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第六章 その祈り、届かなくとも……
532 聖地へと続く道
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聖地へ訪れるということで、早朝に湯浴みを行った。
まだまだ寒い時期に冷水を浴びるのかと思ったが、お湯を沸かしてくれたらしい。
「湖の水を使えばお湯でもいいのです」
とは、また案内をしてくれた少女の言葉である。
大連合の人たちはあまり苦行することには価値を感じないようだ。
まぁ無駄に辛い思いをする必要はないよな。
服装を正す。
用意してくれた衣装はこちら風のもので、膨らんだ毛皮のズボンに見事な模様が織り込まれた、すっぽりと被るタイプの上衣、そしてその上に毛皮のマントを羽織る。
美しく編まれた飾り紐のベルトとマント止め、白地に青と黒をあしらった見事な衣装だった。
俺たちの国なら貴族しか着れないような上質な生地を使っている。
さすが勇者や聖騎士は似合うものの、俺にはイマイチしっくり来ない。
メルリルや聖女やモンクは、ズボンのところがスカートというか下衣になっている。
何枚かの布を重ねて巻いているようだ。
飾り紐が男のものよりも多く、飾り紐それぞれに、角か何かを加工した飾りが下がっている。
そして女用の衣装にはベール、男用の衣装では帽子を被った。
帽子を被るときにフォルテが嫌がるかと思ったが、案外と帽子のなかに潜り込むのを気に入ったらしい。
毛織物で温かいからか?
若葉のほうはちゃっかりと新しいマントの飾り紐にぶら下がって飾りのフリをしている。
いや、さすがにおかしいだろ。
それはここの人たちが用意した衣装だからな。
「あの、この飛びトカゲは?」
勇者の着付けを手伝ってくれた少女が不思議そうに首をかしげた。
「ああ、使い魔だ。気にするな」
「ガウッ!」『なんだと!』
「きゃあ! そのトカゲ吠えるんですね。びっくりしました」
ん? 若葉の言葉は聞こえてないのか?
『当然だ。僕とて声を聞かせる相手ぐらい選ぶ』
なんでこいつこんなに偉そうなんだ?
いや、まぁまがい物のフォルテと違ってちゃんとしたドラゴンなんだから偉そうなのは当然か。
などと考えていると。
「イテッ!」
「どうしました?」
「いや、気にしないでくれ。うちの使役獣が噛み付いただけだから」
「まぁ。西の方も精霊を使われるとは知りませんでした」
少女が嬉しそうに言う。
「いや、君たちの言うところの精霊とは違う。こいつらには肉体があるからな」
フォルテはちょっと怪しいが。
「そうなんですね。やはり西の方は少し違うのですね」
世話役の少女はどうも疑うことを知らないようで、何を言っても感心したように聞いてくれる。
妙な詮索をしないのは助かるが、なんとなく騙しているような気分になるので気がとがめるぞ。
俺はズキズキする頭に手をやり、帽子のなかのフォルテを指で弾く。
だが逆に帽子越しに噛みつかれてしまった。
こいつもだいぶ我慢させているからイライラしてるのかもしれない。
後で思いっきり飛び回らせてやるか。
「準備は終わったか?」
建物の入り口で俺たちを待っていた大巫女様は前にも増して豪華な衣装を身にまとっていた。
いや、豪華というのは少し違うか。
宝石や貴金属などの光りものは全く身につけてはいない。
全て糸や布、毛皮、そして動物の牙や骨を羽根などを加工したものだ。
色合いが驚くほど鮮やかで美しい。
大巫女様にとても似合っている色の組み合わせだった。
手には細い杖を持ち、その杖のてっぺんには長い羽根とその先端に角か骨を加工したらしい鈴が下がっている。
「大丈夫です」
「それではまいる」
それはなんというか、大巫女様を先頭にした荘厳な何かの儀式の列のようにも見えただろう。
実際俺たちを囲むこの部族の民たちは両手を合わせて祈るような様子を見せていた。
なんとなく居心地の悪い思いをしながらも、特に何かを言われるでもないので、おとなしく大巫女様に続いて歩く。
近づくにつれ、聖地の不思議な形がくっきりと見えて来た。
