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第八章 真なる聖剣
856 夜の酒場に
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俺達は話し合いの末、とりあえずは、聖女に、冬越しの件を託すことにした。
会食がいつになるかわからない以上、それまで返事を渋っていたような印象を与えたくなかったというのもある。
微々たる部分だが、よい印象を少しずつ積み重ねることによって、相手の意識上に俺達への好意を植え付けようという、せこい作戦だ。
「まぁ俺達の思惑はともかくとして、ミュリアは気にせずに親子でゆっくりして来るといい」
俺がそう言うと、聖女は困ったような顔で「はい」と答えた。
聖女自身は、両親のことをどう思っているのだろう。
決して嫌いではないのは、普段の態度を見ればわかる。
問題は、一緒にいて、どの程度の居心地を感じているのかということだ。
両親ほどの熱量がないのなら、聖女にとって、仲間から引き剥がす聞き分けの悪い相手という印象が、少しずつ積み重なっていることとなる。
俺がせこい作戦として実行しているように、わずかずつでも印象が積み重なると、何かのきっかけで、突然相手が嫌いになったりしかねないのだ。
正直なところ、ロスト辺境伯自身に対しては、あまり同情出来ない部分も多いが、そのことで、聖女のいずれ帰る場所を、気まずい故郷にしてしまうことはない。
ご両親の熱量がもうちょっと下がって、聖女にとって心地良い場所となってくれるのが一番いいんだけどな。
夕食後のまったりとした時間に、俺は勇者に文句を言われながらも、一人で動くことにした。
俺は勇者の従者という立場だ。
それをうまいこと使わない手はないだろう。
貴族の為人を知りたければ、その館の使用人、特に下人とも呼ばれる、一番身分の低い使用人を見るのが一番というのが、俺の持論だ。
貴族からの依頼を受けるかどうか決める場合に、こっそり事前調査するんだが、そのときには、その屋敷の下人を酒場で探して酒をおごるというのが一連の流れとなる。
貴族にとって、使用人は特に認識する必要を感じない、家具のような存在だというのは、誰から教わったんだっけか。師匠かな?
まぁともかく、使用人の前では油断しまくっている貴族連中は、面白いぐらい彼らの前で無防備で、正直なのだ。
油断しまくって、客人の従者の俺ですら、簡単に裏口から出入り出来るのは、さすがにどうかと思うけどな。
まぁ人の少ない領地なので、犯罪自体が少ないということもあるんだろうな。
あと、貧しい領主だということが知れ渡っていて、貴族専門の詐欺師なんかもなかなかターゲットにしたりしないのだろう。
俺は裏門の兵士に、少し外に飲みに行くことを伝えると、気のいい兵士は、酒が美味い店と、食べ物が美味い店を教えてくれた。
どうやら、両方が美味い店はないようだ。
残念でならない。
参考に、この城の使用人がよく行くのはどっちかと聞くと、夜に行くのは圧倒的に酒が美味い店とのことだった。
まぁそりゃあそうか。
「邪魔するよ」
城下町がいかに閑散としていると言っても、腐っても領主のいる街だ。
そこそこの規模の街ではある。
夜に楽しめる店が集まっている一画に、教わった酒場を見つけることが出来た。
もう入口の感じからして無愛想な気配がする扉を開けて、店に入る。
こういう場所は常連ばかりになっているから、余所者は目立つ。
たちまち、誰だこいつ? という視線を浴びてしまった。
「ご領主さまの客人だ。無礼は駄目だぞ」
カウンターで飲んでいた初老の男がとりなしてくれる。
よく見ると、初日に応接室への道を教えてくれた相手だった。
「へえ、領主さまの……ん? ってことは、おひいさんの連れか?」
「お前、気安くおひいさんとか呼ぶな、姫さまと言え」
「親愛の情を込めた呼び方だろうが」
「お前の親愛の情などいらんわ!」
何やらさっそく俺が原因? の、口論が始まってしまったようだ。
「まぁまぁ。今日は勇者さまからお小遣いをいただいているんだ。たまには羽を伸ばせってな。その金で、ささやかながら皆に一杯奢らせてもらうぜ」
俺がそう言うと、酒場に歓声が上がる。
酒場の造りは、カウンターと長テーブルがあり、客が適当に置いてある椅子を持って来て、好きな場所に座るというもので、特に特徴らしい特徴はない店だ。
酒場の親父は、農夫のような服装で、飾り気のないエプロンを纏っている。
顔は愛想のカケラもないごつい岩のような男だった。
「親父、これでみんなに一杯ずつ。足りるか?」
そう言って、金貨を滑らせた。
親父はぎょっとしたような顔になって。
「多すぎでさ」
と言った。
「余った分はつまみで出してくれ」
「大したもんはないですぜ? なんせ冬になると外から荷物も来なくなっちまうんで」
「その分いい酒にしてくれればいいさ」
「気前がいいですね」
「そりゃあ、勇者の従者が気前が悪いとか評判になっちまったら、俺が怒られちまうからな」
俺がそう言って笑うと、親父も笑った。
笑うと、岩のような顔がくしゃっと崩れて、妙に愛嬌がある。
「それじゃあ、姫さまの従者殿に乾杯!」
