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第八章 真なる聖剣
839 感情と交渉と
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応接室の使用人用待機室は、客室の従者用の部屋と違って、寝台があったり、ちょっとした調理が出来るようになっている、ということはない。
基本的には、客がいる間は使わない場所とのことだ。
内装の変更や、荷物の運び入れなど、いわゆる裏方仕事を行うための場所という話だった。
俺も勇者と共に旅をしているうちに、何度か貴族の屋敷に滞在する機会があったが、貴族の屋敷というものは、体面を重んじ、他人の目に見せるための場所と、他人の目にさらしたくない場所が、きっちりと別れていることを学んだ。
使用人にも身分の上下があって、通常客人に姿を見せて行動するのは身分の高い使用人となる。
身分の低い使用人は、ひたすら偉い人の目に留まらないように行動するという鉄則があった。
そのため、城などという、建物というよりも小さな町のような場所では、使用人用の通路が、そこかしこにあり、その大部分は隠されている。
そういう訳で、偉い人から気づかれないように行動するなら、従者という立場は便利なのだ。
裏の待機場所にいても怒られないからな。
ルフは、アドミニス殿に弟子入りに来たので、客人として、侍従の意識に残っておく必要があった。
ロスト辺境伯の意識には残ってなくてもいい。
身分的には平民だからだ。
という訳で、ルフにはあえて、正面から勇者達と一緒に入城してもらったのである。
「怖かったろう、よく頑張ったな」
「あの、あの場に留まってなくてよかったのでしょうか?」
ルフは思ったよりもしっかりとしていた。
旅の間にいろいろ経験したから、この程度の状況は平気になったのか? 頼もしいことだ。
「今から行われる話し合いは、おそらくだが、極めてプライベート性の高いものだ。そういう話を無関係なのに聞いていた、と印象に残るほうがよくない」
「うわっ。なら、ここにいるのもよくないのでは?」
「大丈夫だ。この場所は貴族にとって存在しない場所なんだ。日頃から無視するのが習慣となっているんで、お互いにその件に触れない限りは、問題になることはない。貴族のおかしな習慣の一つだな」
「よくわかりません」
「まぁ気にするなってことさ」
あんまりごちゃごちゃ言っても意味がない。
俺は簡潔に纏めた。
背後で、メルリルが少し笑ったのが聞こえる。
建前とかよりも、本質が大事だろ!
おっと、そんなことをやっている間に、応接室にロスト辺境伯がおいでになったらしい。
あ、奥方も一緒だ。
「お待たせしたかな?」
「いいえ」
俺はもう勇者に愛想を求めるのはあきらめた。
せめて、暴言を吐かないことだけを祈ろう。
それと、間違っても、聖女の目前で、その父親を傷つけたりしないように。
事前にくれぐれもと、言い含めておいたんだが、不安は残る。
わりと勇者も直情的だからな。
傍で助言するという選択肢もあったんだが、そんな状態では相手も納得しないだろうし、勇者も本音で対応しない。
聖女とは長い付き合いになるんだし、ここで一度、きっちり話をつけておく必要があるのだ。
「不安は尽きないが、弟子を信頼するのも師匠の仕事のうちだからな」
「ダスター、お師匠さまらしくなって来た」
「よせよせ」
メルリルが妙な方向に褒めてくれるが、正直嬉しくない。
なんで俺、勇者の師匠なんて引き受けたんだろう?
