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第七章 幻の都
732 扉の向こう
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「だいたいわかりました」
メルリルが、万年氷の封印をあちこち小突きまわした末、一人うなずく。
後ろで見ていた俺には何が何やらさっぱりだが、メルリルには何かがわかったようだ。
「いきます」
すうと息を吸い込むと、メルリルは神璽の枝を掲げ、くるりと回る。
不思議なことに、掲げられた神璽の先端で、わずかに花びらを開きかけていた、水晶のような花が、色濃く、大きく、花開いた。
あの花は、植物ではない。
だが、正直、何で出来ているのかということは俺にはわからなかった。
大聖堂の聖者さまにいただいたものだ。
森人の巫女であるメルリルに、神の盟約の加護を与えた徴らしい。
単なる魔宝石ということもないんだろうなぁ。
メルリルが優雅に動き、知らない言葉で詩を歌う。
すると、万年氷の表面のあちこちに、星のような光が灯った。
「おお?」
「まぁ。きれい」
勇者と聖女が揃って小さな声を上げる。
変化はそれだけじゃなかった。
小さな光は、まだまだ序の口だったのだ。
メルリルが踏んだ地面に、陽炎のような揺らめきが生じ、それが線になって繋がっていく。
メルリルは、クルリクルリと、複雑に重なり合った円をつま先で描いた。
同時に、その歌は万年氷に吸い込まれるように遠ざかり、歌と共に、氷の内部に、光が浸透していっているようだ。
やがて、地上に揺らぐ淡い陽炎の模様と、万年氷のなかに灯る光が、実体と影のようにぴたりと一致した。
『目覚めよ。息吹のとき来たり』
最後の一節は、森人の言葉だった。
その直後、シャリーン! という、美しい音を立てながら、万年氷が粉々に割れる。
「あぶない!」
俺は咄嗟にぼおっとしているメルリルを引き寄せて、勇者達がいる場所まで下がった。
同時に、聖女が結界を張る。
特に視線を向けたり、言葉で頼んだりした訳ではなかったが、ジャストタイミングだった。
とは言え、その砕けた氷に危険があったのかはわからない。
キラキラと、まるで雪山のなかでときどき見る細かい氷の吹雪のように、しかし、通常の氷とは違い、自ら光を放ちながら、最後は氷らしく溶けて消えてしまった。
「メルリル、大丈夫か?」
「あ、うん。ダスターありがとう」
「よくやった。さすが一族の誇る巫女だな」
もし、メルリルがいなかったら、この氷の封印を解くことが出来ただろうか?
もちろん戦力的な意味なら十分以上な俺達だ。
暴力的に無理やり破壊することは出来たかもしれない。
しかし、破壊という行為には、必ず消失が伴う。
扉の守る何か大事な要素を破壊してしまっていたかもしれないのだ。
そう考えれば、メルリルが行ったことは、とても偉大なことと言える。
「……私も、ちょっとは役に立った?」
「ちょっとどころじゃないぞ。なぁ?」
俺は、勇者達を振り向いて問う。
「素晴らしいですわ! メルリルさん!」
ぴょんと飛んで、聖女がメルリルに抱き着く。
おわっ、びっくりした。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさい!」
聖女は真っ赤になって、恥ずかしそうに謝っている。
「いや、ほんと、凄かった! あんな綺麗なの、お金払っても見れないよ!」
モンクよ、それは褒め言葉なのか?
「感動しました。あれが……精霊というものなのでしょうか?」
聖騎士も心動かされたように言った。
「あれは、精霊ではありません。でも似たものではありました。だから、私の習って来た技で、本来の形を辿ることが出来たのです」
メルリルがそう説明する。
本来の形?
