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第四章 世界の片隅で生きる者たち
282 不幸な遭遇
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翌日、俺たちはこの帝都にある教会に行くことになった。
昨夜勇者が「まずは教会側に話をつける。帝国側は後回しだ」と言ったからだ。
理由を聞くと、研究や技術のようなものは、国が権利を買い上げて門外不出としていない限り基本的には自由流通なのだが、先に許可を取りに行くと国の側に欲が出て、ストップが掛かることがあるのだそうだ。
国のやることにしてはケチくさいと思うのだが、役人というのは、少しでも金になると嗅ぎつけると、なんとか利益を手に入れようとするものらしい。
その辺は商人と同じだな。
帝都にある教会は工場地帯の反対側、つまりドラゴン研究者夫妻の家のある方向にある。
これは別に偶然とかではなく、中流に位置する帝都民の住宅が集中している地区であるため、そこに教会が建てられたというだけの話だ。
一般的に教会は高い尖塔に水晶環が輝いているのが目印なのだが、実はこの帝都、二階建てより高い建物を建ててはならないという法律があり、教会にも適用されている。
いろいろとすったもんだした挙げ句、教会の尖塔も通常のものよりは低く造られた。
ただし、その分敷地を通常より広く与えたとのことだった。
「しかし、どこを曲がっても同じ景色だな。今どこにいるかさっぱりわからんぞ」
宿から住宅地のほうへと歩いていると、勇者がわかりにくい帝都の道に文句を言い出した。
気持ちはわかる。
俺もフォルテがいなかったらお手上げだっただろう。
「こんな不便な街を造っておきながら、皇帝は自慢げだったぞ。宮殿のバルコニーから眺めながら整然と並ぶ家々が美しいだろうとか言っていた」
「家の規格がほとんど揃っているからな。上から眺めたらさぞかし整った眺めなんだろうな」
とは言え、皇帝陛下もまさか眺めをよくするためだけにこんな街を造った訳ではないだろう。
宮殿から帝都の門は一直線。道は広々としていてあの蒸気機関の車が何台も並んで走れるぐらいだ。
軍隊を動かす場合の利便性を考えているのかもしれない。
あと、流通か。
「俺が思うに高い建物を建てさせないのは皇帝の虚栄心を満足させるためだな」
俺が皇帝の深謀遠慮を考えていると、勇者がばっさりと、この街は低俗な考えの産物だとして斬って捨ててしまった。
いやいや、上下水道施設も充実しているからな。
我が国も王都はそれなりに上下水道が整備されているらしいが、地方ではまだまだ手間のいる処理をしている。
「さすがにそれはないだろう」
「甘いぞ師匠。人というのは権力を持ったら普通はそれを使いたいという誘惑に勝てないものなんだ。王は一度は必ず馬鹿げたことに権力を使う。歴史がそれを証明している」
「やめろ、何か暗澹たる気持ちになって来た」
俺がげっそりとした顔で勇者の言葉を遮ると、眉根を下げてしょんぼりとした顔になる。
「……悪かった」
そして謝った。
「別に怒った訳じゃない。それに街づくりに権力を使ったというならまぁ悪い使い方じゃないしな」
「確かにまともなほうかもしれないな」
勇者は元気を取り戻すと、大股で道の先へと進む。
その後ろ一歩半のところを付かず離れず聖騎士が続き、メルリルとモンク、聖女がひとかたまりになってあちこち眺めて感想を言いながら歩いている。
俺は全員とほぼ等距離を保ちながら道の中心近くに寄って歩いていた。
ふと、気配を感じて振り返る。
蒸気機関の車があまり広くない路地をかなりのスピードで走って来るところだった。
危ないな。
そう思ったときだ。
道の先のほうで遊んでいたらしい子どもたちが遊びに夢中になって道の真ん中に飛び出した。
タイミング的に最悪だった。
俺は間に合わないのは承知で駆け出したが、それよりも早く勇者と聖騎士が動いていた。
ゴウッ! と、すさまじい剣圧が風を巻き起こして先へと進める足を止め、ずるずると後ろに押される。
脇にいた俺がそんな状態なのだから、真正面からその剣圧を受けた車はたまったものではない。
馬車なら御者台にあたる部分、煙突がついている先頭部分がぐしゃりと潰れた。
バフン! と、何かが吹き飛ぶ音がすると、壊れた部分から炎が上がる。