「あまり迂遠な話をしても始まらない。まずは率直に聞こう。以前城に滞在したとき、どうして一言もなく消えてしまわれたのかね?」
「わたくし、お父さまとお母さま宛にお手紙を残しておきましたわ」
ロスト辺境伯の詰問に、聖女が横から答える。
あ、ロスト辺境伯の頬がピクッと動いたぞ。
一方、奥方のほうは笑顔のまま変化しない。
聖女を愛し気にずっと見つめているな。
「ミュリア、今父は勇者殿と話しているのだ。控えなさい」
「いいえ。わたくしは勇者パーティの一員です。わたくしの行いはすなわち勇者さまの行いでもあります。無関係な者のように扱われるのは心外です」
おお、聖女がきっぱりと言った。
最近の聖女の成長は著しいな。
「……くっ。確かに、そういうことなら、伝言は受け取った。しかし、無断の国境越えは国の法に背く行為だ」
「ほう? 辺境伯殿はご存知ないようだが、勇者には自由に各地を移動出来る権利がある。いちいち検問所に顔を出すのは、礼儀として行っているだけの話。相手に礼儀がなければ、こちらも礼儀を返す必要はないと思うが」
「私が礼儀知らずとでも言いたいのか!」
あ、勇者が挑発しやがった。
相手を先に暴発させることで、心理的に優位に立とうという魂胆だな。
こうやって、少し離れて客観的に見ていると、意外と勇者は理性的に計算ずくで動いている節がある。
案外策士だよな。
ただ、自分ではそういう部分があまり好きじゃないらしく、滅多にそういう言動を俺達の前では見せないが。
「あなた、落ち着いてください。勇者さま、わたくし達は、ただ、長く引き離されていた娘と出来るだけ長い時間を共に過ごしたいと思っていただけで、お城に引き止めていたことに他意はないのです。悪意があったように取られては、悲しすぎますわ」
奥方がすかさずフォロー。
貴族の奥方は、普段は外の人間に決して顔を見せないものなのだが、家の全てを取り仕切り、女性同士の外交を行っているという。
表立って家長として全てを取り仕切っているのは夫だが、裏で貴族同士の情報戦を取り仕切っているのは奥方なのだそうだ。
つまり交渉事は、実は女性のほうが優れている可能性が高い。
ときとして情に訴えるやり方も、女性ならではのテクニックだよなぁ。
「ならば、前回はお互いに非があったとして、手打ちにしないか? せっかく貴殿の父君に仲介役を頼んだのだ。俺としても、その顔を潰したくはない」
早いな。
もうそのカードを切るのか。
長引かせても仕方がないと判断したんだろうな。
俺も同感だ。
前回の滞在から、ここまでに見て来たロスト辺境伯の様子でわかる為人は、話が長引けば長引くほど、興奮が高まって、理性の制御が利かなくなるタイプという感じだ。
話が長引いていいことは何もないだろう。
「その、ことだが……」
しかしロスト辺境伯は、自らの感情を押し殺すように、低い声でそう告げた。
基本的には、客がいる間は使わない場所とのことだ。
内装の変更や、荷物の運び入れなど、いわゆる裏方仕事を行うための場所という話だった。
俺も勇者と共に旅をしているうちに、何度か貴族の屋敷に滞在する機会があったが、貴族の屋敷というものは、体面を重んじ、他人の目に見せるための場所と、他人の目にさらしたくない場所が、きっちりと別れていることを学んだ。
使用人にも身分の上下があって、通常客人に姿を見せて行動するのは身分の高い使用人となる。
身分の低い使用人は、ひたすら偉い人の目に留まらないように行動するという鉄則があった。
そのため、城などという、建物というよりも小さな町のような場所では、使用人用の通路が、そこかしこにあり、その大部分は隠されている。
そういう訳で、偉い人から気づかれないように行動するなら、従者という立場は便利なのだ。
裏の待機場所にいても怒られないからな。
ルフは、アドミニス殿に弟子入りに来たので、客人として、侍従の意識に残っておく必要があった。
ロスト辺境伯の意識には残ってなくてもいい。
身分的には平民だからだ。
という訳で、ルフにはあえて、正面から勇者達と一緒に入城してもらったのである。
「怖かったろう、よく頑張ったな」
「あの、あの場に留まってなくてよかったのでしょうか?」
ルフは思ったよりもしっかりとしていた。
旅の間にいろいろ経験したから、この程度の状況は平気になったのか? 頼もしいことだ。
「今から行われる話し合いは、おそらくだが、極めてプライベート性の高いものだ。そういう話を無関係なのに聞いていた、と印象に残るほうがよくない」
「うわっ。なら、ここにいるのもよくないのでは?」
「大丈夫だ。この場所は貴族にとって存在しない場所なんだ。日頃から無視するのが習慣となっているんで、お互いにその件に触れない限りは、問題になることはない。貴族のおかしな習慣の一つだな」
「よくわかりません」
「まぁ気にするなってことさ」
あんまりごちゃごちゃ言っても意味がない。
俺は簡潔に纏めた。
背後で、メルリルが少し笑ったのが聞こえる。
建前とかよりも、本質が大事だろ!
