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第八章 真なる聖剣
952 平穏を護る者
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「師匠! どうして何も言わずに一人で群れのボスと戦ったんだ? 昨日、死体を見たが、到底一人で戦う相手じゃなかったぞ!」
起き出して身だしなみを整えていると、豪快に扉を開けて勇者が飛び込んで来た。
そして開口一番、まくしたてる。
「うるさい。今ナイフでヒゲを剃ってるんだ。手が滑ってケガしたらどうする?」
「え? あ? 悪かった」
しつけがいいのか、悪いのか、ほんとわからない奴だ。
とりあえず一通り準備を終えると、勇者に確認する。
「みんなは?」
「師匠も準備があるだろうからって、俺の部屋で待ってる」
……それでどうしてお前が飛び込んで来たのか、俺にはさっぱり理解出来ないよ。
普通そう言われたら待ってるだろ、大人しく。
「一刻も早く文句を言いたかったのか?」
「ち、違う! 俺はそんなに頼りにされてなかったのかって、悔しくて……」
「昨日の……ああいや、先日のことなら、お前が逸って飛び出すから、ああなったんじゃないか」
「うっ……」
「いつも散々言ってるだろ。よほど切羽詰まった状況じゃない限り、最低限のお互いの意思確認はしろって。……まぁでも、あの状況じゃあ、気持ちはわかるが、な」
実際、勇者が飛び込むのが遅れたら、囲まれていた人達の誰かは、体の一部どころか、命も失っていた可能性がある。
「そういう意味ではそれぞれがやれることをやったということになる。さっきは咎めるようなことを言ったが、判断としては悪くなかった。むしろ事前に魔犬とわかっていたんだから、どういう風に動けばいいのかを言っておかなかった俺が悪い。すまなかったな」
俺が頭を下げると、勇者があたふたと首を横に振ったり、手を左右に振ったりし始めた。
「ち、違う。師匠は間違ってない。やっぱり、俺が未熟だからああなったんだ。それは、俺にだってわかってる」
「そうか。わかっているなら、いいじゃないか。問題点ははっきりしているんだ。それを補えばいい。今回のことで言えば、相手を知るってことだな」
「相手を知る……」
「ああ。何事も、場当たり的にやっていたら成功するものも成功しない。基本的に俺達冒険者は依頼を請けたらその依頼についての情報を集める。勇者の役目だって同じだ。手強い魔物がいたとして、ただ力任せに退治しようとせずに、その魔物について詳しく調べる。習性や弱点なんかをな」
「そう言えば、師匠はいつもいろんなことに詳しいよな」
「冒険者を長くやってるからな。お前だって、普通の奴よりはいろいろアドバンテージを持ってるだろ?」
「俺が?」
勇者が不思議そうな顔をするので、俺はおかしくなって少し笑ってしまう。
「城の禁書庫に入り込んで、一般人は読むことの出来ない禁書を読んだり、宝物庫に忍び込んで普通では見ることの出来ない遺物を見たり」
「確かに」
どうやら自分が他人よりも、情報収集能力に秀でていることに気づいたようだ。
「あれだな。お前、勇者としての能力は別として、実は斥候向きなのかもな」
「斥候?」
む? 眉間にシワを寄せて不満そうだな。
「斥候を侮るなよ? かなり高度な隠密能力が必要な上に、ある程度の知識がなければ自分が見たものの判断が出来ないという、そうとう希少な存在なんだぞ? いるのといないのとでは、依頼の達成率が大きく変わる。斥候がいるパーティは、依頼の難易度を一段階上げると言われるぐらいなんだ」
「そう言えば、前もそんなことを師匠は言ってたな」
「ただ、お前突っ込み癖があるからなぁ。それが一番の問題点だ。斥候は仲間に情報を届けるまで、自分だけで戦っちゃ駄目だからな。戦いは最低限身を守る程度だ」
