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第六章 その祈り、届かなくとも……
509 ふるさとを亡くした者たち
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女の子になにやら耳打ちされて、若い女性のほうも俺たちに気づいたらしい。
慌てたように両手を胸に押し当てて頭を下げて来た。
周囲の人が何事かと見ていて、大変居心地が悪い。
「まだこの辺にいたのか?」
確か俺たちが森のなかの館に立ち寄ったのは去年の夏ごろだった気がする。
あの後領主が責任を持ってこの二人を家族の元に送り届けるという話だったはずだが、なんでまだ市場にいるんだ?
「はい、実は私達がさらわれた原因となった野盗の襲撃で、うちの部族が散り散りになってしまっていて」
「なんだって? なんでそれを言わなかった?」
勇者が怒ったように詰め寄ったので、若い娘のほうが怯えてしまった。
女の子のほうは逆に怒ったように勇者をビシビシ叩く。
「女に怒鳴る男はカッサム!」
「む? 知らない言葉だがそれは悪口だな?」
「お姉ちゃんに怒らないで!」
「お、怒ってないぞ」
小さな女の子にタジタジである。
そう言えば、この二人の名前は聞いてなかったか。
「あのときはバタバタしていてちゃんと挨拶をしていなかったな。俺は先駆けの郷の冒険者ダスター、こっちは同じパーティのメルリルとフォルテだ」
「精霊王さま?」
女の子がフォルテをじーっと見て言った。
なんだと? もしかしてフォルテの姿が伝わっているのだろうか?
「こら、失礼よ。あの、あのときはありがとうございました。私はピャラウ、こっちはフォウと言います」
「よろしく、ピャラウ、フォウ」
二人は改めて大連合式の礼をする。
そしてフォウと紹介された女の子はじーっと勇者を見た。
「うぬっ。……俺はアルフだ。こっちは俺の仲間のクルスとミュリアとテスタ」
「よろしく。カッサム」
「だからそのカッサムってなんだ!」
二人のやりとりに、ピャラウがぷっと吹き出す。
勇者がじとっとした目つきで咎めるようにそれを見た。
「あ、ごめんなさい。カ、カッサムって私達の言葉で……その、ろくでなしという意味なの」
「やっぱり悪口じゃねえか!」
「カッサムアルフ!」
「やめろ! 二つ名みたいに呼ぶんじゃない!」
小さな女の子を追いかけ回す勇者とか、ものすごく恥ずかしい。
やめてくれないかな。
「二人は今いくつなんだ? 保護者が必要な年なんじゃないか?」
「あの、フォウは十歳ぐらい、私が十六歳ぐらいです」
「なんでぐらいなんだ?」
「あのごたごたで年重ねの儀式を行ってないので、一族の掟ではまだ九歳と十五歳です」
「あーなるほど。それでもピャラウは俺たちの国では独り立ち出来る年齢だな」
「私達の部族でも十四になれば独り立ちです」
だいたい話はわかったぞ。
戻るべき部族がない上に保護者的な立場であるピャラウが保護が必要ない年だからここで自活させようとしたってところだろう。
「今はここで働いているのか?」
「ええ……」
む、あまり顔色が冴えないな。
「何か不満があるなら聞くぞ。助けた者の義務だ」
「そうだぞ。それに師匠に相談すればたいていのことはどうにかなるぞ」
「アルフ、お前なぁ……」
捕まえたフォウに顔をひっぱられながら勇者が俺に問題を丸投げした。
お前、勇者だろうが。
とは言え、確かに勇者に彼女らの生活面での支援をさせるのは難しいだろうと思う。
金を与えることは出来るが、大金を持つのは危険だし、ほどほどの金で問題が解決するとも限らない。
