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第六章 その祈り、届かなくとも……
451 精霊と魔物
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大連合の部族である「風舞う翼」の集落に留まってからすでに三日目となった。
軟禁状態と言っても食事は普通に振る舞われるので特に困ったことはない。
ここは水が豊富なようで毎日大きな水瓶一杯の水も支給される。
天幕という住居は、布と毛皮で出来ているので、内部で火を使っても大丈夫か気になったのだが、床の真ん中にある地面が剥き出しの窪んだ部分を炉として使うらしい。
火の熱気や煙は、天井部分に隙間があってそこから抜けるのだそうだ。
寝床にするための立派な毛皮も二枚届けられ、ありがたく使わせてもらっている。
毛皮を見ると狼の一種のようだが、長い毛の下に短い毛がびっしりと生えていて、まるで寒い地域の獣のようななめらかな肌触りだ。
おそらくは冬に獲ったものだろう。
「しかしデカいな」
俺の知る狼は大人の男一人と半分ぐらいの大きさだ。
しかしこの敷物になっている狼は、少なくとも大人の男二人半程度の大きさはあったように見える。
もしかすると魔物なのかもしれない。
そんな話をメルリルにすると、首を横に振って否定された。
「ううん、これは魔物ではないわ。かすかに残る精霊の気配があるから。魔物には精霊は近づかないの。食べられてしまうから」
「ほお、通常の獣でこの大きさか、魔物になったらとんでもない怪物が出来上がりそうだな」
俺たちがそんな話をしていたときだった。
「白き牙は魔物にはならないよ」
入り口の垂れ幕の向こうから聞き慣れた声が聞こえた。
ミャアだ
彼女は俺たちが留まることになった原因が自分にあると責任を感じているのか、毎日訪れていた。
単にお目当てに会いに来ているだけかもしれないが。
「いきなり話しかけてごめんね。特別な干しナツメを持ってきたの。入っていい?」
「こんにちはミャア。どうぞ入って。昨日はきれいなお花をありがとう」
メルリルが答えると、壺を抱えたミャアが気軽に入って来る。
ほとんど友達の家に遊びに来ているようなノリだ。
入り口の見張りの少年たちにどうやらおすそ分けしたらしく、二人ともにこにこしている。
あの二人、ここの見張りを仲間たちから羨ましがられているようだ。
酒やら薬味の利いた料理なんかを自慢したらしい。
あんまり自慢すると族長から怒られるぞと釘を刺しておいたんだが、大丈夫か?
俺はミャアが敷物の上に腰を落ち着けるのを待って聞いた。
「魔物にならないとなぜわかるんだ? 魔力の多い場所に暮らした生き物は魔物化してしまうものだ。この荒野にだってそういう場所はあるのだろう? 実際あの聖地もだいぶ魔力が多かった」
「精霊の加護があるからに決まってるでしょ。白き牙は精霊の加護多き獣なの。魔は精霊を嫌うからそういった獣は魔物にならないの」
ミャアはさも当たり前のことのように言ったが、俺にとってはそれは全く未知の考え方だった。
「待ってくれ。精霊というのは意思を持った魔力だろう?」
「それ、すごく不敬だよ」
ミャアが頬を膨らませてムッとする。
そういう顔はまだまだ子供だ。
先日聞いてみたらどうやら十二歳とのことだった。
子供っぽいはずだ。
「違うの?」
炉に鍋をかけて茶を淹れているメルリルが驚いたように言った。
「私達はずっとそう教わってきたよ」
「違う! 森の人は精霊に好かれているのに、精霊をちゃんと知ろうとしてないのが駄目。精霊はね、魔力を糧にして生まれるの。それは魔力を浄化すること。浄化された魔力は命を正常に育んでくれるんだよ。だから精霊の加護を受けるのは荒野に生きる者にとって大切なことなの」
ミャアは自分が持って来た干しナツメをぽいと自分の口に放り込む。
この干しナツメ、特別なものと言うだけあってトロリと濃厚で甘味が強い。
普通の茶には合わないが、少し苦味のあるこの地域の茶にはちょうどよかった。
ハーブの根を使っているというこの地域の茶は、通常は水ではなく乳で淹れる。
