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第四章 邂逅!? 秋雨 VS ギルドマスター
48話
しおりを挟む――カンッ。
何の音かと疑問に思ったことだろう、だが答えは至って単純明快。戦いの火蓋が切って落とされた戦闘開始の合図であるゴングの音である。
現在午前三時半を少し回った冒険者ギルドでは、不穏な空気に包まれていた。
その渦中の人物である二人の男が互いに視線を交わし合う。
一人はこのギルドのギルドマスターであるレブロ・フローレンス。そして、もう一人が日本からやって来た日比野秋雨その人である。
(今度はこちらから攻勢に出させてもらおうか)
秋雨はそう心の中で呟くと、敵対するレブロに言い放った。
「レブロさん、俺はこう見えても暇な人間ではないので、早いとこ薬草の査定をしてほしいのだが?」
(てめぇと世間話してる暇はねぇんだ! とっとと金を寄こしやがれおっさん!!)
「それは、大変失礼いたしました。では早速査定に入らせていただきます」
(一丁前に文句垂れてんじゃねぇぞクソガキが! 今やってやるから黙って待ってろ!!)
と心の中では壮絶な舌戦が繰り広げられる中、レブロは秋雨から受け取った袋の中身を取り出す。
そこには例の如く、ブルーム草が5本にジュウヤク草が3本、そしてボルトマッシュルームが1本入っていた。
ちなみにお互いの心の声は何となくといった程度で勘づいてはいるものの、100%理解はできていない。
大事な事なのでもう一度言うが、100%は理解できていない。
(むぅ、確かにこれはかなりの高品質だ。小僧め、一体どうやってこれを手に入れているんだ?)
できるだけ顔に出さずに心の中で考えていたレブロだったが、本人に聞いた方が早いと思い秋雨を問い詰めた。
「かなりの高品質の薬草ですね。どうやってこれほどのものを手に入れたのですか?」
(おい、とっとと吐きやがれ。どんな不正を犯して手に入れたんだ? おぉ?)
「それは企業秘密という事で、他人に手の内を明かすほど、俺は愚かな人間ではないのでね」
(そんなこと話すわけねーじゃねーか! ちょっと考えたら分かんだろうが、バーカ!!)
表上は平静を保ってはいるものの、心の中では熱い戦いが繰り広げられていた。
その雰囲気はまるでAランクのモンスター同士が、己の生死を掛けて戦っている雰囲気のようで、今この場に誰かいればその重苦しい空気に押しつぶされていたことだろう。
そして、ここでレブロが一枚のカード切る。
「そう言えば、ここ最近【シャレーヌ商会】という商会から質のいい薬草やモンスターの素材などが出回ってるという話を聞いたのですが、まさかとは思いますがアキサメ君? あなたが関係しているのではないんですか?」
レブロは確信に近い思いを抱いていた。
秋雨が現れる前は、そういったことは全くなかったのにもかかわらず、彼が出現した途端にこのような事が起こってしまったのだからレブロでなくとも疑いの目を持つのは必然であった。
レブロ自身確信を持っているが、残念な事に決定的な証拠がなく、その確信も絶対ではない。
それ故に、秋雨本人の口から自白させるように行動したのだが、当然ながらそんな見え透いた手が通用するほど甘い相手ではない。
「なんの話をしているんだ? シャレーヌ商会? そんな商会聞いたことも行ったこともないぞ? 妙な疑いを掛けるのはギルド職員としてマズいんじゃないか?」
「……(流石にここでボロは出さねぇか)」
レブロとしても、揺さぶりの意味で聞いた程度なので、早々にこの話を切り上げ次の話題に切り替える。
「話しは変わりますが、こちらの報告書によるとフォレストベアーを討伐されたそうなのですが、これはアキサメ君が単独で仕留めたのでしょうか?」
(さぁ、聞かせてもらおうじゃねぇか? どうやって仕留めたんだ? 場合によっては俺の権限でDランク冒険者にまで引き上げてやる!)
