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第八章 真なる聖剣
840 親子の絆
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「父に仲介を頼むという案はどこから出て来たのかね?」
ゆっくりと、静かに、ロスト辺境伯はそう尋ねた。
何やらゾクリとする迫力がある。
「わたくしです」
聖女が堂々と言った。
「っ! なぜだ、ミュリア!」
「聖なるブローディファさまは、いつもお父さまのことを気にかけておいででした。ですが、大聖堂に身を捧げた以上は、血縁者との深い交流は禁止されます。ですから、手紙を書いていただく機会ぐらい、あってもいいと、わたくしは思ったのです。身勝手な判断をお許しください」
「う……うぬぅ」
何か言いたげでありながら、ためらっている。
ロスト辺境伯の様子からは、戸惑いの気持が読み取れた。
「父のことを、どれだけ知っておる?」
「たくさん」
聖女の答えは、とらえどころがない。
ただ、その表情には、言葉以上の想いが込められているようだった。
「……父は、そなたと同じように、子どもの頃に聖人として召し上げられ、大人になってから、還俗して故郷に戻って来た。すでに父の弟君が領主となっていて、城には父の居場所はなくなっていたのだが、前領主であった父の弟君は善良な方でな。父の帰還を喜び、城で仕事が出来るように手配したのだ」
ロスト辺境伯は、唐突に父であるブロブ殿のことを語り始める。
「父は臣下の娘と結婚もした。そして生まれたのが私だ。……だが、父は結局、世俗の暮らしに向いてなかったのだ。父には、特殊な能力が備わっていて、ときにコントロールが利かなくなることがあった。……父には、……あの人には、あらゆるものの声が聞こえるのだよ。人の心、動物、植物、そして、あろうことか未来の声までも」
重い溜息をこぼし、ロスト辺境伯はさらに話を続けた。
「前領主殿は、父との付き合いに耐えられなかった。私の母もそうだ。そして、結局、父は大聖堂に戻った」
ロスト辺境伯は、懐から、封を切った手紙を取り出す。
「私がこの領地を継いだのは、前領主殿の贖罪のようなものだ。私の、父に対する気持ちは、とても一言では言い表せない。正直に言って、手紙は不意打ちだった」
そして、苦く笑った。
「勇者殿。ここになんと記してあると思う?」
「俺が知るはずもない」
勇者は、ロスト辺境伯の問いに、あっさりと答える。
もうちょっと何かあってもいいだろ? と、俺すら思った。
「好きにしろ。だ」
ばさりと、テーブルの上に投げ出される手紙。
マジか。
あの爺さん、ほんといい性格しているなぁ。
掴みどころがなさすぎる。
さすがに、その文面は予想外だった。
「呆れたジジイだな」
ちょ、勇者。
案の定、ロスト辺境伯が勇者をギロリと睨む。
「その呆れたジジイに仲介の手紙を頼んだ間抜けが君達だ」
「聖なるブローディファさまは立派な方です!」
二人の言いように、聖女が珍しく憤慨した。
勇者とロスト辺境伯が、気まずげにそっぽを向く。
「実にバカバカしい。私は君達を追求する気持ちが萎えてしまったよ。おそらくは父の思い通りの結果なのだろうな。もはや笑いも出ない」
くるりと背を向けて、ロスト辺境伯が告げる。
その背に、強い口調で語りかけたのは、聖女だ。
「お父さまは、聖なるブローディファさま、……いいえ、お祖父さまを誤解されておいでです」
そしてテーブルの上に放り出された手紙を拾う。
「お祖父さまは、お父さまを信頼なさっているのですわ」
「信頼? 幼い頃に別れたきりの私を、父が信頼すると?」
「だって、お父さまは、幼い頃に別れたきりのわたくしを信頼なさっておいでなのでしょう?」