おっと、そんなことをやっている間に、応接室にロスト辺境伯がおいでになったらしい。
あ、奥方も一緒だ。
「お待たせしたかな?」
「いいえ」
俺はもう勇者に愛想を求めるのはあきらめた。
せめて、暴言を吐かないことだけを祈ろう。
それと、間違っても、聖女の目前で、その父親を傷つけたりしないように。
事前にくれぐれもと、言い含めておいたんだが、不安は残る。
わりと勇者も直情的だからな。
傍で助言するという選択肢もあったんだが、そんな状態では相手も納得しないだろうし、勇者も本音で対応しない。
聖女とは長い付き合いになるんだし、ここで一度、きっちり話をつけておく必要があるのだ。
「不安は尽きないが、弟子を信頼するのも師匠の仕事のうちだからな」
「ダスター、お師匠さまらしくなって来た」
「よせよせ」
メルリルが妙な方向に褒めてくれるが、正直嬉しくない。
なんで俺、勇者の師匠なんて引き受けたんだろう?
「あまり迂遠な話をしても始まらない。まずは率直に聞こう。以前城に滞在したとき、どうして一言もなく消えてしまわれたのかね?」
「わたくし、お父さまとお母さま宛にお手紙を残しておきましたわ」
ロスト辺境伯の詰問に、聖女が横から答える。
あ、ロスト辺境伯の頬がピクッと動いたぞ。
一方、奥方のほうは笑顔のまま変化しない。
聖女を愛し気にずっと見つめているな。
「ミュリア、今父は勇者殿と話しているのだ。控えなさい」
「いいえ。わたくしは勇者パーティの一員です。わたくしの行いはすなわち勇者さまの行いでもあります。無関係な者のように扱われるのは心外です」
おお、聖女がきっぱりと言った。
最近の聖女の成長は著しいな。
「……くっ。確かに、そういうことなら、伝言は受け取った。しかし、無断の国境越えは国の法に背く行為だ」
「ほう? 辺境伯殿はご存知ないようだが、勇者には自由に各地を移動出来る権利がある。いちいち検問所に顔を出すのは、礼儀として行っているだけの話。相手に礼儀がなければ、こちらも礼儀を返す必要はないと思うが」
「私が礼儀知らずとでも言いたいのか!」
あ、勇者が挑発しやがった。
相手を先に暴発させることで、心理的に優位に立とうという魂胆だな。
こうやって、少し離れて客観的に見ていると、意外と勇者は理性的に計算ずくで動いている節がある。
案外策士だよな。
ただ、自分ではそういう部分があまり好きじゃないらしく、滅多にそういう言動を俺達の前では見せないが。
「あなた、落ち着いてください。勇者さま、わたくし達は、ただ、長く引き離されていた娘と出来るだけ長い時間を共に過ごしたいと思っていただけで、お城に引き止めていたことに他意はないのです。悪意があったように取られては、悲しすぎますわ」
奥方がすかさずフォロー。
貴族の奥方は、普段は外の人間に決して顔を見せないものなのだが、家の全てを取り仕切り、女性同士の外交を行っているという。
表立って家長として全てを取り仕切っているのは夫だが、裏で貴族同士の情報戦を取り仕切っているのは奥方なのだそうだ。
つまり交渉事は、実は女性のほうが優れている可能性が高い。
ときとして情に訴えるやり方も、女性ならではのテクニックだよなぁ。
「ならば、前回はお互いに非があったとして、手打ちにしないか? せっかく貴殿の父君に仲介役を頼んだのだ。俺としても、その顔を潰したくはない」
早いな。
もうそのカードを切るのか。
長引かせても仕方がないと判断したんだろうな。
俺も同感だ。
前回の滞在から、ここまでに見て来たロスト辺境伯の様子でわかる為人は、話が長引けば長引くほど、興奮が高まって、理性の制御が利かなくなるタイプという感じだ。
話が長引いていいことは何もないだろう。
「その、ことだが……」
しかしロスト辺境伯は、自らの感情を押し殺すように、低い声でそう告げた。
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