王太子に転生したけど、国王になりたくないので全力で抗ってみた

こばやん2号

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第一話「気付いたら生まれ変わっていた……だと!?」

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(ん、んぅ……)


 沈んでいた貞光の意識が再び浮上する。視界がぼやけているが、それもほんの少しの間だけであり、やがて周囲の様子が鮮明に映し出されてくる。


 そこは洋式の部屋の内装で、使われている家具や調度品は、素人目からみても一流の職人が作り上げたものだとわかるほどに高級感に溢れていた。


 しかし、そんなことはどうでもいいとばかりにすぐに別のことに興味を移した貞光は、ふとある疑問が浮かび上がってきた。


(ここはどこだ? 確か、会社のデスクにいたはずだが……)


 自分の最後に見た記憶とは明らかに異なる場所であることに若干の戸惑いを見せていると、突如として誰かが近づいてくる気配を感じた。


 近づいてきた人物を見てみると、それは西洋風の顔立ちをした給仕服に身を包んだ二十代前後の女性だったのである。


「王太子殿下、お食事の時間でございますよー」

(だ、誰だ? い、一体何が起きて――)


 突然の事に身構える暇もなく、現れた女性が上半身を露わにさせ、露出した胸をこちらに押し付けてきた。


 貞光も一人の男であるからして、女性とそういった関係になったことがないとは言えないのだが、それにしたってあまりに突然の出来事に軽いパニックを引き起こしてしまうのも無理からぬことだ。


「ゴクッ、ゴクッ」

「はいはーい、そんなに慌てなくてもたくさんありますから、ゆっくりお召し上がりください」


 そんな状況に女性自身は焦った様子もましてや恥じらいなどもなく、それがさも当たり前のことだという態度を取っていた。そして、それを認識した瞬間貞光は自覚した。自分が空腹状態であるということを。


 それを自覚してしまえばあとは何をかいわんやであり、彼が取る行動は一つであった。それ即ち、腹を満たすことである。彼自身、そういった行為に対して抵抗がなかったわけではないが、人としての本能がそうさせてしまったというのが否めない。


 貞光の目から見て女性の見目は麗しく、その身体も豊満であり、美女といって差し支えない。そんな彼女から栄養を供給していることに後ろめたさを感じながらも、それをやめるという結論にはどうしてもならなかったのである。


「あう……」

「満足しましたか? それは何よりでございました」


 自分の口からとても老人とは思えないほどの幼い声が漏れ出てしまったことに今更ながら気づいた貞光は、ここでようやく今自分が起きていることに対する可能性を見い出すことになる。


(ま、まさか。これって、俗に言うあれか? 生まれ変わり的なやつか?)


 貞光には家が決めた許嫁と結婚したのだが、その相手との間に三人の子供を授かっていた。その内の一人であった娘が文才を持っており、特に異世界転生や異世界転移などのファンタジーを題材とした小説を書くことが多かった。


 たまの息抜きに娘の小説を読む機会が何度かあった貞光は、今自分の置かれている現状がそれに酷似した状況であることを瞬時に悟ったのだ。


(これがもし、生まれ変わりであるのなら、やはりあのあとわしは死んだようだな。そうか、長いようで短い人生も意外と呆気なかったな……)


 自身が送ってきたであろう日々を思い返しながらも、しばらくして前世に折り合いを付けた貞光は、次のステップに移行する。即ち、次の自分の生まれた場所についてだ。


 先ほどから様子を窺っていると、給仕の女性もいるということから、どうやら裕福な家庭であることはわかるのだが、それ以外の情報がなさすぎて断定するに至らない。


(待てよ。さっきの女が言っていたじゃないか、確かわしのことを“王太子殿下”と……ということは、俺はどっかの国の第一王子として生まれたってことか?)


 王太子という言葉に、貞光は内心で顔を顰める。前世でも家の跡取り息子として生まれた彼にとって、生まれ変わっても家の騒動に巻き込まれる可能性のある立場に嫌気が差すのも無理からぬことだ。


(今生では悠々自適な自由な生活を送ってみたかったのに、また跡取りになってしまった……)


 そんなことを貞光が考えていたその時、部屋に入ってくる人影があった。その人物は、給仕の女性よりも整った顔立ちに妖艶な体つきをした美しい女性であった。纏っている身なりも明らかに高級なものであり、それ以上に彼女が醸し出す雰囲気が高貴な気品溢れるものであることを感じざるを得ない。


「これは王妃様、お体はもうおよろしいのですか?」

「ええ、もうすっかり元気になったわよ」

「それは、ようございました」

(王妃ってたしか国王の本妻だったはずだな。てことは、この人が俺の今生の母親になるということか……)


 いきなりの母親登場に貞光が驚いているのを尻目に、乳母の女性から貞光を受け取った王妃は、彼に微笑みかけてくる。その顔はまさに聖母も泣いて逃げ出すほどの慈愛に満ちており、何よりもこの世のものとは思えないほどの美しさを体現していた。


 王妃に王太子を託した乳母の女性は、何か用事があるのかそのまま部屋を退出していった。部屋には王妃と貞光のみとなり、彼女が優しい口調で語り掛けてきた。


「レイオールちゃん、ママですよー」

「あう?(レイオールってわしのことか?)」


 まだ言葉を話すことができない貞光が、赤ちゃん言葉で反応を示す。それを満足そうな顔で見ている王妃だったが、突如としてドレスを着崩し始めた。


「レイオールちゃん、お腹が空いたでしょう? ママのおっぱい飲みましょうねー」

(ちょっ、ちょっと待てっ! さっき飲んだばっかりなんだからもう入らんぞ!!)


