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23 若頭と小鳥の不安と決意
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朔と義兄が初めて体を重ねた夜は、二人にとって大きな変化だった。
二人は一緒にお風呂に入ることも、一緒のベッドで眠ることも数えきれないほどあったけれど、その境界を越えたことはなかった。
……たぶん朔の心が、まだつぼみのように幼いのを義兄は知っていた。義兄はそんな朔を傷つけるのを恐れたのだろうと、朔は思う。
朔の弱さは義兄に申し訳ないほどすぐに形に出た。二人が結ばれた翌日、朔は早速熱を出したのだった。
朔は恥ずかしさで自分の顔を覆ったまま、かすれた声で義兄で言った。
「兄さん、仕事に行って来て……大丈夫だから」
「今日は家にいるよ。さっちゃん、体がつらいんだろう?」
「う、ううん」
心配そうに朔の額に触れた義兄の手を、朔はいつものように握り返せない。きっと昨日の熱を思い出してもっと熱を高くしてしまう。
朔は熱でうるんだ目のせいであまり説得力はないと思いながら、一生懸命言う。
「僕だって兄さんのために何かしたい。兄さんがお仕事がんばるときは、ちゃんと背中を押したいんだ。よほど悪化するなら連絡するよ。行って来て」
義兄はベッドサイドで思案顔になったが、そっと朔の額に口づけて苦笑する。
「わ! え、えと」
「もう、さっちゃんは。……ずっとかわいかったけど、もっとかわいくなってる。困った子だなぁ」
義兄は朔の耳にもキスを落とすと、体を離して立ち上がる。
「じゃあ行くけど、さっちゃんはよく休んでるんだよ。今日は畑いじりもしちゃダメ。今日は早く帰るから、いい子にしておいで?」
義兄はいつものように朔の髪や頬を撫でていく。そんな仕草も今朝は気恥ずかしくて、朔は口元までシーツに埋もれながらこくこくとうなずいていた。
義兄が出て行って一人になった朔は、しばらく枕を抱きしめて体を小さくしていた。
……昨夜のことは、実は夢だったんじゃないかと思ってしまう。
子どものような、弱く頼りない自分。そんな朔の体を義兄は隅々まで愛でて、義兄の体と何度もつながった。朔のコンプレックスである男性のしるしも、義兄は優しく包み込んで愛しんでくれた。
行為の後、義兄は朔を腕に抱きながらささやいた。
――さっちゃん、鎖をつけちゃだめ?
それは冗談には違いなかったのだろうけど、義兄の目は妖しく誘っているようでもあった。
――俺、さっちゃんがどこにも行かない確信が欲しいんだ。誰にもさっちゃんを見せたくないし、いつまでも俺だけのさっちゃんでいて欲しいんだ。宝物みたいに大事に大事にするよ。さっちゃんが何にも不自由ないように、一生俺が世話をする……。
義兄はそう言ってから、朔の首筋に顔を埋めて首を横に振った。
――ごめん。そんなこと言うのは俺が弱い証拠だ。
義兄は自分を責めるように、苦い声音でつぶやいた。
――だめだね。そんなこと俺がしようとしたら、さっちゃんは嫌だって泣いてほしい。俺はさっちゃんをお母さんみたいにしたいわけじゃない。俺はさっちゃんに笑っていてほしい……。
二律背反に黙りこくった義兄に、朔は満足に答えることができなかった。
いつか義兄は、自分は人間としてはもう狂っていると言っていた。でも朔はそうとは思わない。義兄はいつだって朔への労わりと優しさを忘れずにいてくれた。義父のように、愛しい人の羽を切ってしまうようなことはしなかった。
――……おい。さっちゃんに何をした?
