若頭と小鳥

真木

文字の大きさ
23 / 74

23 若頭と小鳥の不安と決意

しおりを挟む
 朔と義兄が初めて体を重ねた夜は、二人にとって大きな変化だった。
 二人は一緒にお風呂に入ることも、一緒のベッドで眠ることも数えきれないほどあったけれど、その境界を越えたことはなかった。
 ……たぶん朔の心が、まだつぼみのように幼いのを義兄は知っていた。義兄はそんな朔を傷つけるのを恐れたのだろうと、朔は思う。
 朔の弱さは義兄に申し訳ないほどすぐに形に出た。二人が結ばれた翌日、朔は早速熱を出したのだった。
 朔は恥ずかしさで自分の顔を覆ったまま、かすれた声で義兄で言った。
「兄さん、仕事に行って来て……大丈夫だから」
「今日は家にいるよ。さっちゃん、体がつらいんだろう?」
「う、ううん」
 心配そうに朔の額に触れた義兄の手を、朔はいつものように握り返せない。きっと昨日の熱を思い出してもっと熱を高くしてしまう。
 朔は熱でうるんだ目のせいであまり説得力はないと思いながら、一生懸命言う。
「僕だって兄さんのために何かしたい。兄さんがお仕事がんばるときは、ちゃんと背中を押したいんだ。よほど悪化するなら連絡するよ。行って来て」
 義兄はベッドサイドで思案顔になったが、そっと朔の額に口づけて苦笑する。
「わ! え、えと」
「もう、さっちゃんは。……ずっとかわいかったけど、もっとかわいくなってる。困った子だなぁ」
 義兄は朔の耳にもキスを落とすと、体を離して立ち上がる。
「じゃあ行くけど、さっちゃんはよく休んでるんだよ。今日は畑いじりもしちゃダメ。今日は早く帰るから、いい子にしておいで?」
 義兄はいつものように朔の髪や頬を撫でていく。そんな仕草も今朝は気恥ずかしくて、朔は口元までシーツに埋もれながらこくこくとうなずいていた。
 義兄が出て行って一人になった朔は、しばらく枕を抱きしめて体を小さくしていた。
 ……昨夜のことは、実は夢だったんじゃないかと思ってしまう。
 子どものような、弱く頼りない自分。そんな朔の体を義兄は隅々まで愛でて、義兄の体と何度もつながった。朔のコンプレックスである男性のしるしも、義兄は優しく包み込んで愛しんでくれた。
 行為の後、義兄は朔を腕に抱きながらささやいた。
――さっちゃん、鎖をつけちゃだめ?
 それは冗談には違いなかったのだろうけど、義兄の目は妖しく誘っているようでもあった。
――俺、さっちゃんがどこにも行かない確信が欲しいんだ。誰にもさっちゃんを見せたくないし、いつまでも俺だけのさっちゃんでいて欲しいんだ。宝物みたいに大事に大事にするよ。さっちゃんが何にも不自由ないように、一生俺が世話をする……。
 義兄はそう言ってから、朔の首筋に顔を埋めて首を横に振った。
――ごめん。そんなこと言うのは俺が弱い証拠だ。
 義兄は自分を責めるように、苦い声音でつぶやいた。
――だめだね。そんなこと俺がしようとしたら、さっちゃんは嫌だって泣いてほしい。俺はさっちゃんをお母さんみたいにしたいわけじゃない。俺はさっちゃんに笑っていてほしい……。
 二律背反に黙りこくった義兄に、朔は満足に答えることができなかった。
 いつか義兄は、自分は人間としてはもう狂っていると言っていた。でも朔はそうとは思わない。義兄はいつだって朔への労わりと優しさを忘れずにいてくれた。義父のように、愛しい人の羽を切ってしまうようなことはしなかった。
――……おい。さっちゃんに何をした?
 熱で浮かされた頭で、朔は幼い日のことを少し思い出す。
 子どもの頃の義兄は、気の弱さを義父に怒られることも多かった。……でも一度だけ朔を突き飛ばした親類の子どもを、立ち上がれないくらに殴り続けたことがある。
 義父はそのことで、怒るどころか芯の強さを見せたと、満足したようだった。ただ朔は、それこそが義兄の心の繊細なところじゃないかと、心配になった。
 義兄は朔を思う気持ちで、時々不安定なことをしてしまう。朔はそんな義兄を、守ってあげたいと思う。
 朔はこれからいつも、義兄の体を包んでいけたらと思っている。でもいつか義兄の心も包んであげられるように、強くなりたい。
「兄さんを、守りたいんだ……」
 今はまだ頼りない心と体。だけど幼い日から募らせた思いは、誰にも負けないつもりだから。
 朔は胸に決意を宿して、せめて少し勉強をしようと、枕元の本を引き寄せたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可
BL
前世で限界社畜として心をすり減らした青年は、異世界の貧乏子爵家三男・セナとして転生する。王立貴族学院に奨学生として通う彼は、座学で首席の成績を持ちながらも、目立つことを徹底的に避けて生きていた。期待されることは、壊れる前触れだと知っているからだ。 一方、公爵家次男のアレクシスは、魔法も剣術も学年トップの才能を持ちながら、「何も期待されていない」立場に嫌気がさし、問題児として学院で浮いた存在になっていた。 補習課題のペアとして出会った二人。 セナはアレクシスを特別視せず、恐れも媚びも見せない。その静かな態度と、美しい瞳に、アレクシスは強く惹かれていく。放課後を共に過ごすうち、アレクシスはセナを守りたいと思い始める。 身分差と噂、そしてセナが隠す“癒やしの光魔法”。 期待されることを恐れるセナと、期待されないことに傷つくアレクシスは、すれ違いながらも互いを唯一の居場所として見つけていく。 これは、静かに生きたい少年と、選ばれたかった少年が出会った物語。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

処理中です...