勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第四章 世界の片隅で生きる者たち

265 勇者と皇帝

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 勇者は苛立っていた。
 豪華な部屋は賓客を迎えるための談話室だろう。
 こういった部屋には目一杯見栄を張るのが王族の常識だ。
 それにしてもすこしやりすぎだと勇者は考える。
 あまりにも豪勢にしすぎたせいで成金の屋敷のようにすら見えた。
 この国はどうも美的センスの面で難があるように勇者には思える。
 まぁ、部屋の話はどうでもいいことだ。
 勇者の苛立ちはそのせいではない。
 勇者は彼の尊敬する師であるダスターとの約束で、早々に渡航許可証を手に入れる必要があるのだが、この皇帝陛下、のらりくらりと話を引き伸ばし、なかなか本題に入れないのだ。
 それどころかとうとう娘の話までし始めた。

(貴様の娘のことなどどうでもいい)

 勇者は苛立ったときの癖で、段々口数が減って行き、とうとう黙って皇帝の言葉にを聞いている状態になっている。
 皇帝に向ける視線が冷ややかすぎるので、仲間たちは少しハラハラしていた。
 まさかここでキレたりしないとは思う程度には勇者は仲間から信頼されていたが、同時に、嫌いな相手とは口も利きたくないというワガママを押し通してしまう率直さも理解されていたのだ。

「そうだ、実際に我が娘と会って見ぬか? 親の我が言うのもなんだが、大層美しく育ってな……」

 皇帝が軽く手を叩くと、従者が扉を開けて一人の女性を招き入れた。
 あまりにもその流れがスムーズすぎて、勇者が止める暇もなかった。
 間違いなく、最初から待機させていたのだ。
 勇者の煮詰まり具合は更に深くなった。

(こいつら殴っていいかな?)

 脳内で危険なことを考え始める。
 もともと、勇者はダスターを師とする前には、腹立たしい貴族連中を全部始末したら魔物を倒すよりも世界は平和になるのではないかと真剣に考えていた時期がある。
 よくよく考え抜いた末に、実行したら世の中は騒乱の時代になって、力なき民が一番苦しむことになると結論を出したので、実行しなかっただけだ。
 自らの立場に安穏として現実に目を向けない連中が勇者は死ぬほど嫌いだった。

 そもそも勇者が勇者として推挙されてしまったのは、実力を示しながらも、王国の勢力のどの陣営とも距離を置いていたせいでもある。
 どこかの陣営に肩入れすれば、そいつらが増長し、勝手に権威を笠に着て余計なことを始めてしまう。
 それを懸念した結果だった。
 自分の勢力が勝手に大きくなれば、それは王太子の足元を掬うものになりかねない。
 それを考えて慎重に行動していたのだ。
 だが、どこにもなびかない勇者は、権力者にとって目障りな存在となっていた。
 陥れるにしても、弱みを全く見せないため難しく、思い余って勇者などという平和な世の中に必要のない存在をでっち上げたのだ、と勇者は自分の境遇をそう理解している。
 その恨みもあって、権威を盾に他人の行動を阻害する存在には嫌悪感しか抱けないのだ。

「美しいだけではないぞ、賢くもある。普通は十年掛かる修学を五年で終わらせた俊英でもあるのだ」

(勉強が嫌で早々に投げ出しただけなんじゃないか?)

 勇者はそう疑惑を抱いたが、確かに、皇帝の娘と紹介された少女は知性あるまなざしを持っていた。
 しかし、このまなざしを勇者はよく知っている。
 自分に自信がある女が男を軽んじるときの目つきだ。
 これが男の場合は相手を見下すものになるのだが、女の場合は一味違う。
 相手を自分の思いのまま操ろうとして探るような視線になるのだ。
 そういう意味では女は男より賢いのかもしれない。

「父上さま、そのように過剰にお褒めくださるとわたくし、身の置所がなくなってしまいます。それよりも、そちらのお方があの、偉大な勇者さまなのですか? ご紹介くださらないとご挨拶も出来ませんわ」
「おおすまなかった姫や。勇者殿、これが我が自慢の姫、アニサ・ティラ・メイナス・クリスティアだ。歳は十七。勇者殿と丁度いい頃合いであろう」

