勇者パーティから追い出されたと思ったら、土下座で泣きながら謝ってきた!

蒼衣翼

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第三章 神と魔と

223 大聖堂の主

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 人が跡形もなく滅びるということがあるのだと俺は初めて思い知った。
 通常人の死にはなんらかの痕跡が残るものだ。
 肉体が残らなくても血痕が、血痕が残らなくても戦いの痕が、最期のときを刻むように残されるものだと思っていた。
 しかし、こんな消え方もあるのだ。
 何を言っていいかわからない。いや、俺が何かを言うべきではないだろう。
 ここで言葉を発していいのは、導師と共にときを過ごした者だけだ。
 見れば壁際にいた神殿騎士たちが涙を流し膝を突いていた。

「導師フォーセット・インティト・ハスハは、孤児出身でした。よく学び、教手となり、教主試験を抜きん出た成績で通過し、教主となり、全ての教主からの推薦を受けて導師となりました。誰よりも努力をした彼は、いつしか、結果を出せない者を努力をしない卑しい者と蔑むようになってしまった。彼に道を指し示すことが出来ず、この身の不徳を痛感します」
「自分の道は自分で選ぶ。そいつだってそう思ったからあんたに逆らったんだろ」

 聖者をあんた扱いしたのは誰あろう勇者さまだ。
 あ、周囲の神殿騎士が睨んでる。
 ついでに橋を守っていた聖騎士さまも睨んでるぞ。

「そうですね。人はみな己の魂に従って生きる。自らの責任は自らにしか取れない。そうおっしゃってくださるのでしょう? 御子は本当におやさしい」
「やめろバカバカしい。俺は誰にだってやさしくなどしない。手を伸ばせば助けてもらえると思うようになったら人間はおしまいだ」

 到底勇者の言葉には思えないな。
 助けを求める人の助けになるのが勇者の役割だと言うのに、悪びれずにその手を跳ね除ける。
 とんでもなく厳しい勇者だ。

「それこそが真のやさしさだと私は思いますよ。……それにしても勇者、あなたは変わりましたね。何か、行手を覆っていた霧が晴れたような顔をしていますよ。よかった。ずっとあなたのことが気がかりでした。親が心配などせずとも、子は自ら立ち上がるということですね」
「チッ」

 勇者は舌打ちをすると、相手にするのもバカらしいという態度で顔を反らした。
 少し顔が赤いのは気のせいかな?

「聖女ミュリア。あなたには多くを背負わせてしまってごめんなさい。でも、神はあなたを選びました。あなたの照らす先に、私たちの辿り着く場所があるでしょう。よろしくお願いしますね」

 聖者は聖女に向かってぺこりと頭を下げた。
 聖女はびっくりしたように目をまん丸くして固まっている。それをそのままに聖者は今度はテスタに向き直った。

「……テスタ。あなたには本当に申し訳ないことばかりです」
「いいんだ。聖者さまが謝ることじゃないからさ。それにここには育ててもらった恩がある。飢えない生活が出来るって凄いことなんだよ。だからわたしは恨んじゃいないさ。自分勝手で反省しない連中は嫌いだけどね」

 テスタも大概言葉遣いがぞんざいだなぁ。いいのか、あれ。
 勇者のときは殴りかかる寸前という様子だった大聖堂の聖騎士さまだが、テスタには特に思うところはないようだ。
 礼儀とかはそう気にしないのかな。
 ああ、テスタが言ったように、家族という認識なら、多少言葉が悪くてもそこに愛情があればいいということなのだろうか。

「あなたの魂は誰にも曇らせることは出来ないのですね。その気質は誇るべきことです。……あなたに酷いことをした者は、今は因果が巡って見習いからやり直しとなっています。誰もが自分の成したことの結果からは逃げられないのです」
「そっか、そうだね。人は自分のやったことの結果からは逃げられない。確かにそうかもしれない。今日、そのことを感じたよ。……あのさ、聖者さま」
「はい?」
「さっきの死者送りの言葉にさ、再びの生ってあったよね。自分から死んだ人間も、新しい生を授かれるのかな?」
「ときに、傷ついた魂が次の生を拒むこともあります。ですが、冬が終わり、季節が巡るように、痛みを癒やした魂は巡りのときへと戻ります」
「そっか。ありがとう、聖者さま」
「いいえ。私のほうこそ、あなたに学ばせていただいています」

 テスタは聖者との問答で何かを吹っ切ったようだ。
 すっきりとした顔で笑顔を見せた。
 大聖堂に来ていろいろあったが、少なくともテスタにとっては実りある訪問になったようだ。

「聖騎士ロジクルス・フェイバーズさま」

 聖者の言葉に周囲が息を呑む。
 この瞬間に、クルスは聖騎士として大聖堂に認められたことになるのだろう。
 しかし、クルスは勇者に聖騎士に叙されたときからずっと聖騎士だったのだ。いまさらほかの誰かに認められる必要もない。
 とは言え、対外的には大聖堂に認められた事実は大事なことだ。

「は、聖者さま」

 聖騎士クルスは騎士の礼を取る。膝を突かないのは自らの主は別にいるという主張だろうか?

「勇者と、聖女をこれまでお守りくださってありがとうございます。これからもお願い出来ますか?」
「誰に言われずとも」
「ありがとうございます」

 ある意味挑戦的とも取れる聖騎士クルスの返答だが、聖者はにっこりと笑って礼を言った。
 なるほど教会は大きな一つの家族であり、聖者が全ての信者の親であると考えれば、それぞれの関係性が極めてシンプルに理解出来る。
 今、彼女は、子どもの一人を失いつつも、旅を続ける子どもたちを心配する親なのだろう。
 その、聖者の真っ白な目がこちらに向いた。
 え? 俺たちにも何かあるんですか? 出来れば放っておいて欲しいんだがなぁ。
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