水源がほとんどない場所で生活しているときは水のほうが貴重なので、お湯を使って茶を淹れたりしないらしい。
「ミャアの教えてくれる精霊の話は新鮮。私も精霊との付き合い方を少し変える必要があるかもしれない」
「当然。それだけ精霊に愛されてるんだから、正しく語りかければ、もっと愛されるよ」
どうも二人共精霊の巫女なので、考え方は違っても話が合うらしい。
一方で精霊のことはほとんど何もわからない俺は疎外感を味わっている。
「王様、今日は花の蜜を集めて持って来たの。いかがですか?」
「キャウ!」
ミャアはフォルテを王様と呼び、貢物を捧げてたらしこもうとしていた。
そしてそれを当然のように受けて尊大に振る舞っているフォルテにイラッとする。
「ちゃんと礼を言えよフォルテ。王様とか言われていい気になっていると、人の心は離れて行くものだぞ。何かを受け取るということは借りを作るということだ。返せない借りにならないように謙虚にしろ」
「クルルルル」
「いや、俺に言っても仕方ないだろ。ミャアに言え」
「ピャ、ルルルル?」
「え、いえ、そんな……王様は尊大でも素敵ですよ」
うむ、どうやら当てずっぽうではなく、ミャアは完全にフォルテの言っていることがわかるようだ。
メルリルもだいたい理解出来るし、巫女はそういうものなんだろう。
そう言えばミュリアもなんとなく理解出来るようなことを言ってたな。
聖女を思い出したことで、連鎖的に勇者一行のことを思い出してしまった。
戦争真っ只中に放り出した形になってしまったが、それでどうにかなるような連中じゃないからその辺は安心なのだが、問題はその後だ。
俺が死んだと思って諦めてくれていたらいいが、生きていると考えている場合がなぁ。
あいつら絶対無茶しやがるよな。
遠い場所にいるであろう勇者たちに思いをはせてため息をついていると、ミャアがそれを見て、微笑んだ。
「誰かの無事を祈っていたのですね。大丈夫。精霊の加護深き貴方の祈りなら、必ず届きます」
そう告げる声は、普段の彼女と違った、少し大人っぽい不思議な響きを帯びていた。
軟禁状態と言っても食事は普通に振る舞われるので特に困ったことはない。
ここは水が豊富なようで毎日大きな水瓶一杯の水も支給される。
天幕という住居は、布と毛皮で出来ているので、内部で火を使っても大丈夫か気になったのだが、床の真ん中にある地面が剥き出しの窪んだ部分を炉として使うらしい。
火の熱気や煙は、天井部分に隙間があってそこから抜けるのだそうだ。
寝床にするための立派な毛皮も二枚届けられ、ありがたく使わせてもらっている。
毛皮を見ると狼の一種のようだが、長い毛の下に短い毛がびっしりと生えていて、まるで寒い地域の獣のようななめらかな肌触りだ。
おそらくは冬に獲ったものだろう。
「しかしデカいな」
俺の知る狼は大人の男一人と半分ぐらいの大きさだ。
しかしこの敷物になっている狼は、少なくとも大人の男二人半程度の大きさはあったように見える。
もしかすると魔物なのかもしれない。
そんな話をメルリルにすると、首を横に振って否定された。
「ううん、これは魔物ではないわ。かすかに残る精霊の気配があるから。魔物には精霊は近づかないの。食べられてしまうから」
「ほお、通常の獣でこの大きさか、魔物になったらとんでもない怪物が出来上がりそうだな」
俺たちがそんな話をしていたときだった。
「白き牙は魔物にはならないよ」
入り口の垂れ幕の向こうから聞き慣れた声が聞こえた。
ミャアだ
彼女は俺たちが留まることになった原因が自分にあると責任を感じているのか、毎日訪れていた。
単にお目当てに会いに来ているだけかもしれないが。
「いきなり話しかけてごめんね。特別な干しナツメを持ってきたの。入っていい?」
「こんにちはミャア。どうぞ入って。昨日はきれいなお花をありがとう」
メルリルが答えると、壺を抱えたミャアが気軽に入って来る。
ほとんど友達の家に遊びに来ているようなノリだ。
入り口の見張りの少年たちにどうやらおすそ分けしたらしく、二人ともにこにこしている。
あの二人、ここの見張りを仲間たちから羨ましがられているようだ。
酒やら薬味の利いた料理なんかを自慢したらしい。
あんまり自慢すると族長から怒られるぞと釘を刺しておいたんだが、大丈夫か?
