144 / 885
第四章 世界の片隅で生きる者たち
249 歓待
しおりを挟む
その城は言うなれば異様だった。
普通、城を建てる場合には正確なサイズに切り出した石を使う。
場合によっては正確なサイズでないものを天才的な建築家が組み合わせて建ててしまう場合もあるが、ともあれ出来るだけがっしりとした石で造り上げるのが普通だ。
しかしこの城は、まるで巨大な石をくり抜いて部屋を作ったものを組み合わせたような形をしていた。
そのため通常の城という認識からすれば、城らしくない姿になっている。
ただし、その大きさと威圧感はほかの城と遜色ないものがあった。
「変わった城だな」
俺としては何気なく呟いただけだったが、どうやら出迎えの使用人に聞かれていたらしい。
「はい。お館さまは新しいものがお好きで、こちらのお屋敷も新建材なるものを東の国々から取り寄せて造らせたものなのです。我が国でもほかにはない唯一の城です」
説明する言葉はどこか誇らしげだった。
ほかにはないということが自慢なのだろう。
「それはすごいな」
確かにすごいことなので、俺も素直にそう答える。
ただ、見た目からすると、この城は美しくはなかった。
なんと言えばいいのだろう、表現しにくい形だ。
「色はなんとかならなかったのか?」
勇者がぼそりと言った。
そうだ、この城を特に異様なものにしているのはその色だろう。
普通の城は白や黒などくっきりとした色使いをしているものだが、この白はボケた灰色というか、海辺の砂のような色だ。
「この無骨さがよいのだそうです。もっともお祭りのときなどは色とりどりの布で飾られるので印象も変わりますが」
「派手なものよりはいいかもな」
勇者も別に毒舌を発揮するつもりはなかったのか、納得したようにうなずいた。
なかに入ってしまうと、外見ほど変わった造りではなかった。
基本的な屋敷の造りというものはそうは変わらないものだ。
利便性というものがあるからな。
だがその後、待機室で出た飲み物はまた独特だった。
茶色く濁った温かいスープのようなもので、少し苦味がある。
「薬湯かな?」
まさかこんなあからさまに勇者を毒殺などしないだろうが、念の為、みんなに少し待ってもらって俺が一口飲んでみた。
香りはやわらかいのだが、味は苦い、舌にざらりとした粉っぽい感触が残る。
飲んだ感じだと薬っぽいという感想だ。
もしかすると、疲れを取る薬湯を振る舞ってくれたのかもしれない。
しばし待ったが舌がしびれることもなかったので「大丈夫だろう」と言ったが、念の為、聖女には飲まないように言った。
ほかが全員倒れても、聖女が無事ならすぐに復活出来るからな。
「苦いなら飲まないから」
聖女としてもあえて飲みたいとは思わなかったらしい。
メルリルは一口飲んで眉をしかめてそれ以上口をつけようとしなかった。
テスタは「泥水みたい」と言いながらも飲んでいた。
泥水を飲んだことがあるのかと聞いてみたい。
ちなみに俺はある。
勇者と聖騎士は顔をしかめることもなく優雅な所作で飲んでみせた。
メインの客である勇者が、振る舞いの茶を飲まない訳にはいかないからだ。
「あれだな、ここの領主は新しいものを片っ端から試したいタイプの奴だ。たまにいるんだ」
勇者が何かしみじみと言った。
「そういう奴に限って他人に振る舞って感想を聞きたがるんだよな」
そういう相手との付き合いがあったのだろうか、苦々し気に言いながらも、苦くて飲みにくいその薬湯のようなものを飲み干してしまった。
「新しいもの好きか」
この街は大きな門を持つ西側との交流地であると共に、東からの交易船が入港する港町でもある。
また、大聖堂からの定期船も訪れるらしい。
言うなれば大陸全土の文化が全て集まる場所と言ってもいいだろう。
変わったものに触れている内にそれに傾倒してしまったということなのかもしれない。
「謁見の準備が整いましたが、此度は謁見の間ではなく、歓待の間にて歓談という形にしたいとのことですが、それでよろしいでしょうか?」
立派な衣装を纏った、壮年の男性が申し訳なさそうにそう尋ねた。
ん? 謁見と歓談というのは何が違うんだ? 判断するのは勇者だからまぁいいんだが。
「それはプライベートな形で記録は残さないということか?」
「はっ、いえ、会話の内容は記録させます。必要な書類の作成もすぐに行えるように書記官は待機しております」
「それならいい。ご領主殿に付き合おう」
「ありがとうございます」
使用人の男性が出ていくと、勇者が大きくため息をついた。
「どういうことだ?」
「簡単に言うと、型通りのやり取りではなく、普通に会話をしながら要求を聞くということだ。これをやられると時間がかかる。ここの領主は暇なのか?」
勇者がうんざりしたように言った。
「信心深くて新しいもの好きということなら、勇者の存在はここの領主にとってほかの予定を全て後回しにするぐらい大切ということなんじゃないか?」
「簡単に言うと、憧れの人がやってきたからいっぱいお話しをしたいということだね」
俺の言葉に被せるようにテスタが少し笑いながら言った。
ぶっちゃければそういうことだな。
「俺はおっさんなんかとながなが話したくない」
勇者はそう言ってからハッとしたように俺を見て、「師匠は別だぞ」と、言わんでいいことを付け足した。
はいはい、どうせ俺はおっさんですよ。
やがて案内された部屋にいた相手を見て、さすがに勇者が気の毒に思った。
見た目は立派な壮年の男なのだが、顔が菓子を前にした子どものようになっていたのだ。
これは長くなる。
言われなくてもそう感じたのだった。
普通、城を建てる場合には正確なサイズに切り出した石を使う。
場合によっては正確なサイズでないものを天才的な建築家が組み合わせて建ててしまう場合もあるが、ともあれ出来るだけがっしりとした石で造り上げるのが普通だ。