熱で浮かされた頭で、朔は幼い日のことを少し思い出す。
子どもの頃の義兄は、気の弱さを義父に怒られることも多かった。……でも一度だけ朔を突き飛ばした親類の子どもを、立ち上がれないくらに殴り続けたことがある。
義父はそのことで、怒るどころか芯の強さを見せたと、満足したようだった。ただ朔は、それこそが義兄の心の繊細なところじゃないかと、心配になった。
義兄は朔を思う気持ちで、時々不安定なことをしてしまう。朔はそんな義兄を、守ってあげたいと思う。
朔はこれからいつも、義兄の体を包んでいけたらと思っている。でもいつか義兄の心も包んであげられるように、強くなりたい。
「兄さんを、守りたいんだ……」
今はまだ頼りない心と体。だけど幼い日から募らせた思いは、誰にも負けないつもりだから。
朔は胸に決意を宿して、せめて少し勉強をしようと、枕元の本を引き寄せたのだった。
二人は一緒にお風呂に入ることも、一緒のベッドで眠ることも数えきれないほどあったけれど、その境界を越えたことはなかった。
……たぶん朔の心が、まだつぼみのように幼いのを義兄は知っていた。義兄はそんな朔を傷つけるのを恐れたのだろうと、朔は思う。
朔の弱さは義兄に申し訳ないほどすぐに形に出た。二人が結ばれた翌日、朔は早速熱を出したのだった。
朔は恥ずかしさで自分の顔を覆ったまま、かすれた声で義兄で言った。
「兄さん、仕事に行って来て……大丈夫だから」
「今日は家にいるよ。さっちゃん、体がつらいんだろう?」
「う、ううん」
心配そうに朔の額に触れた義兄の手を、朔はいつものように握り返せない。きっと昨日の熱を思い出してもっと熱を高くしてしまう。
朔は熱でうるんだ目のせいであまり説得力はないと思いながら、一生懸命言う。
「僕だって兄さんのために何かしたい。兄さんがお仕事がんばるときは、ちゃんと背中を押したいんだ。よほど悪化するなら連絡するよ。行って来て」
義兄はベッドサイドで思案顔になったが、そっと朔の額に口づけて苦笑する。
「わ! え、えと」
「もう、さっちゃんは。……ずっとかわいかったけど、もっとかわいくなってる。困った子だなぁ」
義兄は朔の耳にもキスを落とすと、体を離して立ち上がる。
「じゃあ行くけど、さっちゃんはよく休んでるんだよ。今日は畑いじりもしちゃダメ。今日は早く帰るから、いい子にしておいで?」
義兄はいつものように朔の髪や頬を撫でていく。そんな仕草も今朝は気恥ずかしくて、朔は口元までシーツに埋もれながらこくこくとうなずいていた。
義兄が出て行って一人になった朔は、しばらく枕を抱きしめて体を小さくしていた。
……昨夜のことは、実は夢だったんじゃないかと思ってしまう。
子どものような、弱く頼りない自分。そんな朔の体を義兄は隅々まで愛でて、義兄の体と何度もつながった。朔のコンプレックスである男性のしるしも、義兄は優しく包み込んで愛しんでくれた。
行為の後、義兄は朔を腕に抱きながらささやいた。
――さっちゃん、鎖をつけちゃだめ?
それは冗談には違いなかったのだろうけど、義兄の目は妖しく誘っているようでもあった。
――俺、さっちゃんがどこにも行かない確信が欲しいんだ。誰にもさっちゃんを見せたくないし、いつまでも俺だけのさっちゃんでいて欲しいんだ。宝物みたいに大事に大事にするよ。さっちゃんが何にも不自由ないように、一生俺が世話をする……。
義兄はそう言ってから、朔の首筋に顔を埋めて首を横に振った。
――ごめん。そんなこと言うのは俺が弱い証拠だ。
義兄は自分を責めるように、苦い声音でつぶやいた。
――だめだね。そんなこと俺がしようとしたら、さっちゃんは嫌だって泣いてほしい。俺はさっちゃんをお母さんみたいにしたいわけじゃない。俺はさっちゃんに笑っていてほしい……。
二律背反に黙りこくった義兄に、朔は満足に答えることができなかった。
いつか義兄は、自分は人間としてはもう狂っていると言っていた。でも朔はそうとは思わない。義兄はいつだって朔への労わりと優しさを忘れずにいてくれた。義父のように、愛しい人の羽を切ってしまうようなことはしなかった。
――……おい。さっちゃんに何をした?
熱で浮かされた頭で、朔は幼い日のことを少し思い出す。
子どもの頃の義兄は、気の弱さを義父に怒られることも多かった。……でも一度だけ朔を突き飛ばした親類の子どもを、立ち上がれないくらに殴り続けたことがある。
義父はそのことで、怒るどころか芯の強さを見せたと、満足したようだった。ただ朔は、それこそが義兄の心の繊細なところじゃないかと、心配になった。
義兄は朔を思う気持ちで、時々不安定なことをしてしまう。朔はそんな義兄を、守ってあげたいと思う。
朔はこれからいつも、義兄の体を包んでいけたらと思っている。でもいつか義兄の心も包んであげられるように、強くなりたい。
「兄さんを、守りたいんだ……」
今はまだ頼りない心と体。だけど幼い日から募らせた思いは、誰にも負けないつもりだから。
朔は胸に決意を宿して、せめて少し勉強をしようと、枕元の本を引き寄せたのだった。
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