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第五章 破滅を招くもの
386 古代の王
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まぁそうだろうなと思ってはいたが、乗り合いバスとやらは本日はもう出発した後だった。
待合所の受付の人によると、ここの乗り合いバスは早朝に大きな街である荘園にある市場でものを売る人たちが乗って出発して、夕方にその人たちを乗せて戻って来るのだそうだ。
あと、わずかながら学校に行く子どもたちも乗せているらしい。
東方に来て学校という言葉をよく聞くようになったが、話を聞いてみるとようするに教会の教手の役割を自治体が大掛かりに行っているのだそうだ。
つまり役所が運営する学びの施設だ。
「学校からさらわれた子どもが多いということは、役所とか国とかがグルってことだろ?」
「そうとも限らない」
俺の疑問に否定的に答えたのが予知者のウルスだ。
「みんな健康診断の後にさらわれたって言ってたろ? 実は東方で使われる薬や医療器具はほぼ全てを北冠が牛耳っていやがるんだ」
「それって、全ての国の病気やケガの治療や診断をする場所に北冠の影響があるってことか?」
「そういうことだな」
ウルスは苦々しい顔をすると吐き出すように言った。
「この街で使われているバスも、鉄道も、全部が北冠の技術だ。人は一度便利なものを覚えてしまうとそれなしではいられない。結果的に全ての国が北冠に頭が上がらない状態なんだ」
「だが、技術っていうのは模倣出来るもんだろ? ほかの国も独自に作ればいいんじゃないか?」
「それを許さないのさ。技術全てに永続的な特許権がある。真似して作ったら犯罪者だ」
「独占か。まぁうちのほうでも特産品とかでやっている領主はいるが、普通は技術者の囲い込みだけだな。流出したらそれを止める手立てはない。普通はそういうものだろう? それを牛耳らせたままにいるというのは、いくらなんでもほかの国が弱すぎないか?」
「北の三国、北冠、央国、天杜はもともと一つの国だった。東の大地の半分を占めるとんでもない大国だったんだ。それを率いていたのが今『国護りの天の主』と呼ばれている天守山に棲まう神だ」
「え? 待て、その国護りのなんとかは強大な魔物なんじゃないのか? 蛇の姿の」
驚いて聞き返せば、ウルスは声を潜めて説明し始める。
「わからない。だが、建国神話によれば国護りの天の主は古代の大国の王だった。いくつもの姿を持ち、小さな国に分かれていた東方北部を統一して大きな国としてまとめた。北の民はこの王を地に降り立った異界の神と呼んだ」
ウルスは憎々しげに続けた。
「つまり北の三国は神の民であり、愚かな人類を導く役割を持っているという理屈で、独自の法を定めて、それを持ってして東方の国々を支配しているんだ。圧倒的な技術力の差と得体の知れない神の力、他国が逆らえない理由がそれだ」
「なるほどな。他種族を亜人と呼び、魔力持ちを魔人と呼んで迫害したのもその王が定めたことか?」
「そうだ。王の言葉として伝わっている。『平和とは均等化の上に成り立つ。異形異能の者を許しては世界に平和が訪れることはない』とな」
俺はその言葉に東方の現人神のいびつさを感じた。
つまりその神さまは、人間を土地のように平らかに均すことでコントロールしやすくしたいのだろう。
「平和と来たか。魔物の被害に悩まされている俺たちには遠い言葉だな」
「そうそう、その魔物だ。山側に巨大な壁を造ったのはそもそもが魔物対策だし、土地に魔力を持った亜人や魔人がいなくなれば魔物が生まれることもなくなるという理屈らしい。そして本当に壁の東側ではほとんど魔物が生まれない」
「それか!」
俺はうめくように言った。
世界のバランスがおかしくなっている原因が段々見えて来たのだ。
つまりその東方の神とやらは、この世界そのものである神の行っている循環を断ち切ろうとしているということになるのではないだろうか?