聖地は一枚岩で出来た台地ではなく、てっぺんが平らな楕円の形をした岩が、互い違いに天に向かって突き上がったまま固まったような姿をしているのだ。
麓からだんだんに高くはなっているが、階段のように順番に高くなっていくのではなく、場所によって高くなったり低くなったりしている。
それは、あまりにも不思議で、人を越える存在を感じさせる風景だ。
大連合の人たちがこの岩場を聖地としたのは当然だろう。
それぞれの台地のてっぺんには草や木が茂っていて、この荒野において異色の豊かさを保っている。
一番高い台地には雲のようなものが常にかかっていて、他の土地では見たこともないような生態系が出来上がっているらしい。
だが、そのてっぺんの土地には本当に限られた者しか入ることは出来ない。
今回俺たちが行く「青銀の祈りの野」は、一番高い台地よりも数段低い場所にある。
見る分には美しい風景だが、実際に登るとなると大変だ。
何しろ崖から崖の道を辿って昇っていくのだ。
聖地だから岩場を崩して道を作ったりはしていない。
通るのが難しいところにはツタを編んだロープを渡し、簡易な橋を作っている。
「あの女、うるさく言うだけのことはあるな」
そんな険しい道をスイスイ歩いて行く大巫女様に、勇者は感心したように感想を漏らした。
「何かの精霊の加護はあるんだろうが、足取りがしっかりしているし、かなり鍛えている動きだな」
「わ、わたくし、恥ずかしいです」
勇者と俺の感想に、同じような立場である聖女が山岳馬頼りで歩いている自身を振り返って恥じ入ってしまう。
「誰だって完璧じゃないんだから気にするな。ミュリアにはミュリアの良さがあるさ。山岳馬たちにも好かれているし」
「この子たち、わたくしのことを目を離せない子どものように思っている節があります」
あー、確かにな。
山岳馬たちは崖の特に険しい部分を登るときには、聖女にぴったりと寄り添って、黒白のトンと茶色のシャンで挟み込むようにして守っている。
「そこまで愛されるていると自信を持てばいいさ」
「お師匠様はお優しいからそのようにおっしゃってくださいますけど……」
「いや、俺も師匠の言う通りだと思うぞ。他人と違うことを気にすることはない。自分に出来ることを誇るべきだ」
勇者は言うべきときにはちゃんと大事なことを言うんだよな。
仲間には寛容だし。
これでもうちょっと他人に当たりが柔らかいと助かるんだが。
そんなことを考えつつ、広大で美しい風景を楽しむのだった。
まだまだ寒い時期に冷水を浴びるのかと思ったが、お湯を沸かしてくれたらしい。
「湖の水を使えばお湯でもいいのです」
とは、また案内をしてくれた少女の言葉である。
大連合の人たちはあまり苦行することには価値を感じないようだ。
まぁ無駄に辛い思いをする必要はないよな。
服装を正す。
用意してくれた衣装はこちら風のもので、膨らんだ毛皮のズボンに見事な模様が織り込まれた、すっぽりと被るタイプの上衣、そしてその上に毛皮のマントを羽織る。
美しく編まれた飾り紐のベルトとマント止め、白地に青と黒をあしらった見事な衣装だった。
俺たちの国なら貴族しか着れないような上質な生地を使っている。
さすが勇者や聖騎士は似合うものの、俺にはイマイチしっくり来ない。
メルリルや聖女やモンクは、ズボンのところがスカートというか下衣になっている。
何枚かの布を重ねて巻いているようだ。
飾り紐が男のものよりも多く、飾り紐それぞれに、角か何かを加工した飾りが下がっている。
そして女用の衣装にはベール、男用の衣装では帽子を被った。
帽子を被るときにフォルテが嫌がるかと思ったが、案外と帽子のなかに潜り込むのを気に入ったらしい。
毛織物で温かいからか?
若葉のほうはちゃっかりと新しいマントの飾り紐にぶら下がって飾りのフリをしている。
いや、さすがにおかしいだろ。
それはここの人たちが用意した衣装だからな。
「あの、この飛びトカゲは?」
勇者の着付けを手伝ってくれた少女が不思議そうに首をかしげた。
「ああ、使い魔だ。気にするな」
「ガウッ!」『なんだと!』
「きゃあ! そのトカゲ吠えるんですね。びっくりしました」
ん? 若葉の言葉は聞こえてないのか?
『当然だ。僕とて声を聞かせる相手ぐらい選ぶ』
なんでこいつこんなに偉そうなんだ?
