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第八章 真なる聖剣
853 魔王の弟子
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さてさて、俺はルフをちらっと見る。
頭にフォルテを乗せてはいるものの、魔力に当てられなくても緊張にやられているのか、まるで石像のようにカチコチになっていた。
これからもっとルフ的に緊張する話をする訳だが、大丈夫だろうか?
やはり、ここに来る前に、ちゃんと心構えをさせるべきだったか?
だが、どうせ実物に会えばショックを受けるだろうし、会う前から精神的な負担を掛ける必要はないだろうと、具体的な師匠の話題は避けていたんだよな。
それがいい結果に結びつくか、はたまたよくない結果として表れるか、まぁ出たとこ勝負だな。
「それで、もう一つの頼み、だが」
俺は意を決して、話を先へと進める。
「ふむ。言ってみるがいい」
アドミニス殿は相変わらず楽しそうだ。
なんだかこっちの考えなど全部お見通して、どうその札を出して来るかを待っているようにすら見える。
「ここにいる少年なんだが。実は鍛冶師の見習いだ」
「はひっ!」
ルフが何度目かのジャンプを果たした。
ここに来てから心休まる暇がないな、ルフ。
「実はだな、その、仮の聖剣の剣身を打ったのはこの少年の父親で、その父親が、その剣を打つ見返りの一部として、ドラゴン素材を扱える鍛冶師に、息子を弟子入りさせたいと頼んだ」
「それはまた、なかなか息子に厳しい父ではあるな」
アドミニス殿はそう言った。
ん? 逆じゃなくて?
「厳しい、のか?」
「そうであろう。ドラゴンの素材を扱える鍛冶師に弟子入りしろというのは、お前もドラゴンの素材を扱える鍛冶師になれということと同じだ。あまりに重い期待は、ときに暴力となる」
ルフは、そのアドミニス殿の言葉を、背筋をピーンと伸ばして聞いていたが、おもむろに頭からフォルテを退けて、俺へと手渡した。
「は、初めまして。今更になってしまいますが、僕は、ディスタス大公国グエンサム領の鍛冶師、ロボリスの長男で、ルフと申します」
「うむ。わしはアドミニス・ファイナル・ロストだ。遠くからよく参られた。歓迎しよう」
「ロスト閣下……」
「今のわしには肩書はない。アドミニスと呼んでくれ。呼びにくいならアドミーでもいいぞ」
「ゲホッ!」
アドミニス殿の名乗りに、勇者が咳き込んだ。
俺も危うく噴き出すところだった。
なんで真面目な顔で冗談を言うかな、この御方。
「あ、あのっ、ドラゴンの素材を扱えるというのは、本当でしょうか?」
しかし、ルフだけは、真剣な面持ちを崩さない。
「うむ。目立たないように加工してあるが、勇者殿のお仲間や、ダスター殿達の装備の一部がそれだな。ダスター殿の剣が一番わかりやすいか?」
言われて、俺は星降りの剣をゆっくりと抜いてみせた。
少し曲線を描くナタに似た真っ黒な剣身に、星のような光がチラチラと踊る。
派手さはないが、そんな美しい刃の姿が鞘から現れた。
「あ……」
ルフは、星降りの姿に息を飲んだ。
「これは、削った訳でも、素材をほかの金属で挟んだ訳でもない。まさか、本当に熔かした?」
「よくわかったな。なかなか筋がいいぞ」
アドミニス殿の声に、ルフはハッとして顔を上げた。
そして俺の顔を見て、勇者達を見て、アドミニス殿の顔を見上げる。
「ぼ、僕は、未熟です。一度ほかの鍛冶師に弟子入りして、何も成せなかった。そんな自分がとても嫌だったけど、どうすればいいのか全然わからなくて。……そんなとき、父が僕に告げたんです。お前に最高の師との出会いを用意した。そのチャンスを掴むも掴まないも、お前の自由だ……と」
ルフは、ギュッと拳を握る。
「みんなは、父が僕に期待していると言うけれど、僕には、……僕は、見放されたように思いました」
そうか、そんな風に思ったんだ。
親が子を手放す場合は、そういうこともあるからな。
「父に捨てられたのか、それとも試されているのか、すがるような、そんな気持ちでここまで来ました。でも、それは僕の思い上がりに過ぎませんでした。そんな小さなこだわりよりも、ずっとずっと遥かな高みがあるんだって、今、思い知った。知ってしまいました。正直に言わせていただければ、知らなければよかった。知らないほうがずっと、……僕は幸せだった」
ルフの目から大粒の涙が滴り落ちる。
「選ぶとか、選ばないとか、そんな、そんな話じゃないんです。僕は、僕は、知った以上、もっと知りたい。自分の手がどこまで届くかやってみたい。僕はこんなに欲張りだった。それを知ってしまったから……」
グスグスと、鼻をすすって、言うべき言葉も見つからなくて、ルフは、おそらくは恐怖と、困惑と、興奮で、それ以上、何も言えなくなってしまう。
「ルフよ。先を望むか? 人の手に余る、その先を覗いてみたいか?」
アドミニス殿が、それこそ魔王のように、低い声で問いかけた。
「怖いです。怖い、僕はそこにきっと届かない。でも、僕はあなたの弟子になりたい。……酷い。こんなの酷すぎます」
ルフには、いったい何が見えていたのだろう?
