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第五章 破滅を招くもの
387 名主からの依頼
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おお、びびった。
この里の名主さんの奥さんなんだが、驚くほど太っていたのだ。
正直俺は貴族以外でここまで太った女性を見たことがない。
名主というのは領主の仕事を代行するが、貴族ではなく平民なのだそうだ。
家も大きいとはいえ、さして豪華ではない。
そう言えば帝国には平民でもそれなりに太った人がいたな。
なるほど、これが機械などがある便利な暮らしの豊かさというやつか。
「まぁ大変だったでしょう。ゆっくりしなんせ」
最初の対応を女性にさせるのはいかがなものかと思っていた俺だが、どうやらこの家には使用人があまりいないようだった。
特に腕っぷしの強そうな使用人が見当たらない。
「本当に助かります。あの、修行の途中のことで支払える宿代がないので、出来れば労働で支払いたいのですが、いかがでしょうか? 武術の師範クラスがこれだけいるのですから、だいたいの力仕事はお任せいただいてかまいませんよ」
ウルスがうまいこと交渉している。
俺自身にはわからないが俺たち西から来た者には独特の訛りがあるので警戒されるかもしれないということで、出来るだけ黙っていることになったのだった。
あと、メルリルは聖女の施してくれた幻惑魔法の籠もった髪飾りで平野人の姿になっている。
この里の名主さんは初老の男性だった。
奥さんのほうが明らかに若い。
とは言え、ひょろっとした旦那さんと重量級の奥さんの組み合わせは年の差以上にアンバランスさを感じさせていた。
その名主さんはウルスの言葉に「ふむ……」と、何かを考えているようだった。
「武術の先生ということですからお強いのでしょう。それならぜひ頼みたいことがあるのですが……」
そう名主さんが切り出すと、奥さんがドスドスという重い足音を立てて旦那さんに走り寄り、その背を叩いた。
「あんた! まさかあのことを頼む気ね? こんな若い人たちを危ない目に合わせるつもりね?」
名主さんはゴホッと咳き込んだが、慌てて奥さんの張り手を防ぐように両手を突き出しながら焦ったような言い訳を口にした。
「女が口を出すことじゃなか!」
「わかった。そんなつもりなら、うち、もうこの家におられんけん」
「いや、待て! ち、違うんだ。強制的に手伝わせるとかそういう話じゃない。強か人たちならもしかしたら慣れているかもしれんだろうが!」
奥さんがそっぽを向いて歩み去ろうとすると、旦那さんが慌ててそれにすがりついて止める。
「本当? 無理に危なかことさせるつもりじゃないんね?」
「本当だ。お前への愛に誓って」
名主の旦那さんが真剣な顔で奥さんに誓いを立てると、ふくよかな奥さんはにっこりと笑った。
「小さなお子もいらしてお疲れでしょう? 美味しいものとお湯を用意しておきますね。うちの人は口が足りないこともあるけんど、悪い人じゃないから、話を聞いてやってください。もし無理を言い出したら私におっしゃってくださいね」
ニコニコ微笑みながら、奥へと引っ込む。
「やれやれ、どうも、無理して嫁いでもらった恋女房には逆らえませんな」
「わかります。俺も妻には頭が上がりません」
名主さんとウルスが何やら通じ合った雰囲気でうなずき合う。
俺は別に他意はなかったのだが、なんとなくメルリルを見た。
メルリルは俺の視線を受けてにっこりと笑う。
いつもの優しい笑顔のはずなのだが、少しだけ、ぞくりとしたのは単なる気の所為だろう。
「それで、何かお困りのことがおありのようですね」
ウルスがその場の雰囲気を戻す。
「は、実は、その、我が里は木材の生産が一番の目玉で、里人は毎日のように山に入って仕事をしておるのですが、最近、魔物を見たという者が多くいましてな」
「魔物……ですか?」
「お恥ずかしい限りですが、守護の壁が数年前にとうとう崩れて、国に修繕依頼を出したのですが、領主持ちで修繕するように言われてしまって、うちの領主さまが無理だとおっしゃられて……その」
「魔物の侵入を防げなくなったと」
「はい。今の所とくに目立った被害はないのですが、時折小さな魔物に家畜がやられたりはしていますので」
「小さいとはいえ魔物、お困りでしょうね」
ウルスは名主さんに同情的に相槌を打った。
「まことに。ですが、それはなんとか犬を飼ったりして、対応もしておったのです。しかし、山で里人の見たという魔物は、その、人よりもずっと大きかったと……」
「ほう、それ恐ろしいですね」
ウルスがほくそ笑むように口角を上げた。
