精霊の御子

神泉朱之介

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7話

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 いつものお気に入りの岩場の上に座って、麗羅符露レイラフロ は 於呂禹オロウ と 李玲峰イレイネ が摘んできた花をせっせとかみに編み込んでいく。
 白い細い指で器用に濡れた髪を梳きながら、花を挿していく。
 みるみるうちに、色とりどりの花が白銀の髪と縒り合わされて少女の白い首筋から背を彩っていく。
「あたしは、島の外の世界なんか、みたいと思わないわ。
 李玲峰イレイネ だって、一回、外の世界を見たら、あんなところにずっといたいと思わないわよ」
 せっせと髪を編みながら、麗羅符露レイラフロ は言う。
 於呂禹オロウ はその近くの岩の上に腰掛けて、にこにこと微笑みながら 麗羅符露レイラフロ のそんな姿を見守っている。
「見たことがないから、見たいって思うだけじゃない?
 別に急がなくたって、あと二年もすればあなたは 藍絽野眞アイロノマ の王宮に戻るんでしょ?
 イレー、聞いてるのっ?」
「聞いてるよ」
 於呂禹オロウ とは反対側の岩場に寝そべっていた 李玲峰イレイネ は、生返事をした。
 スネたような口調。
 大仰に溜め息をつく。
「おれだけだぜ!
 生まれた時からずっとこ島に閉じ込められているのなんて!
 於呂禹オロウ も、それにレイラだって、少しは島の外の世界を知っているのに。
 不公平だ」
「ようするに。
 ナリェに一緒に連れていってほしいってだけでしょ、イレー、あなたは?」
「……悪いかよ」
「イレーの甘えん坊」
 李玲峰イレイネ は素早く体を起こすと、氷のように冷たい湖の水を麗羅符露レイラフロ に引っ掛けた。
 が、麗羅符露レイラフロ はその水を避けもせず、かえって心地好さそうに笑って、舌を 李玲峰イレイネ に突き出した。
「お生憎さま。
 水はあたしの友達だもの。
 あんたが炎を浴びるみたいなもので、あたしには気持ちがいいわ。
 あたしは、この島から出るのは嫌。
 十五歳を過ぎても、あたしは 禹州真賀ウスマガ には帰らないわ。だって、ここにはあたしのことを変に見る人もいないけれど、 禹州真賀ウスマガ の宮廷ではそうはいかないもの」
 そう話す 麗羅符露レイラフロ のきれいな白い横顔には、翳りがさす。
 冷気の中でしか生きられない特殊な体に生まれた、水の御子 の 麗羅符露レイラフロ
 麗羅符露レイラフロ は 禹州真賀ウスマガ の貴族の家に生まれた、王家の血を引く姫君だというが、麗羅符露レイラフロ の母は、彼女を産んだために生命を落としたという。
 彼女がこの神聖島 宇無土ウムド に着て、その鍾乳洞の奥にある天然の氷室、氷の湖に棲むようになったのは、彼女が五歳の時のことだが、それ以前の記憶について 麗羅符露レイラフロ はあまり話したがらない。
於呂禹オロウ は?
 常羅ツネラ の僧院に帰りたい?」
 足下まで長い、髪の先の方を編み続けながら、麗羅符露レイラフロ は金色の髪の 大地の御子  於呂禹オロウ の方に話の矛先を向ける。
 彼は大地の声を聞き、大地の息吹を感じ取ることが出来る不思議な力を持っている。
 それで三年前に、常羅ツネラ の僧院からこの島へ送られてきた。
 李玲峰イレイネ が九歳で、麗羅符露レイラフロ が八歳の時のことだ。
 於呂禹オロウ は農夫の子で、みなし子だったという。
 正確な年齢は 於呂禹オロウ 自身にもわからないのだが、那理恵渡玲ナリエドレ はたぶん 李玲峰イレイネ と同じ歳くらいだろう、と言っていた。
「さあ……?
 僕は、この島が好きだけど」
 於呂禹オロウ は穏やかな、どこか大人びた表情の笑みを浮かべたまま、静かに答える。
「この島では、大地は歌を吟っている」
「大地が……歌?」
 李玲峰イレイネ は聞き返す。
「うん」
  於呂禹オロウ は、嬉しそうに言う。
「こんなに豊かな大地を持つ土地は、大陸には珍しいから。だから、ここにいるととても豊かな気持ちになれる。それは嬉しいけど、でも、ここにはぼくの力を必要としてくれる人々もいないから。
 どうするか、自分でもよく、わからない。今は」
