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第五章 破滅を招くもの
357 森を行く旅人たち
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「しかし水棲人というのは不思議な人種だったな。こっちで初めて見たが。もちろん森人や大地人や山岳の民と親しんでいた訳じゃないからほかの種族により詳しい訳でもないが」
本来なら少し歩くだけで体力のほとんどを持って行かれる森歩きなのだが、メルリルのおかげで楽をさせてもらっている。
その楽の分、勇者の口も動くようだ。
「西にはほとんどいないからな」
勇者が話題にしている水棲人は、隠れ里の水源担当の役割を担っていた。
青みがかったテカリのある肌をしているが、テカリは汗ではなくて粘液のようなものらしい。
それだけに乾燥に弱く、一日に一度も水浴びをしないと病気になるのだそうだ。
あの里では森人の次に少ない人種で、しかも子どもは一人もいなかった。
豊かな水場じゃないと子育てが出来ないのだそうだ。
水棲人は水を引き寄せる力を持つので、東国では井戸掘り奴隷として使われていたらしい。
西には大きな水場が少なく、水棲人の集落がない。
そのため、俺もここで初めて出会った種族だった。
「聞いてみたら海はそれほど得意じゃないらしい。同じ水なんだが、海に長時間入っていると病気になってしまうと言っていたな。なかなか苦労しているようだった」
「いろいろ話をしたんだな」
「子どもたちがあちこち連れ回してくれたから、いろんな人と話をすることになったんだ」
勇者はややげっそりとした風に言った。
そう言えば宴の翌日から例の山岳の民の兄妹に引っ張り回されていたようだ。
「気に入られたんだな」
「逆だ。気に入らないから勝負しろとか。今までどんなことをして来たんだとか、しつこく言って来て大変だったんだぞ」
口を尖らせて言うが、なんとなく楽しげだ。
友達が少なそうな勇者にとってはいい経験だったのだろう。
付きまとわれる勇者を想像していたら、ふと思い出した。
「そう言えばクルスにはうちの師匠が迷惑をかけていたようですまないな」
「え? いえ、勉強になりましたよ。私はダスター殿とは逆だと言われました」
「そりゃあそうだろ」
剣の才能が全くないと言われた俺と、あらゆる剣技、武術を修めた聖騎士では真逆もいいところだ。
「才走りすぎると叱られました」
「なんで才能があるのに叱られるんだ。才能があってそれを正しく伸ばしてるんだから文句を言われる筋合いはないだろう」
「寄り道をしない才能は粘りがないとのことです」
「ああ言えばこう言うみたいな。それで結局やりあったのか? 誰の話にも出て来なかったからしつこい師匠から逃げ切ったんだと思ってたんだが」
「立ち会いはしませんでしたが、不意打ちをされましてね。それを弾いたら『その腕で弾くな臆病者』と」
「……うちの師匠が申し訳ない」
「いえ、勉強になりました」
聖騎士は楽しげだが、師匠も無茶苦茶するな。
師匠の剣はいわば我流だ。
一方で聖騎士の剣は何代も続いた剣術や武術の正式な教えのなかで磨かれている。
師匠は確かに強いが、聖騎士の強さには到底及ばないはずだ。
一人では到達出来ない場所に聖騎士は立っているのだから。
「さすがはダスター殿のお師匠さまです。私もまだまだ未熟だと思い知りましたよ」
「謙虚すぎるだろ」
俺よりも十近く年下なのに聖騎士はときに俺よりも大人びたところを見せる。
武人というものはそういうものなのかもしれないな。
「ほんと、面白い人だったよ」
モンクが笑いながら言った。
ああ、そう言えば、聖騎士よりも遥かに絡まれていたのがモンクだった。
絡まれているというか口説かれているというか。
矛先がメルリルに変わると困るので止めなかった負い目があるんだよなぁ。
「そう言ってくれると助かるよ。迷惑を掛けていたようだったし」
「ん~、最初はうざいと思ったけど、こっちの気分に合わせて距離を取ってくれるし、気遣いもしてくれて大人だなって感じたね。ダスター師匠も大人だけどさ、その師匠は大人の男って感じかな」
「あーうん、なるほど」
「ダスター師匠の子どもの頃の話も聞いた」
「うっ、そう、か」
師匠、マジで誰でも彼でも俺の昔の失敗話を広めるのは止めて欲しい。
