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第六章 その祈り、届かなくとも……
608 食事中はお静かに
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「奥方さま……大変申し上げにくいことなのですが……」
しばらくして戻って来た姫君の乳姉妹のフィーネさんは、困惑したような歯切れの悪い報告を始めた。
ちなみにフィーネさんが戻って来るまでの間、俺は奥方相手に勇者や聖女や大聖堂の話を延々とする羽目となっていた。
退室の機を逃したのが痛かったな。
「どうしたのです、はっきりお言いなさい」
「ご城主さまは、ただいま勇者さま方とご会食の席でご都合が悪いとのことです」
パキン!
その瞬間、何かが砕ける音が響いた。
どうやら扇の留め具が壊れたようだ。
バラバラになった扇だったものが床に散らばる。
俺は賢明にも、決して顔を上げたりしなかった。
もし視線を上げたら何を目撃することになるか、わかっていたからだ。
◇◇◇
「奥方さま、困ります!」
「おどきなさい!」
勇者が州公である富国公との面白くもない会食に臨んでいると、突如として扉の向こうが騒がしくなった。
ホストである富国公はあからさまに不機嫌になって顔をしかめる。
「何事か?」
「は、確認してまいります」
傍付きのほっそりとした女性が一礼して扉に向かう。
と、その女性が辿り着く前に、扉は大きく開け放たれた。
そこには少しゴテゴテしすぎな豪華なドレスを纏った中年手前という感じの女性が立っている。
「これはどういうことなのですか?」
その少し年のいった女性はよく響く声で富国公に向けて言い放った。
貴族世界では主の権限は絶対である。
その主に向けてこのような言動が許されるとすれば、それはおそらく身内だろうと、勇者は判断する。
年齢からすると奥方か?
「お、お前、なぜここに? いや、お客さまの前で失礼であろう」
富国公はそれまでの堂々とした態度はどこへやら、やや慌てた態度で相手をたしなめる。
だが、その様子は明らかに腰が引けていた。
「失礼いたしました。勇者さまに聖女さま、それにお付きの方々でいらっしゃいますね。この度は我が城にご訪問いただき光栄でございます。わたくし、この城の女主であるベヘリア・カリオカ・デーヘイリングでございます。お見知りおきを」
正式な礼をされて、勇者達も立ち上がり、それぞれ簡易な礼を返す。
「アルフレッド・セ・ピア・アカガネです。食事の席ゆえ、ほかの者の挨拶は省かせていただいてよろしいか?」
「もちろんでございますわ。せっかくのお食事を中断させてしまい、申し訳もありません」
「いえ、ご当主からは奥方のご紹介がなかったので、てっきりこのお城には滞在なされていないのかと思っていました。やはり女主人がおいでになると席が華やかになりますね」
常になく勇者は饒舌だ。
この瞬間、勇者はここの城主の弱点がこの奥方と見抜いたのである。
そこで奥方を褒めることで、城主の立場に揺さぶりをかけたのだ。
「まぁ、もったいないお言葉ですわ。皆さま方はどうぞお食事をお続けになってくださいまし。わたくし共は少々話し合いを必要としていますので」
「かまいません。ホストがいないのは残念ですが、それを補ってあまりある美味しい料理ですから」
ここで凶作の噂を話題にして豊富な食材について当てこすりをしようとも考えた勇者だったが、とりあえずこの場はこの奥方に任せたほうがいいと判断して止めた。
この奥方の登場に、自分の師が関係していることを確信もしていた。
奥方は城主を引っ張るように連れて広間を後にする。
勇者以外の者達は皆、何が起こったのか咄嗟にわからずにただ成り行きを見ているだけだった。
勇者はすばやく広間に残ったわずかな護衛の姿を見回す。
「お前達、すまないがご当主さまが退席なさったのだ。ここは身内だけで食事を続けさせてくれないか? それとも何か不都合があるかな?」
残った護衛は二人だ。
彼らは顔を見合わせると、行動に迷っているようだった。
「勇者さまのおっしゃる通りになさいまし。大切なお客さまなのですよ?」
そこに一人の女性の声が響く。
まだ若い、年齢は二十ぐらいだろうか?
きれいな栗色の巻き毛の美しい女性である。
その女性の後ろにひっそりと立っている男が、ダスターであることを、このとき初めて勇者は認識した。
(さすが師匠、見事な隠形だな)
勇者は勝手に過大な評価をしていたが、ダスターからしてみれば、単に息を殺して気配を消していただけだ。
お偉いさんのゴタゴタに巻き込まれたくなかったのである。
その女性はそれなりに地位がある立場だったのか、護衛はスッと一礼をして下がった。
女性も一礼すると、「何か必要なものがおありの場合には扉の横のヒモを引いて知らせてください」と言って扉の外へと出て行く。
後に残ったダスターは、勇者たちに合流することが出来たのだった。
◇◇◇
「さすが師匠、鮮やかな手並みだな!」
「その言葉は禁止したはずだが」
「あっ! い、今のはなし!」
慌てる勇者に、俺は飽きれた視線を向けて首を振った。
それを否定されたと取った勇者が涙目になる。
こいつさっきはなかなかやるじゃないかと思ったんだが、やっぱりいつもの残念な勇者だな。
「ククッ、これはどんな魔法かな?」
テーブルの端のほうに座っていた英雄殿が心から楽しそうに笑いながら問いかける。
今の状況のことなら俺が知りたいぐらいだ。
まぁ悪いほうには転んでないんじゃないかな? ……おそらく。
しばらくして戻って来た姫君の乳姉妹のフィーネさんは、困惑したような歯切れの悪い報告を始めた。
ちなみにフィーネさんが戻って来るまでの間、俺は奥方相手に勇者や聖女や大聖堂の話を延々とする羽目となっていた。
退室の機を逃したのが痛かったな。
「どうしたのです、はっきりお言いなさい」
「ご城主さまは、ただいま勇者さま方とご会食の席でご都合が悪いとのことです」
パキン!
