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第六章 その祈り、届かなくとも……
572 人は理不尽を憎悪する
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「この街は南部の国境に近い。うちの国と隣のミホムとは友好的じゃから、交流も盛んで商人が大勢この街を宿場として利用する。農作物があまり育たない土地柄じゃが、そういう商人たちが落とす金でそこそこ潤っておるんじゃ」
「なるほど」
老人は話し好きが多い。
この爺さんも、さっそく案内には関係ないことを話し始めた。
俺は年寄りの相手は慣れている。
適度に相槌を打ちつつ、話の流れをコントロールしてやればいいのだ。
「まぁこのありさまじゃ、潤っていた、と言うべきか……」
最初は大通り周辺や大きな商家や倉などを燃やしていた火も、燃え広がってかなりの範囲が消失してしまっていた。
俺たちが到着した頃にはもう手がつけられない状態だったのだ。
それでも聖女の魔法と、やや乱暴ながら燃えている家屋を破壊するというやり方で、出来るだけ被害の広がりは抑えた。
だが、それは俺たちから見た話であって、住人からすれば街の惨状は目を覆うほどだろう。
老人が肩を落とすのを見て、聖女が悲し気な顔をする。
「わたくしがもっと火事に効果的な魔法を使えれば……」
「無茶言うな。この街全部をカバー出来る鎮火の魔法を使えるなら、天変地異が起こせるぞ」
俺はあえて少し外れたことを言ってみる。
誰かツッコめ!
「ははは。聖女さまありがとうございます。そんな風に気にかけていただけただけで十分です。結局、戦というものを甘く見ていたワシらが悪いのですよ。さっきの勇者さま方のお話を耳にしましたが、これをやったのは敵国の兵なのですな」
「そうと決まった訳ではないがな。それを確かめるために問題の場所に行くんだ」
勇者の言葉に、爺さんは何度かうなずき、「もし、……もしタシテの奴らがやらかしたことなら、ワシは、とうてい奴らを許せない。二つの翼と呼ばれ、互いに助け合ってやって来たのに、この仕打ちは……」と低く呟くように言葉をこぼした。
それはまるで呪いのようだ。
俺は気休めにもならないと知りながらも爺さんをなだめる。
「爺さん。あんまり思い詰めるな。まだそうと決まった訳じゃない。親しくしていた相手に裏切られた気持ちなんだろ? だけど、こういうのは国のお偉いさんが勝手にやらかすもんだ。あんたたちが付き合っていた商人や、一般の連中は知らない話だよ」
「だけども、だけどもなぁ……」
爺さんはそう言いながらポロポロと涙をこぼした。
これ以上は部外者である俺から言えることはない。
つらい目にあったのはこの爺さんや街の人たちであり、俺たちはしょせん余所者だ。
彼らの苦しみを共有することは出来ない。
「ああ、ここですじゃ。火事でだいぶ様子が変わっていたので危うく通り過ぎるところじゃったわい」
爺さんが案内してくれたのは、整地された市場用の区画だった。
大きな出店のための特別な場所なのか、大きなテントが一つポツンと建っていて、火事で起こった風にバタバタと入り口がはためいている。
「爺さんは聖女さまたちとここで待っててくれ。……勇者殿、まずは俺がなかへ踏み込むので、勇者殿はその後に続いてください」
「……わかった」
お前、そのぶすっとした顔をやめろ。
何が気に入らないんだ? 呼び方か?
仕方ないだろ!
巨大なテントだけあって、入り口も大きい。
しかし垂れ幕が二重に重ねてあるらしく、入るまでに避ける布が多くて面倒だ。
もし見張りを残している場合は、入り口から堂々と入ったらバカを見るだろう。
俺は勇者に手信号で合図をして、テントの脇に回り、「星降り」の剣で軽く斬り裂き新しい入り口を作った。
バサリと布が落ちる音がして、入り口に張り付いていた二人の男がぎょっとしたように振り向く。
遅い!