「うむむ……」
「ハハハ。そんなにマジで悩むな。お前は勇者で斥候にはなれない。勇者なら突っ込み癖も悪いばかりじゃないしな。味方を鼓舞する効果がある」
「むう」
俺はそんな風に言いつつ、もしこいつが、勇者じゃないアルフという一人の青年だったら、俺はパーティを組んだだろうか? と、ふと、そんなことを思った。
性格はひねているし、突っ込み癖があるし、変なところで素直だし、付き合いにくい男だ。
才能だけはピカイチだけど、ほかの奴は相手にしてくれないだろうな。
しょぼくれて、酒場の隅で一人離れて飯を食っている姿が目に浮かぶようだ。
「アルフ、お前、勇者でよかったな」
「師匠~、それはないだろ?」
「いやいや、マジで。なにより、強者に翻弄されるしかない力なき民にとって、お前が勇者でよかったよ」
いろいろと問題がある男だが、正義感は本物だし、権威を振り回す相手が嫌いで弱い者を助けようとする。
理想的な勇者じゃないか。
「いろいろ昔あったにしろ、そろそろ吹っ切ってもいいんじゃないか?」
大聖堂でも、そして過去に勇者と戦った魔王であったアドミニス殿にも、勇者としての資質が本物であると保証されたのだ。
決して、大貴族の権力争いや大聖堂の見栄のために無理やり選ばれたのではない。
本当に神託が降りたのだろうと、今となっては俺も思っている。
「聞こえているんだろう? 助けを呼ぶ、か弱き者達の声が」
勇者はハッとしたように俺を見て、小さくうなずいた。
「貴族の館や、贅沢な宿にいるときには、全く心が休まらない。子どもに石の入った雪玉をぶつけられたり、薪を割って感謝されているときには、不思議と心が穏やかになるんだ。……子どもの頃から、ずっと何かに焦っていたような気がした。そして、師匠と出会って、自分が求めていたものがそこにあるんだと気づいた。俺は、師匠のような人になりたい」
「いや、それはお前、かいかぶりってものだぞ?」
俺はお前が勇者になるべくしてなったって言っているのに、なんでそこに結論を持って来るんだよ?
起き出して身だしなみを整えていると、豪快に扉を開けて勇者が飛び込んで来た。
そして開口一番、まくしたてる。
「うるさい。今ナイフでヒゲを剃ってるんだ。手が滑ってケガしたらどうする?」
「え? あ? 悪かった」
しつけがいいのか、悪いのか、ほんとわからない奴だ。
とりあえず一通り準備を終えると、勇者に確認する。
「みんなは?」
「師匠も準備があるだろうからって、俺の部屋で待ってる」
……それでどうしてお前が飛び込んで来たのか、俺にはさっぱり理解出来ないよ。
普通そう言われたら待ってるだろ、大人しく。
「一刻も早く文句を言いたかったのか?」
「ち、違う! 俺はそんなに頼りにされてなかったのかって、悔しくて……」
「昨日の……ああいや、先日のことなら、お前が逸って飛び出すから、ああなったんじゃないか」
「うっ……」
「いつも散々言ってるだろ。よほど切羽詰まった状況じゃない限り、最低限のお互いの意思確認はしろって。……まぁでも、あの状況じゃあ、気持ちはわかるが、な」
実際、勇者が飛び込むのが遅れたら、囲まれていた人達の誰かは、体の一部どころか、命も失っていた可能性がある。
「そういう意味ではそれぞれがやれることをやったということになる。さっきは咎めるようなことを言ったが、判断としては悪くなかった。むしろ事前に魔犬とわかっていたんだから、どういう風に動けばいいのかを言っておかなかった俺が悪い。すまなかったな」
俺が頭を下げると、勇者があたふたと首を横に振ったり、手を左右に振ったりし始めた。
「ち、違う。師匠は間違ってない。やっぱり、俺が未熟だからああなったんだ。それは、俺にだってわかってる」
