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第八章 真なる聖剣
852 聖剣の代金
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「それで、肝心の依頼料の件なんだが……」
さて、引き請けてもらったのはいいが、そこなんだよな。
聖剣を作ってもらうのにどんだけの報酬が必要なのか、想像することも出来ない。
そのため、ここについては完全にノープランだった。
「いらん。と言うか、わしがお前達から何かを受け取ったら過剰要求となってしまう。なにせ、長年の苦しみから救ってもらったのだからな」
「いや、それは駄目だろう。すでにその分は、以前の依頼でちゃらになっているはずだ。人は一度安易に慣れるとなかなか元の感覚には戻れなくなってしまう。勇者達にそうなって欲しくないんだ。たとえば昨日サービスしてもらったものを今日は金を出して買うとなると、なぜかためらってしまうだろ? ……って、この例えは、あなたにはわからない感覚か」
「いや、わかるぞダスター殿。そういう感覚はわかる。人は慣れるものだ。よくも悪くもな」
「学者先生によると、より負担の大きいことには、人はなかなか馴染まないが、より負担の低いことには、すぐに馴染んでしまう、という話だ。ええっと、なんだっけか。……確か、高きより低きへと向かうのと同然で、世界の法則がそうなっている、とか」
「ほう。その者は賢者だな。……学者ならば当然か」
アドミニス殿はしばし考えて、提案する。
「ならば一つ頼まれてもらってもいいだろうか?」
「まぁ安請け合いは出来ないが、仲間達と話し合って、問題がない内容ならそれを対価とさせてもらう」
「用心深いな。よいことだ。なに、そう難しいことではないスライムを十匹ほど捕まえて来て欲しいのだ」
「スライムだって?」
スライムは、ご存知、ありとあらゆる場所に存在する魔物で、砂粒ほどの大きさから、人など容易に覆ってしまうほどの大きさまで、さまざまなものがいる。
学者先生によると、スライムという生き物は、小さな魔物の集合体で、司令を出す魔物を中心に一つの群れを形成していて、それが一匹の魔物のように考えられている、ということだった。
「なんでまた、スライムなんかを?」
「うむ、実はな。この辺りのスライムは取り尽くしてしまって、もう残っていないのだ。大森林に入ることが出来れば早いのだが、わしはあそこには入れないのでな」
「まぁ、必要というなら取って来るが。聖剣の代価がスライム十匹とかありえなくないですか?」
「価値観の違いだよ。わしに必要なものをそなたが低く見積もっているに過ぎない」
そう言われてしまうと、それはあり得るだろうと納得しそうになる。
しかしな。
「俺は嫌だからな。剣を見るたびにスライムが十匹分だったなと思うのは」
勇者が、単純でありながら深淵な答えを出した。
そうだよな、そういう気持ちはとてもわかる。
愛用の武器というものは、苦労して手に入れたという部分にも価値があったりするのだ。
こう、男のロマンと言うか。
「フハハハハッ! まったく今代の勇者は楽しませてくれるな。なるほど、これはわしが悪かった。そうだな、スライムほどの価値とされてしまうと、作ったわしも切なくなるわ。ふむ、ならば一つ、対価、というか、わしから課題を出そう」
アドミニス殿が楽しそうに言った。
うーん、何故か余計な苦労を背負い込んだ感がヒシヒシとするんだが、安易に流されたほうがよかったかなぁ。
意地を張るもんじゃないな。
「課題だと?」
勇者がたちまち嫌そうな顔になる。
なにか課題に嫌な思い出でもあるのか?
