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第八章 真なる聖剣
765 魔獣公の挙式 4
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「エブラハイム殿」
聖者が、床に伏せた鎮守公に手を差し伸べた。
「勇者さまはお優しい御方。そのようなことをせずとも、聖剣を見せてくださいますよ」
「ありがたきおおせですが、勇者さまには、我が清心をお見せいたさねばなりますまい。護国の力は我が目指すところ、封印の勇者の聖剣は、その目指すところに届いた剣なのです。ぜひ拝見いたして、我が標といたしたく……」
「愚か者っ!」
言い募る鎮守公の言葉に被せるように、大音声を発したのは、なんと、この場で最もお年を召しているように見える、銀山公だ。
杖を大きく振り上げ、足を踏み鳴らしていた。
元気な爺さんだな。
「きっ、きさま! 栄光ある七公の一人でありながら、自らの欲のために、よりにもよって聖者さまと勇者さまに無理強いをするとは、恥を知れ!」
「あらあら、銀山公、そんなに興奮してしまったら、お身体に障りますわよ」
その銀山公を、言葉で諌めるのは、紅一点の護国公だ。
豊満な身体をくねらせて、艶めかしい。
目のやりどころに困るな。
「……ダスター?」
メルリルの小さく押さえた声が、耳元で聞こえた。
俺は慌てて護国公から目を逸らす。
「女狐は黙っとれ! ワシの身体の心配はワシがするわ!」
「あらあら、まぁまぁ」
女狐と呼ばれた護国公は、怒ることなく、妖艶な笑みを浮かべてちろりと赤い舌を覗かせる。
怖えな、七公。
「御老体のおっしゃることは尤もだ。俺は、鎮守公は神に仕える敬虔な信徒だとばかり思っておったが、どうやら見込み違いであったようだな」
次に声を発したのは海洋公だ。
信仰の篤い面々が、仲間割れを始めたという感じになる。
こうなると、誰が味方で誰が敵か全くわからなくなってしまうぞ。
「うぬう。私の神への忠心を疑われてはたまらぬ! わかりもうした。鎮守公の名を汚した者として、この首、今ここで自ら落として見せようぞ!」
いろいろ言われてしまった鎮守公が、やけくそのように剣を手にする。
おいおいおい。
「いい加減にしろ」
そんな喧騒を、勇者の静かなひとことが鎮めた。
「国を支える重鎮が、互いに足を引っ張り合うことしか出来ないのか? ディスタス大公国の栄光も、もはや過去のもののようだな」
辛辣だ。
さすがは勇者である。
七公は、全員が顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「おい」
「はっ?」
勇者が、足元にうつむいていた鎮守公に声をかけ、鎮守公が僅かな時間で憔悴した顔を上げた。
「ほら、見たいんだろ? 見ればいい」
なんと、勇者は、気軽に聖剣を鎮守公に押し付ける。
当の鎮守公は、差し出された聖剣に、手を触れていいのかどうか、わからないようで、手を上げたり下げたりしていた。
「誰にだって望みはある。非道な手段でそれを叶えようというのならともかく、自らの頭を下げて叶えようとする者を、俺は卑しいとは思わない」
「勇者さま……」
あ、また滂沱の涙を流している。
鎮守公、涙もろいな。
しかし勇者。
それって、あれか? お前が俺に土下座して弟子になったことが頭にあるのか?
そりゃあ、それを否定したら、お前自身を否定しなきゃならんからな。
結局聖剣を見せることになったか。
まぁ、一応こういうことが起きる可能性は考えたあった。
そこで、聖女と聖者さまの二人で、聖剣には一種の幻惑魔法が施してある。
そう、聖者さまには、俺達が話していたことを聞かれた上に、面白そうだから自分も仲間に入れてくれと言われてしまったのだ。
面白そうで、聖剣を偽っていいんですか?
