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2 ミリアとエリック
第20話 ターゲット:ミリア・リリ・マキシマム
しおりを挟むミリア・リリ・マキシマム。
総合服飾工房 Vestyの従業員。
ボルドー通り50067・アパートメント「ティキンコロニ」301住まいの24歳。恋人はなし。
朝は9時前に出勤。
鍵を開け店の周りを掃除し、植物に水をやる。
午前中、週に何度か隣接するクリーニング店に顔を出している。その際、かごいっぱいの服を受け取り、のちにそれらを返却しているが用途は不明。
性格は『明るく元気』『陽気で楽観的』『見た目は大人しそう』。周辺店舗の店主ともよく店先で話し込むことがあり、社交性は抜群。
休憩は昼に取り、基本的にずっと店内で仕事。
ビスティーの業務においては、カウンター業務とバイヤー・それと着付けが主で、帰宅は17時。就寝は大体22時前後。規則正しい生活と言えるだろう。
彼女は雇われの身だと言っていたが────実質、彼女が工房を回しているようなものだった。
(──……生活リズムは、こんなもの……か)
リチャード王子の依頼から、3日。
夏の訪れを感じさせる太陽の光の元、花を売り歩く青年として。
ビスティーの斜向かい──潰れた商店の前で、彼は声に出さずに呟いた。
キャスケットの中・じんわりと汗をかきながら。エリックは手元の手帳から、そのページを含め何枚かを纏めて台紙から引きちぎる。
そしてそれを、売り物の花々を背景に、まずは大きく二つに引き裂いた。
メモは取ったが残しはしない。
これぐらいの情報、残すに至らない。
数日の動きを照らし合わせるためにメモを取ったが、もう用済みだ。
およそ数日張り込んで、掴んだ。
ミリアの生活は、とても単調だ。
基本、朝から晩まで。
どこにでもいる一般的な小売業の店員の生活様式。何かを売り歩くわけでも、派手に交流をしているわけでもない。
(……本人はとんでもないじゃじゃ馬みたいだけど……、生活は地味で単調だな)
つまらなそうに呟きながら、色鮮やかな花が積まれた手押し車を前に、キャスケットを被り直す。
くたびれ気味のシャツに、安物ズボンをとめるサスペンダー。靴も使用感のあるものを履き、どこからどうみても『苦労している』感を出す。
仮にも彼は『ボス』なのだが……
エリックは、なるべく現場を把握しておきたい男だった。
びりっと小さく音をたて、まずは大きく二つに裂いたメモを、さらに細かく念入りに、手元の紙袋の中へ。花束を作る際に間引いた茎や葉に振りかけながら、温度のない目で見つめた。
大体のことはわかった。
一度話していることもあり、全く知らない相手をカモにするよりだいぶ楽だ。
ミリアは場所を動き回るわけでもないし、貴族が招いた要人のように、たった一度のチャンスしかない相手でもない。店を訪ねればそこにいて、捕まえる必要もない。
現にこうして、潰れた店舗の軒先で堂々と監視ししていたのだが──平坦な毎日が続くだけ。声をかけようと思えば、いくらでもかけられた。
まあ、もちろん彼は『話しかける』なんてことはしなかったのであるが。
むしろ、彼の思惑を無視して声をかけてきたのはミリアの方だ。
ふらふらと店を出ては、『おにいさん、今日もここでお花売るの~?』とか、『だんだん暑くなってきたよねー、水分とってる?』とか、『大丈夫? 疲れない?』とか。
ほいほい出てきては、ちょろちょろ話していく。
無警戒を絵に描いたような行動である。
その無警戒っぷりに、エリックはやや呆れた。
声色や調子を変えているとはいえ、こちとら、ふらりと現れた『花売りの青年』だ。彼の感覚で考えれば、何度も話しかけにくるなんてことは、目的でもない限り『ありえない』。
(…………まあ、そういうところが、周りの評判になって返ってきているのかもしれないけど?)
ここ数日の、彼女のちょっとした声かけと。
靴を投げられたあの日の出来事を思い出しつつ、胸の中で呟く。
(────ミリア・リリ・マキシマムさん……ね……)
静かに佇むビスティーから目をそらし、彼は荷車を押しつつ、そこを後にした。
────その黒く青い瞳に、静かな光を宿しながら。
★
ミリアは、幸せをかみしめていた。
明日は休みだ。
週末前日の午後、買い物がてらに出歩いて、いそいそ入った安メシ屋。
この土地としては強くなってきた日の光を避けるように、軒先に置かれた建付けの悪い椅子に腰かけ、木造りのぼこぼこテーブルの上で鳥の串焼きを頬張る。
(…………やっば……! ……このために生きてるなあ~っ……!)
口の中にじゅわっと広がる鶏の旨味、噛むたびカリっと音を立て砕ける皮に、ミリアは人目も憚らず握りこぶしを作り噛み締めていた。
鶏肉と塩胡椒。
これに勝る飯は存在しないだろう。
(やっぱあれだね、シンプルな奴が一番なのよね、わかる。鳥を捌いて食べようと思った人もそうなんだけど、塩と胡椒を振りかけようと思った人は天才なんじゃないだろーか? いや、そもそも塩と胡椒を見つけたひとが、凄い。マジで天才。素晴らしい。あ~~~、発見した人に感謝状でも贈りたい。アナタのおかげで今日も肉がうまい!)
どこぞの誰ともわからない人間に感謝して、グラスに注がれた水を流し込む『ミリア・リリ・マキシマム』が次に求めたのは『新しい味』。
添え付けの揚げパスタを指でつまんで、彼女はご機嫌にぽりぽりと噛み砕く。
誰かと同席している訳ではない。
完全にひとりなのだが──彼女は、満足だった。
(ぼっち飯が寂しいなんて、だーれが決めたのよ♡ こんなに快適なのに~~~♪)
と、一人 鶏皮のぷるぷるした舌触りと甘い脂に舌鼓を打った時。
その深みのある茶色の髪を捉えながら、後ろから、ミリアに近づく男が一人。
白のシャツは前を開け、この前と変わらぬベストを羽織り、黒のパンツにミドル丈のブーツ。
鳥の焼けるスモークが蔓延する中──狙いを澄まして、エリックは、次の串焼きを摘みあげたミリアに、声を投げた。
「…………あれ? こんにちは。……君も1人? 偶然だな?」
「────あ。ひょのまえのおにーふぁん」
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