「そうだ。断裂の谷を越えて大森林へ入り、少し進むと、大川の支流が西へと流れ出す川の分岐がある」
うーん、ものすごく覚えがある場所だな。
つい先日、そこで一晩過ごした気がする。
「その、大川の本流と支流の丁度中間ぐらいの場所に、湖がある」
「大きな湖が三つ並んでいるところですか?」
そこなら最近迷宮化した訳だが。
「いや、もっと手前。東側だ。あの三つの湖に比べれば、取るに足らない、池のような湖よ」
「ふむ」
この辺境領近くは、冒険者もあまり用がない場所なので、地理などが全く知られていない。
そういう意味では厄介だが、目印が明確なので、探せなくはないだろう。
「その湖の中心に島があってな。そこに、月の光を受けて咲く花がある。透き通るような儚げな花だ。その花を一本、根と周辺の土ごと、この鉢に移し、その状態でミュリアの結界を掛けて保護して欲しい。そして、そのまま持ち帰ってくれ」
「は、はい!」
うたた寝をしていた聖女が、自分の名を呼ばれた途端に目覚めて、慌てて返事をし、その後キョロキョロと周囲を見回した。
うん。
今のはかなり愛らしかった。
アドミニス殿も相好を崩しているしな。
「あー。なかなか冒険者向けの依頼っぽくて俺としては歓迎だが、今の時期に花は咲かないですよね?」
「いや、咲いているはずだ」
マジでか?
冬の夜に月の光の下で咲く花、か。
うん、見たことないな。
正直、好奇心がうずく。
「おもしろそうじゃないか。俺はそれでいいぞ。そもそもこれは依頼の代金だから、俺達のほうに選ぶ権利はない訳だしな」
「あ、あの、わたくしがお役に立つなら、がんばりますよ!」
勇者はかなり乗り気だ。
もしかすると俺のせいで、勇者はだいぶ冒険者寄りの性格になりつつあるのかもしれない。
もしそうだとすると、多くの救いを待つ人々に対して、申し訳ない気持ちで一杯だ。
だがまぁ、そういう勇者がいてもいいんじゃないか? とも、思う。
それと聖女は、寝起きで、重要なことを即座に決めるのはよくないぞ。
とは言え、確かに勇者の言う通り、これは俺達側の依頼に対する対価の提案なので、俺達にはあまり検討の余地がない。
請けるか請けないか。
あるいは、聖剣を作るか作らないか、という話だ。
「わかった。最悪今賛成している三人でも出来そうな仕事だし、一応ほかの者の意見は後で聞くとして、聖剣製作の対価として、その依頼を請けさせてもらう」
「うむ。いい取引が出来てわしもうれしい」
そう言うと、まるで好々爺のような顔をして微笑んでみせた。
なぜだろう。
悪い人では決してないはずなのに、今ひとつ、どうも胡散臭い笑顔に見えてしまうんだよなぁ。
さて、引き請けてもらったのはいいが、そこなんだよな。
聖剣を作ってもらうのにどんだけの報酬が必要なのか、想像することも出来ない。
そのため、ここについては完全にノープランだった。
「いらん。と言うか、わしがお前達から何かを受け取ったら過剰要求となってしまう。なにせ、長年の苦しみから救ってもらったのだからな」
「いや、それは駄目だろう。すでにその分は、以前の依頼でちゃらになっているはずだ。人は一度安易に慣れるとなかなか元の感覚には戻れなくなってしまう。勇者達にそうなって欲しくないんだ。たとえば昨日サービスしてもらったものを今日は金を出して買うとなると、なぜかためらってしまうだろ? ……って、この例えは、あなたにはわからない感覚か」
「いや、わかるぞダスター殿。そういう感覚はわかる。人は慣れるものだ。よくも悪くもな」
「学者先生によると、より負担の大きいことには、人はなかなか馴染まないが、より負担の低いことには、すぐに馴染んでしまう、という話だ。ええっと、なんだっけか。……確か、高きより低きへと向かうのと同然で、世界の法則がそうなっている、とか」
「ほう。その者は賢者だな。……学者ならば当然か」
アドミニス殿はしばし考えて、提案する。
「ならば一つ頼まれてもらってもいいだろうか?」
「まぁ安請け合いは出来ないが、仲間達と話し合って、問題がない内容ならそれを対価とさせてもらう」
「用心深いな。よいことだ。なに、そう難しいことではないスライムを十匹ほど捕まえて来て欲しいのだ」
「スライムだって?」
スライムは、ご存知、ありとあらゆる場所に存在する魔物で、砂粒ほどの大きさから、人など容易に覆ってしまうほどの大きさまで、さまざまなものがいる。
