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第四十三話「旅立ちは突然に」
しおりを挟む「という感じだ」
「何が、という感じなのかしらねぇ! そんなことがあったのに淡々と報告しないでちょうだい!!」
あれからゴブリンの殲滅が完了したサダウィンたちは、洞窟内に散乱していたゴブリンの死骸から必要な素材を剥ぎ取り、生き残ったゴブリンがいないことを確認してロギストボーデンへと帰還した。
さすがにゴブリンジェネラルは、ギルドの解体職員に任せた方がいいというゴリス達のアドバイスに従い、アイテムリングで持ち帰ってきた。
依頼の報告を聞いたマルティナは、最初サダウィンが何を言っているのか理解できなかったが、ゴリス達の反応からそれが本当のことであると悟った瞬間、思わず叫び声を上げてしまったという寸法だ。
指名依頼で小規模ゴブリンの群れの殲滅を頼んだら、その群れがゴブリンジェネラルがいる規模にまで拡大していたばかりか、それをとんでもない力技で倒してきましたなどと報告されては、聞く側としては堪ったものではない。
しかも、それをあくまで起こった事実として淡々とした口調で聞かされたとあっては、尚のこと突っ込まずにはいられないだろう。
「はあ、とりあえず状況は大体わかったわ。ひとまず、持って帰ってきたゴブリンジェネラルを見せてちょうだい。解体場へ行きましょう」
「わかった」
ころころと表情を変えるマルティナに対し、忙しい女性だなという感想を胸の内に抱くサダウィンだったが、それを直接彼女に言うほど空気が読めない男ではないため、肩を竦めてゴリス達と共に解体場へと向かった。
ぞろぞろと雁首を揃えてやってきたサダウィン達に、解体職員が何事かと色めき立つが、事情をマルティナが説明すると、職員たちが驚きの声を上げる。
彼らのほとんどが、プチラビットやファングボアといった駆け出し冒険者でも討伐が容易なモンスターばかりを解体している者たちなのだ。それが、いきなりCランクのゴブリンジェネラルを持ってこられたら、驚かない方がおかしいのだ。
「じゃあ、ここに出してくれ」
「ああ」
解体職員の指示した場所に、アイテムリングからゴブリンジェネラルを取り出す。もちろんだが、魔法鞄に偽造して取り出すことを忘れない。
半信半疑だった職員たちも、実際にゴブリンジェネラルを目の当たりにして、ようやく本当にゴブリンジェネラルを倒したことを理解する。
だが、そこはプロの解体屋だけあって、驚いていたのは最初のうちで、すぐに真剣な表情で解体作業を開始する。
「まさか本当にゴブリンジェネラルを倒してくるなんて」
「倒してない。あれはあくまでも駆除しただけだ」
「どう違うのよ?」
「実際に直接戦って倒すのが殲滅。直接的に戦わずに搦め手を使うのが駆除だ」
「どっちにしても、ゴブリンジェネラルの死骸がここにあることに変わりないわ」
サダウィンにとっては、殲滅と駆除は違うニュアンスであるらしく、マルティナの問いに律儀に答えたのだが、彼女からしたらゴブリンジェネラルの死骸があるということだけが重要であるため、彼の価値観は理解できなかったようである。
その後、ゴブリンジェネラルの解体を職員に任せ、受付カウンターへと戻ってきたマルティナは、今回の報酬についての話をすることにした。
だが、実際のところマルティナは困っていた。事前に確認していた依頼の内容と、実際に起こっていた事態があまりにもかけ離れ過ぎていたため、報酬についての正当な金額が算出できないでいた。
「あなたたちの報酬についてなんだけど、正直どう計算したらいいかわからないわ」
「だが、かといって事前に受けた依頼の報酬金では、割に合わないと思うが?」
「だから、ここはギルドマスターの判断を仰ごうと思うのだけれど、ちょっとついてきてくれるかしら?」
「わかった」
できればギルドの上層部とはお近づきになることを避けたいサダウィンとしては、ギルドマスターに会うのはあまり良くないことであったが、状況が状況だけに仕方なくマルティナの提案を受けギルドマスターの元へと向かった。
「ここよ」
マルティナはそう言ってドアをノックし、ギルドマスターの自室らしき部屋に入ると、そこには一人の男が椅子に座って頬杖をついていた。
男は、三十代半ばの身長百七十センチ前半の細身の体格をしており、ぼさぼさの髪に無精髭を生やし、やる気のない虚ろな目をしている。
そんな男の怠惰極まりない行為を見たマルティナは、明らかに呆れたようなため息を吐きながら、まるでゴミを見るような蔑んだ目で男を見ながら言い放った。
「またサボりですか? この穀潰し」
「相変わらずマルティナは手厳しいな」
「あなたがちゃんとギルドマスターとしての仕事をこなしていれば、私がサブギルドマスターになることもなかったでしょうからね」
