勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第五章 破滅を招くもの

405 海王:帰郷

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 渦潮の駅はなんというか無骨な造りだった。
 それなりに大きいのだが、帝国でも見た灰色の石材を作って作られた建物は飾り気の一つもない。
 ただ駅舎の前には大きな市が立っていた。
 
「風の匂いが全然違うな。なんというか、粘つくような感じがする」
「海の気配が強い。この風の精霊メイスはあまり言うこと聞かなさそう」

 独特の空気は竜の砂浴び場に似ているが、もう少しなんというか粘度が高い感じだ。
 そう言えばあそこも海の近くだったな。
 同時に以前海で見かけたでかい魔物のことを思い出して身震いした。
 ああいうのが出て来ると、水のなか相手ではほとんど何も出来ないだろう。
 そう言えば南の国である南海は海の魔物を操るとか言ってたな。

「ピャッ! ピュイ!」

 フォルテが元気に飛び立つと、市場のほうに突っ込んで行った。
 おい、勝手に暴れるなよ。
 他人に迷惑かけるな。
 繋がっているはずの思考で呼びかけるがちゃんとした返事がない。
 不安だ。

「とりあえず駅で待ち合わせだからこの辺を探すか。メルリルわかるか?」
「声が多すぎてさがせない」

 メルリルは困ったように言う。
 そうりゃあそうか、この人混みだもんな。
 駅前の広場全体が市場になっていて、いろいろなものを売っているのだ。
 買い物客と売り手の声が被って、もはや何がなんだかわからない感じになっていた。

「やっと帰って来た」

 そんな俺たちの困惑を他所に、ウルスは一人しみじみと故郷の空気を味わっているようだった。
 あれ、こいつ泣いてないか?
 俺は視線を反らして見ない振りをする。
 男が泣く姿なんか見たくないし、見られたくもないだろうからな。

「ピャッ!」

 そんな風に駅の入り口で立ち止まっていた俺の髪を、何処かから戻って来たフォルテが激しく引っ張った。

「いてっ! お前いつも俺の髪を気軽に引っ張るけどな! 髪については繊細な年頃なんだぞ、俺は!」

 抗議をしつつ追い払うが、今度は袖を引っ張って行こうとする。
 
「勇者さまたちを見つけたのかも?」

 メルリルが表情を明るくして言うが、俺は絶対違うと思う。
 こいつが勇者たちを見つけたからって喜ぶ訳がない。

「おい、まて、くそっ、メルリルはぐれるなよ? ウルス、お前いい加減懐かしいのはわかるが、置いてくぞ!」
「はい!」
「は? ふざけるな、俺の案内が必要だろうが!」

 フォルテにグイグイ引っ張られながら市場を進む。
 なんか見たことないものがたくさんあるな。
 ほとんどは魚のようだ。
 しかし色鮮やかな魚が多いぞ。
 真っ赤なやつとか、青いやつとか食えるのか? それ。
 魚も肉と同じように干して保存食にするのだろう。
 紐にたくさん繋いで干してあるものなどもあった。一つ試しに買ってみたいな。
 それに魚じゃないものも多い。
 鎧を着た巨大な虫のようなものや、巨大な貝、変な形の生き物も売っている。

 お、肉もあるじゃないか。
 店頭でいい匂いをさせている網焼きが気になるが、フォルテは止まる気配がなかった。

「キュイッ!」

 かつて聞いたこともないような甘えた声で鳴きながらようやくフォルテが止まったのが、今まで嗅いだことのない甘い香りがする一画だった。

「なんだ?」
「フルーツだな。南海産のものが多いし、南方諸島のものもあるな」
「南方諸島?」

 南に島があるという話は聞いたことがあったが、やっぱりあるのか。
 いや、今はそれどころじゃない。
 フォルテが出店の一つから大きなフルーツとやらを盗ろうとしていた。

「離せ! この泥棒鳥め! 一番高いフルーツを狙いやがって!」
「ちょ、フォルテやめろ! いい加減にしないと絞めるぞ!」
「ギャアギャア!」
「俺に買えってか? それは見るからに高そうじゃないか、そんなの買う金があるはずないだろ!」