学者先生によると、スライムという生き物は、小さな魔物の集合体で、司令を出す魔物を中心に一つの群れを形成していて、それが一匹の魔物のように考えられている、ということだった。
「なんでまた、スライムなんかを?」
「うむ、実はな。この辺りのスライムは取り尽くしてしまって、もう残っていないのだ。大森林に入ることが出来れば早いのだが、わしはあそこには入れないのでな」
「まぁ、必要というなら取って来るが。聖剣の代価がスライム十匹とかありえなくないですか?」
「価値観の違いだよ。わしに必要なものをそなたが低く見積もっているに過ぎない」
そう言われてしまうと、それはあり得るだろうと納得しそうになる。
しかしな。
「俺は嫌だからな。剣を見るたびにスライムが十匹分だったなと思うのは」
勇者が、単純でありながら深淵な答えを出した。
そうだよな、そういう気持ちはとてもわかる。
愛用の武器というものは、苦労して手に入れたという部分にも価値があったりするのだ。
こう、男のロマンと言うか。
「フハハハハッ! まったく今代の勇者は楽しませてくれるな。なるほど、これはわしが悪かった。そうだな、スライムほどの価値とされてしまうと、作ったわしも切なくなるわ。ふむ、ならば一つ、対価、というか、わしから課題を出そう」
アドミニス殿が楽しそうに言った。
うーん、何故か余計な苦労を背負い込んだ感がヒシヒシとするんだが、安易に流されたほうがよかったかなぁ。
意地を張るもんじゃないな。
「課題だと?」
勇者がたちまち嫌そうな顔になる。
なにか課題に嫌な思い出でもあるのか?
「そうだ。断裂の谷を越えて大森林へ入り、少し進むと、大川の支流が西へと流れ出す川の分岐がある」
うーん、ものすごく覚えがある場所だな。
つい先日、そこで一晩過ごした気がする。
「その、大川の本流と支流の丁度中間ぐらいの場所に、湖がある」
「大きな湖が三つ並んでいるところですか?」
そこなら最近迷宮化した訳だが。
「いや、もっと手前。東側だ。あの三つの湖に比べれば、取るに足らない、池のような湖よ」
「ふむ」
この辺境領近くは、冒険者もあまり用がない場所なので、地理などが全く知られていない。
そういう意味では厄介だが、目印が明確なので、探せなくはないだろう。
「その湖の中心に島があってな。そこに、月の光を受けて咲く花がある。透き通るような儚げな花だ。その花を一本、根と周辺の土ごと、この鉢に移し、その状態でミュリアの結界を掛けて保護して欲しい。そして、そのまま持ち帰ってくれ」
「は、はい!」
うたた寝をしていた聖女が、自分の名を呼ばれた途端に目覚めて、慌てて返事をし、その後キョロキョロと周囲を見回した。
うん。
今のはかなり愛らしかった。
アドミニス殿も相好を崩しているしな。
「あー。なかなか冒険者向けの依頼っぽくて俺としては歓迎だが、今の時期に花は咲かないですよね?」
「いや、咲いているはずだ」
マジでか?
冬の夜に月の光の下で咲く花、か。
うん、見たことないな。
正直、好奇心がうずく。
「おもしろそうじゃないか。俺はそれでいいぞ。そもそもこれは依頼の代金だから、俺達のほうに選ぶ権利はない訳だしな」
「あ、あの、わたくしがお役に立つなら、がんばりますよ!」
勇者はかなり乗り気だ。
もしかすると俺のせいで、勇者はだいぶ冒険者寄りの性格になりつつあるのかもしれない。
もしそうだとすると、多くの救いを待つ人々に対して、申し訳ない気持ちで一杯だ。
だがまぁ、そういう勇者がいてもいいんじゃないか? とも、思う。
それと聖女は、寝起きで、重要なことを即座に決めるのはよくないぞ。
とは言え、確かに勇者の言う通り、これは俺達側の依頼に対する対価の提案なので、俺達にはあまり検討の余地がない。
請けるか請けないか。
あるいは、聖剣を作るか作らないか、という話だ。
「わかった。最悪今賛成している三人でも出来そうな仕事だし、一応ほかの者の意見は後で聞くとして、聖剣製作の対価として、その依頼を請けさせてもらう」
「うむ。いい取引が出来てわしもうれしい」
そう言うと、まるで好々爺のような顔をして微笑んでみせた。
なぜだろう。
悪い人では決してないはずなのに、今ひとつ、どうも胡散臭い笑顔に見えてしまうんだよなぁ。
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