いや、まぁまがい物のフォルテと違ってちゃんとしたドラゴンなんだから偉そうなのは当然か。
などと考えていると。
「イテッ!」
「どうしました?」
「いや、気にしないでくれ。うちの使役獣が噛み付いただけだから」
「まぁ。西の方も精霊を使われるとは知りませんでした」
少女が嬉しそうに言う。
「いや、君たちの言うところの精霊とは違う。こいつらには肉体があるからな」
フォルテはちょっと怪しいが。
「そうなんですね。やはり西の方は少し違うのですね」
世話役の少女はどうも疑うことを知らないようで、何を言っても感心したように聞いてくれる。
妙な詮索をしないのは助かるが、なんとなく騙しているような気分になるので気がとがめるぞ。
俺はズキズキする頭に手をやり、帽子のなかのフォルテを指で弾く。
だが逆に帽子越しに噛みつかれてしまった。
こいつもだいぶ我慢させているからイライラしてるのかもしれない。
後で思いっきり飛び回らせてやるか。
「準備は終わったか?」
建物の入り口で俺たちを待っていた大巫女様は前にも増して豪華な衣装を身にまとっていた。
いや、豪華というのは少し違うか。
宝石や貴金属などの光りものは全く身につけてはいない。
全て糸や布、毛皮、そして動物の牙や骨を羽根などを加工したものだ。
色合いが驚くほど鮮やかで美しい。
大巫女様にとても似合っている色の組み合わせだった。
手には細い杖を持ち、その杖のてっぺんには長い羽根とその先端に角か骨を加工したらしい鈴が下がっている。
「大丈夫です」
「それではまいる」
それはなんというか、大巫女様を先頭にした荘厳な何かの儀式の列のようにも見えただろう。
実際俺たちを囲むこの部族の民たちは両手を合わせて祈るような様子を見せていた。
なんとなく居心地の悪い思いをしながらも、特に何かを言われるでもないので、おとなしく大巫女様に続いて歩く。
近づくにつれ、聖地の不思議な形がくっきりと見えて来た。
聖地は一枚岩で出来た台地ではなく、てっぺんが平らな楕円の形をした岩が、互い違いに天に向かって突き上がったまま固まったような姿をしているのだ。
麓からだんだんに高くはなっているが、階段のように順番に高くなっていくのではなく、場所によって高くなったり低くなったりしている。
それは、あまりにも不思議で、人を越える存在を感じさせる風景だ。
大連合の人たちがこの岩場を聖地としたのは当然だろう。
それぞれの台地のてっぺんには草や木が茂っていて、この荒野において異色の豊かさを保っている。
一番高い台地には雲のようなものが常にかかっていて、他の土地では見たこともないような生態系が出来上がっているらしい。
だが、そのてっぺんの土地には本当に限られた者しか入ることは出来ない。
今回俺たちが行く「青銀の祈りの野」は、一番高い台地よりも数段低い場所にある。
見る分には美しい風景だが、実際に登るとなると大変だ。
何しろ崖から崖の道を辿って昇っていくのだ。
聖地だから岩場を崩して道を作ったりはしていない。
通るのが難しいところにはツタを編んだロープを渡し、簡易な橋を作っている。
「あの女、うるさく言うだけのことはあるな」
そんな険しい道をスイスイ歩いて行く大巫女様に、勇者は感心したように感想を漏らした。
「何かの精霊の加護はあるんだろうが、足取りがしっかりしているし、かなり鍛えている動きだな」
「わ、わたくし、恥ずかしいです」
勇者と俺の感想に、同じような立場である聖女が山岳馬頼りで歩いている自身を振り返って恥じ入ってしまう。
「誰だって完璧じゃないんだから気にするな。ミュリアにはミュリアの良さがあるさ。山岳馬たちにも好かれているし」
「この子たち、わたくしのことを目を離せない子どものように思っている節があります」
あー、確かにな。
山岳馬たちは崖の特に険しい部分を登るときには、聖女にぴったりと寄り添って、黒白のトンと茶色のシャンで挟み込むようにして守っている。
「そこまで愛されるていると自信を持てばいいさ」
「お師匠様はお優しいからそのようにおっしゃってくださいますけど……」
「いや、俺も師匠の言う通りだと思うぞ。他人と違うことを気にすることはない。自分に出来ることを誇るべきだ」
勇者は言うべきときにはちゃんと大事なことを言うんだよな。
仲間には寛容だし。
これでもうちょっと他人に当たりが柔らかいと助かるんだが。
そんなことを考えつつ、広大で美しい風景を楽しむのだった。
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