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5章 第3部 白神コンシェルンの秘密

215話 白神ゆき

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 レイジとゆきはエデンの巫女のをあとにし、現実へ。そして気分転換に外の空気を吸いたいというゆきに付き添い、十六夜いざよい市の海沿いの広場に来ていた。
 すでに夕暮れであり、海がオレンジ色の光をキラキラと反射している。さらに波の音が響き渡り、心地よい潮風が吹き抜けていた。現在二人して海に面した道の手すりにもたれかかり、遠くをながめている状況だ。

「――はぁ……、まさかエデンがあんなことになってたなんてぇ……」

 ふとゆきが大きなため息をつく。

「あれはさすがにやばいよな」
「ヤバいどころじゃないよぉ。中枢ちゅうすうがあれじゃ、いつ致命的なバグが起きてもおかしくない状況だぁ。次期当主の話だけでももういっぱいいっぱいなのに、そこにエデンの問題までぇ……。あぁ、すごく気が重い……」

 手すりの方に顔を乗せ、ぐったりするゆき。

「ははは、完全にどんよりムードだな」
「だって次期当主の件はまだ徹底抗戦できるけど、エデンの件はそうはいってられないだろぉ。早くなんとかしないとぉ。でもそこに首を突っ込むと、次期当主の件が関わってきそうだしさぁ」
「たしかに保守派側はなにかしでかそうとしてるみたいだし、この状況で好き勝手させるわけにはいかないよな」
「エデンを放っておくことは絶対できないから、最終手段の完全にバックれる作戦は使えない。結果、次期当主の件に関しては逃げられない、八方塞がり状態。泣きたくなってくるよぉ……」
「よしよし。でもえらいな。死活問題の次期当主の件にぶつかることになろうとも、エデンの方を優先するなんてさ」

 そんな落ち込む彼女の頭を、やさしくなでてあげる。
 ちなみにゆきはされるがまま。いつもなら子ども扱いしやがってと怒ってくるが、こういう気分が沈んでいるときなどはわりとすんなり受け入れるのであった。

「だってゆきにとってエデンは特別だから。居場所というか、本当に生きている世界というか。もう現実でいるよりもエデンにいる方が、ずっと多いぐらいだし」

 ゆきは水平線をながめながら、感慨深そうに告白する。

「そんなになのか?」
「ふっふーん、ゆきのこれまではすごいよぉ。なんたって物心ついた時から、エデンに入り浸っていたからねぇ」

 ゆきは両腰に手を当て、つつましいむねを張りながら豪語を。

「物心ついたときって……」
「それもこれも白神家前当主であるおばあさまに、初めてクリフォトエリアへ連れていってもらったときだぁ。あそこなら武器だったり、要塞ようさいだったりなんでも作れる。さらに改ざんを使えば、できることなんて山ほどあったし。そのことを知って、どれだけ心を奪われたことかぁ。まるで魔法使いにでもなったように、はしゃぎっぱなしだったなぁ。それでどんどんのめり込んでいってさぁ。気づけば家でずっと引きこもって、ほぼ一日中クリフォトエリアに入り浸っていたよぉ!」

 当時の気持ちを思い返しているのか、ぴょんぴょん飛び跳ねながら熱くかたるゆき。

「なんたってほかの子と遊ぶより、一人で改ざんとかをきわめていたほうがずっと楽しかったからねぇ。もう学園とか完全にそっちのけで、電子のみちびき手ライフを満喫してたよぉ」
「オレも人のことは言えないが、学園とか通ってなかったのかよ」
「当たり前だぁ。そんなヒマあったら、少しでも電子の導き手としてのウデを上げるって話だもん」
「じゃあ、勉学の方は?」
「全部通信教材で済ませたよぉ。ゆきは頭がいいから、あんなのちょちょいのちょい! 速攻で義務教育分をおわらせ、電子の導き手の道をひた走ってたねぇ!」

 ゆきは胸をトンっとたたきドヤ顔を。
 ちなみに勉学に関してレイジは、狩猟兵団レイヴンのメンバーに軽く教わっていたという。

「まぁ、そういうわけだから、ゆきにとってエデンはかけがえのない場所なのぉ。もう愛して止まない世界」

 ゆきは両腕を天高く伸ばし、空を見上げながら万感の思いをつむぐ。

「それにゆづきやかのんみたいな友達もできたし、なによりくおんと出会えたしねぇ」

 そしてテレくさそうにうつむきながら、レイジの上着をぎゅっとつかんでくるゆき。

「ゆき」

 あまりのほほえましさに、気づけばゆきの頭をまたなでてしまっていた。

「って、なに頭をなでてるんだぁ!?」

 すると今回は頭をガードしながら、抗議してくるゆき。

「いや、つい」
「これがクリフォトエリアなら、今ごろ串刺しの刑だぞぉ!」
「ははは、わるい、わるい。にしてもオレたちもオレたちで、だいぶ仲良くなったよな。実際、ゲートの鍵をたくされるほど信頼されてるし」