「どうした?」
ウルスは俺が突然上げた声に驚いたようだった。
「ああいや。勇者がやるべきことというのが段々わかって来たかなという感じかな?」
「勇者か。……何度聞いても妄想に取り憑かれたバカどものたわごとのようにしか聞こえないが、マジなんだろうな」
ウルスはちらりと勇者を見た。
勇者はすっかり子どもたちになつかれて、何がなくともたかられている。
だいたいはいじられているか、一緒になって遊んでいるようだった。
それを南海生まれで育ちのいいッエッチ少年が諌めたり、遊びが野放図にならないように押さえたりしてくれている。
「生まれがいいだけの世間知らずの坊っちゃんにしか見えないな。どっちかと言うとッエッチのほうが勇者っぽいぞ」
「アハハ、確かにな」
思わず笑ってしまった俺を、当の勇者がじぃっと恨めしそうに見ていた。
最近は魔力のコントロールもうまくなって来たから聴力を強化して話を聞いていたのかもしれない。
だけど事実だからな。
ッエッチ少年は十七歳にしては背が高く、しっかりとした体格をしている。顔立ちは彫りの深い美男子で、既に少女たちの数人は彼を気にしているような態度を見せていた。
絶対将来タラシになるタイプだ。
その上真面目で頭がいいと来れば、勇者も比較されると苦しいところだろう。
さて、乗り物で移動出来なかった俺たちだが、徒歩で次の街に移動するという方法は少々苦しいものがあった。
一番の理由としては小さな子どもが多いことだ。
とにかく一度ゆっくり休ませないと、絶対に持たないのは間違いない。
そのため今俺たちはこの里の取りまとめであるという名主の家に向かっていた。
ぞろぞろ大人数で移動する姿は目立ちまくっていたが、ウルスの作った設定は意外なほど受け入れられたようで、武術家なら少々おかしなことをしても仕方ないという感じの対応をされている。
東方の武術家っていったい……。
「おお、でかい屋敷だな」
どこでもそうだが、土地の取りまとめをしている人間の住居はでかい。
金持ちということもあるのだろうが、何かあったときに集会を開く必要があるという事情もある。
家に里の主だった人間全員を集めても大丈夫な広さが必要なのだ。
「ごめんください!」
ウルスが玄関にある鈴のようなものを振ると、カラカラと優しい音が響いた。
「はーい」
屋敷のなかから女性の声が答える。
大きな家なのに客に女性が対応するのか、少し不用心じゃないか? などと思いながら、俺はウルスの後ろで大人しくことの成り行きを見守ったのだった。
待合所の受付の人によると、ここの乗り合いバスは早朝に大きな街である荘園にある市場でものを売る人たちが乗って出発して、夕方にその人たちを乗せて戻って来るのだそうだ。
あと、わずかながら学校に行く子どもたちも乗せているらしい。
東方に来て学校という言葉をよく聞くようになったが、話を聞いてみるとようするに教会の教手の役割を自治体が大掛かりに行っているのだそうだ。
つまり役所が運営する学びの施設だ。
「学校からさらわれた子どもが多いということは、役所とか国とかがグルってことだろ?」
「そうとも限らない」
俺の疑問に否定的に答えたのが予知者のウルスだ。
「みんな健康診断の後にさらわれたって言ってたろ? 実は東方で使われる薬や医療器具はほぼ全てを北冠が牛耳っていやがるんだ」
「それって、全ての国の病気やケガの治療や診断をする場所に北冠の影響があるってことか?」
「そういうことだな」
ウルスは苦々しい顔をすると吐き出すように言った。
「この街で使われているバスも、鉄道も、全部が北冠の技術だ。人は一度便利なものを覚えてしまうとそれなしではいられない。結果的に全ての国が北冠に頭が上がらない状態なんだ」
「だが、技術っていうのは模倣出来るもんだろ? ほかの国も独自に作ればいいんじゃないか?」
「それを許さないのさ。技術全てに永続的な特許権がある。真似して作ったら犯罪者だ」
「独占か。まぁうちのほうでも特産品とかでやっている領主はいるが、普通は技術者の囲い込みだけだな。流出したらそれを止める手立てはない。普通はそういうものだろう? それを牛耳らせたままにいるというのは、いくらなんでもほかの国が弱すぎないか?」
「北の三国、北冠、央国、天杜はもともと一つの国だった。東の大地の半分を占めるとんでもない大国だったんだ。それを率いていたのが今『国護りの天の主』と呼ばれている天守山に棲まう神だ」