まぁせっかく助けたのに結果として不幸にしかならなかったのなら俺たちは助け損のようなものだしな、いいか。
「あ、あの……」
「どこか落ち着く場所で話を聞こうか?」
「それではこちらに」
ピャラウに連れられてたどり着いた場所は、あまり飾り気のない大きめの天幕だった。
なかは雑然としているが熱気がある。
食堂と酒場が合わさったような雰囲気で、天幕の中心には風舞う翼の部族の居住地でも見た囲炉裏のようなものがあった。
地面には直接敷物が敷いてあり、なかにいる者たちは思い思いに直接敷物に寝そべったり、小さな携帯椅子に座ったりしている。
さらに羊や犬や馬や猫があちこち自由にうろうろしていた。
全体に強い香辛料のような香りがただよっていてなんとも言えない雰囲気だ。
「どうぞ、馬も一緒でいいですよ」
ピャラウは慣れた足取りでそのなかへと入り、フォウも勇者の手を引いてなかへと走って行く。
いつの間に仲良くなったんだ? あの二人。
俺たちが足を踏み入れると、先にいた者たちが一斉に目を向けて来た。
訝しむように全員を見たあと、俺の肩にいるフォルテに気づいて驚愕の顔になる。
これはいよいよもって精霊王としてフォルテの姿が伝わっていそうな気配だ。
「失礼する」
「へっ、いちいちかしこまらなくていいぜ。ここは誰でも自由にくつろげる場所さ。なぜか西方の連中は鼻をつまんで近づかないがな」
俺が一言言うと、それを聞いた近くに座っていた男がそう言ってゲラゲラ笑った。
白い飲み物を飲んでいる。
あれは確か馬乳酒だったか。
「ああ、ありがとう」
「それよりも、あんた精霊王の依代なのか?」
「は?」
「その肩にいらっしゃるのは精霊王さまだろ?」
「い、いや、違うぞ」
「なんだ違うのか、残念だな」
そしてまたガハハと笑う。
酔っ払いだな。
「こっち」
入り口で引っかかっていた俺をピャラウが呼ぶ。
奥のほうに仕切り幕があり、その先にテーブルと椅子のセットがいくつか並んでいた。
そこにも何組かくつろいでいる人たちがいたが、ピャラウは大きめのテーブルに椅子を人数分集めてそこに俺たちを座らせる。
「そこでくつろいで待っていて」
そう言い残すと、いったん姿を消し、やがて器用に大皿に乗った料理と、広い板に乗った茶器を運んで来た。
「お茶でいい? お酒がよかった?」
「茶がいい」
俺がそう返事をすると、ほかのみんなも同意する。
「よかった」
そう言ったピャラウは、さっき市場で会ったときよりも雰囲気がやわらいでいたのだった。
慌てたように両手を胸に押し当てて頭を下げて来た。
周囲の人が何事かと見ていて、大変居心地が悪い。
「まだこの辺にいたのか?」
確か俺たちが森のなかの館に立ち寄ったのは去年の夏ごろだった気がする。
あの後領主が責任を持ってこの二人を家族の元に送り届けるという話だったはずだが、なんでまだ市場にいるんだ?
「はい、実は私達がさらわれた原因となった野盗の襲撃で、うちの部族が散り散りになってしまっていて」
「なんだって? なんでそれを言わなかった?」
勇者が怒ったように詰め寄ったので、若い娘のほうが怯えてしまった。
女の子のほうは逆に怒ったように勇者をビシビシ叩く。
「女に怒鳴る男はカッサム!」
「む? 知らない言葉だがそれは悪口だな?」
「お姉ちゃんに怒らないで!」
「お、怒ってないぞ」
小さな女の子にタジタジである。
そう言えば、この二人の名前は聞いてなかったか。
「あのときはバタバタしていてちゃんと挨拶をしていなかったな。俺は先駆けの郷の冒険者ダスター、こっちは同じパーティのメルリルとフォルテだ」
「精霊王さま?」
女の子がフォルテをじーっと見て言った。
なんだと? もしかしてフォルテの姿が伝わっているのだろうか?