顔をグシャグシャにしながらも、何かにすがるように、ルフは懇願した。
「怖れることが出来るのなら、もしやすると、そなたはそこに辿り着けるかもな。幼き我が弟子よ」
ルフは、びっくりしたように顔を上げる。
「人の寿命では、そこに至るのは難しい。だが、不可能ではないぞ。ふふ、まるで悪魔の誘いのようではないか。愉快だな」
「……ルフ。よく考えろ。お前、こいつの弟子になれば、こいつと二人きりで生活することになるんだぞ? 耐えられるか?」
アドミニス殿がルフを認めたという感動をしみじみ味わう暇もなく、勇者が水を差す。
まぁだが、言いたいことはわかる。
現実的に考えると、ちょっと辛いよな。
「何を言う勇者殿。わしは料理も針仕事もなんでもこなせるぞ。弟子に迷惑はかけん」
「いえ、それは弟子の仕事です」
アドミニス殿の勇者に対する抗弁を聞きとがめて、ルフが困ったように指摘する。
案外と、この二人、うまくやっていけるかもしれないな。
頭にフォルテを乗せてはいるものの、魔力に当てられなくても緊張にやられているのか、まるで石像のようにカチコチになっていた。
これからもっとルフ的に緊張する話をする訳だが、大丈夫だろうか?
やはり、ここに来る前に、ちゃんと心構えをさせるべきだったか?
だが、どうせ実物に会えばショックを受けるだろうし、会う前から精神的な負担を掛ける必要はないだろうと、具体的な師匠の話題は避けていたんだよな。
それがいい結果に結びつくか、はたまたよくない結果として表れるか、まぁ出たとこ勝負だな。
「それで、もう一つの頼み、だが」
俺は意を決して、話を先へと進める。
「ふむ。言ってみるがいい」
アドミニス殿は相変わらず楽しそうだ。
なんだかこっちの考えなど全部お見通して、どうその札を出して来るかを待っているようにすら見える。
「ここにいる少年なんだが。実は鍛冶師の見習いだ」
「はひっ!」
ルフが何度目かのジャンプを果たした。
ここに来てから心休まる暇がないな、ルフ。
「実はだな、その、仮の聖剣の剣身を打ったのはこの少年の父親で、その父親が、その剣を打つ見返りの一部として、ドラゴン素材を扱える鍛冶師に、息子を弟子入りさせたいと頼んだ」
「それはまた、なかなか息子に厳しい父ではあるな」
アドミニス殿はそう言った。
ん? 逆じゃなくて?
