偽装没落貴族の令嬢は、密偵王太子に溺愛される

保志見祐花

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愚かな私に教えてください、男爵候補さま

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「……お前のような小娘でも、ワタシの婚約者としてふさわしい衣装を身につければ、それなりに見えるものだな」
「ありがとうございます。ご指導いただける機会をいただき、光栄に存じます」

 
 与えてドレスに身を包んだサリアは控えめな笑みを浮かべている。彼女が持ち込んだ一張羅のドレスは見るに堪えない装飾であったが、用意してやったのは絢爛豪華なもの。

 これを与えてやったのだ。
 さぞ自分に夢中になり、感謝するだろう。
 サリアの声には一切の感情も籠っていなかったが、それは照れているのだ。


 ……ふ! 奥ゆかしいやつめ。
 
 尊大な自尊心を口の端に、マークはサリアを舐めまわす様に見つめ──ひっそりと内心で毒を吐いた。


 ああ、煩わしい。
 こんなにいい女がいるというのに、指一本たりとも触れられないなんて。

 『成婚の儀を終えるまでは、婚約者と言えども、接触には厳しい制限が課せられる』のである。指一本触れることさえ許されず、その禁忌を破れば罰則を免れない。

 それは、『帰属に嫁ぐ女の純潔を護るため』であるが、男にとっては生殺しもいいところのクソ制度だ。


 そんな苛立ちを腹の内に抱えたまま、マークはサリアを品定めするように睨む。


「お前もこれからランデルス家の一員となる覚悟を持て。いずれ成婚の儀が済めば、ワタシはお前にふさわしい役目を教えてやる」


 述べるマークにサリアは短く頷くのみだった。
 その無言がマークの癇に障る。

 ……美しいが鼻につく女だ。
 蝋人形のように座り続けるサリアの瞳には、淡い青の冷静な輝きが宿っている。それに対し、マークは思わず目を逸らし、逃げるように話題を変えた。
 

「それにしても……そう言えば、レオポルド王太子の噂は聞いたことあるか?」

 ……ぴッ。

 サリアはその名を耳にした瞬間、一瞬だけ反応しそうになったが、それを寸前で抑える。冷静を装い、控えめに首を傾げた。


「噂、ですか?」
「知らないのか。頭の弱いヤツだな」

 僅かな反応は意識の外に、マークはわざとらしくため息をつくと、どっかりと椅子に腰を下ろし侮蔑を浮かべ、
 

「男爵の婚約者候補がそれでは困る。噂ぐらい掴んでおかないと。噂ぐらい」
「…………、どのような噂なのでしょう?」

「”包する貴族を信用しない薄情者”だと、な。」
「……薄情者?」
「そうだ。いくら資格があろうと、王家ヴァルクレアの目に叶わん限り土地も爵位も与えないらしい。……は! 猫ぐらい幾らでも被ってやるがな」

「……マークさま? そのようなことを口になさらない方がよろしいのではありませんか?」
「煩いぞサリア! お前はワタシの婚約者候補! まさかワタシを裏切るわけでもあるまい? お前の家族がどうなってもいいのか?」


 苛立ちを露わに、マークは脅迫めいた言葉を吐いた。
 サリアは北部の没落貴族の娘だ。その美貌が無ければ、婚約者候補として受け入れることも、財政援助をする約束もしなかった。

 もっとも、マークに、本当に援助する気などさらさらなかったが、年老いた両親と、家に残った幼い弟妹のことを思えば、彼女は頭を下げるに決まっていた。


「……出過ぎた真似をいたしました。申し訳ありません」


 静かに淑やかに頭を下げるサリアに、マークはしてやったりと鼻を鳴らし腕を組む。


「……二度とするな。ったく、容姿しか価値のない女の分際で!」
「…………」


 強い語気で言い放つマークに、サリアは黙って頭を下げるだけだった。


 マークはその反応を当然と受け取り、鼻を鳴らして腕を組む。自らの優位を疑うことなく、目の前の女性を完全に支配した気でいる様子だ。

 
 そんな様子に、サリアの心は固まっていくのである。

(……やはり、この男は厚顔不遜ですね)

 その態度には何の遠慮もなければ、品位もない。次期貴族としての責務を背負う覚悟など微塵も感じられない。ただ自己中心的で、他人を見下し、利用することしか頭にない。



(……ならば少し、踏み込んでみましょうか)
 サリアは静かなまなざしで呟くと、ぱっと顔を上げマークに首を傾げて口を開ける。

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