勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第四章 世界の片隅で生きる者たち

246 領主の気遣い

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 宿の使用人らしき者が持って来た手紙を受け取ると、その使用人が板の上に紙を置いたものを差し出した。
 上等な紙だなというのがそのときの俺の正直な感想だ。

「サインをいただけますでしょうか?」
「サイン?」
「お手紙をお受け取りになられたというサインをいただく決まりになっております」
「おお、なるほど」

 なかなかしっかりしているなと思ったが、そのサインを俺の名前で書く訳にはいかないだろう。
 なにしろ勇者宛の手紙だ。
 しかし一方で勇者のサインは気軽には出来ないということも聞いている。
 勇者にサインさせるのも駄目なはずだ。

「少し待っていてくれ」
「はい」

 俺は部屋へ引き返すと、勇者に手紙を渡しながら尋ねた。

「受け取りのサインが必要らしい。誰のサインでいいんだ?」
「一番信用があるのはミュリアだな」
「なるほど」

 神に対する思いが大きい国だからこそ、聖女への信頼は厚いということだろう。

「ミュリア頼む」
「わかりました」

 紙を受け取った聖女はサラサラとサインを記した。
 きれいな文字だな。
 前に見た勇者のサインはどこか力強さが感じられるものだったが、聖女のサインは強弱がはっきりとしていて、まるで模様を描いているようで美しい。
 貴族が書く文字は、全ての文字を装飾で繋いでいるので独特なものがある。
 俺なんかの文字がやっと書ける平民の場合は、一文字一文字をゴロッと区切って書くので無骨に見えるのだ。

「はい」
「渡して来る」

 俺は聖女のサインを受け取ると、懐から大銅貨を取り出してそのサインの上に置いて相手に渡した。
 相手は表情をあまり変えなかったが、雰囲気でわかる。手間賃がやや少なかったようだ。
 普通の宿なら銅貨が五枚もあれば喜ぶものを、さすが高級宿は違うな。

「明日の午前中に屋敷に来てくれとのことだ」

 さっそく手紙を開封した勇者が内容を読み上げる。

「そうか。ここの領主はなかなか話が早いな。普通の貴族なら都合がつくまでに季節が変わることもあるのに」

 俺がそう言うと、勇者が不思議そうに俺を見て、ああと、納得したようにうなずいた。

「そうか師匠は冒険者だったな。普通勇者相手でそんなに待たせることはしないぞ。いかに自分の時間を相手に対して使うかで、相手をどれだけ大切に思っているかを表現するのが貴族というものだからな」
「なるほど。そういうものか」

 まぁ貴族が冒険者ごときに時間を使えないというのは当然の話だな。
 それにしてもこの国の勇者に対する扱いは下にも置かないというか、丁寧だな。
 元はといえば国交のない国の貴族なのだが、神の御子となった以上は関係ないということか。

「師匠飯は?」

 そんなことを考えていると、やわらかい椅子に転がって体を伸ばしていた勇者が催促して来た。

「お前さっき菓子を美味い美味いと言いながら食ってたじゃないか。もうしばらく時間を置け」
「え? 菓子は菓子だろ。いくら美味くても腹にはたまらん」

 俺は呆れながらもほかの連中を見回した。
 みんな少し苦笑しながらもうなずいている。
 お前ら少し勇者に甘すぎないか?
 仕方がないのでさっさと夕食を作ることにした。
 その後出したトカゲの煮込み料理は好評で、かなりの量があったのだが、きれいになくなったのだった。

 翌日、宿の庭を借りて鍛錬をしていると、宿に一台の蒸気機関の車が入って来た。
 大きい。
 王族がパレードに使うような馬車は六頭立て以上のものだが、そのぐらいの大きさがあった。
 装飾もすごい。
 白地に金の装飾が施されていて、ところどころに青い象嵌が入っている。
 煙突もかなり大きめで、モクモクと煙を吐き出していた。

「ちっ、煙いのが来た」

 どうも勇者は蒸気機関がすっかり嫌いになったらしい。
 煙突から出る煙を見るたびに眉をしかめている。
 俺はどちらかというと興味深いという気持ちのほうが強いかな。
 どうやって動いているのか実際に間近で見てみたいものだ。
 しばらく見ていると、玄関から宿の使用人がこちらにやって来るのが見えた。
 ん? まさか。

「勇者さま方にお客さまでございます」

 やっぱりそうだった。

「早すぎないか?」
「申し訳ありません。私共には詳細はわかりかねます。もしよろしければいらしているお使いの方に聞いてまいりましょうか?」
「いや、二度手間になる。俺が直接聞いて来よう」
「ありがとうございます」

 宿の使用人について行くと、蒸気機関の車の横に立派な仕立ての服を来た若い男性が直立している。
 この人かな?

「失礼します。勇者さまにお客さまと伺ったのですが、もしかして」
「失礼ですが、あなたさまは?」
「申し遅れました。勇者さまの従者です」
「おお、早朝にお伺いしてしまい申し訳ありません。我が主より、勇者さまがたは旅の途上ゆえ、余計な荷物はお持ちではないであろうと、訪問用の衣装などを御用達せよとの命を受けまして。何分時間のないことゆえ、失礼を押してこのような時間に伺った次第で」
「おお、お気遣い感謝いたします」
「それと、私共の兵たちがその、気が利かぬ者ばかりで、お恥ずかしい限りですが、こちらの宿のお代も私共で持たせていただけたらと思っております。差し出がましいお願いでございますが、主は敬虔な神のしもべとしての努めを果たしたいと」
「助かります」

 これは助かったな。
 ここのご領主さま、敬虔な神のしもべというのは本当なのだろう。
 そして今回の対応のだいたいの流れも読める。
 兵士がとりあえず勇者の格に合う宿に案内して、報告を受けた領主がすぐに会いたいと言い、時間を考えて翌日にする。
 少し頭が冷えて、勇者たちが旅していてものがないことに気づき、同時に宿をどうしたのか気になって兵士に問い合わせたという感じだろう。
 悪人ではなさそうだが、どうもそのときの思いつきと感情で動いている節がある。
 要注意だな。
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