「え? 待て、その国護りのなんとかは強大な魔物なんじゃないのか? 蛇の姿の」
驚いて聞き返せば、ウルスは声を潜めて説明し始める。
「わからない。だが、建国神話によれば国護りの天の主は古代の大国の王だった。いくつもの姿を持ち、小さな国に分かれていた東方北部を統一して大きな国としてまとめた。北の民はこの王を地に降り立った異界の神と呼んだ」
ウルスは憎々しげに続けた。
「つまり北の三国は神の民であり、愚かな人類を導く役割を持っているという理屈で、独自の法を定めて、それを持ってして東方の国々を支配しているんだ。圧倒的な技術力の差と得体の知れない神の力、他国が逆らえない理由がそれだ」
「なるほどな。他種族を亜人と呼び、魔力持ちを魔人と呼んで迫害したのもその王が定めたことか?」
「そうだ。王の言葉として伝わっている。『平和とは均等化の上に成り立つ。異形異能の者を許しては世界に平和が訪れることはない』とな」
俺はその言葉に東方の現人神のいびつさを感じた。
つまりその神さまは、人間を土地のように平らかに均すことでコントロールしやすくしたいのだろう。
「平和と来たか。魔物の被害に悩まされている俺たちには遠い言葉だな」
「そうそう、その魔物だ。山側に巨大な壁を造ったのはそもそもが魔物対策だし、土地に魔力を持った亜人や魔人がいなくなれば魔物が生まれることもなくなるという理屈らしい。そして本当に壁の東側ではほとんど魔物が生まれない」
「それか!」
俺はうめくように言った。
世界のバランスがおかしくなっている原因が段々見えて来たのだ。
つまりその東方の神とやらは、この世界そのものである神の行っている循環を断ち切ろうとしているということになるのではないだろうか?
「どうした?」
ウルスは俺が突然上げた声に驚いたようだった。
「ああいや。勇者がやるべきことというのが段々わかって来たかなという感じかな?」
「勇者か。……何度聞いても妄想に取り憑かれたバカどものたわごとのようにしか聞こえないが、マジなんだろうな」
ウルスはちらりと勇者を見た。
勇者はすっかり子どもたちになつかれて、何がなくともたかられている。
だいたいはいじられているか、一緒になって遊んでいるようだった。
それを南海生まれで育ちのいいッエッチ少年が諌めたり、遊びが野放図にならないように押さえたりしてくれている。
「生まれがいいだけの世間知らずの坊っちゃんにしか見えないな。どっちかと言うとッエッチのほうが勇者っぽいぞ」
「アハハ、確かにな」
思わず笑ってしまった俺を、当の勇者がじぃっと恨めしそうに見ていた。
最近は魔力のコントロールもうまくなって来たから聴力を強化して話を聞いていたのかもしれない。
だけど事実だからな。
ッエッチ少年は十七歳にしては背が高く、しっかりとした体格をしている。顔立ちは彫りの深い美男子で、既に少女たちの数人は彼を気にしているような態度を見せていた。
絶対将来タラシになるタイプだ。
その上真面目で頭がいいと来れば、勇者も比較されると苦しいところだろう。
さて、乗り物で移動出来なかった俺たちだが、徒歩で次の街に移動するという方法は少々苦しいものがあった。
一番の理由としては小さな子どもが多いことだ。
とにかく一度ゆっくり休ませないと、絶対に持たないのは間違いない。
そのため今俺たちはこの里の取りまとめであるという名主の家に向かっていた。
ぞろぞろ大人数で移動する姿は目立ちまくっていたが、ウルスの作った設定は意外なほど受け入れられたようで、武術家なら少々おかしなことをしても仕方ないという感じの対応をされている。
東方の武術家っていったい……。
「おお、でかい屋敷だな」
どこでもそうだが、土地の取りまとめをしている人間の住居はでかい。
金持ちということもあるのだろうが、何かあったときに集会を開く必要があるという事情もある。
家に里の主だった人間全員を集めても大丈夫な広さが必要なのだ。
「ごめんください!」
ウルスが玄関にある鈴のようなものを振ると、カラカラと優しい音が響いた。
「はーい」
屋敷のなかから女性の声が答える。
大きな家なのに客に女性が対応するのか、少し不用心じゃないか? などと思いながら、俺はウルスの後ろで大人しくことの成り行きを見守ったのだった。
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