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第六章 その祈り、届かなくとも……
533 怪獣たちの戯れ
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途中、一番高い場所から流れ落ちる滝と虹を見て、変な汗が出たが、祈りを捧げる大巫女様たちを邪魔しないようにしげしげと観察をした。
滝の流れ出す場所は、緑のコケがびっしりと張り付き、シダのような植物の姿も見える。
どう見ても出来て一年も経っていない滝ではなかった。
「マジか……」
頭で予想することと心が納得することは別だ。
俺はその滝を見てようやく自分の心が経過した歳月を受け入れたのを感じる。
この地に過去に生きた人たちとはわずかな出会いであったが、思いの外それは大きな喪失感だった。
「もう少しで到着だが、しばしお待ちいただけるか?」
大巫女様が俺たちにそう断ると、崖の道を目指す方向とは逆に登って行く。
戻って来るまでほんとうに僅かな時間だったが、その手には柄杓状にした大きな葉と、それに汲んだ水があった。
「それは?」
「打ち水だ。精霊王の恵みによってこの聖地には大きな川の流れが出来たのだが、かの青銀の祈りの野には変わらず水の恩恵はなく、ただ夜露を集めて咲く青銀の祈りのみが生い茂っておるのだ。それだけでも生きていけるのだから必要はないのだが、大祖母様に王の恵みの水を差し上げたくてな。ここに訪れるときには携えるようにしておる」
「そうか。それじゃあ俺もマネさせてもらおうかな?」
「いや、あまり多くの水をもらうと大祖母様がびっくりしてしまう。これだけで十分だ」
「わかった」
大巫女様には自分なりのこだわりがあるようだ。
余所者としては良かれと思ったとしても無理を通して相手の想いを台無しにするわけにもいかないだろう。
まぁミャアは自分自身に多くを望むような娘でもなかった。
確かに大巫女様の言うように、過剰な捧げものは嫌がるかもしれない。
そして、緩やかな坂を登ると、そこに懐かしい青銀の不思議な花畑が広がっていた。
日の光の下だからか、最初の夜に見たほどの幻想的な雰囲気はなかったが、そよそよと風にそよぐ不思議な花はどこかのどかで平和な風景を作り出している。
「美しいな」
「きれい……」
メルリルが花と同時にやや上のほうを見て言った。
おそらく精霊が見えるのだろう。
俺には見えないのが残念だ。
と、おもむろに大巫女様は手にした滝からの水をさっと振り撒く。
そして、シャラシャラと飾りが触れ合う音を立てながら舞いを始めた。
「あの女、草を踏んでないぞ」
勇者がひっそりと囁く。
言われてよくよく見ると、舞い踊る大巫女様の足元の青銀の祈りはそのままそよそよと揺れている。
花の上でふわりと広がる大巫女様のベールが、花々を舞う蝶のようだ。
青銀の祈りの、螺旋を描きながら天を目指す細長い独特の花弁が、絡まりを解いてふわりと広がる。
天を目指して祈りを捧げるようだった形の花弁が、解けたことでゆらゆらといっせいに揺らめいて、まるでかつて見た海のようだ。
いや、より波の少ないあのオアシスの湖か。
日の光を受けて振りまかれた水滴が青い花弁を銀色に彩る。
ふわりと回転し、花のように広がった色とりどりのスカートが、元のようにほっそりとした足に巻き付き、青銀の祈りもまた、花弁同士を絡ませ直す。
大巫女様はうやうやしく体を折って礼をすると、その静かな舞いは終わりを告げた。
「今のは……」
俺が問いを発しようとしたそのときだった。
濃い、魔力の渦が突然巻き起こる。
「なんだ!」
勇者が叫んで構える。
武器は持ってないので、身一つで使える魔法の構えだ。
「これは、精霊の舞いです。敵意を向けてはなりません!」
メルリルが勇者たちに叫び返す。
その声に、緊張感が高まりつつあった勇者の体内魔力が抑え込まれる。
素晴らしいコントロールだ。
