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エピローグ

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沖田は覚悟の失踪を遂げた。

世間ではそうなっていた。

余命宣告を受けていた沖田は、瀬口を近しい者のみに自身の体調を話し、万が一の時に混乱しないよう手掛けていた業務の引き継ぎを行い、財産も整理していたらしい。

その際、弱った姿は人に見られたくない、逝く時は一人で、、、と口にしていたそうだ。

静まったプールに漂っていた沖田が最後に身に付けていたものは、瀬口が引き取っていった。

“ウンディーネに再会すること、それが沖田さんの生涯の望みだったようだ。水泳を諦めて自暴自棄の生活を送っているうちに現れなくなってしまったウンディーネをね”

瀬口は語った。

“俺たちの健康には人一倍気遣っていたのに、自分の健康には全く構わないでさ。残される俺たちのことも考えてくれってんだよな、、、”

瀬口もまた、幼い頃から当たり前に水の精、沖田の呼ぶところのウンディーネ、百合香の出た舞台にあやかるならオンディーヌを感じていたそうだ。

彼の中では全くの当たり前の存在だったが、人に話すと不審がられるので人前では言わなかった。

が、沖田は、それを見抜いたそうだ。

彼は、瀬口の才能を水の精霊の祝福と例えたようだ。

そして、直人にもそれを感じたらしい。

そして、舞台上で観た百合香の存在に心臓を射抜かれた。

止める瀬口に最後のワガママだと告げ、施設に向かう直人の跡をつけ始めた。

百合香の呟きのような伝言を彼もまた聞き取ったのだ。

仕方なく瀬口も同行した。

そして、、、

沖田の身体はプールの中で消えた。

“水の精霊に抱かれて逝ったんだな、、”

瀬口の目は涙を湛え、赤く充血していた。

失神から醒めた百合香は、この数週間夢の中でフワフワしていたようだったと言った。

記憶はある。

けれど薄い膜を通してみる幻のような記憶でしかないと。

『オンディーヌ』は評判を呼び、東京での演劇祭への参加が決まった。

頑張らなきゃね、、、

そう小首を傾げながら言う百合香は確かに夏休み前とは雰囲気が変わっていた。

瀬口からメールが届いたメールでは、彼は海外遠征の合間に、周囲の国の子供達と交流するプログラムを立てているようだ。

この国だけではなく、貧しい国の子供達にもスポーツの機会を与えるという沖田の意志を継いで活動していくようだ。

“様々な国の水の精霊達と泳ぐことが今から楽しみだ、、、”

そうメールは締めくくっていた。

直人は屋内プールで泳いでいる。

塩素系消毒剤の香りにも慣れてきた。

そして、そこで全力で泳ぐと、屋外プールとはまた異なる水泡がプルプルと震えながら直人の周りに集まり、塊を作っていく。

その次第に集まり、大きくなる塊達と直人は泳ぐ。





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みんなの感想(1件)

vv0maru0vv
2023.02.26 vv0maru0vv

百合香と直人の距離感がいいですね。
百合香のドキドキも伝わって来るようです。

narahara
2023.02.26 narahara

感想をありがとうございます。

嬉しいです。

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