「聞きたい」
すかさず勇者が口を挟む。
「ん~、折を見て教えたげるよ。今はダスターを気疲れさせたくないしね」
「優しさが染みるな」
「後で、絶対だぞ!」
「お前はもっと俺を気遣え」
モンクはなんだかんだ言ってパーティ内の人間関係の調整をしているところがある。
他人に感心がなさそうな態度を取るが、案外と面倒見がいい女の子なのだ。
配慮のカケラもない勇者とは全く違う。
「ダスター、この先に滝があるみたい。そこで休憩する?」
森の様子を巫女の力で認識しながら道案内のような役割をしていたメルリルが確認して来た。
「待ってくれ、フォルテに見て来てもらう」
メルリルの情報は精霊を介した又聞きのような感じなので、詳しいことがわからない。
そこでフォルテに直接見に行ってもらって安全確保をするのだ。
「キュッ!」
「ブフン?」
フォルテが俺の意を受けて飛び立つと、それを追うように若葉が勇者の背後から飛び出す。
若葉は最近は勇者のマントの裏辺りがお気に入りだ。
というか、若葉はいつになったら戻るんだろう? けっこうプレッシャーなんだが。
気を取り直してフォルテの視界を共有する。
メルリルが言った滝は上空からはすぐに見えた。
背の高い木々の間に白い飛沫が美しく上がり、キラキラと虹を纏っている。
周辺には小動物や鳥、虫の類が多い。
俺たちが進んでいる今の場所から行けるのは、滝の上側のやや下にある棚のようなところで、草の少ない岩盤がむき出しになっていて、休憩にはよさそうだ。
その周辺に危険な大きな動物や魔物の姿はないようだった。
落差の大きい滝の下側の滝壺から川になっている辺りが開けているので、大きな生き物は下のほうにいるのだろう。
そんな風に観察していたら、若葉が下へと凄い勢いで降りて行き、川から何かを掬い上げた。
体の半分が口のようになっている平たくて大きな魚のような何かだ。
自分の倍以上はあるソレを、若葉はぺろりとひと呑みにする。
「あー」
「師匠? 強そうな魔物がいたのか?」
「いや、大丈夫そうだ。滝の近くで一休みしよう。メルリル、植物系の魔物や昆虫系の魔物に注意してくれ」
「はい」
若葉よりも強そうな魔物がいたら、いくら勇者でも勝てないんじゃないかな。
何かした訳でもないのに精神的な疲れを感じながら、俺たちは一旦休憩を取ることにしたのだった。
本来なら少し歩くだけで体力のほとんどを持って行かれる森歩きなのだが、メルリルのおかげで楽をさせてもらっている。
その楽の分、勇者の口も動くようだ。
「西にはほとんどいないからな」
勇者が話題にしている水棲人は、隠れ里の水源担当の役割を担っていた。
青みがかったテカリのある肌をしているが、テカリは汗ではなくて粘液のようなものらしい。
それだけに乾燥に弱く、一日に一度も水浴びをしないと病気になるのだそうだ。
あの里では森人の次に少ない人種で、しかも子どもは一人もいなかった。
豊かな水場じゃないと子育てが出来ないのだそうだ。
水棲人は水を引き寄せる力を持つので、東国では井戸掘り奴隷として使われていたらしい。
西には大きな水場が少なく、水棲人の集落がない。
そのため、俺もここで初めて出会った種族だった。
「聞いてみたら海はそれほど得意じゃないらしい。同じ水なんだが、海に長時間入っていると病気になってしまうと言っていたな。なかなか苦労しているようだった」
「いろいろ話をしたんだな」
「子どもたちがあちこち連れ回してくれたから、いろんな人と話をすることになったんだ」
勇者はややげっそりとした風に言った。
そう言えば宴の翌日から例の山岳の民の兄妹に引っ張り回されていたようだ。
「気に入られたんだな」
「逆だ。気に入らないから勝負しろとか。今までどんなことをして来たんだとか、しつこく言って来て大変だったんだぞ」
口を尖らせて言うが、なんとなく楽しげだ。
友達が少なそうな勇者にとってはいい経験だったのだろう。
付きまとわれる勇者を想像していたら、ふと思い出した。
「そう言えばクルスにはうちの師匠が迷惑をかけていたようですまないな」
「え? いえ、勉強になりましたよ。私はダスター殿とは逆だと言われました」
「そりゃあそうだろ」
剣の才能が全くないと言われた俺と、あらゆる剣技、武術を修めた聖騎士では真逆もいいところだ。
「才走りすぎると叱られました」
