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第三章 神と魔と
222 祈り
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突然現れた女性が聖者と言われて、俺は対応に迷った。
いっそこの場で平伏してしまったほうが問題が生じないので楽なのだが、ほかの連中が突っ立っているので、俺一人が平伏すると目立ってしまう。それで動くのをためらったのだ。
と、壁際の騎士たちが一斉に膝をつく。
よし、今だ! 俺はすかさず身を伏せた。隣で慌てたようにメルリルが俺に倣うのが見えた。
「礼など必要ありません。私はただ神の声を聞くだけの者。皆、お立ちなさい」
くっ、そう言われて立たない訳にはいかない。
俺はうっかり無礼を働かないように用心しながら、メルリルをかばうようにゆっくりと立ち上がる。
視線を向けると、聖者の後ろにあの橋を守っていた聖騎士と、俺たちの世話役だったノルフェイデさんがいた。
もしかしてこの二人が聖者を連れて来たのだろうか?
「フォーセット、私はあなたが目覚めるときをずっと待っていました。人一倍努力をして誰よりも高みに辿り着いたあなただからこそ、いつか必ず、多くの人に恵みを与える心の豊かさを学ぶであろうと、そう思って」
聖者の声は、遠く近く、とらえどころのない不確かさを持っている。と、同時に、胸の奥に直接刻みつけられるような、印象強い力もあった。一言一句たりとも忘れるということが出来ない。そんな声だ。
「でも結局、あなたの重ねた過ちが、あなたの元に因果を運んだ。これは私の咎でもあります。長く、あなたに目覚める機会を与えることのなかった私の責任。だから、此度はあなたに機会を与えましょう。今からあなたの紋章を一時的に預かります。着の身着のまま、ただ人々の慈悲によってのみ命を繋ぐ放浪の旅を行いなさい。まずは三年。そのときに私の問いに答えることが出来たなら、再び導師として紋章を得て務めを果たしなさい」
聖者はやさしく、しかし厳しく、揺らぎのない言葉を導師に突きつける。
今まで自信に満ちあふれていた導師は、その言葉に、まるで雷に打たれて倒れる大木のようにくずおれた。
「紋章を、失う?」
「そうです」
導師の独り言のような呟きに、聖者が答える。
「だめだ、……だめだ! それはだめだ! それだけは!」
導師は狂ったように叫び出すと、紋章に魔力を宿した。
俺はいざというときに対処出来るように体内魔力を練り上げる。
勇者が緊張しながら両手の紋章を輝かせるのが見えた。
だが、導師が狙ったのは俺たちではなかった。
「滅びの時よ! 我が敵の元へ!」
なんと、導師の魔法は聖者に向かって放たれたのだ。
その場の全員の驚愕と同時に、冷涼な声が響く。
「神前の盾よ!」
いつの間にか聖者の前にいた聖騎士が光で形作られた盾を魔法で編み上げた。
その盾と、導師の魔法がぶつかり、そして、跳ね返す。
「があっ!」
導師の体が弾かれたように跳ねた。
そして、何がなんだか全くわからないが、人の形を保てなくなった体が、バラバラの欠片のように少しずつ消えて行く。
誰も何も言えずに見守っていると、驚くべきことが起きた。
「フォーセット、なぜこんな愚かなことを。あなたは私がそのような力で滅びないと知っているはず」
本気で驚愕した。
今まで部屋の入口にいたはずの聖者さまが、瞬きも出来ないほどの一瞬で、導師の傍に移動していたのだ。
「わ、わたしは、長い研鑽の末に、……頂点を、極めた。それを……奪われるのだけは、我慢、出来な……」
導師の体がサラサラと崩れ果てた。
これって、導師の放った魔法のせいなのか?
冗談じゃないぞ、とんでもない魔法だ。
俺や今の勇者がどうこう出来るような威力じゃない。
本気の魔法合戦に突入しなくてよかったと言うべきか。
それにしても、むちゃくちゃな男だった。
自分の罪を償うことを拒否して一か八か大聖堂の主たる聖者を倒そうとするとは。
たとえその目的を果たしたとしても、大聖堂は荒れただろう。
そのときは、やはり力で押さえつけるつもりだったのか?