鎮守公は、震える手を聖剣に伸ばし、両手で受け取ると、そっと鞘から剣を半ばまで引き出した。
「おお。頑強で無骨な造り。そして、清らかで聖なる光。これこそが聖剣。我が目指す道」
もはや、涙で目が溶けるんじゃないかと心配になるぐらい泣いて、鎮守公は聖剣を再び鞘に収めると、勇者に深く頭を下げつつ返した。
「勇者さま。我らが未熟、お叱りいただき、かたじけなく。感じ入りましてございます」
鎮守公はそう言って、居並ぶ七公の列へと下がる。
周りのほかの七公は、そんな鎮守公をチラ見したが、特に何かを口に出すことはなかった。
こうして、とりあえずこれで本当に、聖剣の引き継ぎの式が終わる。
やれやれだ。
さて、次だ。
「それでは、今回の迷宮深部の魔物討伐及び、封印の勇者の功績の発掘に、多大な貢献をした者に、我が大聖堂から、感謝と共に、称号を授与いたしたいと思います」
ホールがざわつく。
この件については、事前に告知していなかったのだ。
ホールには七公のほかにも国の有力貴族が集っている。
ただし、七公と俺達、そして英雄殿とお姫さま、それと聖者さまがいる場所と、ほかの貴族がいる場所とは、半幕と呼ばれる仕切りで区切られていた。
一般の貴族達は、なんとなく、こっちで行われていることはわかるが、見ることは出来ない状態だ。
というか、さっきの一幕、丸聞こえだったと思うが、大丈夫か?
「お入りください」
聖者が声をかけると同時に、扉が開き、メイサーが姿を現した。
全員が息を呑む音が聞こえた。
美しい。
豊かな白銀の髪を編み上げ、ゆったりと結っている。
髪に刺した飾りは一本。
慎ましい銀の華だ。
白い衣装に銀糸で縫い取りがされたドレスは、極力女性的な膨らみを押さえて作られていて、どこか騎士のような凛々しさがあった。
メイサーは、まるで生まれながらの女王のように、顔を上げ、周囲を睥睨する。
途端に、その足元に身を投げて、忠誠を誓いたいという衝動が押し寄せた。
とは言え、そのカリスマは、兄に比べれは少し劣る。
メイサーの兄と、さんざん顔を合わせて来た俺にとっては、なんとなく、懐かしい衝動だった。
「うむむ……」
七公のうち、男性陣から唸るような声が漏れ聞こえる。
男性全員が、顔を赤くしているようだ。
なかでも一番ボーッとメイサーを眺めているのが、誰あろうカーンである。
「やれやれ」
しっかりしろよ、お前。
聖者が、床に伏せた鎮守公に手を差し伸べた。
「勇者さまはお優しい御方。そのようなことをせずとも、聖剣を見せてくださいますよ」
「ありがたきおおせですが、勇者さまには、我が清心をお見せいたさねばなりますまい。護国の力は我が目指すところ、封印の勇者の聖剣は、その目指すところに届いた剣なのです。ぜひ拝見いたして、我が標といたしたく……」
「愚か者っ!」
言い募る鎮守公の言葉に被せるように、大音声を発したのは、なんと、この場で最もお年を召しているように見える、銀山公だ。
杖を大きく振り上げ、足を踏み鳴らしていた。
元気な爺さんだな。
「きっ、きさま! 栄光ある七公の一人でありながら、自らの欲のために、よりにもよって聖者さまと勇者さまに無理強いをするとは、恥を知れ!」
「あらあら、銀山公、そんなに興奮してしまったら、お身体に障りますわよ」
その銀山公を、言葉で諌めるのは、紅一点の護国公だ。
豊満な身体をくねらせて、艶めかしい。
目のやりどころに困るな。
「……ダスター?」
メルリルの小さく押さえた声が、耳元で聞こえた。
俺は慌てて護国公から目を逸らす。
「女狐は黙っとれ! ワシの身体の心配はワシがするわ!」
「あらあら、まぁまぁ」
女狐と呼ばれた護国公は、怒ることなく、妖艶な笑みを浮かべてちろりと赤い舌を覗かせる。
怖えな、七公。
「御老体のおっしゃることは尤もだ。俺は、鎮守公は神に仕える敬虔な信徒だとばかり思っておったが、どうやら見込み違いであったようだな」
次に声を発したのは海洋公だ。
信仰の篤い面々が、仲間割れを始めたという感じになる。
こうなると、誰が味方で誰が敵か全くわからなくなってしまうぞ。
「うぬう。私の神への忠心を疑われてはたまらぬ! わかりもうした。鎮守公の名を汚した者として、この首、今ここで自ら落として見せようぞ!」
いろいろ言われてしまった鎮守公が、やけくそのように剣を手にする。
おいおいおい。
「いい加減にしろ」
そんな喧騒を、勇者の静かなひとことが鎮めた。
「国を支える重鎮が、互いに足を引っ張り合うことしか出来ないのか? ディスタス大公国の栄光も、もはや過去のもののようだな」
辛辣だ。
さすがは勇者である。
七公は、全員が顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「おい」
「はっ?」
勇者が、足元にうつむいていた鎮守公に声をかけ、鎮守公が僅かな時間で憔悴した顔を上げた。
「ほら、見たいんだろ? 見ればいい」
なんと、勇者は、気軽に聖剣を鎮守公に押し付ける。
当の鎮守公は、差し出された聖剣に、手を触れていいのかどうか、わからないようで、手を上げたり下げたりしていた。
「誰にだって望みはある。非道な手段でそれを叶えようというのならともかく、自らの頭を下げて叶えようとする者を、俺は卑しいとは思わない」
「勇者さま……」
あ、また滂沱の涙を流している。
鎮守公、涙もろいな。
しかし勇者。
それって、あれか? お前が俺に土下座して弟子になったことが頭にあるのか?