その瞬間、何かが砕ける音が響いた。
どうやら扇の留め具が壊れたようだ。
バラバラになった扇だったものが床に散らばる。
俺は賢明にも、決して顔を上げたりしなかった。
もし視線を上げたら何を目撃することになるか、わかっていたからだ。
◇◇◇
「奥方さま、困ります!」
「おどきなさい!」
勇者が州公である富国公との面白くもない会食に臨んでいると、突如として扉の向こうが騒がしくなった。
ホストである富国公はあからさまに不機嫌になって顔をしかめる。
「何事か?」
「は、確認してまいります」
傍付きのほっそりとした女性が一礼して扉に向かう。
と、その女性が辿り着く前に、扉は大きく開け放たれた。
そこには少しゴテゴテしすぎな豪華なドレスを纏った中年手前という感じの女性が立っている。
「これはどういうことなのですか?」
その少し年のいった女性はよく響く声で富国公に向けて言い放った。
貴族世界では主の権限は絶対である。
その主に向けてこのような言動が許されるとすれば、それはおそらく身内だろうと、勇者は判断する。
年齢からすると奥方か?
「お、お前、なぜここに? いや、お客さまの前で失礼であろう」
富国公はそれまでの堂々とした態度はどこへやら、やや慌てた態度で相手をたしなめる。
だが、その様子は明らかに腰が引けていた。
「失礼いたしました。勇者さまに聖女さま、それにお付きの方々でいらっしゃいますね。この度は我が城にご訪問いただき光栄でございます。わたくし、この城の女主であるベヘリア・カリオカ・デーヘイリングでございます。お見知りおきを」
正式な礼をされて、勇者達も立ち上がり、それぞれ簡易な礼を返す。
「アルフレッド・セ・ピア・アカガネです。食事の席ゆえ、ほかの者の挨拶は省かせていただいてよろしいか?」
「もちろんでございますわ。せっかくのお食事を中断させてしまい、申し訳もありません」
「いえ、ご当主からは奥方のご紹介がなかったので、てっきりこのお城には滞在なされていないのかと思っていました。やはり女主人がおいでになると席が華やかになりますね」
常になく勇者は饒舌だ。
この瞬間、勇者はここの城主の弱点がこの奥方と見抜いたのである。
そこで奥方を褒めることで、城主の立場に揺さぶりをかけたのだ。
「まぁ、もったいないお言葉ですわ。皆さま方はどうぞお食事をお続けになってくださいまし。わたくし共は少々話し合いを必要としていますので」
「かまいません。ホストがいないのは残念ですが、それを補ってあまりある美味しい料理ですから」
ここで凶作の噂を話題にして豊富な食材について当てこすりをしようとも考えた勇者だったが、とりあえずこの場はこの奥方に任せたほうがいいと判断して止めた。
この奥方の登場に、自分の師が関係していることを確信もしていた。
奥方は城主を引っ張るように連れて広間を後にする。
勇者以外の者達は皆、何が起こったのか咄嗟にわからずにただ成り行きを見ているだけだった。
勇者はすばやく広間に残ったわずかな護衛の姿を見回す。
「お前達、すまないがご当主さまが退席なさったのだ。ここは身内だけで食事を続けさせてくれないか? それとも何か不都合があるかな?」
残った護衛は二人だ。
彼らは顔を見合わせると、行動に迷っているようだった。
「勇者さまのおっしゃる通りになさいまし。大切なお客さまなのですよ?」
そこに一人の女性の声が響く。
まだ若い、年齢は二十ぐらいだろうか?
きれいな栗色の巻き毛の美しい女性である。
その女性の後ろにひっそりと立っている男が、ダスターであることを、このとき初めて勇者は認識した。
(さすが師匠、見事な隠形だな)
勇者は勝手に過大な評価をしていたが、ダスターからしてみれば、単に息を殺して気配を消していただけだ。
お偉いさんのゴタゴタに巻き込まれたくなかったのである。
その女性はそれなりに地位がある立場だったのか、護衛はスッと一礼をして下がった。
女性も一礼すると、「何か必要なものがおありの場合には扉の横のヒモを引いて知らせてください」と言って扉の外へと出て行く。
後に残ったダスターは、勇者たちに合流することが出来たのだった。
◇◇◇
「さすが師匠、鮮やかな手並みだな!」
「その言葉は禁止したはずだが」
「あっ! い、今のはなし!」
慌てる勇者に、俺は飽きれた視線を向けて首を振った。
それを否定されたと取った勇者が涙目になる。
こいつさっきはなかなかやるじゃないかと思ったんだが、やっぱりいつもの残念な勇者だな。
「ククッ、これはどんな魔法かな?」
テーブルの端のほうに座っていた英雄殿が心から楽しそうに笑いながら問いかける。
今の状況のことなら俺が知りたいぐらいだ。
まぁ悪いほうには転んでないんじゃないかな? ……おそらく。
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