愕然と、ロスト辺境伯は、自分の娘である聖女を見つめた。
決して晴れるはずのない心のなかの疑念を、たった一言で、全て晴らしてしまった娘を。
ロスト辺境伯は絶句し、まるで言葉を探すように周りを見回し、傍らの妻を見た。
奥方は、高価そうな布を使った手巾で、そっと目頭を押さえている。
「ミュリアは、勇者さまと一緒に旅をして、何かを学びましたか?」
「はい。とても言葉では言い表せないほどに」
奥方の問いに、ミュリアは明確に答えた。
「娘の成長はわたくしにとって何よりの喜びです。それは、あなたも同じでしょう?」
「む……うむ」
仕方なくという風にロスト辺境伯はうなずく。
なんとなくそわそわしている。
「わかった。この度は私を信頼して、再び城を訪れていただいたのだ。前回のお互いの行き違いについては、もはや問うまい。ついては、心ゆくまで、我が城に滞在するがよろしい。歓迎する」
おお、やったな。
途中いろいろとハラハラしたが、どうやら丸く収まったようだ。
ふう。
両隣で様子を窺っていた、メルリルとルフもほっとしてる。
「それで、その……」
ロスト辺境伯が、コホンと咳払いして、さらにそわそわとし始める。
「ここからは、父としての願いであるのだが。よいだろうか? ミュリアよ」
「はい。なんなりと」
「うむ。……ミュリアよ、近くに来て、父を抱きしめてくれないか?」
「母もですよ」
あ、勇者との敵対意識を捨てた途端、親馬鹿モードに突入したようだ。
両手を広げて、ニコニコ顔で待っている。
隣で、奥方も聖女に手招きをしていた。
ミュリアは、今更ながら、少し恥ずかしそうだ。
まぁ、仲間の見ている前で親に甘えるというのは、少々抵抗があるよな。
勇者が、小さくため息を吐く。
「行ってやれ。減るもんじゃないんだ」
言い方!
「はい」
勇者のあんまりな言葉はともかくとして、聖女は大人しく両親に近づくと、ゆっくりと、父と母、それぞれと抱擁を交わした。
聖女は澄ました顔を取り繕っているが、嬉しそうだ。
とりあえず、ロスト辺境伯との関係性の修復は叶った。
次はアドミニス殿の元へ、ルフを弟子入りさせる件だな。
ゆっくりと、静かに、ロスト辺境伯はそう尋ねた。
何やらゾクリとする迫力がある。
「わたくしです」
聖女が堂々と言った。
「っ! なぜだ、ミュリア!」
「聖なるブローディファさまは、いつもお父さまのことを気にかけておいででした。ですが、大聖堂に身を捧げた以上は、血縁者との深い交流は禁止されます。ですから、手紙を書いていただく機会ぐらい、あってもいいと、わたくしは思ったのです。身勝手な判断をお許しください」
「う……うぬぅ」
何か言いたげでありながら、ためらっている。
ロスト辺境伯の様子からは、戸惑いの気持が読み取れた。
「父のことを、どれだけ知っておる?」
「たくさん」
聖女の答えは、とらえどころがない。
ただ、その表情には、言葉以上の想いが込められているようだった。
「……父は、そなたと同じように、子どもの頃に聖人として召し上げられ、大人になってから、還俗して故郷に戻って来た。すでに父の弟君が領主となっていて、城には父の居場所はなくなっていたのだが、前領主であった父の弟君は善良な方でな。父の帰還を喜び、城で仕事が出来るように手配したのだ」
ロスト辺境伯は、唐突に父であるブロブ殿のことを語り始める。
「父は臣下の娘と結婚もした。そして生まれたのが私だ。……だが、父は結局、世俗の暮らしに向いてなかったのだ。父には、特殊な能力が備わっていて、ときにコントロールが利かなくなることがあった。……父には、……あの人には、あらゆるものの声が聞こえるのだよ。人の心、動物、植物、そして、あろうことか未来の声までも」
重い溜息をこぼし、ロスト辺境伯はさらに話を続けた。