そりゃあ、それを否定したら、お前自身を否定しなきゃならんからな。
結局聖剣を見せることになったか。
まぁ、一応こういうことが起きる可能性は考えたあった。
そこで、聖女と聖者さまの二人で、聖剣には一種の幻惑魔法が施してある。
そう、聖者さまには、俺達が話していたことを聞かれた上に、面白そうだから自分も仲間に入れてくれと言われてしまったのだ。
面白そうで、聖剣を偽っていいんですか?
鎮守公は、震える手を聖剣に伸ばし、両手で受け取ると、そっと鞘から剣を半ばまで引き出した。
「おお。頑強で無骨な造り。そして、清らかで聖なる光。これこそが聖剣。我が目指す道」
もはや、涙で目が溶けるんじゃないかと心配になるぐらい泣いて、鎮守公は聖剣を再び鞘に収めると、勇者に深く頭を下げつつ返した。
「勇者さま。我らが未熟、お叱りいただき、かたじけなく。感じ入りましてございます」
鎮守公はそう言って、居並ぶ七公の列へと下がる。
周りのほかの七公は、そんな鎮守公をチラ見したが、特に何かを口に出すことはなかった。
こうして、とりあえずこれで本当に、聖剣の引き継ぎの式が終わる。
やれやれだ。
さて、次だ。
「それでは、今回の迷宮深部の魔物討伐及び、封印の勇者の功績の発掘に、多大な貢献をした者に、我が大聖堂から、感謝と共に、称号を授与いたしたいと思います」
ホールがざわつく。
この件については、事前に告知していなかったのだ。
ホールには七公のほかにも国の有力貴族が集っている。
ただし、七公と俺達、そして英雄殿とお姫さま、それと聖者さまがいる場所と、ほかの貴族がいる場所とは、半幕と呼ばれる仕切りで区切られていた。
一般の貴族達は、なんとなく、こっちで行われていることはわかるが、見ることは出来ない状態だ。
というか、さっきの一幕、丸聞こえだったと思うが、大丈夫か?
「お入りください」
聖者が声をかけると同時に、扉が開き、メイサーが姿を現した。
全員が息を呑む音が聞こえた。
美しい。
豊かな白銀の髪を編み上げ、ゆったりと結っている。
髪に刺した飾りは一本。
慎ましい銀の華だ。
白い衣装に銀糸で縫い取りがされたドレスは、極力女性的な膨らみを押さえて作られていて、どこか騎士のような凛々しさがあった。
メイサーは、まるで生まれながらの女王のように、顔を上げ、周囲を睥睨する。
途端に、その足元に身を投げて、忠誠を誓いたいという衝動が押し寄せた。
とは言え、そのカリスマは、兄に比べれは少し劣る。
メイサーの兄と、さんざん顔を合わせて来た俺にとっては、なんとなく、懐かしい衝動だった。
「うむむ……」
七公のうち、男性陣から唸るような声が漏れ聞こえる。
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「やれやれ」
しっかりしろよ、お前。
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