頑張って行った鍛錬の成果がこういう咄嗟のときに発揮されるな。
すると、突然、俺の被っていた帽子が風に巻き上げられ、フォルテが姿を見せた。
しかも偽った姿ではなく、本来の大きな青い鳥の姿である。
「おいおい、フォルテ……っ!」
『ありがとう……ありがとう……』
細い、声が耳に届く。
それは聞き覚えがある声だった。
俺にとっては少し前に、今のこの場所では遠い昔に出会った少女、ミャア。
精霊のカケラを身の裡に持って生まれ、数奇な運命を生き抜いた、この大連合の偉人。
だが、俺にとってはただの優しい少女でしかない。
軽やかな笑い声と礼を告げる声を確かに聞いた。
「クルルルルルッ!」
フォルテが舞い上がると青銀の光がその周囲に集まり、踊るように巡る。
そして、聖地全体にその光が広がった。
「キュオーン!」
「若葉! やめろ!」
勇者の焦った声に振り向くと、若葉が本来の小型の緑のドラゴンの姿で飛び立つところだった。
青銀の光を追いかけて大きく口を開けて食べようとしている。
だが、そこへさらに大きくなったフォルテが飛びかかり、口を封じ込めてしまった。
若葉はしばらくもがいていたが、なにやらフォルテとの間でやりとりがあったのか、やがておとなしくなってぶんぶん首を振ってうなずいているようだった。
若葉の口から足を離したフォルテは、「リールルルルッ」と、今まで聞いたことのない声で鳴き、それに呼応するように若葉が羽を広げた。
すると、若葉の体から透き通った緑色の光が放射され、青銀の光と合わさって宝石のような巨大な青銀の祈りが一本、地表から生えて来る。
みるみるうちに花をつけたその宝石の青銀の祈りを、若葉はぱくりと食べた。
『美味』
それだけ言うと、若葉はたちまち姿を消した。
まぁ小さくなって勇者の背後に隠れただけだけどな。
その動きが見えていたのは俺と勇者たちだけだったみたいだ。
大巫女様とそのお付きは起こったことにびっくりしている間にドラゴンが消え去ったように見えたことだろう。
「おお、精霊王様が再び降臨なされて、ドラゴンから我らをお救いくださった」
感動したようにお付きの青年戦士が言った。
いや、それ、ものすごい誤解だからな。
滝の流れ出す場所は、緑のコケがびっしりと張り付き、シダのような植物の姿も見える。
どう見ても出来て一年も経っていない滝ではなかった。
「マジか……」
頭で予想することと心が納得することは別だ。
俺はその滝を見てようやく自分の心が経過した歳月を受け入れたのを感じる。
この地に過去に生きた人たちとはわずかな出会いであったが、思いの外それは大きな喪失感だった。
「もう少しで到着だが、しばしお待ちいただけるか?」
大巫女様が俺たちにそう断ると、崖の道を目指す方向とは逆に登って行く。
戻って来るまでほんとうに僅かな時間だったが、その手には柄杓状にした大きな葉と、それに汲んだ水があった。
「それは?」
「打ち水だ。精霊王の恵みによってこの聖地には大きな川の流れが出来たのだが、かの青銀の祈りの野には変わらず水の恩恵はなく、ただ夜露を集めて咲く青銀の祈りのみが生い茂っておるのだ。それだけでも生きていけるのだから必要はないのだが、大祖母様に王の恵みの水を差し上げたくてな。ここに訪れるときには携えるようにしておる」
「そうか。それじゃあ俺もマネさせてもらおうかな?」
「いや、あまり多くの水をもらうと大祖母様がびっくりしてしまう。これだけで十分だ」
「わかった」
大巫女様には自分なりのこだわりがあるようだ。
余所者としては良かれと思ったとしても無理を通して相手の想いを台無しにするわけにもいかないだろう。
まぁミャアは自分自身に多くを望むような娘でもなかった。
確かに大巫女様の言うように、過剰な捧げものは嫌がるかもしれない。
そして、緩やかな坂を登ると、そこに懐かしい青銀の不思議な花畑が広がっていた。
日の光の下だからか、最初の夜に見たほどの幻想的な雰囲気はなかったが、そよそよと風にそよぐ不思議な花はどこかのどかで平和な風景を作り出している。