 勇者は無言で会釈した。
 心のなかでは何がいい頃合いだ。歳が近ければ相性がいいとでも思っているのか? などと考えていたが。
 勇者はちらりと仲間たちを見る。
 全員が困ったような顔をしていた。
 なにしろ聖騎士クルスには妖艶な美女が、聖女とモンクには美しい少年がそれぞれ接待役として付いている。
 全員かなり辟易していることが見て取れたが、だからといって邪険にする訳にはいかない事情がある。
 彼らには渡航許可証を手に入れるという目的があるのだ。

(師匠の顔を見ることが出来ればなぁ)

 勇者は、師であるダスターの、何事にも動じない落ち着いた顔をみると、気持ちがスッとしてイライラを収めることが出来た。
 その師が今身近にいないことが勇者には辛い。
 とは言え、その師から信頼して任された仕事なのだ。
 ここで癇癪を起こして「もういい! 勝手にやる!」と飛び出す訳にもいかない。

「やはり勇者さまは、純粋でおかわいらしい聖女さまや、野性の獣のような美しさを持つモンクさまと共にいらっしゃるので、わたくしごときの容姿では物足りないのでしょうか?」

 皇女の言いように思わず素で「はぁ?」と言いかけて、勇者は自重した。

「皇帝陛下」
「おお、どうなされた、勇者殿?」
「俺たちは神より示された使命を果たさなければならない。それまでは姫君の美しさを愛でる気持ちにはならぬのだ」

 勇者は白白とそんなことを口にした。
 この身は神に利用されるためのもの。ならば逆に神を利用してもいいだろう。
 それが勇者の結論だった。

「おお。素晴らしい清きお志しです」

 皇帝は感じ入ったかのように、そう応じたが、皇女はぴくりとまぶたを動かした。
 無視されたと思ったらしい。
 実際勇者は皇女を真っ向から無視したのだ。

「そのためには、見知らぬ土地である東国にも赴きましょう。陛下、どうぞご歓待は、俺が使命を果たしたそのときにお願いいたします」
「おお……」

 皇帝はうなずいた。

「使命を果たした後に、再び訪れて頂けるのですな」
「まずは使命を果たすことだけを考えさせてください。そのためには渡航許可証がどうしても必要です」
「ご安心めされよ。勇者殿の求めるものには便宜を図るように、聖者さまからもお達しをいただいておりますゆえ。我が申し付けることですぐにでも用意出来ますぞ」
「なんと信心深き御心をお持ちであることよ。さすがはこの帝国をあまねく照らす陛下。感服いたしました」
「うむうむ」

 神の御子たる勇者に持ち上げられて、皇帝は満足気であった。
 とは言え、肝心の言質を取っていないため、少し探るように勇者に視線を送っている。
 勇者は気づかないふりをしてその視線を受け流した。
 やや苛立ちを感じさせる皇女の媚びるような視線に対しては、もはや一顧だにしない。
 言葉だけで皇帝がなかなか許可証を出そうとしないことに苛立った勇者は、更に切り込んだ。

「陛下、この使命は人類全てのためのもの。災厄はこの国にも及ぶやもしれません。一刻も早い行動を必要としています」
「それほどの大事なのか。いや、我も聖者さまの予見を疑った訳ではないのだが、もう少し猶予あるものと思っていたのでな」
「聡明なる陛下ならおわかりだと思いますが、物事が悪化してから手を打っては愚か者のそしりを受けても仕方のないことと存じます。俺は愚かでいる訳にはいきません」
「ふむ。なるほど、勇者殿は真に勇者であることよ。誰が貴殿を愚かとそしろうぞ。もし遅れをとれば人は勇者殿の足を止めた我を罵るであろう。承知いたした。早速渡航許可証をしたためさせていただこう。……誰ぞ、交易庁の長官を呼べ」
「はっ」

 ようやく皇帝が渡航許可証を発行すべく動き出した。
 勇者はため息を吐かないように注意しながら、うやうやしく頭を下げる。
 頭を下げるのは便利だなと勇者は考えた。
 嫌な連中の顔を見なくて済む。
 不快なものを全てこの世から無くしてしまいたいと思っていた自分を子どもだと、今の勇者なら思える。
 目的のために耐えることも大切だと、師が教えてくれたのだから。
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