「厳しい、のか?」
「そうであろう。ドラゴンの素材を扱える鍛冶師に弟子入りしろというのは、お前もドラゴンの素材を扱える鍛冶師になれということと同じだ。あまりに重い期待は、ときに暴力となる」
ルフは、そのアドミニス殿の言葉を、背筋をピーンと伸ばして聞いていたが、おもむろに頭からフォルテを退けて、俺へと手渡した。
「は、初めまして。今更になってしまいますが、僕は、ディスタス大公国グエンサム領の鍛冶師、ロボリスの長男で、ルフと申します」
「うむ。わしはアドミニス・ファイナル・ロストだ。遠くからよく参られた。歓迎しよう」
「ロスト閣下……」
「今のわしには肩書はない。アドミニスと呼んでくれ。呼びにくいならアドミーでもいいぞ」
「ゲホッ!」
アドミニス殿の名乗りに、勇者が咳き込んだ。
俺も危うく噴き出すところだった。
なんで真面目な顔で冗談を言うかな、この御方。
「あ、あのっ、ドラゴンの素材を扱えるというのは、本当でしょうか?」
しかし、ルフだけは、真剣な面持ちを崩さない。
「うむ。目立たないように加工してあるが、勇者殿のお仲間や、ダスター殿達の装備の一部がそれだな。ダスター殿の剣が一番わかりやすいか?」
言われて、俺は星降りの剣をゆっくりと抜いてみせた。
少し曲線を描くナタに似た真っ黒な剣身に、星のような光がチラチラと踊る。
派手さはないが、そんな美しい刃の姿が鞘から現れた。
「あ……」
ルフは、星降りの姿に息を飲んだ。
「これは、削った訳でも、素材をほかの金属で挟んだ訳でもない。まさか、本当に熔かした?」
「よくわかったな。なかなか筋がいいぞ」
アドミニス殿の声に、ルフはハッとして顔を上げた。
そして俺の顔を見て、勇者達を見て、アドミニス殿の顔を見上げる。
「ぼ、僕は、未熟です。一度ほかの鍛冶師に弟子入りして、何も成せなかった。そんな自分がとても嫌だったけど、どうすればいいのか全然わからなくて。……そんなとき、父が僕に告げたんです。お前に最高の師との出会いを用意した。そのチャンスを掴むも掴まないも、お前の自由だ……と」
ルフは、ギュッと拳を握る。
「みんなは、父が僕に期待していると言うけれど、僕には、……僕は、見放されたように思いました」
そうか、そんな風に思ったんだ。
親が子を手放す場合は、そういうこともあるからな。
「父に捨てられたのか、それとも試されているのか、すがるような、そんな気持ちでここまで来ました。でも、それは僕の思い上がりに過ぎませんでした。そんな小さなこだわりよりも、ずっとずっと遥かな高みがあるんだって、今、思い知った。知ってしまいました。正直に言わせていただければ、知らなければよかった。知らないほうがずっと、……僕は幸せだった」
ルフの目から大粒の涙が滴り落ちる。
「選ぶとか、選ばないとか、そんな、そんな話じゃないんです。僕は、僕は、知った以上、もっと知りたい。自分の手がどこまで届くかやってみたい。僕はこんなに欲張りだった。それを知ってしまったから……」
グスグスと、鼻をすすって、言うべき言葉も見つからなくて、ルフは、おそらくは恐怖と、困惑と、興奮で、それ以上、何も言えなくなってしまう。
「ルフよ。先を望むか? 人の手に余る、その先を覗いてみたいか?」
アドミニス殿が、それこそ魔王のように、低い声で問いかけた。
「怖いです。怖い、僕はそこにきっと届かない。でも、僕はあなたの弟子になりたい。……酷い。こんなの酷すぎます」
ルフには、いったい何が見えていたのだろう?
顔をグシャグシャにしながらも、何かにすがるように、ルフは懇願した。
「怖れることが出来るのなら、もしやすると、そなたはそこに辿り着けるかもな。幼き我が弟子よ」
ルフは、びっくりしたように顔を上げる。
「人の寿命では、そこに至るのは難しい。だが、不可能ではないぞ。ふふ、まるで悪魔の誘いのようではないか。愉快だな」
「……ルフ。よく考えろ。お前、こいつの弟子になれば、こいつと二人きりで生活することになるんだぞ? 耐えられるか?」
アドミニス殿がルフを認めたという感動をしみじみ味わう暇もなく、勇者が水を差す。
まぁだが、言いたいことはわかる。
現実的に考えると、ちょっと辛いよな。
「何を言う勇者殿。わしは料理も針仕事もなんでもこなせるぞ。弟子に迷惑はかけん」
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案外と、この二人、うまくやっていけるかもしれないな。
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