「なんで才能があるのに叱られるんだ。才能があってそれを正しく伸ばしてるんだから文句を言われる筋合いはないだろう」
「寄り道をしない才能は粘りがないとのことです」
「ああ言えばこう言うみたいな。それで結局やりあったのか? 誰の話にも出て来なかったからしつこい師匠から逃げ切ったんだと思ってたんだが」
「立ち会いはしませんでしたが、不意打ちをされましてね。それを弾いたら『その腕で弾くな臆病者』と」
「……うちの師匠が申し訳ない」
「いえ、勉強になりました」
聖騎士は楽しげだが、師匠も無茶苦茶するな。
師匠の剣はいわば我流だ。
一方で聖騎士の剣は何代も続いた剣術や武術の正式な教えのなかで磨かれている。
師匠は確かに強いが、聖騎士の強さには到底及ばないはずだ。
一人では到達出来ない場所に聖騎士は立っているのだから。
「さすがはダスター殿のお師匠さまです。私もまだまだ未熟だと思い知りましたよ」
「謙虚すぎるだろ」
俺よりも十近く年下なのに聖騎士はときに俺よりも大人びたところを見せる。
武人というものはそういうものなのかもしれないな。
「ほんと、面白い人だったよ」
モンクが笑いながら言った。
ああ、そう言えば、聖騎士よりも遥かに絡まれていたのがモンクだった。
絡まれているというか口説かれているというか。
矛先がメルリルに変わると困るので止めなかった負い目があるんだよなぁ。
「そう言ってくれると助かるよ。迷惑を掛けていたようだったし」
「ん~、最初はうざいと思ったけど、こっちの気分に合わせて距離を取ってくれるし、気遣いもしてくれて大人だなって感じたね。ダスター師匠も大人だけどさ、その師匠は大人の男って感じかな」
「あーうん、なるほど」
「ダスター師匠の子どもの頃の話も聞いた」
「うっ、そう、か」
師匠、マジで誰でも彼でも俺の昔の失敗話を広めるのは止めて欲しい。
「聞きたい」
すかさず勇者が口を挟む。
「ん~、折を見て教えたげるよ。今はダスターを気疲れさせたくないしね」
「優しさが染みるな」
「後で、絶対だぞ!」
「お前はもっと俺を気遣え」
モンクはなんだかんだ言ってパーティ内の人間関係の調整をしているところがある。
他人に感心がなさそうな態度を取るが、案外と面倒見がいい女の子なのだ。
配慮のカケラもない勇者とは全く違う。
「ダスター、この先に滝があるみたい。そこで休憩する?」
森の様子を巫女の力で認識しながら道案内のような役割をしていたメルリルが確認して来た。
「待ってくれ、フォルテに見て来てもらう」
メルリルの情報は精霊を介した又聞きのような感じなので、詳しいことがわからない。
そこでフォルテに直接見に行ってもらって安全確保をするのだ。
「キュッ!」
「ブフン?」
フォルテが俺の意を受けて飛び立つと、それを追うように若葉が勇者の背後から飛び出す。
若葉は最近は勇者のマントの裏辺りがお気に入りだ。
というか、若葉はいつになったら戻るんだろう? けっこうプレッシャーなんだが。
気を取り直してフォルテの視界を共有する。
メルリルが言った滝は上空からはすぐに見えた。
背の高い木々の間に白い飛沫が美しく上がり、キラキラと虹を纏っている。
周辺には小動物や鳥、虫の類が多い。
俺たちが進んでいる今の場所から行けるのは、滝の上側のやや下にある棚のようなところで、草の少ない岩盤がむき出しになっていて、休憩にはよさそうだ。
その周辺に危険な大きな動物や魔物の姿はないようだった。
落差の大きい滝の下側の滝壺から川になっている辺りが開けているので、大きな生き物は下のほうにいるのだろう。
そんな風に観察していたら、若葉が下へと凄い勢いで降りて行き、川から何かを掬い上げた。
体の半分が口のようになっている平たくて大きな魚のような何かだ。
自分の倍以上はあるソレを、若葉はぺろりとひと呑みにする。
「あー」
「師匠? 強そうな魔物がいたのか?」
「いや、大丈夫そうだ。滝の近くで一休みしよう。メルリル、植物系の魔物や昆虫系の魔物に注意してくれ」
「はい」
若葉よりも強そうな魔物がいたら、いくら勇者でも勝てないんじゃないかな。
何かした訳でもないのに精神的な疲れを感じながら、俺たちは一旦休憩を取ることにしたのだった。
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