 貞光の心の叫びも虚しく、上半身を露出した王妃は最愛の息子である彼に母乳を与えるべく、彼の頭部を自身の胸の辺りに持って行った。


 しかしながら、すでに乳母によって授乳は済んでいるため、お腹が一杯だった貞光が王妃の期待に応えることはなかったのだ。


 そんな様子を不審がった王妃が、「どうしたのかしら? 飲まないわね」と可愛らしく小首を傾げているところに、先ほど部屋から出ていった乳母が、ティーポットなどを乗せたカートを押しながら戻って来た。どうやら、王妃にお茶を入れるために用意していたらしい。


「失礼いたします。王妃様、お茶をご用意いたしま……あの、王妃様?」

「ジュリア、大変よ。レイオールが私のおっぱいを飲もうとしないの! 何かの病気かしら!?」

「ああ、それでしたら。もう既に私が母乳を与えておきましたが……」

「な、なんですって!?」


 ジュリアと呼ばれた乳母の返答に、自分の息子が病気でなかったことに安堵すると同時に、最愛の息子に母乳を与えるという機会を奪われてしまったことを不満に思い、子供っぽく王妃が頬を膨らませる。


「もう、どうして先にあげちゃうのよ! 私もレイオールちゃんに母乳をあげたかったのにぃ!!」

「は、はぁ。申し訳ございません……」


 若干理不尽ながらも王妃の言い分にも一定の理解ができるため、とりあえず謝罪するジュリアであったが、彼女は自分が与えられた職務に準じただけであり、謝罪する必要性は欠片もない。


 そもそも、国王の妻である王妃や側室という存在は、主に子供を産むことが職務であり、それが終わってしまえば、子供自体を育てるのは乳母やその近辺に仕える使用人の仕事だったりするのだ。


 もちろん、子供を産むという職務以外にも外交や式典などという公務を行うこともあるが、基本的に国王の妻の主な仕事は“次の後継者を生むこと”で間違いない。


 それが終われば、あとの雑事は使用人が請け負ってくれ、当人は悠々自適な生活を送ることができるのである。


 だが、それはあくまでも一般的なことであり、何事にも例外というものは存在する。貞光の母親である王妃は、自らの手で子を育てたいと考えており、国王も彼女の申し出を受け入れているため、王妃が王太子である貞光……レイオールの面倒を見ることに肯定的だ。


 であるからして、立場的には王妃が王太子の育児に参加するということがないため、レイオールが生まれる前から決まっていた乳母であるジュリアが、レイオールの世話をするという形を取っているのだ。


 しかし、王妃も初めての出産・子育てということもあってか、レイオールを育てることにとても意欲的で、その役目を乳母であるジュリアに横取りされることがこの上なく悔してたまらないのである。


「おーい、我が息子よー。元気にしていた……なんだ? どういう状況だこれは?」

「あ、あらあなた。いらっしゃい」


 そんな状況の中新たに部屋を訪ねてきた者がいた。その姿は、乳母や王妃と同じ年ごろの二十代前半の青年で、見るからに豪華な装いの身なりをしており、どことなく威厳も感じられた。


(もしかして、この人が国王……わしの父親か? 王妃も“あなた”とか言っておるし)


 そんなことを考えていたレイオールだったが、非日常的な状況にそろそろ頭がパンクしつつある。そんな中、状況はさらに一変していくことになる。


「ところで、何をしていたんだ?」

「聞いてくださいまし! ジュリアったら酷いのですよー」


 王妃の理不尽な不満をぶつけられた国王は、苦笑いを浮かべながらも、優先して一つ指摘しなければならないことがあるという思いから、王妃に向かって言い放つ。


「それは災難だったが、サンドラよ……いつまでその恰好でいるつもりだ?」

「え? あら嫌だわ。私ったら……」


 国王が呆れる視線の先には、未だに上半身を露出させた王妃の姿があった。そのことを理解した王妃は、恥じらいつつもようやく身なりを整え出した。


 国王とて王妃との間に子供を設けている以上、彼女の素肌を見たことがないわけではないが、この場には第三者であるジュリアが控えている。そんな状況下で、いつまでも自分の妻の肌を、同性の使用人とはいえ人目に晒させておくなど夫としてはいかがなものかという思いがあっての指摘であった。


(なんなんだ。この非日常的なシチュエーションは!? 夢なら覚めてくれええええ!!)


 そんな貞光ことレイオールの心の叫びは、誰にも届くことなく、彼の心の中で虚しく木霊するだけなのであった。


 余談だが、そのあとレイオールは王妃と国王にこれでもかと愛でられ、その甘ったるい扱いにこれまた精神をごりごりと削られてしまったことを付け加えておく。
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