「なるほど。宿代代わりにその魔物を狩って欲しいということですか」
「おい、ダスター」
俺は思わず二人の話に割り込んだ。
正直二人ののらりくらりとした交渉に耐えきれなかったのだ。
「世話になるんだ。それぐらいいいだろ? それに鍛錬になる」
「おお、そう言ってくださるとありがたい!」
と、そこからはトントン拍子に話がまとまって、次の日に山に入って魔物狩りをすることとなった。
そのおかげかどうか、美味い飯と、おまけに湯を張った風呂まで使わせてもらえてありがたかった。
なんでもこの里では井戸から直接ポンプという機械で汲んだ水をパイプを使って個人の家に直接配り、家でレバーをひねるだけで水を使うことが出来るのだそうだ。
そのおかげで水を張った風呂もあまり苦労せずに使うことが出来るのだと言っていた。
そのポンプという機械、なんとか西に持ち帰れないものか。
「ダスター、しゃべるなって言っておいただろ!」
子どもたちが疲れと満腹からすぐに眠ってしまった後、俺は予知者ウルスから説教を食らっていた。
「お前、あれから交渉して、何か形のある報酬を引き出そうとしてただろう」
「当然だろ! 魔物退治なんか命がけの仕事だぞ。一泊の宿賃なんかで割に合うか!」
「いや、人数が人数だ。しかもいかにも怪しい一行だろうが、あまり欲をかくと恨みを買うぞ」
「その訛りで怪しさを倍増させるんだよ!」
「俺も考えたのだがな」
「なんだ?」
「お前、俺たちを怪しい武術家と紹介しただろう? 既に怪しいならとことん怪しいほうが逆に相手も安心するだろうと思うんだ」
「は?」
「もし俺たちが盗賊だとして、子連れの時点でまぁあり得なさそうだが、世の中には相手を安心させるために子どもを使う連中は意外と多い。だが、怪しい奴らというのは、基本的に怪しまれないように動くものだ。ここまで怪しいと逆に怪しむのが馬鹿らしくなるだろう」
「なんだその理屈……ったく、まぁいい。それよりもお前ら魔物は大丈夫なんだろうな?」
どうやらウルスも過ぎたことにいつまでも文句を言っても仕方がないと諦めたようだ。
「任せろ。師匠は魔物の専門家だぞ!」
勇者が見当違いの方向で胸を叩いて保証した。
そこは「俺は勇者だぞ」と言うべきところだ。
「大丈夫だ。そのかわりウルスはほかのみんなを頼むぞ」
この里に現れる魔物を見てみれば、ある程度はこの地域の魔力濃度もわかるしな。
世界の崩壊の兆しとやらを調べてみるいい機会だ。
この里の名主さんの奥さんなんだが、驚くほど太っていたのだ。
正直俺は貴族以外でここまで太った女性を見たことがない。
名主というのは領主の仕事を代行するが、貴族ではなく平民なのだそうだ。
家も大きいとはいえ、さして豪華ではない。
そう言えば帝国には平民でもそれなりに太った人がいたな。
なるほど、これが機械などがある便利な暮らしの豊かさというやつか。
「まぁ大変だったでしょう。ゆっくりしなんせ」
最初の対応を女性にさせるのはいかがなものかと思っていた俺だが、どうやらこの家には使用人があまりいないようだった。
特に腕っぷしの強そうな使用人が見当たらない。
「本当に助かります。あの、修行の途中のことで支払える宿代がないので、出来れば労働で支払いたいのですが、いかがでしょうか? 武術の師範クラスがこれだけいるのですから、だいたいの力仕事はお任せいただいてかまいませんよ」
ウルスがうまいこと交渉している。
俺自身にはわからないが俺たち西から来た者には独特の訛りがあるので警戒されるかもしれないということで、出来るだけ黙っていることになったのだった。
あと、メルリルは聖女の施してくれた幻惑魔法の籠もった髪飾りで平野人の姿になっている。
この里の名主さんは初老の男性だった。
奥さんのほうが明らかに若い。
とは言え、ひょろっとした旦那さんと重量級の奥さんの組み合わせは年の差以上にアンバランスさを感じさせていた。
その名主さんはウルスの言葉に「ふむ……」と、何かを考えているようだった。
「武術の先生ということですからお強いのでしょう。それならぜひ頼みたいことがあるのですが……」
そう名主さんが切り出すと、奥さんがドスドスという重い足音を立てて旦那さんに走り寄り、その背を叩いた。
「あんた! まさかあのことを頼む気ね? こんな若い人たちを危ない目に合わせるつもりね?」
名主さんはゴホッと咳き込んだが、慌てて奥さんの張り手を防ぐように両手を突き出しながら焦ったような言い訳を口にした。
「女が口を出すことじゃなか!」
「わかった。そんなつもりなら、うち、もうこの家におられんけん」
「いや、待て! ち、違うんだ。強制的に手伝わせるとかそういう話じゃない。強か人たちならもしかしたら慣れているかもしれんだろうが!」