「本来の形と言うと?」
俺はメルリルに尋ねたみた。
「うん。これは、最初に決まった形があって。それを組み替えて別の形にしていたの。組み替えた順番を正しく辿って元に戻すことで、封印が解けるようになっていたみたい」
「なるほどな」
太古の技術は、バカにしたものじゃないな。
今平野の民が神の盟約によって使っている魔法とは違っても、魔力を使うなんらかの方法を編み出していたようだ。
「師匠、扉を開くぞ?」
勇者が、じっと巨大な扉を見据えて言った。
そうだ。ここからが本番だ。
少しの油断も出来ない。
「ミュリア、アルフが扉を開けた瞬間に、全員を結界で護ってもらえるか?」
「はい。いつでも大丈夫です!」
聖女は、はりきって力一杯答える。
どうやらメルリルの技を見て、元気が戻ったようだ。
「じゃ、行くぞ」
勇者が扉に触れた。
すると、扉全体に光が灯り、巨大な樹の絵が色鮮やかに浮かび上がった。
扉の材質は石だろうと思っていたが、どうやら、大きな木材に魔宝石を埋め込んで作られているようだ。
特に勇者が力を込めたようにも見えなかったが、扉がするすると奥へと開いて行く。
「風?」
驚愕したように勇者が言った。
迷宮の最奥、大地の下のさらに下である。
そんな場所に風が吹く。
普通ならあり得ないことだ。
だが、確かに俺達はそのとき風を感じたのだった。
メルリルが、万年氷の封印をあちこち小突きまわした末、一人うなずく。
後ろで見ていた俺には何が何やらさっぱりだが、メルリルには何かがわかったようだ。
「いきます」
すうと息を吸い込むと、メルリルは神璽の枝を掲げ、くるりと回る。
不思議なことに、掲げられた神璽の先端で、わずかに花びらを開きかけていた、水晶のような花が、色濃く、大きく、花開いた。
あの花は、植物ではない。
だが、正直、何で出来ているのかということは俺にはわからなかった。
大聖堂の聖者さまにいただいたものだ。
森人の巫女であるメルリルに、神の盟約の加護を与えた徴らしい。
単なる魔宝石ということもないんだろうなぁ。
メルリルが優雅に動き、知らない言葉で詩を歌う。
すると、万年氷の表面のあちこちに、星のような光が灯った。
「おお?」
「まぁ。きれい」
勇者と聖女が揃って小さな声を上げる。
変化はそれだけじゃなかった。
小さな光は、まだまだ序の口だったのだ。
メルリルが踏んだ地面に、陽炎のような揺らめきが生じ、それが線になって繋がっていく。
メルリルは、クルリクルリと、複雑に重なり合った円をつま先で描いた。
同時に、その歌は万年氷に吸い込まれるように遠ざかり、歌と共に、氷の内部に、光が浸透していっているようだ。
やがて、地上に揺らぐ淡い陽炎の模様と、万年氷のなかに灯る光が、実体と影のようにぴたりと一致した。
『目覚めよ。息吹のとき来たり』
最後の一節は、森人の言葉だった。
その直後、シャリーン! という、美しい音を立てながら、万年氷が粉々に割れる。
「あぶない!」
俺は咄嗟にぼおっとしているメルリルを引き寄せて、勇者達がいる場所まで下がった。
同時に、聖女が結界を張る。
特に視線を向けたり、言葉で頼んだりした訳ではなかったが、ジャストタイミングだった。
とは言え、その砕けた氷に危険があったのかはわからない。
キラキラと、まるで雪山のなかでときどき見る細かい氷の吹雪のように、しかし、通常の氷とは違い、自ら光を放ちながら、最後は氷らしく溶けて消えてしまった。
「メルリル、大丈夫か?」
「あ、うん。ダスターありがとう」
「よくやった。さすが一族の誇る巫女だな」
もし、メルリルがいなかったら、この氷の封印を解くことが出来ただろうか?
もちろん戦力的な意味なら十分以上な俺達だ。
暴力的に無理やり破壊することは出来たかもしれない。
しかし、破壊という行為には、必ず消失が伴う。
扉の守る何か大事な要素を破壊してしまっていたかもしれないのだ。
そう考えれば、メルリルが行ったことは、とても偉大なことと言える。
「……私も、ちょっとは役に立った?」
「ちょっとどころじゃないぞ。なぁ?」
俺は、勇者達を振り向いて問う。
「素晴らしいですわ! メルリルさん!」
ぴょんと飛んで、聖女がメルリルに抱き着く。
おわっ、びっくりした。
「きゃっ」
「あ、ごめんなさい!」
聖女は真っ赤になって、恥ずかしそうに謝っている。
「いや、ほんと、凄かった! あんな綺麗なの、お金払っても見れないよ!」
モンクよ、それは褒め言葉なのか?
「感動しました。あれが……精霊というものなのでしょうか?」
聖騎士も心動かされたように言った。
「あれは、精霊ではありません。でも似たものではありました。だから、私の習って来た技で、本来の形を辿ることが出来たのです」
メルリルがそう説明する。
本来の形?
「本来の形と言うと?」
俺はメルリルに尋ねたみた。
「うん。これは、最初に決まった形があって。それを組み替えて別の形にしていたの。組み替えた順番を正しく辿って元に戻すことで、封印が解けるようになっていたみたい」
「なるほどな」
太古の技術は、バカにしたものじゃないな。
今平野の民が神の盟約によって使っている魔法とは違っても、魔力を使うなんらかの方法を編み出していたようだ。
「師匠、扉を開くぞ?」
勇者が、じっと巨大な扉を見据えて言った。
そうだ。ここからが本番だ。
少しの油断も出来ない。
「ミュリア、アルフが扉を開けた瞬間に、全員を結界で護ってもらえるか?」
「はい。いつでも大丈夫です!」
聖女は、はりきって力一杯答える。
どうやらメルリルの技を見て、元気が戻ったようだ。
「じゃ、行くぞ」
勇者が扉に触れた。
すると、扉全体に光が灯り、巨大な樹の絵が色鮮やかに浮かび上がった。
扉の材質は石だろうと思っていたが、どうやら、大きな木材に魔宝石を埋め込んで作られているようだ。
特に勇者が力を込めたようにも見えなかったが、扉がするすると奥へと開いて行く。
「風?」
驚愕したように勇者が言った。
迷宮の最奥、大地の下のさらに下である。
そんな場所に風が吹く。
普通ならあり得ないことだ。
だが、確かに俺達はそのとき風を感じたのだった。
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