俺はミャアが敷物の上に腰を落ち着けるのを待って聞いた。
「魔物にならないとなぜわかるんだ? 魔力の多い場所に暮らした生き物は魔物化してしまうものだ。この荒野にだってそういう場所はあるのだろう? 実際あの聖地もだいぶ魔力が多かった」
「精霊の加護があるからに決まってるでしょ。白き牙は精霊の加護多き獣なの。魔は精霊を嫌うからそういった獣は魔物にならないの」
ミャアはさも当たり前のことのように言ったが、俺にとってはそれは全く未知の考え方だった。
「待ってくれ。精霊というのは意思を持った魔力だろう?」
「それ、すごく不敬だよ」
ミャアが頬を膨らませてムッとする。
そういう顔はまだまだ子供だ。
先日聞いてみたらどうやら十二歳とのことだった。
子供っぽいはずだ。
「違うの?」
炉に鍋をかけて茶を淹れているメルリルが驚いたように言った。
「私達はずっとそう教わってきたよ」
「違う! 森の人は精霊に好かれているのに、精霊をちゃんと知ろうとしてないのが駄目。精霊はね、魔力を糧にして生まれるの。それは魔力を浄化すること。浄化された魔力は命を正常に育んでくれるんだよ。だから精霊の加護を受けるのは荒野に生きる者にとって大切なことなの」
ミャアは自分が持って来た干しナツメをぽいと自分の口に放り込む。
この干しナツメ、特別なものと言うだけあってトロリと濃厚で甘味が強い。
普通の茶には合わないが、少し苦味のあるこの地域の茶にはちょうどよかった。
ハーブの根を使っているというこの地域の茶は、通常は水ではなく乳で淹れる。
水源がほとんどない場所で生活しているときは水のほうが貴重なので、お湯を使って茶を淹れたりしないらしい。
「ミャアの教えてくれる精霊の話は新鮮。私も精霊との付き合い方を少し変える必要があるかもしれない」
「当然。それだけ精霊に愛されてるんだから、正しく語りかければ、もっと愛されるよ」
どうも二人共精霊の巫女なので、考え方は違っても話が合うらしい。
一方で精霊のことはほとんど何もわからない俺は疎外感を味わっている。
「王様、今日は花の蜜を集めて持って来たの。いかがですか?」
「キャウ!」
ミャアはフォルテを王様と呼び、貢物を捧げてたらしこもうとしていた。
そしてそれを当然のように受けて尊大に振る舞っているフォルテにイラッとする。
「ちゃんと礼を言えよフォルテ。王様とか言われていい気になっていると、人の心は離れて行くものだぞ。何かを受け取るということは借りを作るということだ。返せない借りにならないように謙虚にしろ」
「クルルルル」
「いや、俺に言っても仕方ないだろ。ミャアに言え」
「ピャ、ルルルル?」
「え、いえ、そんな……王様は尊大でも素敵ですよ」
うむ、どうやら当てずっぽうではなく、ミャアは完全にフォルテの言っていることがわかるようだ。
メルリルもだいたい理解出来るし、巫女はそういうものなんだろう。
そう言えばミュリアもなんとなく理解出来るようなことを言ってたな。
聖女を思い出したことで、連鎖的に勇者一行のことを思い出してしまった。
戦争真っ只中に放り出した形になってしまったが、それでどうにかなるような連中じゃないからその辺は安心なのだが、問題はその後だ。
俺が死んだと思って諦めてくれていたらいいが、生きていると考えている場合がなぁ。
あいつら絶対無茶しやがるよな。
遠い場所にいるであろう勇者たちに思いをはせてため息をついていると、ミャアがそれを見て、微笑んだ。
「誰かの無事を祈っていたのですね。大丈夫。精霊の加護深き貴方の祈りなら、必ず届きます」
そう告げる声は、普段の彼女と違った、少し大人っぽい不思議な響きを帯びていた。
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