俺はグッと踏み込むと手前の男のみぞおちに剣の柄を叩き込んだ。
「ガハッ!」
もう一人は? と、視線を向けると、すでに勇者に手刀で殴られて気絶している。
勇者の手が銀色の光を帯びているので、魔法を併用したのだろう。
一方、俺が殴った男はまだ意識があった。
「き、きさまら、何者!」
「お前らこそ何者だ? ここは商人のテントだと聞いたぞ」
「お、俺たちは荷物の見張りに雇われた傭兵だ」
「はっ、外が大火事なのに律儀に荷物を守っていた訳か? バカを言え、雇い主が近くにいないのに、自分の命を優先しない傭兵とか、最初の数年で死んでるわっ!」
そんなことを話して俺が注意を引き付けている間に、ひそやかに動いた勇者がその男の背後から軽くこぶしを当てた。
「グゲッ」
男は蹴とばされたカエルのような声を上げて倒れる。
うーん、痛そうだな、あれ。
俺は手早く男たちを縛り上げた。
お、そうだ、さるぐつわも噛ましておかないとな。
兵士なら自決するかもしれん。
「師匠。これ」
「何かあったか?」
「おかしな魔力の流れが見えたんで、探ってみたんだが。これって魔道具だよな」
勇者が木箱のなかから見つけたのは、なにやら金属を複雑な形に組み上げ、それぞれのパーツに魔法紋のようなものを刻んである魔道具らしきものだった。
内部には怪しく輝く魔宝石がはまっているので間違いないだろう。
それにしても、この魔宝石、かなりの純度と大きさだぞ。
「師匠、何か思い出さないか?」
勇者が苦々しい顔でその魔道具を見ながら言った。
「何をだ?」
「魔物を呼び寄せる魔道具と大公国」
勇者の言葉で俺の記憶が呼び起こされる。
そう言えば、確か人工迷宮を作ろうとしていたのは大公国の研究者だったか。
あれは魔物を呼び集めるのに魔道具を使っていたんだったな。
療養所を魔物が襲うということはなかったので、今回の件と結び付けて考えたりはしなかったんだが、あれはもともと魔力の濃い山のなかで使ったから結果的に人里に被害が出なかっただけだったのだろうか。
ううむ、ダメだ。全部推測でしかない。
「確かに怪しいが、まだ決めつけるのは早いだろう。……こいつら、しゃべると思うか?」
「師匠」
勇者が口元に酷薄な笑みを浮かべていた。
「こういうときのために本当のことしか言えなくなる『真実の口』の魔法があるんだろ?」
「お前、勇者にあるまじき顔をしているぞ」
確かあれって禁忌魔法だったはずだが、最近ちょっと使いすぎじゃないかな。
「なるほど」
老人は話し好きが多い。
この爺さんも、さっそく案内には関係ないことを話し始めた。
俺は年寄りの相手は慣れている。
適度に相槌を打ちつつ、話の流れをコントロールしてやればいいのだ。
「まぁこのありさまじゃ、潤っていた、と言うべきか……」
最初は大通り周辺や大きな商家や倉などを燃やしていた火も、燃え広がってかなりの範囲が消失してしまっていた。
俺たちが到着した頃にはもう手がつけられない状態だったのだ。
それでも聖女の魔法と、やや乱暴ながら燃えている家屋を破壊するというやり方で、出来るだけ被害の広がりは抑えた。
だが、それは俺たちから見た話であって、住人からすれば街の惨状は目を覆うほどだろう。
老人が肩を落とすのを見て、聖女が悲し気な顔をする。
「わたくしがもっと火事に効果的な魔法を使えれば……」
「無茶言うな。この街全部をカバー出来る鎮火の魔法を使えるなら、天変地異が起こせるぞ」
俺はあえて少し外れたことを言ってみる。
誰かツッコめ!