いや、あのすさまじい魔法でも自分は倒せないと言った聖者の言葉を信じるなら、この男は最初から死ぬ気で聖者に敵対したのかもしれない。
今となっては誰にもわからないことだが。
聖者は、導師であった男の死を悼むようにしばし沈黙し瞑目した。
「神の御許へ、正しき巡りにて再びの生を授かりますように。……次は間違えないように、光があなたを導きますように」
あの不思議な声が祈りを紡ぐ。
愚かな男だったかもしれないが、こんな祈りを捧げてもらえるのなら、きっと悪い人生じゃなかったのだろう。
そんなふうに思えた。
いっそこの場で平伏してしまったほうが問題が生じないので楽なのだが、ほかの連中が突っ立っているので、俺一人が平伏すると目立ってしまう。それで動くのをためらったのだ。
と、壁際の騎士たちが一斉に膝をつく。
よし、今だ! 俺はすかさず身を伏せた。隣で慌てたようにメルリルが俺に倣うのが見えた。
「礼など必要ありません。私はただ神の声を聞くだけの者。皆、お立ちなさい」
くっ、そう言われて立たない訳にはいかない。
俺はうっかり無礼を働かないように用心しながら、メルリルをかばうようにゆっくりと立ち上がる。
視線を向けると、聖者の後ろにあの橋を守っていた聖騎士と、俺たちの世話役だったノルフェイデさんがいた。
もしかしてこの二人が聖者を連れて来たのだろうか?
「フォーセット、私はあなたが目覚めるときをずっと待っていました。人一倍努力をして誰よりも高みに辿り着いたあなただからこそ、いつか必ず、多くの人に恵みを与える心の豊かさを学ぶであろうと、そう思って」
聖者の声は、遠く近く、とらえどころのない不確かさを持っている。と、同時に、胸の奥に直接刻みつけられるような、印象強い力もあった。一言一句たりとも忘れるということが出来ない。そんな声だ。
「でも結局、あなたの重ねた過ちが、あなたの元に因果を運んだ。これは私の咎でもあります。長く、あなたに目覚める機会を与えることのなかった私の責任。だから、此度はあなたに機会を与えましょう。今からあなたの紋章を一時的に預かります。着の身着のまま、ただ人々の慈悲によってのみ命を繋ぐ放浪の旅を行いなさい。まずは三年。そのときに私の問いに答えることが出来たなら、再び導師として紋章を得て務めを果たしなさい」
聖者はやさしく、しかし厳しく、揺らぎのない言葉を導師に突きつける。
今まで自信に満ちあふれていた導師は、その言葉に、まるで雷に打たれて倒れる大木のようにくずおれた。
「紋章を、失う?」
「そうです」
導師の独り言のような呟きに、聖者が答える。
「だめだ、……だめだ! それはだめだ! それだけは!」
導師は狂ったように叫び出すと、紋章に魔力を宿した。
俺はいざというときに対処出来るように体内魔力を練り上げる。
勇者が緊張しながら両手の紋章を輝かせるのが見えた。
だが、導師が狙ったのは俺たちではなかった。
「滅びの時よ! 我が敵の元へ!」
なんと、導師の魔法は聖者に向かって放たれたのだ。
その場の全員の驚愕と同時に、冷涼な声が響く。
「神前の盾よ!」
いつの間にか聖者の前にいた聖騎士が光で形作られた盾を魔法で編み上げた。
その盾と、導師の魔法がぶつかり、そして、跳ね返す。
「があっ!」
導師の体が弾かれたように跳ねた。
そして、何がなんだか全くわからないが、人の形を保てなくなった体が、バラバラの欠片のように少しずつ消えて行く。
誰も何も言えずに見守っていると、驚くべきことが起きた。
「フォーセット、なぜこんな愚かなことを。あなたは私がそのような力で滅びないと知っているはず」
本気で驚愕した。
今まで部屋の入口にいたはずの聖者さまが、瞬きも出来ないほどの一瞬で、導師の傍に移動していたのだ。
「わ、わたしは、長い研鑽の末に、……頂点を、極めた。それを……奪われるのだけは、我慢、出来な……」
導師の体がサラサラと崩れ果てた。
これって、導師の放った魔法のせいなのか?
冗談じゃないぞ、とんでもない魔法だ。
俺や今の勇者がどうこう出来るような威力じゃない。
本気の魔法合戦に突入しなくてよかったと言うべきか。
それにしても、むちゃくちゃな男だった。
自分の罪を償うことを拒否して一か八か大聖堂の主たる聖者を倒そうとするとは。
たとえその目的を果たしたとしても、大聖堂は荒れただろう。
そのときは、やはり力で押さえつけるつもりだったのか?
いや、あのすさまじい魔法でも自分は倒せないと言った聖者の言葉を信じるなら、この男は最初から死ぬ気で聖者に敵対したのかもしれない。
今となっては誰にもわからないことだが。
聖者は、導師であった男の死を悼むようにしばし沈黙し瞑目した。
「神の御許へ、正しき巡りにて再びの生を授かりますように。……次は間違えないように、光があなたを導きますように」
あの不思議な声が祈りを紡ぐ。
愚かな男だったかもしれないが、こんな祈りを捧げてもらえるのなら、きっと悪い人生じゃなかったのだろう。
そんなふうに思えた。
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