 両腕を上げぷんすか怒りをあらわにしているゆきを横目に、今の彼女との関係に対してふと感慨深くなってしまう。

「出会ったころは淡々と命令やら依頼してくるだけの、ビジネス関係だったのにさ」

 一年前だとこんなフレンドリーに接してくることはなかった。どちらかというと常にむすっとしており、業務的で塩対応が多かったのである。

「それはくおんが毎度毎度かまってきたからだろぉ。こっちが作業で忙しいにもかかわらず、なんども話しかけてきてさぁ」

 ゆきはレイジに指を突き付け、ジト目を向けてくる。

「そういえばゆき関係の仕事中、ちょくちょく話し相手になってもらってたっけ」
「そうだぁ、そうだぁ。なんでゆきがくおんの話し相手を、しないといけなかったんだよぉ」
「いや、だってゆき関連って、どれも待機時間が多くてヒマだったからさ」
「もしかしてそんな理由で話しかけてきてたのかぁ!?」
「ははは、まあまあ、おかげで仲良くなれただろ? それにゆきの方だって次第に言葉数が増えてきて、楽しそうだったし」

 目を丸くするゆきの肩にポンポン手を置きながら、笑いかける。

「ふ、ふん、それは気軽に話せる相手とかいなかったから、つい新鮮で」

 すると顔を赤くし、そっぽを向くゆき。

「でもそれだと那由多なゆたとかもけっこう話しかけてなかったか?」
「なゆたは馴れ馴れしすぎるというか、グイグイ来すぎだもん。あとあまりに強すぎて、太刀打ちできないしー。そういうわけだからくおんぐらいの距離感が、ちょうどよかったのぉ」
「ははは、なるほど」
「それにくおんはゆきのこと、いっぱい気にかけてくれたからぁ」

 ゆきはちらちらと視線をむけながら、レイジの上着を再びぎゅっとつかんできた。

「気にかける?」
「昔はデータの管理とかは、全部ゆき一人でやってただろぉ。そんなゆきに手伝いを申しでてくれたよねぇ」
「ただでさえ電子の導き手の仕事で、忙しそうだったからな。そこにデータの管理まで一人でやってたら、大変どころの話じゃないだろ。さすがに見過ごせなかったんだよ」
「あれ実はすごく助かってたんだぁ。だんだん仕事も増えて、手が回らなくなってきてたころ合いでねぇ。でも本当に信頼できる人がいなくて、なかなか任せることもできなかったしさぁ」
「ははは、助かってたならよかったよ。でもそこからどんどん手伝う内容が増えていったのは、予想外だったけどな」

 このことについては肩をすくめながら、笑うしかない。
 始めはまだ警戒してか全部は任されず、軽い仕事ばかりであった。しかし次第に信頼されていき、その量も次第に増えていくことに。さらには断ろうとしても、アイギス側に依頼して逃げれなくしてきたり。今思うとあの選択は間違いだったかもしれないと、少し感じるレイジなのであった。

「ふっふーん、人を使う楽さを覚えちゃったからねぇ。あと、それだけ信頼されてたってことだから、光栄に思うといいよぉ! だからかまってくれたり、いろいろ気にかけてくれるくおんは、ゆきの中だとすごく特別な立ち位置にいるのぉ。一番信頼してるといっても過言じゃないぐらいにー」

 ゆきはレイジに抱き着き、上着へ顔をうづめてくる。

「だからかえでねえさんのきょういちさん。そうまにいさんのぶりじっとさんみたいな感じに、直属の付き人にしてあげてもいいよぉ。くおんこそゆきの隣にいるのがふさわしいからぁ」

 そしてゆきはさらにぎゅっと抱き着き、いとおしげに告げてきた。

「――ゆき……」
「っ!? てぃ!」
「ぐふっ、おい、ゆき、なにを……」

 次の瞬間、レイジの腹部に強い衝撃が走った。
 なにが起こったかというと、どうやらゆきが頭突きをしてきたらしい。

「なんでもないもん! 今のはなしだからぁ! そう、ちょっとした気の迷い! 全然そんなこと思ってないからねぇ!」

 ゆきは両腕をブンブン振りながら、必死にうったえてくる。そしてきびすを返し、歩いて行ってしまった。

「なんなんだ、急に? って、おいていくなって」

 こうして腹部をさすりながらも、ゆきを追いかけるレイジなのであった。


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