「うわああ!」
仰天した車の操縦者が飛び降り、一緒に乗っていたらしい女性がひどく咳き込みながらよろめき出ようとして、車と道との段差に転げ落ちようとしていた。
俺は慌てて、それを支える。
「無礼な!」
支えたその手を何かでひどく打たれた。
見ると扇のようだ。
これはあれだな、やんごとない身分の女性だな。
下賤の者が触れたら汚れるとか思っていそうだ。
俺は慌てて下がった。
「ダスター、大丈夫?」
「ああ、俺は大丈夫だ。ッ……アルフたちは大丈夫か?」
駆け寄ったメルリルを安心させるように告げると、もうもうとした白い煙に阻まれて見えない道の先にいる勇者たちの様子を覗い見ながら声をかける。
メルリルがなぜか怒ったような顔で俺の手を両手で包んで撫でていた。
「くそっ、また煙か! この車とかいうやつは!」
勇者が車から出る煙に悪態をついているのが聞こえる。
どうやら無事のようだ。
「ダスター殿、子どもたちは無事です」
道の先から聖騎士がゆったりと歩いて来てそう告げた。
何事にも動じないその態度は場を落ち着かせてくれる。
「よかった。びっくりしてただろう」
「一人が泣き出したのですが、テスタがうまく宥めたので落ち着きました」
「そうか、よかった」
道に飛び出した子どもたちが無事だったのはわかっていたが、パニックを起こしたのではないかと心配だった。
聖騎士とモンクがなんとかしてくれたらしい。
「貴様ら! なんということをしてくれたのだ! 覚悟は出来ているんだろうな!」
とりあえずいったん場が収まったところに、車の操縦をしていた男が怒鳴り声を発した。
まぁ車がぶっ壊れたんだから怒るのはわかる。
よくよく見るとかなり上等な服装だ。
金持ちか貴族だなこれは。
面倒になりそうだ。
俺は男を見たが、その男よりもその後ろに静かに佇む女性のほうに目が行った。
かなりの美人だが、その顔が怒りに歪んでいる。
うわあ、これは面倒ごとだなぁと、他人事のように思っていたが、ふと、その女性の顔が瞬時に変わるのを目撃して驚いた。
「貴様ら、狭い道でこんな危ないものを走らせるな! 事故が起こるだろうが!」
白い煙を割いて姿を表した勇者の顔を見た途端、女性の顔から怒りが消え失せ、どこか媚びるような甘さのある顔になったのだ。
これはまずいな。
絶対にこじれると予感した。
昨夜勇者が「まずは教会側に話をつける。帝国側は後回しだ」と言ったからだ。
理由を聞くと、研究や技術のようなものは、国が権利を買い上げて門外不出としていない限り基本的には自由流通なのだが、先に許可を取りに行くと国の側に欲が出て、ストップが掛かることがあるのだそうだ。
国のやることにしてはケチくさいと思うのだが、役人というのは、少しでも金になると嗅ぎつけると、なんとか利益を手に入れようとするものらしい。
その辺は商人と同じだな。
帝都にある教会は工場地帯の反対側、つまりドラゴン研究者夫妻の家のある方向にある。
これは別に偶然とかではなく、中流に位置する帝都民の住宅が集中している地区であるため、そこに教会が建てられたというだけの話だ。
一般的に教会は高い尖塔に水晶環が輝いているのが目印なのだが、実はこの帝都、二階建てより高い建物を建ててはならないという法律があり、教会にも適用されている。
いろいろとすったもんだした挙げ句、教会の尖塔も通常のものよりは低く造られた。
ただし、その分敷地を通常より広く与えたとのことだった。
「しかし、どこを曲がっても同じ景色だな。今どこにいるかさっぱりわからんぞ」
宿から住宅地のほうへと歩いていると、勇者がわかりにくい帝都の道に文句を言い出した。
気持ちはわかる。
俺もフォルテがいなかったらお手上げだっただろう。
「こんな不便な街を造っておきながら、皇帝は自慢げだったぞ。宮殿のバルコニーから眺めながら整然と並ぶ家々が美しいだろうとか言っていた」
「家の規格がほとんど揃っているからな。上から眺めたらさぞかし整った眺めなんだろうな」
とは言え、皇帝陛下もまさか眺めをよくするためだけにこんな街を造った訳ではないだろう。
宮殿から帝都の門は一直線。道は広々としていてあの蒸気機関の車が何台も並んで走れるぐらいだ。
軍隊を動かす場合の利便性を考えているのかもしれない。
あと、流通か。
「俺が思うに高い建物を建てさせないのは皇帝の虚栄心を満足させるためだな」
