勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

文字の大きさ
上 下
780 / 885
第八章 真なる聖剣

885 幻の湖

しおりを挟む
「水?」

 俺は用心しながら茂みの近くへと寄った。
 闇を透かし見ると、確かに、蔦が削ったすり鉢状の大地の底に水が溜まり出している。

「夜にだけ水が湧き出す場所……とか?……ん? いや」

 音が、する。
 この水の音は、大地から水が湧いて出ている音ではない。
 蔦のなかからだ。
 太くて頑丈な蔦のなかに、水が流れる音がしている。

「もしかして、この蔦が地面の水脈から水を吸い上げているのか」

 コポリコポリという小さな音と共に、穴の底に溜まった水はみるみる量を増やしていく。

「これが湖?」

 勇者が共に茂みの底を覗きながら、誰にともなく尋ねる。
 中心の丘を含めた藪の範囲は、そこそこ広い。
 周囲を歩いて一周するなら、百歩を越える。
 まぁ池と湖の中間ぐらいか?
 深さはかなり深い。
 この蔦の魔物の根と言えるものが到達したところが底だとするなら、つまりはそこは水脈なのだろう。
 とは言え、常に水が噴き出していないことを考えれば、水脈とすり鉢の底は繋がってはいないと考えるべきか。

「……とりあえず湖かどうかの解釈は置いておいて、問題はここに課題の花があるのかどうかだな。もしこれが湖なら、中心のあの丘が島ということになる」
「あそこまでなら、空中を走れば行けなくはないぞ」

 確かに勇者は今や空をほとんど自在に、と言っていいほど自由に走り回れるが、今回は特に出番はない。

「お前、植物を土付きのまま採集する方法わからないだろ? 俺が行って来る」
「ぐぬぬ……」

 勇者は、戦い方こそさんざん鍛錬を積んだが、生き物の捕獲や植物の採集などという、新人冒険者なら覚えるべきことは何も教えていない。
 そもそも勇者と冒険者では、役割が違うからな。
 特に恥じることですらない。

「まぁこういうのは、専門家に任せておけ」

 そんな風に話し合っている間にも、藪のなかに水が溜まり続け、同時に蔦が動き始める。
 攻撃的な動きをするかもしれないと構えたが、蔦は単に中心の丘……いや、島に集まっているようだった。

 月の光が水面を照らし、キラキラと光る。
 
「水際にあの植物がいなくなってしまったので、もう、本当に湖のようです」

 聖女が、目の前で繰り広げられている、不思議な光景に見入りつつ、そんな感想を口にした。
 うん。
 確かに、今となっては、本当に湖とその中心にある島のようにしか見えない。
 やがて、水の匂いが急速に強まった。

「っ、なんか寒くない?」

 モンクが動きやすいように七分としている袖から出ている腕をさすりながら言った。

「水の精霊メイスの力が急速に高まってる。どうも、あの子が水を霧状にして放出しているみたい」

 と、メルリル。

「万が一、その霧に毒性があったらマズい。ミュリア、結界を頼めるか?」
「わかりました」
「とりあえず行って来る。もし、異常を感じたら戻るんで、そのときは毒抜きを頼むな」
「師匠、その言い方、料理の下ごしらえみたいだぞ」

 緊張して来た空気を変えるためにわざと軽い言い方をしたら、意外なことに勇者がそれを拾ってくれた。
 ああいや、場を和ませるためじゃなくって、本気で疑問に思ったのか。
 うんうん、お前本当に天然だな。

「特に害意は感じないけど、植物はもともと感情が薄いから判断が難しい」

 メルリルは、蔦の魔物が何をしようとしているのか感じ取ろうとしているのだろう、眉間にシワを寄せて告げる。

「メルリルは無理せず結界のなかで待っていてくれ。まぁフォルテと一緒だし、危険はないと思うけどな。あの蔦がドラゴンよりも強いとかならともかく」
「確かに、師匠なら問題ない」

 軽く笑いを取ろうとしたら、勇者が大真面目に捉えてうなずいた。
 むむっ、さっきといい、今といい、誰かこいつに場を和ませるユーモアというものを教えてやって欲しい。
 俺?
 俺もそっち方面は苦手なので、無理だ。

 俺は荷物から移し替え用の鉢と、採集用のなまくらなナイフを用意すると、フォルテの力を借りて再び飛び立つ。
 ちょっとフォルテが眠そうなのが不安だ。
 途中で寝るなよ?

 丘、いや、今は島か。
 島の上は、明るいうちに来たときとは、ガラリと様相が変わっていた。
 昼間は、ただ普通の草がまばらに風に揺れている地面といった感じだったのだが、今は、あちこちに固まって生えている葉っぱに、いくつもの小さな花が咲いていて、その一つ一つが美しく金色の光を放っている。
 これは俺一人が見るのはもったいない光景だ。
 特に危険もないようなので、全員を上に連れて来るか。

 俺が一度地上に戻ると、皆が少し緊張したが、とても美しい光景であり、危険もなさそうなので全員で上に行こうと言うと、楽しげに賛成してくれた。
 ミュリアを勇者が、俺がテスタを運ぶ。

「よっ、と」
「ちょ、ダスター! アルフのようにしろとは言わないけど、肩に担ぐのはやめて!」

 肩に担いで飛んでいけば両手が空くので、もしもの場合にも対応出来る。
 勇者は聖女を両手で抱えているが、あの持ち方はあまりにも無防備で、自分も相手も危険に晒しているようなものだ。
 後でまた注意しなければならないだろう。
 というか、モンクがうるさいな。

「ちょっとの間だ。我慢しろ」
「女心というものがわかってない! あ、メルリル別に他意はないからね?」
「大丈夫、わかってる」

 なにやら話しているモンクとメルリルを放っておいて、そのまま飛び立ち、島の上に下ろす。
 もちろんメルリルは風に乗って、自分で島にやって来た。

「ダスターにデリカシーを期待した私が間違ってた」
「テスタ、ごめんね」
「メルリルが謝ることはないよ」

 メルリルとモンクは、どうやら地上でやっていた話の続きをしているようだ。

「勇者さま、花を踏まないようにしてくださいね」

 勇者のほうは、聖女に注意されて、無造作に踏んでいた花から慌てて退く。
 そうだよな、お前、花の美しさとか儚さとかを理解出来ない奴だもんな。

「師匠、そんな目で俺を見るのをやめろ! 今のはうっかりしていただけだ。俺だって、せっかく咲いた花を踏まないぐらいの配慮はあるぞ!」

 そんなことを言っているうちに、またしても周囲の様相が変わって来た。

「どうなってるの? これ」

 島の周りをまるで壁のように霧が囲む。
 しかし、なぜか頭上にだけは霧が発生せずに、月の光がクリアに降り注いでいる。
 俺達は、月の光が花に届くのを、なるべく邪魔しない場所に全員で移動して、何が起こるのかを見守ることにした。
しおりを挟む
感想 3,670

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ

柚木 潤
ファンタジー
 薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。  そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。  舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。  舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。  以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・ 「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。  主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。  前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。  また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。  以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。  

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。