「ははは。聖女さまありがとうございます。そんな風に気にかけていただけただけで十分です。結局、戦というものを甘く見ていたワシらが悪いのですよ。さっきの勇者さま方のお話を耳にしましたが、これをやったのは敵国の兵なのですな」
「そうと決まった訳ではないがな。それを確かめるために問題の場所に行くんだ」
勇者の言葉に、爺さんは何度かうなずき、「もし、……もしタシテの奴らがやらかしたことなら、ワシは、とうてい奴らを許せない。二つの翼と呼ばれ、互いに助け合ってやって来たのに、この仕打ちは……」と低く呟くように言葉をこぼした。
それはまるで呪いのようだ。
俺は気休めにもならないと知りながらも爺さんをなだめる。
「爺さん。あんまり思い詰めるな。まだそうと決まった訳じゃない。親しくしていた相手に裏切られた気持ちなんだろ? だけど、こういうのは国のお偉いさんが勝手にやらかすもんだ。あんたたちが付き合っていた商人や、一般の連中は知らない話だよ」
「だけども、だけどもなぁ……」
爺さんはそう言いながらポロポロと涙をこぼした。
これ以上は部外者である俺から言えることはない。
つらい目にあったのはこの爺さんや街の人たちであり、俺たちはしょせん余所者だ。
彼らの苦しみを共有することは出来ない。
「ああ、ここですじゃ。火事でだいぶ様子が変わっていたので危うく通り過ぎるところじゃったわい」
爺さんが案内してくれたのは、整地された市場用の区画だった。
大きな出店のための特別な場所なのか、大きなテントが一つポツンと建っていて、火事で起こった風にバタバタと入り口がはためいている。
「爺さんは聖女さまたちとここで待っててくれ。……勇者殿、まずは俺がなかへ踏み込むので、勇者殿はその後に続いてください」
「……わかった」
お前、そのぶすっとした顔をやめろ。
何が気に入らないんだ? 呼び方か?
仕方ないだろ!
巨大なテントだけあって、入り口も大きい。
しかし垂れ幕が二重に重ねてあるらしく、入るまでに避ける布が多くて面倒だ。
もし見張りを残している場合は、入り口から堂々と入ったらバカを見るだろう。
俺は勇者に手信号で合図をして、テントの脇に回り、「星降り」の剣で軽く斬り裂き新しい入り口を作った。
バサリと布が落ちる音がして、入り口に張り付いていた二人の男がぎょっとしたように振り向く。
遅い!
俺はグッと踏み込むと手前の男のみぞおちに剣の柄を叩き込んだ。
「ガハッ!」
もう一人は? と、視線を向けると、すでに勇者に手刀で殴られて気絶している。
勇者の手が銀色の光を帯びているので、魔法を併用したのだろう。
一方、俺が殴った男はまだ意識があった。
「き、きさまら、何者!」
「お前らこそ何者だ? ここは商人のテントだと聞いたぞ」
「お、俺たちは荷物の見張りに雇われた傭兵だ」
「はっ、外が大火事なのに律儀に荷物を守っていた訳か? バカを言え、雇い主が近くにいないのに、自分の命を優先しない傭兵とか、最初の数年で死んでるわっ!」
そんなことを話して俺が注意を引き付けている間に、ひそやかに動いた勇者がその男の背後から軽くこぶしを当てた。
「グゲッ」
男は蹴とばされたカエルのような声を上げて倒れる。
うーん、痛そうだな、あれ。
俺は手早く男たちを縛り上げた。
お、そうだ、さるぐつわも噛ましておかないとな。
兵士なら自決するかもしれん。
「師匠。これ」
「何かあったか?」
「おかしな魔力の流れが見えたんで、探ってみたんだが。これって魔道具だよな」
勇者が木箱のなかから見つけたのは、なにやら金属を複雑な形に組み上げ、それぞれのパーツに魔法紋のようなものを刻んである魔道具らしきものだった。
内部には怪しく輝く魔宝石がはまっているので間違いないだろう。
それにしても、この魔宝石、かなりの純度と大きさだぞ。
「師匠、何か思い出さないか?」
勇者が苦々しい顔でその魔道具を見ながら言った。
「何をだ?」
「魔物を呼び寄せる魔道具と大公国」
勇者の言葉で俺の記憶が呼び起こされる。
そう言えば、確か人工迷宮を作ろうとしていたのは大公国の研究者だったか。
あれは魔物を呼び集めるのに魔道具を使っていたんだったな。
療養所を魔物が襲うということはなかったので、今回の件と結び付けて考えたりはしなかったんだが、あれはもともと魔力の濃い山のなかで使ったから結果的に人里に被害が出なかっただけだったのだろうか。
ううむ、ダメだ。全部推測でしかない。
「確かに怪しいが、まだ決めつけるのは早いだろう。……こいつら、しゃべると思うか?」
「師匠」
勇者が口元に酷薄な笑みを浮かべていた。
「こういうときのために本当のことしか言えなくなる『真実の口』の魔法があるんだろ?」
「お前、勇者にあるまじき顔をしているぞ」
確かあれって禁忌魔法だったはずだが、最近ちょっと使いすぎじゃないかな。
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