俺が皇帝の深謀遠慮を考えていると、勇者がばっさりと、この街は低俗な考えの産物だとして斬って捨ててしまった。
いやいや、上下水道施設も充実しているからな。
我が国も王都はそれなりに上下水道が整備されているらしいが、地方ではまだまだ手間のいる処理をしている。
「さすがにそれはないだろう」
「甘いぞ師匠。人というのは権力を持ったら普通はそれを使いたいという誘惑に勝てないものなんだ。王は一度は必ず馬鹿げたことに権力を使う。歴史がそれを証明している」
「やめろ、何か暗澹たる気持ちになって来た」
俺がげっそりとした顔で勇者の言葉を遮ると、眉根を下げてしょんぼりとした顔になる。
「……悪かった」
そして謝った。
「別に怒った訳じゃない。それに街づくりに権力を使ったというならまぁ悪い使い方じゃないしな」
「確かにまともなほうかもしれないな」
勇者は元気を取り戻すと、大股で道の先へと進む。
その後ろ一歩半のところを付かず離れず聖騎士が続き、メルリルとモンク、聖女がひとかたまりになってあちこち眺めて感想を言いながら歩いている。
俺は全員とほぼ等距離を保ちながら道の中心近くに寄って歩いていた。
ふと、気配を感じて振り返る。
蒸気機関の車があまり広くない路地をかなりのスピードで走って来るところだった。
危ないな。
そう思ったときだ。
道の先のほうで遊んでいたらしい子どもたちが遊びに夢中になって道の真ん中に飛び出した。
タイミング的に最悪だった。
俺は間に合わないのは承知で駆け出したが、それよりも早く勇者と聖騎士が動いていた。
ゴウッ! と、すさまじい剣圧が風を巻き起こして先へと進める足を止め、ずるずると後ろに押される。
脇にいた俺がそんな状態なのだから、真正面からその剣圧を受けた車はたまったものではない。
馬車なら御者台にあたる部分、煙突がついている先頭部分がぐしゃりと潰れた。
バフン! と、何かが吹き飛ぶ音がすると、壊れた部分から炎が上がる。
「うわああ!」
仰天した車の操縦者が飛び降り、一緒に乗っていたらしい女性がひどく咳き込みながらよろめき出ようとして、車と道との段差に転げ落ちようとしていた。
俺は慌てて、それを支える。
「無礼な!」
支えたその手を何かでひどく打たれた。
見ると扇のようだ。
これはあれだな、やんごとない身分の女性だな。
下賤の者が触れたら汚れるとか思っていそうだ。
俺は慌てて下がった。
「ダスター、大丈夫?」
「ああ、俺は大丈夫だ。ッ……アルフたちは大丈夫か?」
駆け寄ったメルリルを安心させるように告げると、もうもうとした白い煙に阻まれて見えない道の先にいる勇者たちの様子を覗い見ながら声をかける。
メルリルがなぜか怒ったような顔で俺の手を両手で包んで撫でていた。
「くそっ、また煙か! この車とかいうやつは!」
勇者が車から出る煙に悪態をついているのが聞こえる。
どうやら無事のようだ。
「ダスター殿、子どもたちは無事です」
道の先から聖騎士がゆったりと歩いて来てそう告げた。
何事にも動じないその態度は場を落ち着かせてくれる。
「よかった。びっくりしてただろう」
「一人が泣き出したのですが、テスタがうまく宥めたので落ち着きました」
「そうか、よかった」
道に飛び出した子どもたちが無事だったのはわかっていたが、パニックを起こしたのではないかと心配だった。
聖騎士とモンクがなんとかしてくれたらしい。
「貴様ら! なんということをしてくれたのだ! 覚悟は出来ているんだろうな!」
とりあえずいったん場が収まったところに、車の操縦をしていた男が怒鳴り声を発した。
まぁ車がぶっ壊れたんだから怒るのはわかる。
よくよく見るとかなり上等な服装だ。
金持ちか貴族だなこれは。
面倒になりそうだ。
俺は男を見たが、その男よりもその後ろに静かに佇む女性のほうに目が行った。
かなりの美人だが、その顔が怒りに歪んでいる。
うわあ、これは面倒ごとだなぁと、他人事のように思っていたが、ふと、その女性の顔が瞬時に変わるのを目撃して驚いた。
「貴様ら、狭い道でこんな危ないものを走らせるな! 事故が起こるだろうが!」
白い煙を割いて姿を表した勇者の顔を見た途端、女性の顔から怒りが消え失せ、どこか媚びるような甘さのある顔になったのだ。
これはまずいな。
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