 俺とフォルテと店主がもめていると、突然ウルスが素っ頓狂な声を上げた。

「ボイル! ボイル爺さんじゃないか?」

 呼びかけられた瞬間、店主の力が抜けたのか、フォルテが引っ張り合いをしていたフルーツを奪い去る。

「フォルテ、返せ。泥棒はうちのパーティにはいらないぞ」

 冷たい声で怒りを込めて言った。

「キュウウウウ……」

 フォルテはものすごく名残惜しそうに掴んだフルーツを元の場所に戻す。

「かわいそう」
「こういうことは甘やかしちゃだめだ」

 メルリルがフォルテに同情するが、人間社会で生きる以上、フォルテにはそのルールに従ってもらう必要がある。
 絶対に甘い顔は見せられないのだ。
 とは言え、被害者であるはずの店主は、今は俺たちのほうに感心を示してはいなかった。

「おっ、悪ガキのウルスじゃねーか。なんだお前、お前んとこの弟が青い顔して探し回っていたぞ。責任ある立場なんだからふらっと出ていったらかわいそうだろうが」
「いや、俺の意思で出てったんじゃねえよ。商会の様子はどうだった?」
「けっ、お前んとこのような大店のことが俺らにわかる訳ねーだろ。だがよ、北のヘビ野郎共がここんとこ我が物顔でうろつきやがって、てめえなんかヘマしたんじゃねえだろうな?」
「相変わらず厳しいな。安心しろ。連中に今回のツケは絶対に支払わせてやるからよ」
「お、成り上がりモンが何か言ってるぜ」
「気をつけろよ、ウルスの野郎は安く買い叩いたもんで大儲けしやがるからな!」
「うっせーよ、てめえら俺の後追いをしてけっこう儲けただろうが」
「ちげえねえ」

 フルーツを売っていた老人だけでなく、周囲の出店の店主たちもどうやらウルスと顔なじみのようだ。
 言葉を交わしていっせいにゲラゲラ笑い出した。

「おい、そこの変な格好のガキ」

 フルーツ売りの爺さんが俺のほうを向いてそんなことを言うので、俺は思わず周囲を見回してしまった。

「てめぇだよ。見たところウルスの坊主よりもひよっこだろうが」
「いや、もう三十一なんだが……」
「ケッ、俺の半分も行ってねえじゃねえか。鼻ったれだ」

 おおう、おっさんと言われたことはあるがこの年になってガキ扱いとは、師匠を思い出すな。

「さすがにこれはやれんが、こっちに傷モンで売り物にならんやつがある。これをそのペットにやんな。甘さで言えばこっちのほうが甘いからな」

 そう言って、爺さんは手のひらサイズのフルーツをかたわらから掴むと、手の上で器用にナイフで割ってくれた。

「いいのか? 金はないぞ」
「どうせこれは腹を空かせたどっかのガキにやろうと思ってたうちの一つさ。あんたらあの悪ガキを助けてくれたんだろ?」
「ええっと……」

 なんと答えていいのか悩んでいると、爺さんは割ったフルーツをフォルテにやり、あと二つ程を次々割って、俺とメルリルにくれた。

「まぁ食え。そして金が出来たら高いのを買え」
「あ、ああ。ありがとう」

 フォルテは許可を出す前に俺の手が届かない日よけの上に陣取ってもらったフルーツを食べ始めていた。
 あの野郎。
 だが、せっかく貰ったのだ。俺も切ってもらったフルーツをつまんで食べる。

「これは、甘いな……」
「すごい、美味しい」

 メルリルはうっとりとしたように口にしている。
 それも仕方ないだろう。
 爺さんに渡されたフルーツは、トロッととろけるような食感と、頭の先まで痺れるような甘さが、衝撃を持って口のなかに広がる代物だったのだ。

「あ、なんでお前らだけ食ってるんだよ。爺さん俺には?」
「金を出して一番高い奴を買え」
「ふざけんなよ!」

 ウルスの力みのない言動を見て、なるほど故郷というものはこういうものなんだなと思ったのだった。
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