レブロの目の奥に陰謀めいた光を見た秋雨は、ベティーに話した内容をそのまま伝えた。
当然ながらそれを信じるほどレブロは愚かではなかったが、断固として秋雨が認めなかったため、この話も決着することなく据え置かれた。
(まずいな、想像以上におっさんの追及が激しい、このままじゃどっかでボロが出るかもしれん)
(クソ、ここまでのらりくらりと俺の追及を躱しやがった人間は久しぶりだ。やはりこの小僧、只者じゃねぇな)
戦況はお互い一歩も引かない膠着状態ではあるものの、その均衡は紙一重のものであった。
その原因として、今まで秋雨が取ってきた執拗なまでの慎重な行動にある。
目立った行動を避け、最低限の人間としか接触していない秋雨が致命的なミスを犯すことはほぼない。
だからこそ、レブロは確実に秋雨が言い訳できないような決定打を打ち込むことができずにいたのだ。
「レブロさん、査定が終わったのなら、早く報酬金を受け取って帰りたいんだが?」
(これでわかっただろ? 俺がやましいことなどなにもしてねぇって事がよ。俺の勝ちだ)
「……」
(おのれ……認めるしかねぇな、この試合小僧の勝ちだ)
この瞬間をもって勝敗が決まった。
レブロはこれ以上の追及の材料を持っておらず、仮に持っていたとしても絶対的な物的証拠を提示できないため、秋雨に惚けられたらそこで終わりだ。
レブロにとって望んだ形での決着とは言い難いものになったが、これで終わるほど彼もまた並の男ではない。
その後、薬草の査定金額を秋雨に渡し、踵を返してギルドを後にしようとする彼の背中に言い放つ。
「ああそうだ。アキサメ君、言い忘れていたことが一つありました」
「……なんだ?」
秋雨は嫌な予感がしたが、ここで聞いておかないと後で厄介な事になることを嫌い、再び体をレブロに向けた。
その顔は含みのある顔をしており、益々以って秋雨に警戒心を抱かせた。
「実は今回の薬草採集納品でランクアップ条件が整っていてね、ギルドカードを確認してもらえれば分かると思うけど、今この瞬間を以って君はFランク冒険者だ」
「なっ」
レブロがそう言うと、秋雨はすぐさまギルドカードを確認する。
そこには確かにFランクという表記がされており、いつのまにかランクアップ処理がされていた。
(くそがっ、あのおっさん最初からこれを狙ってやがったな! やられたぜ)
秋雨はこの後の展開を瞬時にシュミレートした結果、このランクアップを覆す事はできないという結論に達した。
この場で抗議したとしても、今度はレブロがのらりくらりと秋雨の追及から逃れることになるだろうし、なによりこれ以上レブロと関わることを彼自身が嫌がった。
それにランクアップは条件を満たせば、ほぼすべての冒険者がすぐに申請を行うため、ここで拒否をすれば逆に悪目立ちしてしまう。
だからこそ、秋雨はレブロのランクアップ申請を無条件で受け入れる選択肢しかなかったのだ。
(これでもお前よりも長く生きてるんでな。試合には負けたが、勝負には勝たせてもらった)
(けっ、食えねぇおっさんだぜ)
含みのある笑いを浮かべるレブロと、悔しさに顔を引きつらせる秋雨のコントラストがなんとも対照的だった。
秋雨はそのまま受付カウンターに近づき、レブロに重い空気を纏って言い放つ。
「次からはベティーに担当してもらうから、あんたとは今日限りだ。それを覚えとけ」
「……それは残念です。ではまたのご利用お待ちしております」
お互いの視線が交差し、しばらく沈黙が場を支配するが、次の瞬間には秋雨が踵を返しギルドを後にする。
だが再びレブロが声を掛け秋雨を呼び止めたと同時に、彼の本音が少し漏れ出た。
「アキサメ君、最後に一つだけ言っておきます」
「……」
「……いつまでも騙し通せると思うなよ、小僧が」
「はっ、言ってろおっさん。俺に構ってないで、自分の仕事をしっかりしろよ?」
この時初めて互いの本音が声となりギルド内に響いた。
今回の勝敗はレブロの追及を躱した秋雨の勝利と言えるが、彼にランクアップを認めさせたレブロの功績もあり、実質的に引き分けという形に落ち着いた。
そして、秋雨がギルドからいなくなると、レブロは彼の最後の言葉に反論するようにぽつりと呟いた。
「おめぇに言われなくても、そんなこたぁ分かってんだよ、バーカ」
そう悪態をつくと、受付カウンターを後にし自分の本来の居場所である執務室へと戻っていった。
余談だが、レブロが執務室に戻ると、酒場の方で眠りこけていた全ての冒険者が、堰を切ったように椅子からずり落ちる姿があったらしい。
――――――――――――――――
この勝負引き分け!! 次はどうなるのか?
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