「そうか。わかっているなら、いいじゃないか。問題点ははっきりしているんだ。それを補えばいい。今回のことで言えば、相手を知るってことだな」
「相手を知る……」
「ああ。何事も、場当たり的にやっていたら成功するものも成功しない。基本的に俺達冒険者は依頼を請けたらその依頼についての情報を集める。勇者の役目だって同じだ。手強い魔物がいたとして、ただ力任せに退治しようとせずに、その魔物について詳しく調べる。習性や弱点なんかをな」
「そう言えば、師匠はいつもいろんなことに詳しいよな」
「冒険者を長くやってるからな。お前だって、普通の奴よりはいろいろアドバンテージを持ってるだろ?」
「俺が?」
勇者が不思議そうな顔をするので、俺はおかしくなって少し笑ってしまう。
「城の禁書庫に入り込んで、一般人は読むことの出来ない禁書を読んだり、宝物庫に忍び込んで普通では見ることの出来ない遺物を見たり」
「確かに」
どうやら自分が他人よりも、情報収集能力に秀でていることに気づいたようだ。
「あれだな。お前、勇者としての能力は別として、実は斥候向きなのかもな」
「斥候?」
む? 眉間にシワを寄せて不満そうだな。
「斥候を侮るなよ? かなり高度な隠密能力が必要な上に、ある程度の知識がなければ自分が見たものの判断が出来ないという、そうとう希少な存在なんだぞ? いるのといないのとでは、依頼の達成率が大きく変わる。斥候がいるパーティは、依頼の難易度を一段階上げると言われるぐらいなんだ」
「そう言えば、前もそんなことを師匠は言ってたな」
「ただ、お前突っ込み癖があるからなぁ。それが一番の問題点だ。斥候は仲間に情報を届けるまで、自分だけで戦っちゃ駄目だからな。戦いは最低限身を守る程度だ」
「うむむ……」
「ハハハ。そんなにマジで悩むな。お前は勇者で斥候にはなれない。勇者なら突っ込み癖も悪いばかりじゃないしな。味方を鼓舞する効果がある」
「むう」
俺はそんな風に言いつつ、もしこいつが、勇者じゃないアルフという一人の青年だったら、俺はパーティを組んだだろうか? と、ふと、そんなことを思った。
性格はひねているし、突っ込み癖があるし、変なところで素直だし、付き合いにくい男だ。
才能だけはピカイチだけど、ほかの奴は相手にしてくれないだろうな。
しょぼくれて、酒場の隅で一人離れて飯を食っている姿が目に浮かぶようだ。
「アルフ、お前、勇者でよかったな」
「師匠~、それはないだろ?」
「いやいや、マジで。なにより、強者に翻弄されるしかない力なき民にとって、お前が勇者でよかったよ」
いろいろと問題がある男だが、正義感は本物だし、権威を振り回す相手が嫌いで弱い者を助けようとする。
理想的な勇者じゃないか。
「いろいろ昔あったにしろ、そろそろ吹っ切ってもいいんじゃないか?」
大聖堂でも、そして過去に勇者と戦った魔王であったアドミニス殿にも、勇者としての資質が本物であると保証されたのだ。
決して、大貴族の権力争いや大聖堂の見栄のために無理やり選ばれたのではない。
本当に神託が降りたのだろうと、今となっては俺も思っている。
「聞こえているんだろう? 助けを呼ぶ、か弱き者達の声が」
勇者はハッとしたように俺を見て、小さくうなずいた。
「貴族の館や、贅沢な宿にいるときには、全く心が休まらない。子どもに石の入った雪玉をぶつけられたり、薪を割って感謝されているときには、不思議と心が穏やかになるんだ。……子どもの頃から、ずっと何かに焦っていたような気がした。そして、師匠と出会って、自分が求めていたものがそこにあるんだと気づいた。俺は、師匠のような人になりたい」
「いや、それはお前、かいかぶりってものだぞ?」
俺はお前が勇者になるべくしてなったって言っているのに、なんでそこに結論を持って来るんだよ?
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