「美しいな」
「きれい……」
メルリルが花と同時にやや上のほうを見て言った。
おそらく精霊が見えるのだろう。
俺には見えないのが残念だ。
と、おもむろに大巫女様は手にした滝からの水をさっと振り撒く。
そして、シャラシャラと飾りが触れ合う音を立てながら舞いを始めた。
「あの女、草を踏んでないぞ」
勇者がひっそりと囁く。
言われてよくよく見ると、舞い踊る大巫女様の足元の青銀の祈りはそのままそよそよと揺れている。
花の上でふわりと広がる大巫女様のベールが、花々を舞う蝶のようだ。
青銀の祈りの、螺旋を描きながら天を目指す細長い独特の花弁が、絡まりを解いてふわりと広がる。
天を目指して祈りを捧げるようだった形の花弁が、解けたことでゆらゆらといっせいに揺らめいて、まるでかつて見た海のようだ。
いや、より波の少ないあのオアシスの湖か。
日の光を受けて振りまかれた水滴が青い花弁を銀色に彩る。
ふわりと回転し、花のように広がった色とりどりのスカートが、元のようにほっそりとした足に巻き付き、青銀の祈りもまた、花弁同士を絡ませ直す。
大巫女様はうやうやしく体を折って礼をすると、その静かな舞いは終わりを告げた。
「今のは……」
俺が問いを発しようとしたそのときだった。
濃い、魔力の渦が突然巻き起こる。
「なんだ!」
勇者が叫んで構える。
武器は持ってないので、身一つで使える魔法の構えだ。
「これは、精霊の舞いです。敵意を向けてはなりません!」
メルリルが勇者たちに叫び返す。
その声に、緊張感が高まりつつあった勇者の体内魔力が抑え込まれる。
素晴らしいコントロールだ。
頑張って行った鍛錬の成果がこういう咄嗟のときに発揮されるな。
すると、突然、俺の被っていた帽子が風に巻き上げられ、フォルテが姿を見せた。
しかも偽った姿ではなく、本来の大きな青い鳥の姿である。
「おいおい、フォルテ……っ!」
『ありがとう……ありがとう……』
細い、声が耳に届く。
それは聞き覚えがある声だった。
俺にとっては少し前に、今のこの場所では遠い昔に出会った少女、ミャア。
精霊のカケラを身の裡に持って生まれ、数奇な運命を生き抜いた、この大連合の偉人。
だが、俺にとってはただの優しい少女でしかない。
軽やかな笑い声と礼を告げる声を確かに聞いた。
「クルルルルルッ!」
フォルテが舞い上がると青銀の光がその周囲に集まり、踊るように巡る。
そして、聖地全体にその光が広がった。
「キュオーン!」
「若葉! やめろ!」
勇者の焦った声に振り向くと、若葉が本来の小型の緑のドラゴンの姿で飛び立つところだった。
青銀の光を追いかけて大きく口を開けて食べようとしている。
だが、そこへさらに大きくなったフォルテが飛びかかり、口を封じ込めてしまった。
若葉はしばらくもがいていたが、なにやらフォルテとの間でやりとりがあったのか、やがておとなしくなってぶんぶん首を振ってうなずいているようだった。
若葉の口から足を離したフォルテは、「リールルルルッ」と、今まで聞いたことのない声で鳴き、それに呼応するように若葉が羽を広げた。
すると、若葉の体から透き通った緑色の光が放射され、青銀の光と合わさって宝石のような巨大な青銀の祈りが一本、地表から生えて来る。
みるみるうちに花をつけたその宝石の青銀の祈りを、若葉はぱくりと食べた。
『美味』
それだけ言うと、若葉はたちまち姿を消した。
まぁ小さくなって勇者の背後に隠れただけだけどな。
その動きが見えていたのは俺と勇者たちだけだったみたいだ。
大巫女様とそのお付きは起こったことにびっくりしている間にドラゴンが消え去ったように見えたことだろう。
「おお、精霊王様が再び降臨なされて、ドラゴンから我らをお救いくださった」
感動したようにお付きの青年戦士が言った。
いや、それ、ものすごい誤解だからな。
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