奥さんがそっぽを向いて歩み去ろうとすると、旦那さんが慌ててそれにすがりついて止める。
「本当? 無理に危なかことさせるつもりじゃないんね?」
「本当だ。お前への愛に誓って」
名主の旦那さんが真剣な顔で奥さんに誓いを立てると、ふくよかな奥さんはにっこりと笑った。
「小さなお子もいらしてお疲れでしょう? 美味しいものとお湯を用意しておきますね。うちの人は口が足りないこともあるけんど、悪い人じゃないから、話を聞いてやってください。もし無理を言い出したら私におっしゃってくださいね」
ニコニコ微笑みながら、奥へと引っ込む。
「やれやれ、どうも、無理して嫁いでもらった恋女房には逆らえませんな」
「わかります。俺も妻には頭が上がりません」
名主さんとウルスが何やら通じ合った雰囲気でうなずき合う。
俺は別に他意はなかったのだが、なんとなくメルリルを見た。
メルリルは俺の視線を受けてにっこりと笑う。
いつもの優しい笑顔のはずなのだが、少しだけ、ぞくりとしたのは単なる気の所為だろう。
「それで、何かお困りのことがおありのようですね」
ウルスがその場の雰囲気を戻す。
「は、実は、その、我が里は木材の生産が一番の目玉で、里人は毎日のように山に入って仕事をしておるのですが、最近、魔物を見たという者が多くいましてな」
「魔物……ですか?」
「お恥ずかしい限りですが、守護の壁が数年前にとうとう崩れて、国に修繕依頼を出したのですが、領主持ちで修繕するように言われてしまって、うちの領主さまが無理だとおっしゃられて……その」
「魔物の侵入を防げなくなったと」
「はい。今の所とくに目立った被害はないのですが、時折小さな魔物に家畜がやられたりはしていますので」
「小さいとはいえ魔物、お困りでしょうね」
ウルスは名主さんに同情的に相槌を打った。
「まことに。ですが、それはなんとか犬を飼ったりして、対応もしておったのです。しかし、山で里人の見たという魔物は、その、人よりもずっと大きかったと……」
「ほう、それ恐ろしいですね」
ウルスがほくそ笑むように口角を上げた。
「なるほど。宿代代わりにその魔物を狩って欲しいということですか」
「おい、ダスター」
俺は思わず二人の話に割り込んだ。
正直二人ののらりくらりとした交渉に耐えきれなかったのだ。
「世話になるんだ。それぐらいいいだろ? それに鍛錬になる」
「おお、そう言ってくださるとありがたい!」
と、そこからはトントン拍子に話がまとまって、次の日に山に入って魔物狩りをすることとなった。
そのおかげかどうか、美味い飯と、おまけに湯を張った風呂まで使わせてもらえてありがたかった。
なんでもこの里では井戸から直接ポンプという機械で汲んだ水をパイプを使って個人の家に直接配り、家でレバーをひねるだけで水を使うことが出来るのだそうだ。
そのおかげで水を張った風呂もあまり苦労せずに使うことが出来るのだと言っていた。
そのポンプという機械、なんとか西に持ち帰れないものか。
「ダスター、しゃべるなって言っておいただろ!」
子どもたちが疲れと満腹からすぐに眠ってしまった後、俺は予知者ウルスから説教を食らっていた。
「お前、あれから交渉して、何か形のある報酬を引き出そうとしてただろう」
「当然だろ! 魔物退治なんか命がけの仕事だぞ。一泊の宿賃なんかで割に合うか!」
「いや、人数が人数だ。しかもいかにも怪しい一行だろうが、あまり欲をかくと恨みを買うぞ」
「その訛りで怪しさを倍増させるんだよ!」
「俺も考えたのだがな」
「なんだ?」
「お前、俺たちを怪しい武術家と紹介しただろう? 既に怪しいならとことん怪しいほうが逆に相手も安心するだろうと思うんだ」
「は?」
「もし俺たちが盗賊だとして、子連れの時点でまぁあり得なさそうだが、世の中には相手を安心させるために子どもを使う連中は意外と多い。だが、怪しい奴らというのは、基本的に怪しまれないように動くものだ。ここまで怪しいと逆に怪しむのが馬鹿らしくなるだろう」
「なんだその理屈……ったく、まぁいい。それよりもお前ら魔物は大丈夫なんだろうな?」
どうやらウルスも過ぎたことにいつまでも文句を言っても仕方がないと諦めたようだ。
「任せろ。師匠は魔物の専門家だぞ!」
勇者が見当違いの方向で胸を叩いて保証した。
そこは「俺は勇者だぞ」と言うべきところだ。
「大丈夫だ。そのかわりウルスはほかのみんなを頼むぞ」
この里に現れる魔物を見てみれば、ある程度はこの地域の魔力濃度もわかるしな。
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