「こら、失礼よ。あの、あのときはありがとうございました。私はピャラウ、こっちはフォウと言います」
「よろしく、ピャラウ、フォウ」
二人は改めて大連合式の礼をする。
そしてフォウと紹介された女の子はじーっと勇者を見た。
「うぬっ。……俺はアルフだ。こっちは俺の仲間のクルスとミュリアとテスタ」
「よろしく。カッサム」
「だからそのカッサムってなんだ!」
二人のやりとりに、ピャラウがぷっと吹き出す。
勇者がじとっとした目つきで咎めるようにそれを見た。
「あ、ごめんなさい。カ、カッサムって私達の言葉で……その、ろくでなしという意味なの」
「やっぱり悪口じゃねえか!」
「カッサムアルフ!」
「やめろ! 二つ名みたいに呼ぶんじゃない!」
小さな女の子を追いかけ回す勇者とか、ものすごく恥ずかしい。
やめてくれないかな。
「二人は今いくつなんだ? 保護者が必要な年なんじゃないか?」
「あの、フォウは十歳ぐらい、私が十六歳ぐらいです」
「なんでぐらいなんだ?」
「あのごたごたで年重ねの儀式を行ってないので、一族の掟ではまだ九歳と十五歳です」
「あーなるほど。それでもピャラウは俺たちの国では独り立ち出来る年齢だな」
「私達の部族でも十四になれば独り立ちです」
だいたい話はわかったぞ。
戻るべき部族がない上に保護者的な立場であるピャラウが保護が必要ない年だからここで自活させようとしたってところだろう。
「今はここで働いているのか?」
「ええ……」
む、あまり顔色が冴えないな。
「何か不満があるなら聞くぞ。助けた者の義務だ」
「そうだぞ。それに師匠に相談すればたいていのことはどうにかなるぞ」
「アルフ、お前なぁ……」
捕まえたフォウに顔をひっぱられながら勇者が俺に問題を丸投げした。
お前、勇者だろうが。
とは言え、確かに勇者に彼女らの生活面での支援をさせるのは難しいだろうと思う。
金を与えることは出来るが、大金を持つのは危険だし、ほどほどの金で問題が解決するとも限らない。
まぁせっかく助けたのに結果として不幸にしかならなかったのなら俺たちは助け損のようなものだしな、いいか。
「あ、あの……」
「どこか落ち着く場所で話を聞こうか?」
「それではこちらに」
ピャラウに連れられてたどり着いた場所は、あまり飾り気のない大きめの天幕だった。
なかは雑然としているが熱気がある。
食堂と酒場が合わさったような雰囲気で、天幕の中心には風舞う翼の部族の居住地でも見た囲炉裏のようなものがあった。
地面には直接敷物が敷いてあり、なかにいる者たちは思い思いに直接敷物に寝そべったり、小さな携帯椅子に座ったりしている。
さらに羊や犬や馬や猫があちこち自由にうろうろしていた。
全体に強い香辛料のような香りがただよっていてなんとも言えない雰囲気だ。
「どうぞ、馬も一緒でいいですよ」
ピャラウは慣れた足取りでそのなかへと入り、フォウも勇者の手を引いてなかへと走って行く。
いつの間に仲良くなったんだ? あの二人。
俺たちが足を踏み入れると、先にいた者たちが一斉に目を向けて来た。
訝しむように全員を見たあと、俺の肩にいるフォルテに気づいて驚愕の顔になる。
これはいよいよもって精霊王としてフォルテの姿が伝わっていそうな気配だ。
「失礼する」
「へっ、いちいちかしこまらなくていいぜ。ここは誰でも自由にくつろげる場所さ。なぜか西方の連中は鼻をつまんで近づかないがな」
俺が一言言うと、それを聞いた近くに座っていた男がそう言ってゲラゲラ笑った。
白い飲み物を飲んでいる。
あれは確か馬乳酒だったか。
「ああ、ありがとう」
「それよりも、あんた精霊王の依代なのか?」
「は?」
「その肩にいらっしゃるのは精霊王さまだろ?」
「い、いや、違うぞ」
「なんだ違うのか、残念だな」
そしてまたガハハと笑う。
酔っ払いだな。
「こっち」
入り口で引っかかっていた俺をピャラウが呼ぶ。
奥のほうに仕切り幕があり、その先にテーブルと椅子のセットがいくつか並んでいた。
そこにも何組かくつろいでいる人たちがいたが、ピャラウは大きめのテーブルに椅子を人数分集めてそこに俺たちを座らせる。
「そこでくつろいで待っていて」
そう言い残すと、いったん姿を消し、やがて器用に大皿に乗った料理と、広い板に乗った茶器を運んで来た。
「お茶でいい? お酒がよかった?」
「茶がいい」
俺がそう返事をすると、ほかのみんなも同意する。
「よかった」
そう言ったピャラウは、さっき市場で会ったときよりも雰囲気がやわらいでいたのだった。
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