「なに? まだそのこと根に持ってるの? それは何度も謝ってるじゃないか」
「世の中には、謝っても許されないことの一つや八つくらいあるものです」
「……なんか、数が具体的なのは俺の気のせいじゃないよね?」
いきなり、そのようなやり取りを始めてしまったマルティナたちに戸惑いながらも、ようやく二人がサダウィン達の存在を思い出し、本題に入る。
マルティナは、サダウィンが彼女に説明した内容をかなり大げさに話し、その内容に男が目を見開いて驚いている。
そして、一通りの説明が終わったところで、本題のサダウィンたちの報酬についての判断を男に委ねたのだが、彼はあっさりとこう答えた。
「今回の依頼をCランクの依頼に格上げして、Cランクの報酬金に少し色を付けた金額を支払えばいい。もちろん、彼らが持ち帰ったモンスターの素材も別で買い取らせてもらおう」
「わかりました。それで手配いします」
「うん。ああ、そうだった。自己紹介がまだだったけど、ここでしがないギルドマスターをやっているマルコフっていうちんけな男だ。まあ、よろしく」
「こう見えても、彼は元Aランク冒険者で、強力な風属性魔法を操る魔法使いなのよね。普段は糞の役にも立たない穀潰しだけどね」
マルコフの自己紹介を補足する形でサダウィンたちに説明するが、最後に暴言を吐くことを忘れていないのが、マルティナの彼に対する辛辣な態度が滲み出ている。
あまりにも彼女の言葉が突き刺さったのか、マルコフが抗議するように彼女に反論する。
「それは酷いなマルティナ。俺だってギルドマスターとして役に――」
「提出された書類は誤字脱字だらけ、期限のある仕事は忘れてしまってできていない、工房に発注した冒険者関連の道具の数を間違える。まだありますけど、聞きたいですか?」
「ごめんなさい」
そこからマルティナのマルコフの尻拭いをさせられた怨嗟の声が彼に襲い掛かり、さらに畳みかけられるかというところで、サダウィンが割って入った。
「ところで、今回の依頼で昇級とかはないのか?」
「そんなんだから、私があなたの尻拭いをする羽目に……え? あ、ああそうね。確かに、ゴブリンジェネラルを倒したとなれば昇級してもおかしくないわね」
「待ってくれ。その昇級俺たちは辞退させてもらう」
サダウィンが気になったのは、今回の依頼で昇級することだ。別に催促したわけではないのだが、現在Fランクの彼がCランクのゴブリンジェネラルを討伐したというのは事実であり、それに対して昇級してもおかしくない。そう思ったから聞いてみたのだが、意外な人物から昇級の辞退の声が上がった。
「どうして? あなたたちも一緒に依頼に参加したんでしょ?」
「実際にゴブリンを殲滅したのは、他でもない先生だからだ」
「先生?」
「彼らもいろいろあるんですよ。あなたは黙っててください」
「俺一応君の上司なんだけど?」
「何か?」
「なんでもないです。続きをどうぞ」
それから、ゴリス達は頑なに昇級の話を断っていたが、実際のところ彼らの言う通り、この依頼でゴブリンを殲滅したのはサダウィンであるということもまた事実であるため、昇級するための評価点をもらうだけということになった。
「だが、お前たちに言っておくが、今のお前らならEランクでも問題なくやっていけることだけは俺が保証しよう」
「本当ですか!?」
「ああ、お前ら一人一人に元々それくらいの力があった。俺はそのきっかけを与えてやっただけだからな」
「「「「……」」」」
サダウィンの言葉に、ゴリス達四人が感動のあまり言葉を失っている。そんな様子を見ていたマルコフがぽつりと呟いた。
「そういえば、ゴードンの推薦状に書いてあった駆け出し冒険者って、この少年だったんだな。あいつめ、大げさにも王都のギルドマスターに話を持っていったと手紙にあったが、どうやら大げさじゃなかったってところか」
(な、なんだって!? ゴードンが王都のギルドマスターに話を……。まさか)
その呟きは、サダウィンの耳にしっかりと届いており、そこから彼は今自分が置かれている状況に気付いた。
ゴードンは、サダウィンが王家に連なる人間ではないかという疑いを持っていたことを彼自身は知っており、そんな人間が王家と関りのある王都のギルドマスターに話を持っていけば、当然それは彼の両親である国王と王妃にも伝わる。
その情報を得た二人がこのまま黙っている訳もなく、当然サダウィンを連れ戻そうと動くのは必定なのだ。
(つまりは、もうすでに俺を連れ戻そうとしている追っ手が、このロギストボーデンに間違いなく向かっている……ということだな)
この瞬間、サダウィンがロギストボーデンを旅立つことが決定したのであった。
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