しかしこの城は、まるで巨大な石をくり抜いて部屋を作ったものを組み合わせたような形をしていた。
そのため通常の城という認識からすれば、城らしくない姿になっている。
ただし、その大きさと威圧感はほかの城と遜色ないものがあった。
「変わった城だな」
俺としては何気なく呟いただけだったが、どうやら出迎えの使用人に聞かれていたらしい。
「はい。お館さまは新しいものがお好きで、こちらのお屋敷も新建材なるものを東の国々から取り寄せて造らせたものなのです。我が国でもほかにはない唯一の城です」
説明する言葉はどこか誇らしげだった。
ほかにはないということが自慢なのだろう。
「それはすごいな」
確かにすごいことなので、俺も素直にそう答える。
ただ、見た目からすると、この城は美しくはなかった。
なんと言えばいいのだろう、表現しにくい形だ。
「色はなんとかならなかったのか?」
勇者がぼそりと言った。
そうだ、この城を特に異様なものにしているのはその色だろう。
普通の城は白や黒などくっきりとした色使いをしているものだが、この白はボケた灰色というか、海辺の砂のような色だ。
「この無骨さがよいのだそうです。もっともお祭りのときなどは色とりどりの布で飾られるので印象も変わりますが」
「派手なものよりはいいかもな」
勇者も別に毒舌を発揮するつもりはなかったのか、納得したようにうなずいた。
なかに入ってしまうと、外見ほど変わった造りではなかった。
基本的な屋敷の造りというものはそうは変わらないものだ。
利便性というものがあるからな。
だがその後、待機室で出た飲み物はまた独特だった。
茶色く濁った温かいスープのようなもので、少し苦味がある。
「薬湯かな?」
まさかこんなあからさまに勇者を毒殺などしないだろうが、念の為、みんなに少し待ってもらって俺が一口飲んでみた。
香りはやわらかいのだが、味は苦い、舌にざらりとした粉っぽい感触が残る。
飲んだ感じだと薬っぽいという感想だ。
もしかすると、疲れを取る薬湯を振る舞ってくれたのかもしれない。
しばし待ったが舌がしびれることもなかったので「大丈夫だろう」と言ったが、念の為、聖女には飲まないように言った。
ほかが全員倒れても、聖女が無事ならすぐに復活出来るからな。
「苦いなら飲まないから」
聖女としてもあえて飲みたいとは思わなかったらしい。
メルリルは一口飲んで眉をしかめてそれ以上口をつけようとしなかった。
テスタは「泥水みたい」と言いながらも飲んでいた。
泥水を飲んだことがあるのかと聞いてみたい。
ちなみに俺はある。
勇者と聖騎士は顔をしかめることもなく優雅な所作で飲んでみせた。
メインの客である勇者が、振る舞いの茶を飲まない訳にはいかないからだ。
「あれだな、ここの領主は新しいものを片っ端から試したいタイプの奴だ。たまにいるんだ」
勇者が何かしみじみと言った。
「そういう奴に限って他人に振る舞って感想を聞きたがるんだよな」
そういう相手との付き合いがあったのだろうか、苦々し気に言いながらも、苦くて飲みにくいその薬湯のようなものを飲み干してしまった。
「新しいもの好きか」
この街は大きな門を持つ西側との交流地であると共に、東からの交易船が入港する港町でもある。
また、大聖堂からの定期船も訪れるらしい。
言うなれば大陸全土の文化が全て集まる場所と言ってもいいだろう。
変わったものに触れている内にそれに傾倒してしまったということなのかもしれない。
「謁見の準備が整いましたが、此度は謁見の間ではなく、歓待の間にて歓談という形にしたいとのことですが、それでよろしいでしょうか?」
立派な衣装を纏った、壮年の男性が申し訳なさそうにそう尋ねた。
ん? 謁見と歓談というのは何が違うんだ? 判断するのは勇者だからまぁいいんだが。
「それはプライベートな形で記録は残さないということか?」
「はっ、いえ、会話の内容は記録させます。必要な書類の作成もすぐに行えるように書記官は待機しております」
「それならいい。ご領主殿に付き合おう」
「ありがとうございます」
使用人の男性が出ていくと、勇者が大きくため息をついた。
「どういうことだ?」
「簡単に言うと、型通りのやり取りではなく、普通に会話をしながら要求を聞くということだ。これをやられると時間がかかる。ここの領主は暇なのか?」
勇者がうんざりしたように言った。
「信心深くて新しいもの好きということなら、勇者の存在はここの領主にとってほかの予定を全て後回しにするぐらい大切ということなんじゃないか?」
「簡単に言うと、憧れの人がやってきたからいっぱいお話しをしたいということだね」
俺の言葉に被せるようにテスタが少し笑いながら言った。
ぶっちゃければそういうことだな。
「俺はおっさんなんかとながなが話したくない」
勇者はそう言ってからハッとしたように俺を見て、「師匠は別だぞ」と、言わんでいいことを付け足した。
はいはい、どうせ俺はおっさんですよ。
やがて案内された部屋にいた相手を見て、さすがに勇者が気の毒に思った。
見た目は立派な壮年の男なのだが、顔が菓子を前にした子どものようになっていたのだ。
これは長くなる。
言われなくてもそう感じたのだった。
10
お気に入りに追加
9,275
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい
増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。
目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた
3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ
いくらなんでもこれはおかしいだろ!
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。