「あなたの力を必要とするって、どういうこと?」
 今度は麗羅符露レイラフロ が聞き返した。
「僕は大地の声を聞くことが出来るから、枯れた土地や痩せた土地でも、作物を作るに適した場所とか、そういうのを探し出すことが出来るんだ。
 そうして、いくらかでも食べ物を作ることが出来れば、飢え死にする人を少しでも減らすことができるから」
 於呂禹オロウ は少しどもりながら、答えた。
「ふうん?」
 おれの、炎を掴める力なんて、何かの役に立つのかな、と 李玲峰イレイネ は思った。
「いいわね、 於呂禹オロウ は。
 人の役に立てて。
 あたしなんて、お荷物になるだけだものね。
 冷たい空気があるところと、あとは水があるところじゃなくちゃ生きていけないなんて。
 こんな体じゃ、一生、誰かの役に立てる、なんてこと、ありそうにないものね」
 麗羅符露レイラフロ は溜め息まじりに言った。
 髪を編む手の動きがにぶり、ぽつり、と言葉を漏らす。
「もう少ししたら、みんな、島から出ていってしまうのよね。
 あたしを置いて」
 於呂禹オロウ と 李玲峰イレイネ は、顔を見合わせた。
 なにやらその声には卑屈な響きがあり、本気で落ち込んでいるような様子がある。
「おれたち
が十五になるまでなんて、まだ二年以上あるじゃないか。
 それに、一緒に 藍絽野眞アイロノマ に来ればいいよ、麗羅符露レイラフロ 。
 おれと、来て欲しいな……」
 李玲峰イレイネ は、びっくりして焦って言った。
「駄目よ」
 編み終わった髪の先をいじりながら、麗羅符露レイラフロ はつぶやく。
 精霊の御子 なんて言ったって、ようするに、あたしは普通の子じゃないってだけだもの。みんなが、あたしのことを化け物みたいに見るわ。
 だから、外の世界には戻りたくないの。
 藍絽野眞アイロノマ に行ったって、どこだって同じことだわ」
「でもさ、レイラ。じゃあ、死ぬまでここにいるつもりかい?」
「いいじゃない。
 あなたは、藍絽野眞アイロノマ で王さまになればいいわ。
 あたしはここで 那理恵渡玲ナリエドレ と一緒にいるわ」
「え……ずるいぞ」
「ほーんとっっ! 李玲峰イレイネ ってお子さまで嫌んなっちゃうっっ!」
 麗羅符露レイラフロ はしかめっ面をして、また 李玲峰イレイネ に舌を突き出した。
麗羅符露レイラフロ……レイラ」
 於呂禹オロウ は、麗羅符露レイラフロ に真摯な視線を向けた。
「ぼくは……ぼくと 李玲峰イレイネ は、あなたのことを化け物だなんて、絶対に思わないよ」
 於呂禹オロウ の真剣な声に、麗羅符露レイラフロ はうつむかせていた目を上げた。
「どこにいても。どんなになっても」
 於呂禹オロウ は身を乗り出して、麗羅符露レイラフロ の手を取った。
「……うん、レイラ」
 於呂禹オロウ の言葉に、 李玲峰イレイネ は急いで賛同のうなずきをする。
「もし、レイラがここにいるんなら、おれ、何回だってここに帰ってくるよ。
 絶対!」
 李玲峰イレイネ も岩から降りると 麗羅符露レイラフロ のもう一方の手を取り、於呂禹オロウ の握る手の上に重ねた。
 すると、三人の心は不思議に融合しあい、一つになった。
 麗羅符露レイラフロ は、ようやく明るい笑みを再び白い頬に立ちのぼらせた。
 そんなふうに笑うと、麗羅符露レイラフロ を飾った花々は彼女の笑みによく映えた。
 炎の御子 赤い髪の 李玲峰イレイネ 。
 水の御子 白銀の髪の 麗羅符露レイラフロ 。
 大地の御子 金の髪の 於呂禹オロウ 。
 三人の、精霊の御子 たち。
 三人の子供たちは、初めてあったその時から強い絆で結ばれていた。
 李玲峰イレイネ は初めて 麗羅符露レイラフロ に会ったその時から彼女に惹かれたし、於呂禹オロウ と会った時にも惹かれ合うものを感じた。
 それは他の二人の間でも同じだった。
 三人は少しくらい離れていても、心で言葉をかわしあうことが出来、視界を共有しあうことすら出来た。
 そうした共感能力は、会った直後から互いの間で結ばれたものだ。
 聖なる孤島 宇無土ウムド の楽園で。
 三人の 精霊の御子 たちは、三人以外の何者にも平穏を乱されることなく、仲良く育ち、互いの心をはぐくんでいた。
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