「うちの末の姫君が早くお城に戻ってくれますように」
乾杯の言葉に、勇者のことなど全く出てこなかったのが、なんとなくおかしかった。
会食がいつになるかわからない以上、それまで返事を渋っていたような印象を与えたくなかったというのもある。
微々たる部分だが、よい印象を少しずつ積み重ねることによって、相手の意識上に俺達への好意を植え付けようという、せこい作戦だ。
「まぁ俺達の思惑はともかくとして、ミュリアは気にせずに親子でゆっくりして来るといい」
俺がそう言うと、聖女は困ったような顔で「はい」と答えた。
聖女自身は、両親のことをどう思っているのだろう。
決して嫌いではないのは、普段の態度を見ればわかる。
問題は、一緒にいて、どの程度の居心地を感じているのかということだ。
両親ほどの熱量がないのなら、聖女にとって、仲間から引き剥がす聞き分けの悪い相手という印象が、少しずつ積み重なっていることとなる。
俺がせこい作戦として実行しているように、わずかずつでも印象が積み重なると、何かのきっかけで、突然相手が嫌いになったりしかねないのだ。
正直なところ、ロスト辺境伯自身に対しては、あまり同情出来ない部分も多いが、そのことで、聖女のいずれ帰る場所を、気まずい故郷にしてしまうことはない。
ご両親の熱量がもうちょっと下がって、聖女にとって心地良い場所となってくれるのが一番いいんだけどな。
夕食後のまったりとした時間に、俺は勇者に文句を言われながらも、一人で動くことにした。
俺は勇者の従者という立場だ。
それをうまいこと使わない手はないだろう。
貴族の為人を知りたければ、その館の使用人、特に下人とも呼ばれる、一番身分の低い使用人を見るのが一番というのが、俺の持論だ。
貴族からの依頼を受けるかどうか決める場合に、こっそり事前調査するんだが、そのときには、その屋敷の下人を酒場で探して酒をおごるというのが一連の流れとなる。
貴族にとって、使用人は特に認識する必要を感じない、家具のような存在だというのは、誰から教わったんだっけか。師匠かな?
まぁともかく、使用人の前では油断しまくっている貴族連中は、面白いぐらい彼らの前で無防備で、正直なのだ。
油断しまくって、客人の従者の俺ですら、簡単に裏口から出入り出来るのは、さすがにどうかと思うけどな。
まぁ人の少ない領地なので、犯罪自体が少ないということもあるんだろうな。
あと、貧しい領主だということが知れ渡っていて、貴族専門の詐欺師なんかもなかなかターゲットにしたりしないのだろう。
俺は裏門の兵士に、少し外に飲みに行くことを伝えると、気のいい兵士は、酒が美味い店と、食べ物が美味い店を教えてくれた。
どうやら、両方が美味い店はないようだ。
残念でならない。
参考に、この城の使用人がよく行くのはどっちかと聞くと、夜に行くのは圧倒的に酒が美味い店とのことだった。
まぁそりゃあそうか。
「邪魔するよ」
城下町がいかに閑散としていると言っても、腐っても領主のいる街だ。
そこそこの規模の街ではある。
夜に楽しめる店が集まっている一画に、教わった酒場を見つけることが出来た。
もう入口の感じからして無愛想な気配がする扉を開けて、店に入る。
こういう場所は常連ばかりになっているから、余所者は目立つ。
たちまち、誰だこいつ? という視線を浴びてしまった。
「ご領主さまの客人だ。無礼は駄目だぞ」
カウンターで飲んでいた初老の男がとりなしてくれる。
よく見ると、初日に応接室への道を教えてくれた相手だった。
「へえ、領主さまの……ん? ってことは、おひいさんの連れか?」
「お前、気安くおひいさんとか呼ぶな、姫さまと言え」
「親愛の情を込めた呼び方だろうが」
「お前の親愛の情などいらんわ!」
何やらさっそく俺が原因? の、口論が始まってしまったようだ。
「まぁまぁ。今日は勇者さまからお小遣いをいただいているんだ。たまには羽を伸ばせってな。その金で、ささやかながら皆に一杯奢らせてもらうぜ」
俺がそう言うと、酒場に歓声が上がる。
酒場の造りは、カウンターと長テーブルがあり、客が適当に置いてある椅子を持って来て、好きな場所に座るというもので、特に特徴らしい特徴はない店だ。
酒場の親父は、農夫のような服装で、飾り気のないエプロンを纏っている。
顔は愛想のカケラもないごつい岩のような男だった。
「親父、これでみんなに一杯ずつ。足りるか?」
そう言って、金貨を滑らせた。
親父はぎょっとしたような顔になって。
「多すぎでさ」
と言った。
「余った分はつまみで出してくれ」
「大したもんはないですぜ? なんせ冬になると外から荷物も来なくなっちまうんで」
「その分いい酒にしてくれればいいさ」
「気前がいいですね」
「そりゃあ、勇者の従者が気前が悪いとか評判になっちまったら、俺が怒られちまうからな」
俺がそう言って笑うと、親父も笑った。
笑うと、岩のような顔がくしゃっと崩れて、妙に愛嬌がある。
「それじゃあ、姫さまの従者殿に乾杯!」
「うちの末の姫君が早くお城に戻ってくれますように」
乾杯の言葉に、勇者のことなど全く出てこなかったのが、なんとなくおかしかった。
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