「前領主殿は、父との付き合いに耐えられなかった。私の母もそうだ。そして、結局、父は大聖堂に戻った」
ロスト辺境伯は、懐から、封を切った手紙を取り出す。
「私がこの領地を継いだのは、前領主殿の贖罪のようなものだ。私の、父に対する気持ちは、とても一言では言い表せない。正直に言って、手紙は不意打ちだった」
そして、苦く笑った。
「勇者殿。ここになんと記してあると思う?」
「俺が知るはずもない」
勇者は、ロスト辺境伯の問いに、あっさりと答える。
もうちょっと何かあってもいいだろ? と、俺すら思った。
「好きにしろ。だ」
ばさりと、テーブルの上に投げ出される手紙。
マジか。
あの爺さん、ほんといい性格しているなぁ。
掴みどころがなさすぎる。
さすがに、その文面は予想外だった。
「呆れたジジイだな」
ちょ、勇者。
案の定、ロスト辺境伯が勇者をギロリと睨む。
「その呆れたジジイに仲介の手紙を頼んだ間抜けが君達だ」
「聖なるブローディファさまは立派な方です!」
二人の言いように、聖女が珍しく憤慨した。
勇者とロスト辺境伯が、気まずげにそっぽを向く。
「実にバカバカしい。私は君達を追求する気持ちが萎えてしまったよ。おそらくは父の思い通りの結果なのだろうな。もはや笑いも出ない」
くるりと背を向けて、ロスト辺境伯が告げる。
その背に、強い口調で語りかけたのは、聖女だ。
「お父さまは、聖なるブローディファさま、……いいえ、お祖父さまを誤解されておいでです」
そしてテーブルの上に放り出された手紙を拾う。
「お祖父さまは、お父さまを信頼なさっているのですわ」
「信頼? 幼い頃に別れたきりの私を、父が信頼すると?」
「だって、お父さまは、幼い頃に別れたきりのわたくしを信頼なさっておいでなのでしょう?」
愕然と、ロスト辺境伯は、自分の娘である聖女を見つめた。
決して晴れるはずのない心のなかの疑念を、たった一言で、全て晴らしてしまった娘を。
ロスト辺境伯は絶句し、まるで言葉を探すように周りを見回し、傍らの妻を見た。
奥方は、高価そうな布を使った手巾で、そっと目頭を押さえている。
「ミュリアは、勇者さまと一緒に旅をして、何かを学びましたか?」
「はい。とても言葉では言い表せないほどに」
奥方の問いに、ミュリアは明確に答えた。
「娘の成長はわたくしにとって何よりの喜びです。それは、あなたも同じでしょう?」
「む……うむ」
仕方なくという風にロスト辺境伯はうなずく。
なんとなくそわそわしている。
「わかった。この度は私を信頼して、再び城を訪れていただいたのだ。前回のお互いの行き違いについては、もはや問うまい。ついては、心ゆくまで、我が城に滞在するがよろしい。歓迎する」
おお、やったな。
途中いろいろとハラハラしたが、どうやら丸く収まったようだ。
ふう。
両隣で様子を窺っていた、メルリルとルフもほっとしてる。
「それで、その……」
ロスト辺境伯が、コホンと咳払いして、さらにそわそわとし始める。
「ここからは、父としての願いであるのだが。よいだろうか? ミュリアよ」
「はい。なんなりと」
「うむ。……ミュリアよ、近くに来て、父を抱きしめてくれないか?」
「母もですよ」
あ、勇者との敵対意識を捨てた途端、親馬鹿モードに突入したようだ。
両手を広げて、ニコニコ顔で待っている。
隣で、奥方も聖女に手招きをしていた。
ミュリアは、今更ながら、少し恥ずかしそうだ。
まぁ、仲間の見ている前で親に甘えるというのは、少々抵抗があるよな。
勇者が、小さくため息を吐く。
「行ってやれ。減るもんじゃないんだ」
言い方!
「はい」
勇者のあんまりな言葉はともかくとして、聖女は大人しく両親に近づくと、ゆっくりと、父と母、それぞれと抱擁を交わした。
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