くんだ!」

「……」

「普通人の君が戦う必要はない!」

「有馬さん!」

 古野白さんも武上少年も鷹郷さんも、まだ戦える状態じゃないのに俺の心配を。

「……」

「早く!」

 しかし、後退は……ないな。
 どう考えても、3人を残して退くという選択肢なんて選べるわけがない。

「鷹郷さんたちは自身の回復に専念してください、こちらは平気ですので」

「君!」

「有馬さん!」

 大丈夫。
 透過状態に効く攻撃は異能だけと言っているが、それは事実じゃない。
 俺には分かる。ある意味、邪狼狗は異世界の魔物と同じなんだ。

 ただし、それを使うと俺の手の内を見せることになる。
 露見のリスクも増してしまう。

 それでも……。

 事ここに至っては、ある程度は仕方ないだろう。
 だから頼む。点滅で済んでくれよ。


『考えても無駄だ』

 視線を邪狼狗に戻してみれば。
 俺の攻撃が通らないと確信し、余裕の表情を見せている。

『ククッ、さっきまでの勢いはどうした?』

「こっちは何も変わってないぞ」
 
『痴れ者が下らぬ虚勢を口にしおるわ』

 虚勢でも強がりでもない。
 攻撃を通す自信があるんだよ。

「そっちこそ、口だけか? 仕掛けてこないのか?」

『生意気な!』 

「ほんとは怖いんだろ?」

『◆#¥! この下等種風情〇▲&!』

 邪狼狗の纏う空気が変わった。

「だったら、逃げずにかかってこいよ」

『&%@◆!!』

 こんな安い挑発に乗ってくれるとは、相当頭にきているようだ。

 ただ、この動き?
 あいつも満身創痍だというのに速度が上がっている。

『◇&%!!』

 端麗な顔を鬼のような形相に変え、飛び込んでくる邪狼狗。
 確かに速いが、今の俺の敵じゃない。

『△らえ#!』

 右にステップを踏むように突撃を躱し。

『&*な!』

 振るわれる腕も避けてやる。

『●@¥!』

 なおも続く連撃。
 懸命に仕掛けてくる手と脚を軽く回避し続けていく。

『△*%!』

 しかし、こいつ……。

 興奮すると何を言ってるか分からない。
 ただ耳障りなだけだぞ。

「……」

 もう少し様子を見るつもりだったが。


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