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第七話「対策の効果」

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「いやあ、そっれにしても、まさかこんなにうまぐいぐなるなんてな」

「んだんだ。これも国王様のお陰だべや」


 国王がレイオールの助言を実行して、二か月が経過した。まず彼が優先して対処したのは、蔓延している流行り病だ。食糧問題についても少なくない餓死者が出ている以上、ある程度の対処をすべきだとは思うが、そこは他国から割高で食料を融通してもらうことで一時的に対応した。


 大飢饉が起きているのはレインアーク一国のみであり、他国に関しては国によっては豊作のところがあったため、食料融通については問題なく話が纏まった。


 となってくればだ。次に解決すべきなのは、主に農業を行っている村人を中心に蔓延している流行り病への対処だ。これについては、レイオールが国王に助言した手洗いとうがいによる予防法で対処が可能だった。


 元々だが、この世界には手洗いとうがいの習慣がほとんどなく、食事の前やトイレに行った後ですら手を洗わない者は珍しくない。レインアーク王国の人間は把握していないが、清潔でない状態で直接食べ物を手に取って食べる行為、所謂経口感染……それによる感染が主であるため、その感染経路を断ってしまえばそれ以上流行り病が広がることはなく、それに加えて致死性の高い病でもなかったため、流行り病は瞬く間に収束の一途を辿ることになった。


 そうなってくると、次に飢饉への対処になってくるのだが、これもまたレイオールが助言した育てる作物の場所をローテーションで入れ替える方法によって徐々に改善されつつある。


 他国から輸入した食料で支えつつ、各市町村に労働力となる兵士を派遣することで、村人が流行り病から回復する間、畑仕事は問題なく進められていった。


 作物栽培については、働くことが可能な村人と共に行っていたのだが、彼らが目にした兵士たちの仕事っぷりは、やる気が凄まじく命懸けといっても過言ではない。何故そこまでしてくれるのか村人たちには最後までわからなかったが、国王の頭を下げながらの直々の懇願を目の当たりにしている彼ら兵士たちが、やる気にならないはずはないという理由だった。


 だが、それが息子の言うことをただただ実行しただけという国王の親バカ行為だったということは誰も知る由もない。……本人たちを除いては。


 そんなこんなで、未曾有の危機とまで言われていた今回の大飢饉と流行り病の蔓延はあっさりと解決してしまったのである。


 そして、流行り病から回復した村人たちはそんな事態をなんとかしてくれた国王に感謝をし、これでまた元の生活に戻れると思っていたのだが……。


「おお、これは村人の方々! 朝早くからご苦労様です!!」

「畑仕事は我らに任せて、あなたたちは他の仕事をやってください!!」

「「……」」


 問題が解決したのはよかったのだが、何故か今もこうして兵士たちが畑仕事を買って出てくれていることに村人たちは困惑していた。


「あれ、どうすんべ?」

「仕方ないやね。嫁に言われてた家の雨漏りでも直すとするべさ」

「んだな。おいどんは、もうひと眠りするとすっか」

「そこは仕事すんべよ!」


 事情を知らない村人たちにとって、兵士たちの嫌にやる気のある態度は些か不思議だったが、基本的に自分たちの役に立ってくれているので、その言動もしばらくして受け入れられることになる。


 かくして、レインアーク王国を襲った大飢饉はさらなる飛躍という形で幕を閉じるのであった。



 ☆ ☆ ☆



「失礼いたします!」


 国王が執務室で政務に励んでいると、とある人物が部屋を訪ねてくる。その人物とは、王都の警護を担当している警備兵の総師団長を務めているガゼットという名の男であり、言ってみればすべての兵士を纏め上げる責任者でもある。


 何故そのような人物が部屋を訪ねて来たのかという疑問が頭を過ったが、そんなことは本人に聞いてみればいいことであるという結論に至り、国王が彼に問い掛けた。


「どうしたのだ。何か問題でもあったか?」

「いえ、そういう訳ではないのですが……」


 ガゼットの歯切れの悪い言葉に、ますます国王の中にはてなマークが浮かぶ。大飢饉という危機を脱した今、事後処理的な仕事は山積みにはなっているものの、新たな問題が浮き彫りになったという報告は受けていない。


 その結果が愛する息子の助言によってもたらされたことに内心で誇りに思いつつも、現国王として対処するための妙案を思いつかなかったことに歯噛みするという何とも複雑な思いを彼は抱いていた。要は親バカと王の威厳の板挟みである。そんな取り留めのないことを考えていると、意を決したようにガゼットが口を開いた。


「実は、先刻の大飢饉の件にて兵士の中に畑仕事も任務の一部として行いたいと嘆願する者が続出しておりまして、新たに【農業兵団】という組織を立ち上げたいのですが、お許しいただけないでしょうか?」

「【農業兵団】だと?」


 大飢饉が起こる前の兵士たちは、主に田舎の村出身者が多く、兵士になる前は畑仕事をしていた者も少なくない。今まではそれに嫌気が差して兵士の道を志した者さえいるほどだったが、それを変える出来事が起こってしまった。そう、国王が頭を下げた懇願事件である。


 国の頂点である国王直々にお願いされたことで、兵士たちの士気は高まらざるを得ず、あれだけ嫌がっていた畑仕事にも身が入るのはごく自然の流れだ。田舎出身者ということもあって畑仕事は手馴れており、今までやってきたことが国王のためひいては国のためになるとあっては、彼らのやる気がさらに向上することは想像に難くなかった。


 その熱は大飢饉が去っても衰えることはなく、本来の業務であるはずの治安維持よりもモチベーションが高くなるという通常時ではあり得ない状態となっていた。ガゼットは国王に任務の一部として行いたいとぼやかしていたが、現状それを主体とする仕事をしたいという兵士たちが続出しており、彼ら中には退職を願い出て畑仕事したさに田舎に帰ってしまう者もちらほらと出始めるという事態にまで発展していた。


 それを危惧したガゼットは、急遽【農業兵団】という組織を立ち上げることで、事態の鎮静化を図ろうとしているのだ。それだけ、兵士たちにとって国王の懇願されるということは大事件であったということである。


(さて、どうしたものか。……息子に相談しようかな)


 人間というものは、とある手段で成功体験を一度でも経験してしまうと、味を占めたように同じ方法を繰り返し取ってしまうものだ。それは国王であっても変わることはなく、レイオールの助言で上手くいったのだから今回の件についても、また息子に相談すればいいという考えに至るのは仕方のないことであった。


 レイオールにとっては迷惑千万な話であるが、彼が国王に的確な助言をしてしまったことにも責任の一端がないわけではないため、今回の件については身から出た錆と言えなくもない。


「わかった。他の者とも相談して近日中にどうにかしよう」

「あ、ありがとうございます!!」


 国王の言葉にガゼットは顔を輝かせ、深く一礼をして執務室を後にする。一方の国王は、新たな仕事が増えてしまったことにガゼットに恨み言の一つも言いたい衝動に駆られたが、王としてそれはいかがなものかという思いからなんとか踏みとどまることに成功した。


 それから、大飢饉の事後処理を一通り処理した国王は、ガゼットが寄こした件の話を相談するべく、レイオールの部屋に向かったのであった。
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